五
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シエラはハッと意識を取り戻した。アンをはじめとした刺客たちも共鳴に巻き込まれて意識を失って倒れ込んでいる。
シエラは混乱した頭で、はっきりと一つ理解した。
今までシエラがクラウドの横顔を見て感じてきた懐かしさ、愛おしさ、悲しさは、全てブラドワールのものだったのだ。ブラドワールが、ナルダンを見て抱いた感情が、宝玉を通してシエラに流れてきていたのだ。ずっと、ずっと、旅の最初から、シエラが宝玉と共鳴してからずっと、ブラドワールの思いを感じていたのだ。
――でも、"あの思い"は、本当に、ブラドワールだけのものなの……?
横顔を見る思いは、友への愛しさだけだとは到底思えない。けれどその思いに、シエラは答えを見いだせない。何より、ナルダンの呪詛が頭から離れない。
ブラドワールの眼差し、ナルダンの呪詛。これら二つは同じだ。そして今のシエラには受け止めきれないものだった。こみ上げてくる熱情は眼の奥を熱くさせるけれど、シエラは逆らえもせず、吐き出すこともできず、ただただ行き場のないものを胸の奥に灯していた。
「シエラ」
そしてふいに名前を呼ばれた。右隣にいるウエーバーだった。彼は顔を歪ませながら、なんとか縄を解こうともがいている。
「今なら刺客たちも意識を失っています。魔法でこの縄は解いて、戦える態勢を整えましょう」
「ウエーバー……」
「うまく調節できるか少し不安ですが」
そう言ってウエーバーは眼を瞑った。数秒後、彼の手元から本当に小さな炎が出現し、手の縄を燃やし始めた。
ウエーバーが苦悶の表情を浮かべるが、それもわずかだった。縄の結び目を燃やすと炎は消え、ウエーバーはすぐに手で足の縄を外す。それから指をはじき、シエラをはじめとした適合者の縄の結び目だけを炎で燃やした。
シエラもすぐに起き上がり、クラウドや他のメンバーを起こしにかかる。小さなうめき声を上げるものの、まだ目を覚まさない。そうしていると、グラベボが意識を取り戻したらしく、起き上がった。
「くっ、とんだ茶番だ……」
悪態を吐きながらグラベボは起き上がると、シエラとウエーバーの姿を捉えて笑った。
「おやおや、まぁなんとも……。妥当ではありますがね」
そう言いながらグラベボは隣に寝ているビルダを蹴った。
「んんっ」
ビルダはふるふるとまつ毛を震わせ、わずかに身じろぎして意識を取り戻した。
「さて、どうしますか、戦いますか」
グラベボが笑いながらシエラとウエーバーを交互に見やると、他の適合者や刺客たちも覚醒し始めた。
「起き抜けでいきなり戦うというのも、俺はやぶさかではないんですけどねぇ。どうにも調子が出ない」
「なぁに甘いこと言ってんのよ」
ビルダが首や関節を鳴らしながら、シエラをねめつける。そして地面を蹴って一瞬でシエラの前に躍り出る。
「まずは一匹……」
ビルダの腕がシエラに伸びる瞬間、白刃がビルダの鼻先を掠めた。ビルダは咄嗟に後ろに下がる。
「させるかよ」
クラウドが右手で軽やかに剣をさばきながら現れた。ビルダは口許に弧を描きながらグラベボの隣に控える。
「あらぁ、起きちゃったのね」
「寝起きでいきなりそりゃねーぜ」
クラウドがシエラの前に立つ。そしてラミーナやバイソンたちもシエラの前に立った。
「へっ、こりゃ全面的に戦うしかなさそうだな」
