小夜子とギャル谷はモデルと会う
都会は人が多い。店もたくさんありすぎる。
渋谷駅に到着したのはいいが、どこに行くべきか小夜子には分からない。
小夜子とギャル谷はいい感じに空腹。昼過ぎて食事処は空き始めた頃合いである。
何を食べようか迷ったが、通りで目についたパン屋さんから良い匂いがしていた。おお、焼きたてパンの芳しき香りよ。
「パン屋さん、行こう」
ギャル谷が思わずそう言った。それほどに良い匂いがしていたのである。
「うむ、なかなか良さそうじゃな」
ちょいと洒落た街のパン屋といった店構えで、中にはイートインがあるのも好都合であった。
トングとトレイで好きなパンを取り、レジでお会計といういつものシステム。ギャル谷と小夜子は次々と輝くようなパンをトレイに乗せていく。
ギャル谷はカツサンドから始まって、次はクルミパン。そして、小さいうずまき状の甘いヤツを選ぶ。パンの名前はいつだって覚えられない。
小夜子は目についた好みのパンをトレイに積み上げている。
「サヨちゃん、食べ過ぎじゃね?」
「美味いものはどれだけでも入ろうものよ。それに、施餓鬼になるからの。これも功徳じゃ」
小夜子の体内に存在する餓鬼道。そこでは幾万の餓鬼が食物を待ち構えているのだ。施餓鬼で霊力を得るオリ外法が今日も冴え渡っていた。
「最近そういうの勉強して詳しくなったよ……。なんかもうツッコミどころだらけなんだけど」
「退魔師でもなし、こんなもの知らんでよい」
「もう調べたし。クルミンも鳴髪お姉さんも聖蓮尼も、みんな専門用語使ってるのに教えてくれないから自分で調べたの」
小夜子は困った顔になった。半端に関わらせてしまったが、本当によかったものか。
「まあよいか。このままレジに行けばよいか?」
「あーしはもう大丈夫だよ」
レジの店員さんは小夜子の買う量に驚いたようだが、特に何も言わずにお会計をしてくれた。
イートインでギャル谷と小夜子は向き合って座る。
「サヨちゃんって、カレーパンとピロシキの被りが許せるタイプなんだね……」
「外側が似てるだけで、明らかに別物じゃろ。この論争は長くなるであろうからの。今はお腹も減っておるし、先に食べるとしよう。いただきます」
「論争するほどのことじゃないって。いただきます」
さて、小夜子が大量のパンを買ったのには理由がある。それは、都会のシャレ乙なパン屋さんを吟味してやろうという、ちょっとした都会への敵愾心からなるものだ。
隠れた田舎の名店が良い、という妙な対抗心でもある。
都会のオシャレなパン屋さん、なにするものぞ。
まずは本場ロシアとは微妙に違う日本のパン屋さん独特のピロシキ。
見た目はカレーパン、中身は中華まんの餡。それが日本風のピロシキである。
どうせ都会は馴染の薄い微妙なオシャレ味であろう。斜に構えた味を予想しつつ口にした瞬間、食感だけで分かる。この柔らかプチの歯応えは、春雨!
