小夜子とギャル谷は遊びに行く
学生たちが待ち望む夏休が今年もやって来た。
ギラつく太陽! うるさい蝉! 熱帯夜! 熱中症! ゲリラ豪雨という名のスコール!
少年少女がいきいきと青春する季節だというのに、小夜子は仏頂面であった。
再放送のアニメを垂れ流している夏休みの午前中。内容は全く頭に入ってこない。
アンクルトミーが持ち込んだ大事件は少し前に解決したというのに、最後の最後で彼は去った。
トミーを止められない自分への苛立ち。そして、小夜子自身が子供じみていることを実感した自己嫌悪もある。やり場のない苛立ちに支配されているのが、非合理な感情によるものとも理解していた。
理解したからといって、苛立ちが消えるものでもない。
小夜子はスマートフォンを取り出して、ラインを起動させる。いまだにどこをタップしたら通話になるか迷う。
ギャル谷にかけると、しばらくしてつながった。
「もしもし、わらわじゃ。ヒマじゃったら、遊びにでも行かぬか。うむ、気を紛らわしたくての。うむ、分かった。昼時に会おうぞ。駅前じゃな。承知した」
そういうことになった。
昼の支度をしている若松に伝えるため、小夜子は台所に赴く。
台所では、若松が錦糸卵を焼いているところだった。
「若松や、少しよいか」
「お嬢様、いかがされました?」
若松は手早く錦糸卵を焼き上げて、小夜子に向き直る。
「急ですまぬが、ギャル谷と遊びに行ってくる。昼は外で済ませてくるからの。残りは夜に回しておくれ」
若松は少し驚いた顔をした。
小夜子が思いつきで遊びに行くことなど、今までに一度もなかったからだ。しかし、付き合いの長い若松のこと。すぐにそれがどういうものか分かった。
「へい、承知しました。刈谷さんにはよしなにお伝えください」
「うむ、今日は女同士のことじゃからな。送り迎えも不要じゃ。若松も休むと良い」
「そうさせて頂きます」
「では、行ってくる」
小夜子は財布を懐に忍ばせると、外に出た。夏だが、いつもの和装である。暑さ寒さには全く影響を受けないが、夏物と冬物で和服の生地は変えてある。
間宮屋敷は丘の上にあって、駅まで歩くとなれば一時間はかかる距離だ。しかし、今日は屋敷にいる気分でもなし、たまには歩くことにした。
蝉がうるさいほどに鳴いている。
殺人的な暑さの中をゆったりと歩いても、気分は晴れなかった。
ふと道路に大きな天牛がいて、メタリックな外殻でゆったりと歩んでいるのを見つけると、どうしてか和んだ。
虫は人と共にあって友に無し。別世界の生き物であるかのようなのに、当たり前に存在している。それが、どこかしら面白く感じられた。
「カミキリムシはどうして天牛と書くのかのう……」
字面だけは知っていたが、所以までは知らない。今度調べてみようかと思った。スマートフォンで調べるのは味気ないので、広辞苑でも使うかと考える。
丘を下って、海岸線の国道沿いをゆったりゆったり歩く。
自転車の子供たちが隣を駆け抜けて行く。令和の時代でも子供たちは自転車だ。
暑すぎる昨今、子供が外で遊ぶというのは危険なことになった。これも時代の流れか。
テトラポットが積み上げられた海辺には釣り人がちらほらと。テトラポットの先端に腰掛けて、長い竿を出す麦わら帽子の老人など、山海経に出てくる仙人のようだ。
「ほう、若松とトミーも釣りが好きであったな」
思い出してしまうと、イラっと来た。トミーは釣りに凝っていた時期があって、よく魚を持ち帰っていた。楽しい記憶が今は苦い。
気を取り直して歩む。
歩いてみると普段は気づかない発見があるものだ。海沿いには野良猫が多いとか、チェリオの自販機をたくさん見かけるとか。
コンビニに立ち寄って、唐揚げが串に刺さったものを買う。
歩きながら食べようと思ったものの、ゴミ箱などとんと見かけない。仕方なく小夜子は店先で唐揚げ串を平らげることにした。
何やら珍しいものを見るかのように見られてしまうが、いつものことなので気にしない。とはいっても、食事時の写真撮影は断ることにしている小夜子であった。
「うむ、普通であったの」
ぬるぬるの脂っこいタンパク質が欲しくなることもある。
そぞろ歩く小夜子はたっぷり一時間ほどかけて駅前に辿りついたのであった。
本日も駅前のパチンコ屋は盛況で、またしてもイラッとした小夜子である。
「小夜子お嬢さん、今日は若松くんいないの?」
そんな声をかけてきたのは、パチンコ屋の隣にある小さな煙草屋の婆さんである。煙草屋のスタンドから顔を出して、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして笑っている。
「今日はわらわだけじゃ。婆様、商売の調子はどうじゃ?」
「ボチボチだぁねぇ。最近の若いのは煙草も吸わないし、年々悪くなる一方さ。それよりお嬢さん、お饅頭あるけど食べるかい?」
煙草屋の婆さんは若松のファンである。そういうこともあり、ちょくちょく声をかけてくるのだ。
「うむ、頂こうかの」
山と積まれた煙草のパッケージの隙間。椅子に座った婆様が饅頭を小夜子に手渡す。何の変哲も無い、昔ながらのこし餡饅頭だ。受け取って、そのままぱくり。一口で半分を食べる。
「うむ、外側のペタっとしたとこの塩気が良いのう。美味い美味い」
「お嬢さんの食べっぷりは見てるこっちが嬉しくなるねェ。イイ女なんだから、煙草の一つも吸ったらどうだい?」