ジルがそう言えば、ショコラやビルダもさっと腰を落とし殺気をみなぎらせている。しかし奥に控えるアンは、不敵に口許を緩めていた。
「アン様?」
その様子に最初に気付いたエリーザがアンの顔を窺う。アンはおもむろに上を指差した。
「我々の勝利だ」
その言葉とともにシエラ達は頭上を見上げた。
「ッ!?」
そこには、美しく色づき輝いた宝玉が七つ、浮かび上がっていた。
「そんな……!!」
「どうして……」
共鳴が起きたことで、宝玉は体から離れていかなかったのだと思い込んでいた。それにシエラは、まだ宝玉と自分が繋がっているという確かな糸を、感じていた。
「あぁ、これで私の悲願は報われる」
無機質なアンの瞳に、わずかに光が宿る。アンが喜びに、適合者たちが驚愕に動けないでいると、ふいにどこからか高笑いが聞こえた。
「御主の悲願など、誰が叶えてやるものか」
祠の上に足を組みながら、余裕の笑みで座っているコトノがいた。
「コトノ!!」
シエラが名を呼べば、彼女はアンに向けて指をさす。その仕草にアンは不快そうに眉をしかめた。
「宝玉はすでに完全に適合者のものになったのじゃ。今更御主が何をしようとも無駄なことよ」
ルダロッタで見たとき以上に美しい光を放つ宝玉に、シエラは確かな糸を見出していた。コトノの言葉とシエラには真実のように聞こえるが、アンはそれを鼻で笑った。
「誰のものであるか、否、あったかは最早関係ない。ここに宝玉が揃い、全ての日記が集まった。その事実さえあれば、聖玉への道は開けたも同然だ」
「ふん、随分自信があるらしいのぉ。では……その自信を砕いてやろう」
コトノが飛び出したのと、アンがその周囲に結界を展開させたのはほぼ同時だった。コトノは空中でそれらを蹴り飛ばしながら、宝玉目がけて高く飛ぶ。
アンはすかさず懐から七枚の札を取り出した。そしてその札を中心に暗黒色の渦が出来上がっていく。
「来たれ――我らが盟約のもと、七つの罪を冠するものどもよ」
瞬間、札から爆発的な魔力があふれ出るとともに、コトノに向かって一直線に迸った。
「チッ」
コトノの瞳が真紅に染まる。冷酷な表情とともに、腕を振りかぶり暗黒の物体を引き裂く。コトノに切り裂かれたそれらは散り散りになり七つに分かれた。そして現れたのは、四肢こそ人間を模しているが、豚や牛や熊、蝙蝠、山羊、蛇、猿などの様々な動物の部分が入り混じった異形のものたちだった。
「貴族種の魔物……!!」
ウエーバーが思わず感情的になり前に出ると、待っていたといわんばかりにグラベボが現れた。
「あちらはあちらで楽しむのですから、今は俺とやりあいましょうよ」
「結構です」
「つれないですね。俺は君には失望した部分もありますが、なに、戦いの相性はばっちりなようですからね」
「今度は完膚なきまでに叩きのめして差し上げます」
そしてそれをきっかけに、それぞれ適合者と刺客たちは視線を交わし、臨戦態勢に入る。アンはそれぞれに結界を張り行動を制限してきた。結界の外には、アンとシエラだけが残される。
「どうして私は結界に閉じ込めないの」
シエラがそう問えば、
「貴様に結界を破壊されると、反動が大きいからな。それならいっそ自由にしたというまでだ」
アンは至極当然だと言わんばかりに答えた。
シエラは自分の魔力を認められているような、しかし結界に入れるほど危険だと思われていないことに腹を立てればいいのか複雑な気持ちになった。
――でも自由なら、私が宝玉を取り返すチャンスもある。ううん、むしろそれを狙うべき!
