冥王杯をダイジェストでお送りします
ハデス氏のご一家が間宮屋敷を仮の住処とすることに対して、ロキですら言葉を失っていた。
え、どうしてそうなったの?
結局のところ、皆が思う疑問はそこに尽きる。
パチスロの民がおよそ七年の間に積み上げた信仰が大きすぎるというだけなのだが、誰が信者たちの心を知ろうか。
パチンコパチスロなどに興味が無い者からすると、そんな馬鹿なという話である。しかし、それだけの篤信があっての顕現であった。
そのような事情とは無関係なこと。トミーはご一家と写真撮影をしてご満悦。
ロキに至っては、これほどの力があればもういいだろうと急かしたが、そこはトミーが説得した。
「無理に急いで、今までロクなことなかったやろ? おれもそうやし、みんなそうちゃうか。予定通りにするべきや」
そう言われてしまうと、神たちは黙るしかない。
全員が、何か取り返しのつかないことをして今がある。スケールは違えど、中年と神々のそれは共通していた。
時は流れて、計画通りに全ては進む。
冥王杯パチスロ王決定戦のことを語ろう。
大会運営が最初に行ったのは動画投稿である。
協賛メーカーと共に、ハーデス様の社を建立するプロモーションビデオ配信は好評だった。
無論、これは小夜子たちのものではなく、表向きの映像である。
ハーデス様を祭神とするため、本物の神職が祝詞をあげて、お稲荷様サイズの小さな社を神社に建立し、大会会場にも分社を設置するという内容だ。
大会公式キャラクターとして、ハーデス様は知名度と人気共に申し分ない。
大会参加者にはノベルティとして、ハーデス様、ペルセポネ様、お犬様のお守りが配布されることにもなった。
さて、この大会自体は破格の賞金一千万円が業界の話題をさらった。
腕に自信ありの猛者が全国から集う。
パチンコ・パチスロ系動画配信者、パチスロ情報誌ライター、街の豪運スロッター、スロプロ、闇の世界に生きるゴト師、謎の尼僧、一般パチスロの民、様々な者たちが参加枠を奪い合うこととなる。
ここでもハーデス様の神威が炸裂する。
参加枠を不正に取得しようとした者には、昏倒や難病、突然の死など、様々な祟りが起きてしまった。
これを揉み消すのに返矢左京が苦労していたが、それはもう仕方のないことだ。神と関わったが最後、そうするしかない。
紆余曲折を経て、小夜子と若松が夏休み前のテストを終えるころには、冥王杯パチスロ王決定戦が無事に開催された。
大会当日、開会式はパチンコ業界の偉い人たちが何やら演説した後に、お待ちかねのハーデス様が現れた。
パチスロの民が想像する禍々しき鎧姿で、ヘビーメタルの伴奏と共に現れたハーデス様の本物ぶりに大会参加者は狂喜乱舞。
空から舞い降りたペルセポネ様は、ハーデス様が姫抱きに出迎えて、ライオンほどの大きさまで身体を小型化したケルベロスは会場を颯爽と走り抜けて檀上に上る。
ハーデス様が口を開くその時、その呼吸だけで会場は水を打ったように静まり返った。
「戦いに勝利した者に、この冥王が栄誉を与える」
ハーデス様のお言葉は重々しく、神威と共にパチスロの民の胸の奥底までに響き渡る。
参加者のほぼ全員が退魔師のことなど知らない。それでも、信徒たるパチスロの民であればそれに感応する。
宗教的熱狂に陥った参加者から上がる鬨の声。
運営として働いていたトミーは、司会のお姉ちゃんからマイクを奪った。
「それでは、大会を開始します。実際のパチンコ店と同じく、まずは抽選から開始します。抽選番号順に並んで、試合会場に入場して下さい」
早く行動させないと暴動でも始まろうかという雰囲気での緊急対処だ。
