降臨祝いはみんなで宴会の夜
ゴッドを引いた。
これは、パチスロの民が言うところの、異常に低い確率による抽選で大当たりを引き当てたという意味だ。
それが転じて、稀有な事象に出くわした時に「ゴッド引いたみたいなもんだぞ」などとパチスロの民は言うことがある。
このゴッドという言葉、時々によって意味合いが異なる。
元々は90年代の終わりにリリースされた犯罪的パチスロ台【ミリオンゴッド】に端を発する。
ミリオンゴッドに搭載された8192分の1で成立するGOD図柄揃い大当たり。
これを引き当てると、その時点で十万円になった。
重ねて明言しよう。GODという図柄が揃うだけで、十万円になった。
令和の今からすると信じられない話だが、本当に揃った時点で十万円が貰えるというパチスロ台があったのである。
この故事から、【ゴッド引いた】はパチスロの民の間ではとんでもない大当たりを引き当てた。または、8192分の1を引き当てたという意味合いで使用されることになる。
長々と説明したが、これは全く現在の状況とは関係が無い。むしろ、こんなことはどうでもいいことであり、知ったところで人生には何の役にも立たない知識である。
ギリシアの冥界から神が召喚されるなど、本来はあってはならないことだ。
想定を大きく上回る力の奔流は、事前に小夜子が張っていた結界を破壊して、辺り一帯に神の召喚を知らしめてしまうことになった。
小夜子は驚きながらも、スマートフォンの着信に顔を引き攣らせた。
液晶画面には【ヨンさま】の文字。
退魔師組合の長である返矢左京からの電話だ。
返矢左京は、絶対にこいつだという確信を持って鬼電している。霊感による報せと、冷徹な頭脳の予測が嚙み合ってのものであった。
「もしもし、間宮じゃ」
『返矢だ。今度は何をした?』
「……色々あって、ハーデース様が降臨されておる。場所はわらわの町の神社じゃ。別に戦いとかそういうのではないからの、興味があれば来よ」
『おい、それだけで終わりかね?』
「別に日本の危機ではないから大丈夫じゃ。多分」
『多分って言ったな! 今回は私が行くぞ。首を洗って待っていろ』
小夜子は通話を終了させた。すると、今度は聖蓮尼からかかってくる。
「もしもし」
『間宮さん、鳴髪が何かしでかしましたね。今度という今度は私も怒りますよ』
「今回はわらわの想定が甘かったんじゃ」
『その声からすると、今は危機ではないと。……収められますか?』
「なんとかなりそうじゃ」
『では任せます。後で顛末を教えて下さいね』
「うむ、全て済めばそちらへ行こうかの」
そういうことになって、聖蓮尼との通話は終了した。
なんとかなったという気がした小夜子だが、現実はなんともなっていない。
トミーは神社の管理を依頼した退魔師の女性に酒を買いに行かせており、若松はデリバリーに電話をしている。
天逆毎はケルベロスが気に入ったのか、鳴髪小夜子と共に撫で回していた。
「異国の狛犬とは、なんとカワイイものか。我が見惚れるとは見事なものよ」
「毛並がいいな」
嫌がっているそぶりは見せないため、ケルベロスはまんざらでもないらしい。天逆毎は天狗や獣の姿をした神である。ケルベロスが懐くのも無理はない。
混沌とした光景を眺めながら、小夜子は天を仰いだ。
「帰ってはいかんのじゃろうなァ。どうしてこうなったんじゃ……。パチスロの民、どんだけ本気でハーデス様を信仰しておるのか」
そこらの新興宗教で信者が命を捧げたとして、神を降臨させるには足りない。百人や二百人そこらの生贄でも到底足りないというのに、どうしてこうなる。
ハーデース、いや、今はハーデスとペルセポネは、冬以外での邂逅に我を忘れているようだ。すでに、二人きりの世界である。
本来、この夫妻は呪わしき運命により、冬の間しか共にいられないのだ。
鳴髪小夜子が気を利かせたものか、天逆毎もそれには絡まずにケルベロスを撫でまわしていた。
「これは確実に、後で面倒なことになるのう」
小夜子はため息をついたが、すぐに気持ちを切り替える。
この度の降臨の隠蔽、完全に失敗した。
宗教者から退魔師、はては魔女に魔道士まで。これに気づいた者は大勢いるだろう。それこそ、そこには未来に魔王へ至る者も含まれるはずだ。
ヒダリ上人が言ったように、未来の行く末を決める傾きに小夜子は関われないのかもしれない。しかし、それは相手のルールに則った上での話だ。今回は、トミーがそれを完膚なきまでに破壊した。
なるようになる。
小夜子はそう思うことにした。
力技で片付けられるならどれだけ楽だったか。
時間と未来はそれを許さない。一つ一つの因果が収束して初めて、地獄の未来とは別の未来へ続く道筋ができる。それが、別の地獄だとしても。
「なるようにする」
小夜子も鳴髪小夜子も、その点では同じ気持ちであった。
デリバリーのピザが届いてからは、浴びるように酒を飲むという神らしい宴になった。
