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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第一章:始
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****

 翌日、カーテンの隙間から漏れ出た光で、シエラは目を覚ました。

「……はぁ」

 今日は学校。昨日の事もあり、気分が重い。学校に行っても面倒事しかないだろう。もう一度布団を被って寝ようとしたが、扉のノックに再び身を起こした。

「シエラー。起きなさい」

 いつもどうりの明るい母の声が聞こえた。そのことに少しだけ安心する。昨夜の母は本当に変だった。

「……はーい」

 渋々ベッドから出ると、制服に着替える。ネクタイを締め終わると、カーテンを開く。眩しい程の太陽に、思わず目を細めた。

「私が、適合者」

 悪夢と言える現実だ。ふと、自分の胸に手を当てた。いつもとは違う感覚がある。とくん、とくん、と温かな鼓動が、確かにそこにあった。

「宝玉、か」

 昨日の共鳴で、シエラの身体の中に宝玉が宿った。特別、身体の中にあるという感覚は無いが、その存在はしっかりと感じる。

「シエラー!?」

 すると下からリアンの呼ぶ声がした。

「なぁーにー!?」

 シエラは慌てて部屋の扉を開け、階段を駆け下りる。リビングに入ると、朝食の支度を終えたリアンがいた。

「遅刻するから、早くしなさい」

「はーい」

 適当に返事をすると、洗面所に向かう。冷たい水が顔に掛かると、余計な事も一緒に流れた気がした。しかし、鏡の中の自分を見つめると、とても疲れたような顔をしており溜め息が漏れる。

「……なんで、私なんだろう」

 今のシエラの本音といえば、これしかなかった。世界を救いたいという気持ちも、頑張るという気持ちも一切なかった。ただ、何故という言葉が脳内に木霊す。

 学校に行く道ですれ違う人々は、今までと何も変わらない。それなのに自分は。そう想うと憂鬱で仕方が無かった。重い足取りで教室に入ると、一斉に視線を向けられる。

「……おはよ」

 乾いた笑いしか出ず、教室の扉の前で固まっていると、数人の女子が近づいてきた。

「ねぇねぇ、本当なの?」

 品定めするような目付きに、心の中で溜め息を吐く。

「シエラが適合者になったって」

 その言葉に深い部分にまで、何かが突き刺さるような感覚を覚えた。此処から逃げ出したい衝動に駆られる。

「……ちょっと、止めなよ!」

 その一声に、視線はその声の主に集まった。講堂の様な創りの教室のため、段上のその人物を見上げる形となる。

「……ツヴァイ」

 シエラが呟くと、ツヴァイは小さく微笑んだ。

「皆も、これ以上シエラにプレッシャーかけちゃ駄目だよ? 大事な救世主の一人なんだから」

 微笑む瞳には、侮蔑の色があった。ツヴァイが上からシエラを見下ろす形になっているため、より一層その色は強く感じる。シエラは諦めの気持ちで彼女を眺めた。

「そうだね」

 クスクスと陰湿な笑いを漏らす目の前のクラスメイトに、シエラは呆れた。

「……私、世界を救うつもりなんて無いよ」

 その一言に、水を打ったように教室が静まり返る。

「……私、世界を救うつもり、無いから」

 冷静にもう一度言うと、男子達が喚き出した。

「お前!! 自分の言ってる事分かってんのか!?」

 それに便乗するように、教室中が抗議の、批判の声で満たされる。

 ――そうだ、お前達は何とでもいえる。この不安で仕方ない気持ちも、憤りも、感じなくてすむからだ。

 シエラは苛立ちに拳が震えた。

「……うっさい」

 睨みを利かし、いつもより遙かに低い声で呟くと、再び沈黙がおりる。

「あんた達さ、なんか勘違いしてない?」

 シエラが一歩教室に足を踏み入れると、周りにいた女子は足早に段上に逃げる。

 ――そうだ、所詮その程度だ。結局私はどうしたって馴染めないんだ。

 シエラは更に拳を握り締める。

「……別に、私が世界を救う義務はないんだよ」

 シエラは我ながら呆れていた。

 まさか、自分にこんな脅しの才能があったとは。実際、これは脅しではないのかも知れない。

 シエラは、この時どうしようもなく空しかった。死への恐怖も、クラスメイトたちの反応も、全てがどうでも良かった。ただ、どうしようもない憤りだけが、心を締め付けた。

「お前、自分が死んでもいいのかよっ!?」

 誰かがシエラに向かって叫んだ。

 しかし、シエラは微動だにしない。死ぬことなど、生に執着していないシエラにとってはどうでもよかった。

「……そんなに生きていたいのなら、他国の適合者に縋りなよ」

 冷たく言い放つと、その場にいた全員が諦めたように自分の席に着き始めた。

「……なんで、あんな奴が適合者なんだ」

「魔法が使えないのに、よく選ばれたな」

「これでロディーラが消滅したら、あいつのせいだな」

 いつもどうりの賑やかさを取り戻した教室だが、穏やかな雰囲気は微塵も感じない。全員がシエラの陰口を言っているのだ。すると、いつの間にかシエラのクラスの扉には、多くの人が集まっていた。

