小夜子たちは元の世界へ
体調不良などで遅れました。
8月は更新は不定期です。
広大な宇宙には、人間以外の知的生命体がいる。
世の中で言われている宇宙人とは少し違った存在だが、確かにそれは存在する。
例えば、小夜子の出会ったエリンギ様ことメガネちゃんもその一つだ。彼女の場合は生命の規模が大きすぎるため一般的な生命から逸脱する。
淫魔はエリンギ様に遠く及ばないが、それに近い。
淫魔は人の形をしているが、その中身は社会性昆虫そのもの。そして、彼らもまた外宇宙の知的生命体である。
地球に降り立った目的はただ一つ。それは、人間という種の根絶にあった。
小夜子の世界の危機じゃという熱弁に対して、ギャル谷とガラル氏は微妙に納得していない。頭から信じない訳ではないが、飛躍しすぎではないかと思っているのだ。
「むむむ、信じておらぬな」
小夜子が言えば、顔色がよくなったギャル谷が反応する。
「サヨちゃんのそれ、なんでもUFOとか組織の仕業だーって言ってる人と同じっぽいけど。こういうの陰謀論って言うんでしょ?」
「ギャル谷め、なりに似合わず言いよるわ」
「あーしもSNSとかやってるからね。フォロワー千人超えたらそういうのも見かけるよ」
ガラル氏もうなずく。
「えすえぬえすとやらは分かりませんが、いささか飛躍しすぎでしょうな」
小夜子は「ぐぬぬ」とユッケ状の肉体で唸る。
「戻れば全て分かろうものよ。この巣を調べるから少し待っておれ」
ユッケ小夜子は新たな触手を造りだして、つるりとした金属の壁に突き刺した。元からSF的な光が明滅していた金属の壁である。触手による超次元菌糸干渉により、光の明滅が加速した。内部浸食を行った影響で、めまぐるしく壁に光が走る。
「おのれ、座標情報が削除されておる。よほど、ここを切り離したいと見えるわ」
ガラル氏には心当たりがあった。
「私のせいかもしれませんな。サキュバスクイーンの心臓が必要になりまして、ここ二百年ほどで五度はここに来ておりましたから……。乱獲が過ぎたのやもしれません」
「うむ、それも理由の一つであろうな。しかし、あのようなモノの心臓など何に使うのじゃ? 美味いモノとも思えぬが」
ドキュメンタリー番組で、シロアリの女王を焼いて食べる部族を見たことがある。しかし、あまり美味そうではなかった。
ガラル氏は仮面の奥でくつくつと笑う。
「恥ずかしながら、何度か世界から追放されております。元の場所に戻るため、サキュバスクイーンの心臓を使ったのですよ」
「ほう、わらわの知らぬ術か。ガラル殿は流石じゃのう」
頭の痛くなるような会話だ。しかし、空気を読んだギャル谷は黙って聞き流す。こういう時は過ぎ去るのを待つのがよいと学習していた。
そんなことを思っていたギャル谷を、小夜子の目玉がギロリと見据えた。
「ギャル谷よ、少し困ってしもうた。帰るのに三十年はかかりそうじゃ」
「長いよ! 三時間までにして」
正論である。
「それもそうか。あ奴に借りは作りたくないが、こうなれば頼るほかあるまい」
小夜子はユッケ状の肉体を蠕動させ、タンパク質の一部を菌糸に分解させる。
菌糸は成長してタマゴタケの形状へと変化した。そして、にょきにょきとタマゴタケは成長して巨大化する。
小夜子はそのサイズが二メートルに及んだところで、菌糸による広域通信を行った。エリンギ様より賜った超次元菌糸の深淵なる周波数は、小夜子にも感知できない範囲まで、あまねく平行世界にまで届く通信を可能とするのだ!