「む、むむ」
ひき肉、レバー、玉ねぎ、ポテサラ、キノコ、キャベツなどがみじん切りで炒められた餡の味付けは、香草が利いたコンソメ風味の本場仕様。塩味がきつく感じられるが、日本式ピロシキの特徴である揚げパンの甘味でそれは程よい塩梅に。
ただならぬ様子の小夜子に、ギャル谷が問いかける。
「え、どうしたの?」
「美味い。悔しいが、わらわも認めるしかあるまい。本場と日本式のいいとこ取りで、ガッツリしながらも素朴な味わいに仕上げるとは!」
地元の名店パン屋さんは、中身が中華まんのカレーパンという日本式ピロシキしか作っていない。それはそれで美味しいけれど、食べやすさと全体の完成度はこちらが断然上だ。
「サヨちゃんのこだわり、たまに見てられない。普通に食べなよ」
ギャル谷の心無い指摘であった。
「うむ、そうじゃな。わらわとしたことが、都会への偏見が前に出ておったわ。パンはどれも美味しそうじゃ」
小夜子は気を取り直してカレーパンを口にする。パン生地のサクサク感と、冷めても美味しいカレーの調和が良い。
「あ、その玉子サンド美味しそうだね。あーしのカツサンドと一つ交換して」
「シェアというヤツじゃの。わらわもカツサンドは気になっておったところじゃ」
変なこだわりが炸裂した小夜子であるが、そんなものより美味しい食事を楽しむことが大切だ。
ギャル谷と他愛もないことを話しながらの遅いお昼。
気分が晴れてきたと小夜子は自覚する。
アイスコーヒーはどこにでもある業務用の味で、パンは美味しいのにそこが惜しい。
「ギャル谷よ、それで今日はどこに行くのじゃ」
「うん、前にモデルしてた時の友達のとこ。ちょっと挨拶するだけだよ」
「ほう、あれじゃな。ギャル谷がよう見てる雑誌の縁者かや。芸能界というのはどういうところじゃ」
「あーしは雑魚レベルだったから、服借りてポーズとる写真のモデル? そんな感じだったよ。人気あったらテレビとかって話もあるけど、それって頂点だからね。雑魚には無理無理」
意識せずに出る頂点というヤンキー語。ギャル谷は才能があると小夜子は思った。
「自分を雑魚などと、ギャル谷には似合わん」
ギャル谷は驚いた顔をした後に笑みを浮かべた。
「んふふ、なんで真顔で言うの」
「ギャル谷が雑魚ではないからじゃ。わらわの知る人間の中でも、そなたは相当のものよ」
「ちょっと、それ恥ずかしい」
不思議そうな顔をする小夜子から、ギャル谷は目を逸らした。
「そうかや? わらわは普通のことを言ったつもりじゃが。……おっと、イートインに長居するのは無粋じゃの。そろそろモデルさんのところにでも行くとしようぞ」
「あ、うん。それじゃあ、行こっか」
大量のパンは全て小夜子の腹に収まってしまった。ギャル谷は慣れているが、ちらりちらりと見ていたお客さんと店員さんは驚いたことだろう。
渋谷の街を歩く。
おしゃれな男女にチンピラ、色々な人がいる。人がたくさんいて、ちらりちらりと妙な気配もあった。
退魔師に放置されている妖物というのは珍しくない。怨霊から淫魔までがボーダーライン。それ以上は見つけたら潰すのが良いとされている。
「……」
今日の小夜子は遊びに来たことだし、それらを始末しようと思わなかった。それに、清いだけの水には魚も住めない。多少の澱みも必要だ。
しばらく歩くと目的地であるというカフェが見えてきた。いかにもオシャレな若者が集いそうな店構えである。一見すると、何の店か分からないというのが、なんとも若い。
「おお、トレンディドラマの舞台みたいじゃ」
「トレンディ? なにそれ。コーヒーだっけ?」
「……ええんじゃ。忘れておくれ」
「ヘンなの」
令和では消えた言葉か。プロポーズ百回越え男のことなど誰も覚えていないのかと、小夜子は少しだけ寂しく思うのであった。
店内に入ると、これまたそれっぽい。オシャレな雰囲気にあふれた店内に、オシャレな若者たちが集っている。
「お久しぶりでーす。刈谷です。真亜子ちゃんいますか?」
ギャル谷が言うと皆が振り向いた。何人かは顔が引き攣っている。
いかにもモテそうなイケメンが特に顔を強張らせていて、持っていたコーヒーのボトルを床に落とすほどだった。
「う、わわ、ちょっと、まって。なんもしてねえからっ。もう勘弁してくれよっ」
イケメンは滑稽なくらいに取り乱している。その顔に浮かぶのが恐怖であると、小夜子にはすぐ分かった。相当痛めつけないと、顔を見ただけでこうはなるまい。
「翔太クン、チーッス。もうあのことは終わったから、安心して。真亜子ちゃんに会いに来ただけだよ」