「あれが適合者?」

「……ぱっとしないなぁ」

「ランティア先輩達を差し置いてあんな子が?」

「でも、世界を救ってくれるんでしょ?」

「頑張ってねー! アハハ」

 学年も性別もバラバラの人たちが、シエラを見物しに来たのだ。

 ――……やめてよ。

 彼らの言葉を浴びながら、シエラはスカートの裾を握り締めた。

 ――なんで、私なの……?

 期待されるよりは、罵られるほうが良かった。そんな他人事で遠巻きから眺められるぐらいなら、真正面から言って欲しかった。しかし、そう想うたびにシエラの心は傷つく。

 この空間にいる事が我慢できず、シエラは踵を返す。すると、それまで喋っていた人々は、静まり返った。俯いたままシエラは走って教室を飛び出した。

 ――……消えてなくなりたい。

 かつてこれほどまで消えたいと想った事があっただろうか。確かに魔法学校での生活は決して楽しいものではない。しかし、こんな感情は初めてだった。人の居ないところに行きたかった。本能の命ずるままに走り、校舎を飛び出していた。

「はぁ……はぁ……」

 途中から、呼吸をする事すら苦しくなり、泣いているからだと気づく。

 ただ、ひたすら走る。いつの間にか、学校の校門まで来ていた。

 呼吸を整え、後ろを振り返ると、そこには後悔しか生まれなかった。教室の窓から、全学年全クラスの生徒がこちらを見ていた。その中で、一際目立つ所があった。窓の周りの空間を魔法で着色し、メッセージがあった。

『早く世界から消えろ』

「……っ!!」

 その言葉に、シエラは今まで張っていた虚勢が崩れるのを感じた。そして、そのクラスの窓からはツヴァイが愉快そうに笑っているのが見えた。

 ――何故、お前達にそんな事を言われなければならない。お前達に何が分かる。普通に魔法が使えるお前達に!!

「……ぁぁああぁぁあ!!」

 ――全部消エテシマエバイインダ……!!

 シエラの悲しみの叫びと共に、周りから眩い光が発せられる。温かく、包み込むような光に、シエラはゆっくりと目を閉じた。

 その光の強さに、窓から見ていた生徒達も目を塞いでいる。

「……何よ、あれっ!?」

 ツヴァイが呟くと同時に、学校は光に全てを奪われた。

 そして次に目を開けたとき、そこにシエラはいなかった。


 シエラが目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。

「……此処、どこ?」

 呟くと、自分が何かの布の上に倒れていると気づき、起き上がる。目の前には暗幕があり、少しだけそれを開くと、光が差し込んできた。眩しさに目を細め、よくよく辺りを窺ってみれば、数々の調度品がある。

「……誰ですか?」

 聞いたことのあるような声に、シエラは肩を揺らす。 何処に来たのかも分からないが、今は見知った人とは一緒にいたくない。人の気配が徐々に近づき、暗幕を大きく開けられてしまった。