「メガネちゃんよ、聞こえておるか?」
ギャル谷は嫌な予感しかしない。巨乳生徒会長のお友達の名前が出てくるという時点で、何かおかしい。
『聞こえてますよ。わざわざ通信しておいて、どうして言語なんて低速情報交換を使うんですか?』
巨大タマゴタケから、メガネちゃんの声が響く。
ギャル谷は疲れた顔になる。小夜子と付き合うと変なことばかりだからだ。
「ああ、電話なんだね。分かるっちゃ分かるけど、意味分かんねえ」
こういう時、もう少しカッコイイ感じにしてほしいと思うのだ。
小夜子はギャル谷に何か言いたかったが、今はメガネちゃんとの通信を優先する。
「宇宙か次元の狭間か分からんところにおってな。帰り方を教えて欲しいんじゃ」
『今、いいところなんです。小夜子さんが留守だと知らせて、お宅に会長を突撃させました。若松くんが凄く困っていて、いい感じなんです』
「メガネちゃん、もっと他にやることは無いんか!? それに、若松に迷惑じゃろ。今日は休日じゃぞ!」
『乙女心優先ということでここはひとつご容赦ください。それに、小夜子さんには菌糸を渡したじゃないですか。世界と未来への直接的な干渉はそこでお終いですよ。そろそろ通信を切っていいですか?』
「そっちの座標を教えてくれたら通信も終わりじゃ。なんとかしてたもれ」
『うーん、戻られないと若松くんも悲しむでしょうし。今回は特別ですよ。では、また今度』
菌糸を通じて座標情報が送信された。エリンギ様由来である菌糸を使いこなすのは難しい。あまりにも生物としての格が違いすぎるからだ。人間の部分を捨てていない小夜子とは、あまりにも離れすぎている。
「うむ、助かった。戻ったらなんぞ馳走するよ」
小夜子は言うが、通信はすでに遮断されていて返答は無い。今回のこと、エリンギ様ことメガネちゃんは関与する気もないのだろう。神もそうだが、彼らの生きる世界は違いすぎる。その意図をはかり知ろうというのが間違いだ。
通信用タマゴタケは食べて後始末。自分の身体に生えたキノコというのは、美味いものではなかった。
「ギャル谷よ、これで帰れるようになったぞ」
「何が起きてたかぜんっぜん分からないけど、それならいいよ。でも、真亜子ちゃん大丈夫かな?」
「戻ればそれも分かろうよ」
小夜子としては、真亜子には消えてもらいたい。人類の敵である真亜子が最初の人間と出会って、何が起きてしまうか。淫魔の企みだとして、どうせロクなことではない。
興味深いという様子で見守っていたガラル氏が、ここで声を発した。
「小夜子様、よければこの私めも連れていって下さいませんか? 異界渡りであれば、道筋さえ分かれば戻れますし、サキュバスがいるなら好都合ですから」
ガラル氏はサキュバスクイーンの心臓を欲してここに来て小夜子たちと出会った。目的のものが見つかるのであれば好都合。そのように解釈できる。
小夜子はユッケ状の肉体から生えた触手の先、そこに開いた瞳でガラル氏を見据えた。
「ガラル殿、わらわのいた場所では大人しくしてもらう必要があるんじゃが、それは承諾できるものかや?」
「ははは、私はよく誤解されてしまうのですが、人並の良識なら持ち合わせておりますよ」
嘘つきめ。
小夜子はそう思ったが、あえて言葉にはしなかった。良識を持った者が、生命の領域を超えて魔王になど至るはずがない。断ったところで、無理にでもついてくるだろう。
「約束するならよいぞ。ほれ、指切りではどうじゃ?」
「契約でしたら、お受けしますよ」
異世界人であっても、契約の概念は変わらないようだ。
小夜子の触手とガラル氏は小指を絡ませて、指切りげんまんを行う。
「ゆーびきりげんまん、うーそついたら針千本のーます」
指切りとはかなり古い時代からの呪詛だ。単純な内容だけに、互いを強く縛るものとなる。たとえ異世界でも、人間に近い生命であれば同様のものはあるだろう。
「小夜子様、これで成立ですな。サキュバスクイーンの心臓も必要ですが、そちらのニホンという場所を見たいのですよ」
「良識があると言うておったよな。ガラル殿、わらわは信じたからの」
「それはそれは。ほほほ、裏切る訳にはまいりませんな」
ギャル谷はそんな二人の怪人を見やって微妙な顔になる。そんな顔のまま、平然と口を挟む。
「ウダウダやってないで、早くしようよ。あとガラルさん、よろしくね」
「ええ、よろしくお願い致します。では、折角ですし私が道を開きましょう。小夜子様、先導をお願い致します」
ガラル氏は懐から手品のように短剣を取り出して、両手に持った。
彼の纏う奇妙な貫頭衣と同じく、その短剣には血管のように赤いラインが走っている。小夜子の瞳にも、それは異常なものとして映った。
「ほう、神殺しかや……。恐るべきものよ」
「ご謙遜を。では、開きますよ」
短剣が何も無い空間を切り裂いた。
縦に割れた空間の裂け目。その先には、奇妙に歪んだ石造りの都市が見えた。
「ギャル谷は目を瞑っておれ」
「ちょっと、サヨちゃん、なにすんのっ」
突如として肉体を変化させて無数の触手を造り出した小夜子は、それでギャル谷の身体を絡めとる。うねうねの触手に囚われるなど、ギャル谷にも予想外だ。
「暴れるでない。はぐれたらそれこそ迷子になって帰れんからじゃ。ちっとは我慢せい」
「なんかエロいからこれヤダ!」
「我儘を言うでない。エロいことなどせんわ! では、行くぞ」
言うが早いか、ユッケ状の小夜子は空間の裂け目に飛び込んだ。その後ろをガラル氏が続く。
位相の異なる異界を次々に渡ることで、元の世界へと帰り着こうというのだ。
道しるべがあったとしても、人間であればその寿命の内に戻れるものではない。しかし、小夜子とガラル氏は特別だ。
踏破するだけでも年単位はかかるであろう異界を一秒未満で駆け抜けて、次の異界へと向かう。それを繰り返すこと数千、数万、それ以上かもしれない。
元の世界へと帰り着く。
「むむ、どういうことじゃこれは!」
荒れ果てた渋谷の光景は、非現実的な代物だ。
倒壊したビル群と、そこかしこに潜む妖物たち。少し離れた場所では火の手が上がっているのか、黒煙まで見えている。
この光景こそが、二人の小夜子が回避しようとしている地獄の未来であった。




