小夜子とギャル谷のワープ
小夜子とギャル谷がタピオカミルクティーを啜りながら語り合う。
モデル時代のギャル谷によるエピソードは、週刊少年チャンピオンで連載されているヤンキー漫画みたいな内容だった。
「それでねえ、翔太くんのケツ持ちだっていうチンピラを原付で引きずり回したの」
「ほう。バックトゥザフューチャー3でマーティーがやられておったヤツじゃな。バイオレンスにもほどがあろう。わらわ、モデルってキラキラした世界と思っておったんじゃが」
道理で、先ほどからすれ違う悪そうな連中がギャル谷を見て顔色を変えるはずだ。そこで、小夜子はふと気づいた。
「ギャル谷、渋谷の番長になっとらんか?」
「番長ってサヨちゃんじゃないんだし」
一時期学校でそのように呼ばれていたのは小夜子も知るところだ。
「わらわも狙ってやった訳ではないんじゃ。番長になれば【敵】が現れると思うておったんじゃがなァ。チンピラしか来んかった」
かつての伝奇小説での番長と言えば、超能力やら死霊を操るなど当たり前だったものだ。しかし、今生ではそういうシステムは無いらしい、
「うん。チンピラしか来ないよね」
小夜子とギャル谷は苦笑いを浮かべる。登場人物のほとんどがチンピラのエピソードなんて、楽しいものではない。
「翔太クンのことはどうでもいいんだけど、やらせたの真亜子ちゃんだと思う」
小夜子は怪訝な顔をした。人類の敵にしても、やることがショボいと思ったからだ。
「ほう、なかなかの悪女じゃな」
「証拠は無いし、あいつヤってこいってのじゃないよ。なんていうかな、操るっていうの? 翔太クンも真亜子ちゃんにやらされたとは思ってないみたいだし」
「タチが悪い女じゃなァ」
小夜子は真亜子のことを話すべきか少し迷ったが、今さら隠すことでもないという結論に至る。そして、言葉を続けた。
「さっき真亜子とやらと会うた時な、わらわ、アレを殺しそうになった」
「え、なんで?」
「アレは人類の敵じゃと身体が勝手に判断してしもうた。反射的に殺りそうになって、急いで止めたんじゃ」
小夜子の身体制御は特異なものだ。人間に理解できるものではない。
「いつもの、妖怪とかそういうヤツの関係?」
「その理解でよい。何も考えずにやってしまうのも良かったのかもしれんが、それはしたくなかったんじゃ」
「サヨちゃんはそういうこと嘘つかないもんね。真亜子ちゃんが悪いヤツなのは間違いないけど、死ぬほどじゃないよ」
小夜子は少しだけ考えた。
「ギャル谷、ここまで言うておいてなんじゃが、こんなこと忘れてしまえば無関係でいられる。わらわがやらんでも、誰かが始末をつけるじゃろうし」
人間の敵というのは少なからずいる。
真亜子を生かしておくことで人類という種族に災いが降りかかるというのなら、集合的無意識に選ばれた誰かがそれをやる。結果として、真亜子が生き残れば大きな災いが起きるだろう。しかし、それでも人間は絶滅には至らない。大きく数を減らすだけだ。
「始末って……。友達じゃなくても、ほっとけないでしょ」
タピオカミルクティーは、なんとも味気ないものだった。
ミルクティーが甘すぎてよくない。タピオカ自体の食感は面白いというのに、業務用そのままの甘ったるさが良さを殺している。
二人とも同じタイミングで飲み切ったが、なんだか腹がぽちゃぽちゃする。量も多すぎだ。
タピオカ屋の店先に置いてあるゴミ箱に、容器を捨てる。
小夜子が口を開いた。
「タピオカミルクティー、なんとも言えぬものであったのう。流行りモノが悪い訳ではないんじゃが、もう少し美味しくできると思えてしまうのはなァ」
「あーしはそこまで嫌いじゃないけど、量が多すぎてしんどいかも。それで、真亜子ちゃんのことどうするの?」
「どうもこうも、わらわには関り無いことよ」
「じゃあさ、あーしから頼むよ。サヨちゃん、真亜子ちゃんのこと助けてあげて」
小夜子は「うむむ」と唸った。
真っすぐに見つめてくるギャル谷。こうされると、小夜子は弱い。
「……関わり合ったのも運命というものか。よかろう、真亜子と会うて方策を練るとしようぞ」
「さっすがサヨちゃん。そう言ってくれると思ってた」
「ほほほ、おだてても何も出ぬぞ」
そういうことになり、ギャル谷はモデル時代の友達に連絡を取った。
真亜子がいるスタジオを特定するためで、わずか十分ほどで場所から撮影内容までを突き止めたのである。
移動はタクシーを利用した。
撮影が始まっているというスタジオにはほどなくして到着したものの、関係者でなければ中に入ることができない。
スタジオの受付で真亜子に連絡を取って欲しいと告げたものの、すんなり通るほどセキュリティは甘くなかった。
小夜子が強行突破を考えた時、妙な気配を感じた。
「そこのキミ、刈谷さんでしょう」
スーツ姿の男前な中年男がギャル谷に声をかけていた。
「あ、ええと、芸能事務所の人でしたっけ?」
「ええ、小鳥遊さんのプロデュースをしています。以前に、刈谷さんとも撮影の時にお会いしていましたよね」
小夜子は黙ってそれを見ていたが、このプロデューサーが人間でないことはすぐに分かった。淫魔の類いである。
「妙なことになっておるのう」
そう言った小夜子はどうするか迷った。ここで始末するには人目につきすぎる。目撃者の記憶を消すこともできるが、今やってしまうと手がかりを失うことにもなる。
プロデューサーは小夜子にも微笑みかけた。