「……っ!!」

 シエラが目を強く閉じると、

「シエラ=ロベラッティ……?」

優しい声が耳朶に響いた。

「……え?」

 目の前の人物に、シエラは大きく目を見開く。

「ファウナ……王女?」

 そこには不思議そうにこちらを見つめる、端整な顔立ちの持ち主がいた。緩やかな波を描くその美しい茶髪は、腰まで伸びている。

「……どうして、貴女が此処に?」

 シエラがそう呟くと、ファウナ王女は首を傾げる。

「それはわたくしの台詞です」

 きょとんとした顔が、まだ少しだけ幼さの残る顔を更に愛らしくした。シエラはしどろもどろになりながらも、何とか言葉を紡ごうと口を動かす。

「……えーっと、まず、此処はどこですか?」

 状況を整理したくて言った言葉だったが、

「此処は城内です」

そのファウナの返事に、シエラの顔は一気に青ざめていく。

「……城、内?」

 そして、部屋にシエラの叫びが響き渡った。


 あの後、状況を理解したシエラは大人しく椅子に腰掛けていた。

 大きな声を出してしまった事が恥ずかしくて、シエラは顔を俯かせている。

「あの、ほんと、すみません……」

 シエラがもじもじしながら謝罪すれば、ファウナはにっこりと笑う。

「構いませんよ。……しかし、まだどうして?」

 ファウナはメイドに準備させた紅茶をシエラの前に置き、向かいに腰掛けた。

「……それが、よく分からないんです」

 先ほどの事なのに、上手く思い出せなかった。ただ行き場のない感情ばかりが胸を締め付け、脳裏にこびりつく。消えたいと強く思ったら、光に包まれてここにいたのだ。

 シエラはそれだけを伝えると、ファウナは僅かに目を見開いた。断片的な説明ではあったが、ファウナはどうやら理解してくれたらしい。

「もしかしたら、宝玉の力かも知れませんね」

 紅茶を飲みながら、ファウナはどこか寂しげな目で優雅に微笑んだ。そして、昨日とは違う本は机に広げている。

「……説明したい事は山積みですから、いい機会かもしれませんね。それと、昨日は申し訳ありませんでした」

 その言葉に、シエラは苦笑いを零す。確かに昨日は説明すると言われて結局何もなしに家に帰らされた。顔を上げたファウナが笑っていたので、シエラは嫌な予感を察知する。

 ――ていうか、教える気満々!?

 ファウナの微笑みからそれを悟ったシエラは脱力し、目の前にある本を見る。

「……何ですか、これ」

 手にとって見てみるが、表紙はボロボロでとても読めたものではなかった。

「あぁ、それは二千年前の書物です」

 二千年前。その単語にシエラは驚いた。

「じゃぁ、これめっちゃ重要な書物じゃ……」

 恐る恐る言うと、ファウナは微笑みながら頷く。シエラは身体が固まり、慎重にその本を机に置いた。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて謝ると、王女は不思議そうな顔をした。

「何故、謝られるのですか?」

「……え?」

 ファウナの疑問に、シエラは疑問を抱いた。

「だってこれは重要な……」

「重要ですが、使われなければ意味がありません」

 堂々とした物言いに、シエラの胸の奥で何かが広がる。ほんの小さな事なのに、何故だかこんなにも嬉しい。今まで自分が何する度に顔を顰められていた事の方が多かった。なのに、彼女は違う。ある程度の無関係にある人の温もりと優しさが、心地よい。

「これは、あなたに読まれてこそのものです」

 はい、と差し出されたその手の温かさに、シエラは目尻が熱くなるのを感じた。虚勢を張り続けたシエラにとって、十六年間で初めて他人の温かさを実感したのだ。王女は急にシエラが泣き出したので、ぎょっとしたが、すぐにハンカチを差し出した。

「大丈夫ですよ」

 何故泣いているのか理由は分からなくても、王女はシエラに手を差し伸べた。嗚咽が混じり、鼻水まで垂れてきそうだった。

「ご、めんなさい」

 王女の前で醜態を晒す事に謝罪したわけでも、重要文献を触った事に対しての謝罪でもない。こんな優しい人が、人を大事に想ってくれている人の居る世界を、消えていいと想ったことに対しての謝罪。

 世界は、全部が全部黒く塗り潰されているのだと思っていた。家族という枠組み以外は所詮他人で、心の奥は冷たいのだと、そう思っていた。

「……いいのですよ。存分に泣いてください」

 シエラはファウナの瞳の優しさに、少しだけ甘えることにした。

 きっと、これから今よりもずっと辛いことが待っているのだ。ならば、今泣いてしまおう。苦痛の中で、倒れてしまわないように。

 シエラはハンカチを受け取ると、生まれて初めて声を上げて泣いた。



 暫くし、シエラが泣き終わるとほぼ同時に、部屋に突然両親が入ってきた。シエラが驚きに目を見張ると、二人はファウナに深々と頭を下げる。シエラは事態が飲み込めずに、ファウナと両親の顔を交互に見比べる。

 そして先に口を開いたのは母のリアンだった。

「あの、一体どうなっているのでしょう……?」

 リアンの戸惑いは最もで、ファウナは二人に腰掛けるように促してから、話しを始めた。

「今日は、シエラさんについて、話しておかなければならない事があります」

 ファウナは真剣な眼差しでシエラの両親を見ている。その真剣さが伝わったのか、二人の間に緊張がはしる。しかも、リアンは震えながら、

「シエラが……適合者だという事ですか?」

かぼそい声で呟いた。

 シエラは母の口から出た言葉に目を見開く。シエラはリアンにその事を話した覚えが無い。一体、何時知ったのだろうかと首を傾げていると、父のオレイドがシエラを見つめてきた。