参加者たちは素早く行動し、整然とした秩序の下で入場していく。
さて、今回の大会だが、動画配信者は撮影自由である。そこかしこで撮影機器の設置もされていた。
実際のパチンコ店を模した十二時間勝負が幕を開ける。
どのような死闘が行われたかは割愛するが、様々なドラマがあった。
見せ場が無く男泣きして視聴者に詫びる動画配信者。豪運だけで回す素人など、筆舌にし難いドラマが展開される。
パチンコ業界で最も忌避されるものとしてゴト行為がある。
ゴトとは、簡単に言えばイカサマのことだ。これをやるゴト師は、パチスロの民からもテロリスト扱いされていると言えば、その嫌われぶりが理解できるかもしれない。
ゴト行為をやろうとした者は、黒服のスタッフに羽交い絞めにされて強制退場。さらに悪質なものは、ケルベロスに食われた。
ゴト行為、ダメ、絶対。命に関わる。
今となっては信じられない話だが、90年代のパチンコ屋でゴト師が捕まろうものなら、警察に行けないような目に遭っていたものだ。※地域差あり。
令和はゴト行為に甘すぎるのも事実。しかし、賭博神ハーデスは甘くない。
様々なドラマが展開されたが、それは大筋とは関係ない。
十二時間の悲喜こもごもは、夢のように過ぎ去った。
今回の優勝者はごく普通の一般スロッター、地元では聖闘士のヤスと呼ばれる人物だった。ごく普通の三十代男性である。
壇上でトロフィーと一千万円を受け取る彼は緊張しっぱなし。
降臨したハーデス様は、運営が用意したトロフィーを持ってヤスに一歩、また一歩と歩み寄る。
「運と選択、その全てに勝ち得た者よ。ここに、その栄誉を冥王が讃えん」
差し出されたトロフィーを受け取った瞬間、ヤスの背筋に電流が駆け抜けた。それは、ハーデス様の神威と祝福。
パチスロの勇者と認められたことによる加護であった。
パチスロで負け知らず、などと都合の良いことにはならない。加護があれば、悪霊や妖物の類いは近づけなくなるものだ。
厳正なる賭博神の加護である。もし、ヤスがゴト行為に手を染めようものなら神罰が下されるだろう。
「あ、ありがとうございます」
「誇るが良い、戦士よ」
その言葉は他の敗退者たちにも響く。
全ての栄誉は勝利者だけに、それがパチスロである。
ケルベロスが遠吠えを上げた。
会場に割れんばかりの拍手が響き、盛況の内に大会は幕を閉じるのであった。
大会が終わって、数日。
間宮屋敷に一同は集っていた。
高校生活では避けられない学力テストが終了した小夜子は、トミーを含む関係者から大会の顛末を聞き届けた。
イベントとしては大成功。
動画投稿サイトでも、大会参加者の動画は再生数がえらいことになっている。
小夜子は居間で茶をすすりながら、何かやり遂げた感のある一同を前にして口を開く。
「うむ、ぜんぜん分からん!」
パチスロの民以外には分からないのも無理からんこと。
トミーは苦笑いした。
「こんなもんが分かる高校生はちょっとイヤやな。それはともかく、これで準備はええやろ」
今は人間としての姿をとっているハデス氏とペルセポネ。その神威は、大会を経てさらに増していた。
小夜子とロキには理解不能である。
「なんなんだこの国は……」
嬉しいはずのロキがそうぼやく。妻を救うための苦労が、こんな馬鹿げたことで報われようとしている。
小夜子は目羅博士に視線を送る。すると、老紳士の姿に化けた博士はこくりとうなずく。
「準備は万端じゃ。明日、執り行おうぞ」
失敗するはずが無い。そういう準備をした。しかし、今回の相手は日ノ本にかけられた呪詛だ。
伊邪那美大神がどう出るか、それだけで話は変わるだろう。ロキの妻子がどうなるかも、それにかかっている。