ギャル谷の笑顔は獰猛そのもので、何かがあったのだと知れるものであった。
「ヤンキー漫画で見たことがあるのう! こういうのは好きじゃ」
中身が悪いイケメンであったのかもしれない。それをギャル谷が成敗でもしたのだろう。そう思うことにする小夜子であった。
「あっ、刈谷さん。久しぶりっ」
お手洗いから出てきた少女がギャル谷に呼び掛ける。
「真亜子ちゃん、久しぶり。ちょっと顔を見に来たけど、元気?」
「うん、元気です!」
真亜子という少女は中学生くらいの女の子だった。とても可愛らしい少女である。ギャル風ではなく、清楚というものでなんとも可愛らしい。ギャル谷とは親しいらしく、妹のように懐いている様子。
小夜子は無意識に近い衝動で、真亜子という少女を殺しそうになった。
「ん?」
小夜子は肉体の反射を停止させ、原因を調べる。
遺伝子のおよそ37パーセントを占める人間の部分が、真亜子を抹殺すべしと反応したものだ。残りのおよそ62パーセントである異界超越生物の遺伝子が、本能的行動を強制停止。原因を解析する。
診断は30ナノ秒で完了した。
【人類の敵】を察知したことによる自動行動。
さて、どうしたものか。
どうやらまた厄介事だ。真亜子を見ただけで、未だ制御できない【時間】に自動接続されて、未来から断片的な情報を得る。
局地型大地震により崩壊する渋谷。
何者かにひれ伏す人間たち。
新たな世の幕開けとなる光が溢れる。
「あ、紹介するね。こっちは友達のサヨちゃん」
ギャル谷の声で、小夜子が視ていた未来の情報が遮断される。
「初めまして、小鳥遊真亜子と申します」
「間宮小夜子じゃ。よろしゅう頼む」
小夜子の物言いに、真亜子は驚いた顔をした。
「えっと、どういうキャラなんですか……、あの別に悪気はなくて」
「よいよい。わらわと会うたら最初はみんなそう言うものよ。わらわはこれが素じゃ」
真亜子は困惑気味に小夜子とギャル谷の顔を交互に見た。
「うん、サヨちゃんは中二病? んん、ちょっと違うかなあ。サヨちゃん本物だからねぇ」
「え? え?」
困惑するのは仕方ないこと。小夜子とてそれは分かっているのだが、これは素である。無理に今風の喋り方をしようものなら不自然になる。
「ほほほ、真亜子とやら、慣れれば気にもならんぞ」
うわあ、という顔で周りの若者たちが見ている中、人類の敵である真亜子と小夜子が、出会ってしまった。
小夜子はどうしたものか決めかねている。しかし、人間遺伝子が叫ぶ本能に従うのはどうにも気に入らない。それが正解であったとしても、気に入るか気に入らないかは別の問題だ。
もし、トミーが同じ立場にあったとして、彼なら本能に抗うだろう。
「真亜子ちゃん、これから撮影?」
ギャル谷がそう問えば、真亜子は「はい」と元気に返事をする。
小夜子が口を挟んだ。
「ほう、モデルさんというのは忙しいのじゃな」
「えへへ、お仕事が来てくれて嬉しいです」
「真亜子ちゃんが元気そうでよかった。じゃ、また顔をだすね」
「うん、刈谷先輩、またいつでも会いに来てくださいね」
「そうする。じゃあまたね。サヨちゃん、行こう」
ギャル谷らしくないあっさりとした別れだった。
「うむ。皆の者、邪魔をしたの。そなたらはオシャレを極めるがよい」
連れだってカフェを出ると、ギャル谷は大きく伸びをした。外は蒸し暑いというのに、清々したという様子だ。
「あー、やっぱりモデルって合わないね。フォークリフト転がしてる方がいい」
「ギャル谷は気持ちの良い女じゃな。……あの真亜子という女、仲良しという訳ではあるまい」
ギャル谷は苦笑いを浮かべた。そして、二人して歩き出す。行く当ては特に無い。
「まあね、あの子って悪いヤツでさ。たまに顔を出さないと、何かしでかしそうだから」
「ほほほ、ギャル谷がそう思っておったか」
「うん、真亜子ちゃんは友達なんだけど、なんていうか、言葉では説明しにくいんだよね」
小夜子はそこで、当初の目的であった店を見つけた。
通りに看板を出しているのは小さなタピオカ屋だ。路地の隙間にある店で、衛生面に不安が残った。
「ギャル谷よ、タピオカミルクティーでも飲みながら話そうではないか」
「タピオカって今さらだけど、嫌いじゃないよ」
そういうことになった。
これが運命だとか宿命だとかいつものヤツなら、いつも通りに食い破るまで。それ自体は何の問題も無い。負ければ死ぬだけのことと小夜子は思う。
一つだけ気がかりなことがある。
ギャル谷が知れば、きっと関わろうとする。それを止められる自信が、小夜子には無い。




