零
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私のことを、どうか許さないでください。私は我が儘勝手な男でした。私は人を殺したのです。えぇ、実に多くの人を、遠からずも殺したのです。ときには自らの手で殺しました。私を愛してくれた人も殺しました。けれどそれも愛ゆえなのです。私の愛は本物です。あの人に捧げた愛は、まことの愛です。この愛をあの人は分かってはくれませんでした。生まれたときからずっとそばにいたというのに、とうとう、私の愛を分かってはくれませんでした。
あぁ、なんて薄情なのでしょう。あの人は博愛なのです。誰もを愛さずにはいられないのです。そして彼女は愛されるのです。私の愛なども、彼女にとってはその他大勢の一つだったのでしょう。
なんて愚か。なんて傲慢。私は彼女を愛しています。私の愛とはそういうものです。私は見返りほしさに愛しているのではありません。私は彼女の純粋さに恋したのです。彼女の博愛に恋したのです。それでも私は嫉妬の鬼でした。鬼になってしまいました。許せないのです。私は私の愛という幻想を抱いているのです。誰かを愛した彼女が憎いのです。それでも彼女は私のものです。私の愛なのです。
彼女以外には、なにもいらなかったのです。つつましく牛を飼い、田畑を耕し、パンを食べ、野を駈けて行けたなら良かったのです。明日のことに悩みながらも、私は彼女の隣に立ちたかったのです。私の夢でした。外道の法とは無縁の、なんと人間らしさに満ちた暮らしを夢見たか、誰にもお分かりにはなりますまい。剣を握ることもありません。そこには平穏が漂うだけなのですから。私はあの人に分かってほしかっただけなのです。どこにも行かないでほしかったのです。けれど世界はそれをお許しにならなかった。一体なんの権限があるのだ! 私と彼女を引き裂くことは、誰にも許されるものではなかったのです。けれど天は我らを引き裂いたのです。あぁなんと憎らしい。天に叫ぶほか道はありませんでした。私は私の愛を取り戻したかったのです。けれど私には力がありませんでした。非力な私をどうかご寛恕ください。
力があれば私は私のまま彼女を愛せたのです。私という肉体のまま愛せたのです。私は孤独に身をさらすこともありませんでした。孤独は私を醜くしました。そして非力だった私を責め立てるのです。影は付きまといます。私の犯した愚かさをあざ笑いながら、私の後ろをついて回るのです。にたにたと下卑たその口許を、何度引き裂いてやろうと思ったことでしょう。私という存在は、もう見失っているのです。影のことさえ利用した気でいて、その実利用されているのです。それでもかまわないのです。けれど私は見失っています。自分の目的しか見えていないのです。狡猾なふりをして、上手にお道化てみせているだけなのです。ただただ愛されてたくて仕方なかったのです。私に微笑みかけてほしかっただけなのです。私は自らの間抜けさに気付きながら、目を瞑るのです。私の欺瞞を責め立てるのはいつだって私自身なのです。それでも私は耳を塞ぎます。私はもう人間ではありません。倫理などゴミだ。この時代で私は推し量れない。私は歴史が作った化け物だ。そんな風に思うのですが、どうにも私は見失っています。
私は分かった風を装って、その実何も分かっていないのです。けれどそのことを指差す人はいません。私はあまりにも大きくなりすぎたようです。私のことを分かってくれる人はもうこの世にいないでしょう。二度と現れないでしょう。私自身が分からないことを、どうして他人が分かってくれるでしょう。それに、ふいに与えられるものに飛びつけるほど、私は軽くないのです。意固地なのです。凝り固まっていま立っている地面に足をつけているのが精一杯なのです。
あぁどうか、誰か助けてください――。
エゴとウソで塗り固められてしまった、矛盾だらけの私のことを、どうか、たった一人、私が愛した人よ、どうか――私を助けてください。
あぁけれど、誰か分かってください――。
私は私の心の叫びさえあざ笑っているのです。意固地になって、助けを乞う声すら出せないのです。私は、けれど、あぁ、それでも、どうか、誰か、こんな愚かな私を――助けてください。




