幕間
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そこは血の海。八大国の一つ、ディアナのとある街の路地裏。人通りもまばらな場所だ。
薄暗い夕暮れの中、そこだけ周りから切り離されたような、異様な光景が広がる。通り過ぎる人々は、その現場を見たとしても、何事も無かったように通り過ぎていく。まるで、それが日常であるかの様に、極自然に。
返り血を浴び、紅い海の中央に立つのは愛らしい顔をした少年だった。
「……抵抗なんて、無駄だと言った筈です」
自分の足元に倒れている肢体に、少年はゆっくりと優しい口調で語りかける。
「仕方ないんですよ。君たちが反逆なんて愚かしいことをしたのが原因なんですから」
顔は笑っているのに、瞳はどこまでも冷たく、陶器の様な白い肌には血がこびり付いていた。
少年の足元の肢体――死体は四、五人。少年は名簿のような冊子を取り出すと、パラパラとめくりだし自分の足元を見やった。その凍てつくような視線には、明らかな侮蔑の色が混ざっている。
「逃げたって、駄目です。すぐに僕が……殺してあげますから」
粘着質な音が暗い路地に響き、少年は狭い空を見上げた。
「この世界は汚い。だから僕が――僕達が世界を変えてあげます」
その瞳には揺らぎはなく、決意の炎が燃えている。
少年は双眸を閉じると、思考を巡らせ、どうやったら自分の目的が果たせるのかと知恵を絞る。しかし、答えは一向に見つからない。
「今は、まだ……か」
温かい風が吹き、オレンジ色の髪が靡く。それと同時に、返り血を魔法で拭き取った。
「……ふふ、楽しみです」
これから出逢うであろう人々を想いながら、少年は何事も無かったように路地を出る。そして、街の中にゆっくりと歩き出し、雑踏に紛れていった。
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暗闇の中、“それ”は考えていた。椅子に腰掛け、目の前の水晶をじっと見つめている。
「……どうだ、見えるか?」
蝋燭の明かりが灯ると共に、低い声が響く。硬質な足音はゆっくりと近づいてくる。
「まだ。しかし、動き出した」
男の質問に、艶やかな黒髪を鬱陶しそうにかき上げ、少女は答える。少女は暗い部屋に唯一取り付けられている窓に視線を向けた。窓の外では満月が煌々と輝いている。
「……動くべきか?」
男が思案の色を示すと、少女はゆっくりと口を動かす。
「あぁ、動いても問題ない」
その返答に、男は僅かに緊張を緩めた。
少女は虚空を見つめると、全てを見透かしたような瞳を男に向ける。
「派遣隊を送るのだろう? 私も行くぞ」
男は明らかに動揺するが、少女は初めから分かっていたのか、何も言わない。
「……計画を、成功させたいのだろう?」
それは最早脅しだが、元々不安定で、歪んだ関係だ。今更そんな事、彼らには関係ない。暫しの沈黙の後、男は観念した様に口を開いた。
「……良かろう、好きにするがよい」
その言葉に、少女は満足そうに頷いた。
「これで、貴様の望みも、私の望みも叶う」
積年の願いと誓いが、ようやく実を結ぶのだ。少女は小さく笑った。けれど、少女は自分が笑った事になど気づかず、驚く男に首を傾げる。男は自嘲気味に喉の奥で笑うと、身を翻して部屋を出て行く。
ゆらゆらと、魔力で作られた蝋燭が揺れていた。