配達人は驚いていたが、トミーの『パチスロのPV撮影』という説明で納得して帰っていった。
そんなので納得してよいのか。日本の未来を危ぶむ小夜子であった。
返矢左京は二時間ほどして完全武装してやって来たが、宴会に強制参加させられる。何より、神が四柱もいらっしゃるのだから、戦うなどもってのほか。
かいつまんで経緯を説明したところ、パチスロの民の話が出た時点で限界を迎えた。
「もういい。私も飲む」
返矢左京は缶ビールを連続で五本飲み干してた。宴会芸のような早飲み。ヨンさまのような男前がやるそれは、なんだか面白い。
ほんのりと顔色が変わった返矢は、常人とは逆に頭が冴えたようで解説を始めた。
「間宮よ、確かにあの三点方式は呪術に近い。賭博であって賭博でなし。メダルを借り受けて台に入れるのが奉納として機能するなら、メダルが増えたというのは神の恩恵と捉えることができる。それに、私はパチンコなどやらないから知らんが、彼らはだいたい勝利を祈っている。それは、信仰にもなるだろう」
戦国武将が神社に寄進するようなものだ。それで勝てば、信心も深まるのと似ている。
「ふうむ。わらわは全く理解できんが、偶然そうなったということかや」
「ああ、それにハーデース様とは相性もいい。冥界と地底の支配者という側面があれば、パチンコ屋の特殊景品は金が含まれているから、地下資源という意味合いでは繋がりがある。無理筋に聞こえるだろうが、信仰の力とは元々が無理筋なものだ」
飲めば飲むほど頭が冴える返矢左京は、滔々と解説する。退魔師組合長にして現役最強と呼ばれるだけあって、流石としか言いようがない。
「で、間宮。お前のせいで、寝た子を起こしたのは間違いない。神の降臨を悲願とする馬鹿共はたくさんいる。これで、派手に動き出すぞ」
「それは、わらわと鳴髪殿で始末をつけるしかあるまい。無論、返矢殿もじゃ」
「気に入らん小娘め。私がテコナを隠すのにどれだけ苦労したか」
返矢テコナは明確に人間ではない。【膨れ女】という邪神だ。
「その話は、酒が入ってない時にやり直そうぞ。わらわにも考えはあるからの」
考えなど全くない。
本来、神などというものはこんなに簡単に出てくるはずがないのだ。それが集うなど、今が未来の傾きを決めている証左だ。
その後、ラブロマンスから戻ったハーデスとペルセポネは天逆毎との宴を始めた。
そこに鳴髪小夜子が加わったことで、鳴髪小夜子、天逆毎、ペルセポネの女子会が始まってしまう。
女が三人集まれば、それはもう難しい。男が半端に首など突っ込めないものになる。
ハーデスはそそくさと退散して、トミーと若松のところにやって来た。
「トミー、あなたのおかげで、私は大変なことになりましたよ」
苦笑いを浮かべたハーデスはそう言ったが、それは恐ろし気な風貌には全く似合わないものだった。
「ハーデス様や! ゴッドいつでも引かせてくれたら拝むんやけどなあ」
「無理を言わないで下さい」
「ははは、冗談や。まあなんや凄いことなったけど、ピザいっぱいとったから、食べようや」
そういうことになり、本殿の階段に腰掛けて一人と一柱はピザを食う。
用意のいい若松は、ピザやらインスタントのスープなどを配って回っており、女性陣にからかわれては撤退を繰り返している。
ピザを食べたハーデスは、日本のピザは不思議だと思いながら、デリバリーの味を堪能した。
トミーが忙しく走り回っている若松を指さした。
「あの若松はなあ、家にある石窯でピザも焼けるんやで」
「ほう、それは食べてみたいですね」
そこから、ハーデスとトミーは少しだけ黙った。
先に口を開いたのはトミーだ。
「なんや、こう上手くいってまうと、ちょっと寂しくなるなァ」
「まだ、道を繋げてはいませんが、これだけの信仰があれば、祭りをせずとも開くことはできるでしょう」
今すぐでも目的は達成できるとハーデスは言う。
「こういう時、急いだらあかんで。途中で変えたら失敗するんや」
「確かに、約束は約束ですからね。破る訳にはいきません」
言いたいことではない言葉を、互いに紡ぐ。
ハーデスは困ったような笑みを浮かべた。
「トミー、やはり、その大会とやらには私も姿を見せないといけませんか?」
「パチスロの民が待っとるんや。なんやおれらの信仰? それもハデスさん、今回で分かってくれたやろ。おれらがどんだけ神頼みしてるか、なあ」
「ええ、この私に対してこんな信仰を捧げる者たちがいるとは、驚きました。この国はおかしくて、それでいて良いところです」
ハーデスという神のことを正確に理解している者が最も多いのは日本だ。
悲しいことに、祖国であってもハーデスは冥界の神であるらしいという認識しかない。それすら知らない者も多いというのに、パチスロのおかげでハーデスの日本における知名度は、伊邪那美様に匹敵する。