「……お父さん」

「ファウナ王女。どうか、全てを説明して下さい」

 悲痛な面持ちで、父のオレイドは呟く。その目には戸惑いこそあれど、迷いは無い。

 ゆっくりとファウナは頷く。

「……まず、シエラさんは宝玉と共鳴できました。その事から、彼女が適合者だと判断しました」

 ただ淡々と、ファウナは事実を述べる。

 シエラは自分の事の筈なのに、現実味を感じることが出来なかった。納得というものはこの場合意味を成さない。納得したところでシエラに適合者という任が完璧にこなせる保障などないのだ。

 リアンは何かに必死に耐えるように、唇をぎゅっと噛み締めている。

「文献によると、適合者は試練を乗り越えなければならない様なのです」

 試練。

 その現実味の無い言葉に、シエラの思考回路はいよいよ停止しそうになる。大体そんなの初耳だ。

「……あの、試練というのは?」

 呟くリアンは何かを恐れている様子だった。しかし、それが一体なんであるかが分からない。シエラは普段と様子の違う母をじっと見つめる。

「具体的な事は分かりませんが、ルダロッタの神々から与えられるそうです」

「……はぁ!!!?」

 しかし、すぐさま顔をファウナに向ける。シエラは自分の耳を疑った。

 ルダロッタというのは、ロディーラの最北西端にある神の住む国のことだ。人間や魔物との交流も殆どなく、その多くが謎に包まれいている。

「……ルダロッタ? それは、本当ですか?」

 父のオレイドも予想外だったのか、目を瞬かせている。

「えぇ。なんでも、適合者同士で旅をし、ルダロッタへ辿り着いたと……」

 ――なんつー、面倒な事を…!