「よかったら、見学していって下さい。間宮様も、こちらへ」
「ふむ、わらわを知っておるか」
「ええ、あなた様は有名ですから。さあ、見学でしたら歓迎です。こちらのゲストIDをどうぞ」
見学者用の入館証を手渡してくるので、小夜子はギャル谷に頷いてここは乗ることにした。そのままスタジオの奥へと案内される。
先導するプロデューサーは振り向かずに真っすぐ歩く。いやに長い廊下を行きながら、彼は言葉を発した。
「間宮様がここに来られるのは予想の内でした」
「ほう、わらわが来ると分かっていたか?」
「真亜子ちゃんの因子はあなた様を惹きつけるでしょうに。どうして、あなた様は人間などに肩入れをなさるのですか?」
「淫魔ごときがわらわをバケモノ呼ばわりとはの」
「人間は、宇宙の害虫に他なりません。どうやっても、最後の一人まで絶滅をさせられない。ほとんどの生物と繁殖可能な遺伝子の多様性は、宇宙にとって脅威だとは思わないのですか?」
妙なことを言う。
小夜子は鼻で嗤った。妖物というのは、たまに面白い理屈を捻るが、それは何の意味も無い言葉遊びだ。だから、まともに聞いてやらない。
「この廊下、どうやったか知らんが空間を歪めおったな。わらわをこの程度で足止めできると思うたか?」
ギャル谷も異常に気付く。振り返っても、先が見えない。薄暗い一本道の廊下が果てしなく続いているだけだ。
「サヨちゃん、どういうこと」
「ギャル谷、わらわの手を握れ。それで安心じゃ」
プロデューサーは背後を振り返ることすらしない。
「間宮様には、席を外して頂きます。あなた様であっても、お戻りになられるまでに数百年はかかりましょう。さよならです」
小夜子とギャル谷が首にかけていた入館証が、淡い光を放った。
「む、術ではない!?」
「妖術などという気味の悪い技術ではありません。人間が言うところの、科学によるワープ装置です。あなた様を転送します。戻られる時には、全てが済んでおりますから」
小夜子にも観測しきれない空間の歪み。淡い光が二人を包んでいる。
「ちょっと、サヨちゃん、なにこれっ」
「おのれ、ぬかったわ。淫魔よ、覚えておれ」
小夜子はギャル谷の保護を優先した。生身での異相空間転移は人間の身体を崩壊させる。ギャル谷を守るために小夜子が動けないところまで計算しているとしたら、厄介な相手だ。
その瞬間、小夜子とギャル谷は地球上から姿を消し去った。
小夜子は独力で異界に跳べる。以前、時間を支配する空間にまで赴いたことがあったが、それは花ケ崎レンジという肉体を介してのものだ。何も無い状態から異界へ跳躍できるものではない。
あのプロデューサーが言ったことを信じるのならば、これは科学力による空間転移である。
小夜子の知らぬ科学技術に介入することは非常に難しい。しかし、肉体の枷を外したことで【何が起きているか】を観測することは可能であった。
ギャル谷が気づいた時、見知らぬ公園のような場所にいた。
「え、なにこれ」
だだっ広い草原に、点在する樹木。明らかに人の手が入った芝と整えられた樹木は、広い自然公園のようだ。ただ、広すぎて果てが見えないという点以外は、そう見える。
立ち尽くすギャル谷の隣には、肉の塊が蠢いている。
焼肉屋さんで出てくるユッケのような肉塊は、触手を伸ばしてギャル谷の手を握っていた。よく見れば、その肉塊には、無数の目玉があるではないか。
「ひえっ、なになになに!? ちょっとなにっ、サヨちゃんっ、どこ」
『わらわは隣におる。この場所では形を保てんから、本来の姿を晒しとるんじゃ』
「ええええ、なにそれっ。コワいしっ、キモいんだけど!?」
『失礼なことを言うでない。というか、ギャル谷はわらわを見て平気なんか?』
「平気じゃないよ!! えええ、ちょっとそれ予想外すぎるし、キモいんだけど!!」
『失礼な!! まあよい。発狂されたらどうしようかと思うておったんじゃが、それについては安心したぞ。流石はギャル谷じゃ』
「あと、頭の中に語り掛けるのやめて!! コワいよ!!」
『発声器官を造るからの。少し待っておれ』
ユッケ状の怪物から、牙の生え揃った口が発生する。肉が裂けて牙が生えてくるという絵面は、グロテスクの一言に尽きる。
「あーあー、テストテスト。うむ、この鈴を転がすような声音はわらわの声じゃの。ギャル谷よ、待たせたな」
肉の塊が蠢きながら小夜子の声を発する。ギャル谷は背筋をぞわぞわさせる気持ちの悪さに震えた。
「もうちょっとカワイイ姿とれないの? 何回も言うけどマジキモいよ」
「キモいキモいと何度言うんじゃ。わらわとて、好きでこの形をしている訳ではないぞ」
それからしばらく、キモいキモい、失礼な失礼な、と言い合うことになった。
騒いで疲れると、ギャル谷も落ち着いてきた。
「ああ、やっぱりキモいし怖いけど、サヨちゃんなのは分かったよ。キモいし怖いけど」
「それはもうええじゃろ。……それにしても妙な場所じゃな」
「ここ、どこなの?」
ギャル谷には理解が追い付かない。しかし、ワープ装置と言っていたのだから、そういうことなのだと理解はしている。納得はしていないが。
「わらわの観測では、別の惑星じゃな。いや、アレじゃ、スペースコロニーかもしれん。ガンダムで見たことあるじゃろ?」
「ガンダムって小さい時にちょっと見たくらいだから詳しくないよ」
「わらわはターンエーガンダムが好きじゃ」
小夜子は言いながらも、こちらに近づいてくる存在を察知していた。