「わらわ未成年じゃし、令和の今では古いであろう。フジコちゃんとジゲンも禁煙しとるくらいなんじゃから」
「世知辛いねェ」
「大人になったら考えてみることにしようかの」
小夜子が饅頭の残り半分を口にすると、婆さんがミニサイズの缶コーヒーをくれた。ブラックを渡してくる辺りが分かっている。
コーヒーを飲み干したところで、市営駐輪場から出てくるギャル谷を見つけた。
「うむ、待ち人来たるじゃ。婆様、馳走になった。今度は、なんぞ未成年にも買えるものを揃えておくれ」
「へっへっへっ、こちとら煙草一本さね」
婆さんと別れて、ギャル谷と合流する。
さて、夏休みのギャル谷を一言で表すならば【オシャレ】であった。雑誌から抜け出したようなアクの強さは無いのに、今を生きる女の子と一目で分かるカワイイ恰好をしている。
「ギャル谷よ、急に呼び出して悪いのう」
「いいよいいよ。サヨちゃんから遊ぼうなんて初めてだし」
「わらわもJKであるからな、遊びもするぞ。しかし、ギャル谷には敵わぬ。まさに、今のぬしは【ギャル谷】という感じじゃ! わらわ、感心した」
「うわぁ、言いたいことは分かんないでもないけど、その言い方オッサンみたいだよ」
時代についていけていない小夜子であった。現代に即した上手い言葉というのは、今を生きる若者でないと扱いが難しいのである。
「うむむ、わらわもそう思うた。これはぐうの音も出ぬ」
「ぐうの音くらい出そうよ。それより、今日はなにする?」
「特に考えはないのじゃが、ギャル谷には今風の遊び方やら若者文化を教えて欲しいのう」
「それ、ざっくりしすぎじゃない? うーん、そうだね。買い物っていうか、ちょっと都会だけど顔を出したいとこあるから、行っていい?」
「都会とはどの辺りじゃ?」
「渋谷」
小夜子は驚いた顔をした。
「し、シブヤと申したか。うむむ、わらわ初心者じゃぞ! アレじゃ、あの109とかそういうんがあるところじゃろ? そんな所にいきなり行ってもよいのか!?」
仕事で行く時はなんとも思わないが、遊びに行くとなると海外レベルで馴染が薄い。不安になる小夜子であった。
「たまにサヨちゃんのこと分からなくなる。別に鬼がいるとかじゃないから、大丈夫だよ」
「わらわは鬼でもいる方が得意じゃ」
「行きたくないなら別のとこにするけど?」
「むむ、ここは避けては通れぬ。わらわも令和のJKであるし、いつかは行かねばならんからの」
ギャル谷は、正直ちょっとついていけないと思いつつも、まあいいかと考え直す。小夜子と一緒に都会に行くというのは、なんだか楽しそうだからだ。
「じゃあ行こっか」
「うむ、タクシーにでも乗って」
小夜子の発言に対して、ギャル谷は被せるようにしてこう言った。
「はいダメー」
高校生の分際でタクシーで都会にお出かけなど、なんだか好みではない。ギャル谷はそういう所がしっかりしている。
「ならば、どうやって行くんじゃ」
「電車で行きます」
「で、電車! そういえば、わらわ全く乗っておらんな。新幹線に乗ったんが最後であった」
「ここはあーしに合わせてよ。いいでしょ?」
ギャル谷だって贅沢はしたい。しかし、それとこれは別。
タクシーの代金だって言いだした小夜子が出すだろう。だが、仕事だとか妖怪退治ならいざ知らず、今日は遊びに行くのだ。ならば、ギャル谷の流儀が優先だ。
「承知した。わらわ、あの携帯電話で改札通るんがイヤなんじゃ。切符は買うからの。そこは譲れんからな」
「なんかお婆ちゃんと話してるみたい……」
そういうことで、渋谷までは電車で移動する。
ちょうど時刻は十二時だったが、移動時間を優先して到着した後にご飯を食べようということになった。
電車の揺れは心地よい。
東京へ向かうお昼の快速電車はこみあってもいないし、いい塩梅だった。
「ふう、あっついねぇ」
シートに二人して横並びで座っているのだが、ギャル谷は普通に汗をかいている。小夜子は帯から扇子を取り出して差し出した。
「ほれ、使うとよい」
「ありがと。またシブいの使ってるし」
受け取ったギャル谷が扇子を開くと、蝙蝠の絵が描いてある。どうにもよく分からないセンスだと思った。
「蝙蝠は縁起モノじゃ」
「そうなの? あー、涼しっ。サヨちゃん、それはそうと、……なんかあった?」
「藪から棒に突然なんじゃ」
JKは藪から棒とか言わないし。と、ギャル谷は言いそうになるのを我慢する。
「なんとなく、ちょっとヘコんでるように見えたから」
「叔父がまたどこかへ行ってしまっての。わらわ、寂しいと感じてしもうておる」
ギャル谷は驚いた。こんなにストレートな回答が来るとは思ってもみなかったのだ。
「そっか、身近な人がいないと寂しいよね。あーしも、たまにママのこと思い出してそういう気分になるよ」
ギャル谷は母と死別している。だけど、それはずっと以前の幼いころだ。だから、今となっては思い出でしかない。それでも、今でも不意に喪失感を感じることが稀にある。
「ギャル谷や、付き合うてもらって有難い。こういうのは、若松に見せる訳にもいかんからの」
「いいよ、別に。そういう時って、誰でもあるから」
ガタンゴトンガタンゴトン電車が走る。
渋谷に着いたら、噂のタピオカというものを飲んでみようかと小夜子は思った。既にブームは去った後だが、一軒くらいは残っているだろう。