 しかし、そんな心の叫びは誰かに届く事はない。シエラはソファの背もたれに身体を預けた。

「……シエラも同じことを?」

「聖玉を封印する事が、お役目ですから」

 リアンの問いかけに、王女は静かに頷く。仕方ない、とそう暗に言っているのだ。

 天井を見つめ投げ出してた身体を起こし、シエラは王女に向き直った。

「……シエラ、どうかお願いです。この世界を救って下さい」

 頭を下げる王女に、シエラの胸はちくり痛む。沢山の気持ちがない交ぜになって、言いたい事も沢山だ。けれど、そのどれもが違うような気がする。

 シエラはゆっくりと息を吸い込み、

「顔を……上げてください」

声が震えないように、心を落ち着かせそう言った。

「……私」

 本当は嫌だ。魔法が使えない自分が、何故。ずっとそう想っていた。そう想わずにはいられなかった。けれど、今少しだけ分かった気がする。

 ――逃げちゃ、いけないんだ。

 ずっと虚勢を張っていたのは、弱い自分を隠すため。強気なのは、それを知られないため。受け入れられなかったのは、認めたくなかったから。全部、逃げていたのだ。

 受け入れられないのは事実だ。魔法が下手で、苦手なのも事実。心が脆いもの事実。

 ――でも、逃げちゃいけないんだ。

 そう想う事で、今までずっと心に重く圧し掛かっていた物がなくなった気がした。

「……私、自信なんて無いし、やる気も無かった」

 ――でも……。

「それでも、逃げちゃ駄目なんだって想ったの」

 その言葉に、今まで暗い顔をし、視線を合わせなかったリアンが、シエラを見つめてくる。

「だから……私、適合者やります」

 自分でも驚いた。まさか、こんな凛とした声が出せるとは。

 その瞬間、ファウナは堪えきれなくなったのか、ぽろぽろと雫を零した。

「……ありがとう、シエラ」

 そう言って再び頭を下げる。

「……ありがとう」

 王女の感謝の言葉が、涙が、何に対してなのかシエラには分からなかった。

 しかし、胸に広がっていく温かさを感じ、どうでもいいと思った。

 ――世界がどうとか、封印がどうとか関係ない。私は、今目の前にいる人たちを救いたいんだ……。

 ある種の決意が芽生え、シエラは引き下がる気をなくした。ここまできたら、意地でも封印を成し遂げる。そんな想いで、ぎゅっと拳を握った。

 今のシエラはこの感情を知らない。しかし、それでいいのかも知れない。

 ――きっと、この出来事が私を変える。

 そんな風に想い、日常との別れは不思議と寂しくはなかった。

「……では、シエラ」

 泣き止んだ王女はシエラに微笑み、そしてリアンとオレイドを見つめた。

「……この世界を、宜しく頼みます」

 その言葉に、シエラは小さく頷く。

「あなたの試練は一体何になるのか分かりません。しかし、他の適合者たちと、どうか乗り越えてください」

 そこで、シエラは気になっていた事を思い出した。

「あの、他の適合者は一体……?」

「もう選出を終えています。そうですね……」

 机の上にある紙の束から幾つかの書類を取り出し、確認を始めている。

「明日に出発すれば、おそらくナルダンの適合者とコナ村のあたりで合流できるでしょう」

 コナ村というのは、ロベルティーナとユクマニロ、ディアナの大国の真ん中に位置する、国に属さない特別な独立した村だ。

「ナルダンの、適合者――」

 ――一体、どんな人なのかな?

 王女が持っている書類には、どうやら写真も付いているようだが、見せてはくれなかった。

「あの…王女様……」

 するとリアンがとても言い難そうに口を開いた。

「旅の資金などは……」

「旅に必要なものは全て国から支給されるので、ご安心下さい」

 どうやらお金の心配だったらしい。世界各地を旅するとならば、それなりにお金も必要だろう。

「……では、シエラはこちらに」

 王女の言葉に、突然メイドたちが現れた。

「さぁ、適合者様はこちらに」

「え!? ちょっと、何するの!?」

 メイドに引っ張られ、シエラは部屋から出される。長い廊下を歩きながら、メイドはメジャーを取り出している。

「っ!?」

「……ふむふむ。やはり、あそこがいいでしょうね」

 複数のメイドに引きずられ、シエラは廊下の奥の部屋に通された。

「……は?」

 そこは何と、一面服で埋め尽くされていた。

「ここは……?」

 後ろに控えているメイドに視線を向けると、鼻息荒く逆に見つめられた。

「ここで旅のお召し物を選んで頂きますっ!!」

「……は?」

「わたくし共としては、こちらなんてオススメですわ!」

「ちょっと待ってください!!」

 盛り上がっているメイドを制止すると、不服そうな顔をされた。しかしここで引き下がるわけにはいかない。

「あの、服も国から支給されるんですか?」

「えぇ、勿論ですわ」

 メイドの中で一番位が高いのだろうか、目の前の女性が一歩シエラに近づいた。

「ささ、お好きなものをお選び下さい」

 にこりと微笑むと、再び他のメイドたちと盛り上がり始めた。シエラは脱力しながら、一番無難そうなのを探し始める。

 ――動きやすいのが良いよね……。

 それにしても、服の数が半端では無かった。何着あるのか数えれば、軽く数日はかかるだろう。

「……あ」

 適当にあさっていたので気づかなかったが、どの服の見る限りサイズがぴったりだ。

「お気づきになりました?」

 それまでずっと蚊帳の外で喋っていたメイドたちが、シエラに声をかけてきた。

「洋服部屋はサイズ毎にあるんです。だから、適合者様のサイズを測らせて頂きました」

 なるほど、通りで。シエラが感心すると、メイドたちはまた談笑を始める。

 ――まぁ、お金の無駄遣いに変わりはないけどね。

 内心で小さく毒づきながら、シエラは服選びを再開した。

 それから一通りの説明を聞き終わり、シエラたちは王城を後にした。帰り道はリアンもオレイドも無言で、シエラは喋る言葉が見つからなかった。

 ふと、空を見上げると、綺麗に星たちが輝いていた。

「……綺麗だね」

 後ろを歩く二人に向かって呟くと、

「そうだな」

僅かに明るい声が聞こえた。

 振り向き二人を見つめる。何故か、とても寂しそうな表情をしていたので、シエラは目を伏せた。

「……大丈夫だよ」

 その言葉は虚勢でも、二人を励ますための言葉でもない。ただ、自然と呟いていた。

「……シエラ」

 リアンに名を呼ばれ、シエラは後ろを振り返る。まるで何かに祈るような、縋るような瞳をしている自分の母親に、シエラはにっと笑って見せた。

「大丈夫だよ」

 もう一度そう言えば、リアンもオレイドも驚いたように顔を見合わせ、そして微笑んだ。

 その後は誰も口を開くことなく、夜道を歩いて帰宅した。シエラはそそくさと自室に戻り、ベッドに倒れる。僅かにベッドが軋み、シエラをゆっくりと包み込んでいく。

 心地よい睡魔に襲われながら、シエラは思考を停止し、意識を手放した。



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