「なあ、ハデスさん」
トミーはハーデスを今でも『ハデスさん』と呼ぶ。
「トミー、なんですか?」
「ハニワ? っていうのはよう分からんけど、あんたのこと大切な友達やと思うとるで。ロキさんもやけど、なんか初めて会うた時から長くなる気がした」
トミーのことを、天逆毎は審神者だと言っていた。
「ふふ、ははは、私もです。不思議なことだ。ずっと前から知っていた気がします」
一人と一柱は、どこか気恥ずかしい様子である。ようやく言いたかったことを言えた。
「大人になってもそういうこと、あるんやなあ」
コドモ大人のトミーはそう言って、笑う。そして、思い出したように言葉を続けた。
「ハデスさん、後で奥さん紹介してな。それから、耳を貸して」
何事か、トミーはハーデスの耳元で囁いた。
「な、なにを言うのですか!」
「小夜子ちゃんの屋敷、ロキさんに先生におれもいるし、落ち着いてできんやろ。とりあえず、普通の姿になってくれたら送っていくから、今日は泊まってきたらええねや。ロキさんにはそれらしく言うとくから」
トミーは平然と言い放って、チーズマヨ味のピザをかじる。これも、きっと本場とは違ったものだろう。日本ナイズされている。
ハーデス様も、日本ナイズされた姿だと思うとなんだかおかしい。
女性陣たちは総じて人間を遥かに越えた地獄耳のため、ハーデスと審神者の会話を全て聴いていた。
天逆毎がペルセポネに笑みを向けた。
「カカカカ、良き夫ではないか」
軽くからかうと、ペルセポネは顔を赤くしてうつむいた。そこに、鳴髪小夜子が追い打ちをかける。
「あのねえ、ラブホ行く時だけど、先にコンビニによって、色々買っとかないと面倒だよ」
豊穣神であるペルセポネだが、このようにあけすけな会話には慣れていない。そして、このような接し方をする者というのも、今までいるはずがないお立場であった。
「お、お二人とも、そのような……」
鳴髪小夜子は善意のみで言っているため、女神の反応に小首を傾げた。そして、天逆毎はニヤニヤしているだけだ。
本来の天逆毎であれば、夜が明けるまで酒を飲み続ける。しかし、今回はペルセポネの顔を立てて、ここらでお開きと相成った。
酒とつまみはあることだし、鳴髪小夜子とは朝まで酒を飲むつもりだ。
小夜子と返矢左京の会談は後日となり、皆が家に帰ったり夜の街に消えていくこととなった。
朝が白むまで飲み続けた天逆毎は、本殿の壁にもたれかかって寝入ってしまった鳴髪小夜子を尻目に黒雲を呼び寄せていた。
このまま住まいに帰るつもりであったが、息を殺して様子を窺っている道反一族の女性退魔師に声をかけた。
「おい、狸寝入りはよさぬか」
「気づかれていましたか」
かつて、手長足長との戦いで足首と身内を失った女性だ。
「カカカ、我は天逆毎姫ぞ。人ごときが騙せるなどと思うなよ」
「お帰りになられるのですね。今回はご無理を言いました」
女性退魔師は愛想笑い。その瞳の奥に、昏いものがある。
「我は機嫌が良い。だから教えてやる。鳴髪小夜子の寝入りを襲っても無駄だ。あれは殺気があれば目を覚まし、お前の首を飛ばすであろう」
ギリと音が鳴るほどに、女性退魔師は奥歯を噛み締めた。そして、鬼の形相となる。
「どうして、そんなこと! お前がいなかったら、叔父さんも死ななかったのに! 若も、聖蓮尼も、誰もお前を憎まない。なんでっ、そんなのっ、許せない!」
叔父の仇。
復讐がしたかった。なのに、誰も彼もが神のすることで仕方ないと。天逆毎を相手に命があっただけでよかったと。気にも留めていない。勝てないから仕方ない、忘れろと言う。
「ならば、我にかかって来よ。鳴髪小夜子を恨むは筋違いぞ」
鳴髪小夜子の刃は、この惑わし神の命に届いていた。それなのに、殺さなかった。挙句に友達のように接している。
「そんなのっ、そんなの!」
女性退魔師は立ち尽くして、涙を零した。歯を食いしばって泣いている。
「カカカカ、情けないことよな。我は貴様のおかげで機嫌が良い。貴様に我を狙う気概あるならば、名乗ってみよ。今でなくとも、貴様の都合で相手をしてやる。この天逆毎姫が、約束してやろう」
「……ッッ!」
それは神との契約。期限を定めぬ戦いの起請文。
「さあ、名乗れい」
目を見開いた女性退魔師は、天逆毎から視線を逸らさずに口を開いた。そして、自らの名を名乗る。
名乗りと誓約により、神との契約は成った。
「我を殺せる日が来れば、呼べい。いつでも相手になろうぞ。貴様の腸を喰らい尽くす日が楽しみだの。その日まで、さらばじゃ」
呵々大笑した天逆毎は、黒雲に乗り去っていく。朝日に吸い込まれるように、神々しいお姿で消えていく。
鳴髪小夜子は目を瞑ったまま、それを聞いていた。
お節介なのか、それともあの女に同情したものなのか。ツンデレ神の真意は知れない。
鳴髪小夜子は、これもまたあるべき収まりだと思った。