シエラはロッドを構える。魔力操作がろくに出来ないのなら、今はこのロッドを武器とするしかない。シエラはアンに向かって駆けだす。
「無駄だ」
アンはシエラがロッドをアンの横腹目がけて振りかざした瞬間、バリアを出現させた。シエラのロッドはバリアに弾かれ、反動で大きく外に放り出される。シエラの体もロッドと一緒にふらふらと右に流れていく。
「結界を壊されるのは私にも反動があるが、それは防御という点においてだ。貴様が正面突破を図るなら私にも策はある」
シエラは歯ぎしりする。魔力を練り込んでアンの結界を破壊するならば話は簡単だ。腕に力を入れるように力めばいい。だが今のような攻撃ではアンに届かない。かといって魔法で戦うにしても、アンの結界を破れるような魔法を作り出すにはコントロールが必要になってくる。大技を放つにしても、ここは神殿で天井に衝撃が伝わって落盤してしまう危険性もある。小回りに効き、なおかつ威力のある攻撃が勝利条件だろう。
――けど、私の手札にはそんな便利な魔法はない。他の皆もそれぞれの戦いで手いっぱいだし、コトノにいたっては七体も魔物を相手にしてる。とはいえ、このまま私が手をこまねいているわけにもいかない。
シエラはダメな頭と分りつつ思考を巡らす。アンの頭上にある宝玉はまだむき出しだが、シエラをどうにかしてアンもあの宝玉を何とかしたいはずだ。今しかチャンスはない。
シエラは再びロッドを構え直す。チャンスは一度しかない。深く息を吐き出し、アンに視線を定める。
「また来るも良し」
アンがそう言った瞬間、シエラは飛び出した。あと一メートルほどでロッドの先端がアンにあたるという所で、シエラはロッドを振り上げた。アンの視線がロッドに向かう。
――いまだ!!
シエラは空高くロッドを放り出した。
「フレイム・ボム……ッ!!!!」
シエラはありったけの力でアンの周りと自分の足元に向けて炎の小爆発を連鎖的に発動させる。
「自爆行為か……」
アンはおそらく咄嗟に結界で身を守ったのだろう。しかしシエラはお構いなしだ。爆炎の中から上空に飛び出す。爆発に乗って宝玉に向けて手を伸ばす。
「なるほど。だが、甘い」
シエラが宝玉の一つに中指が触れるという瞬間、目の前に強固な結界が出現した。一瞬にしてシエラと宝玉の間には隔たりが出来てしまい、シエラの体は緩やかに下降を始めた。
「くっそがぁああぁあぁ!! 諦めないんだから……ッ!!!!」
シエラは罵声とともに両腕を下に向けて詠唱を始めた。
「アクア・ポール……!!」
シエラの両腕から勢いよく水の柱が出現する。そしてシエラの体を押し上げていく。そして宝玉よりもはるか高く舞い上がる。そして細かくフレイムボムを起こしながら下降の勢いを殺していく。そしてアンの張った宝玉の結界の上に降り立つと、間髪入れずに魔力を篭めた右手を叩きつけた。
――痛い、けど……!!
二発、三発、四発、五、六、七、八とシエラは拳の痛みに耐えながら同じ部分の結界を殴り続ける。
「私の腕がダメになるか、アンの結界がダメになるのが先か、どっちかだよ!!!!」
シエラは下にいるアンに向かって叫びながら笑ってみせた。アンの表情は大きく動かなかったが、彼女もまた薄く笑っているように見える。
――結界を解いても、今のこの位置ならどの宝玉にも触ることができる。そしたら私は共鳴を起こすし、そうでなくとも結界を壊せばいい。
シエラは右手にありったけの魔力が集中するイメージを持ちながら、ゆっくりと肩より上に拳を上げる。そして呼吸を整え、一気に解き放つ。
しかし気付くと目の前には幾重にも張られた膜があった。宝玉を守る結界の間に、いくつもの結界は張られたのだ。シエラは拳の勢いを止めずに、そのまま腕を振り下ろした。
「壊れろ――――――――!!!!!!!!」
魔力が幾重もの結界を穿つ。激しい力のぶつかり合いに空間が揺れる。轟音が響き、次々に結界が割れて空気に溶けていく。
シエラの魔力は密度を増して、可視の力となっていく。風の流れを拳にまとわせながら、シエラはアンの結界に逆らう。そして宝玉を守る最後の一枚にたどり着く。
「これで最後――――――!!!!!!」
シエラが気合を入れて拳を叩きつける。結界は音を立ててシエラの魔力に逆らう。せめぎ合う二つの力に、バチバチと火の粉が舞う。シエラは歯を食いしばり、さらに魔力を練り込む。
「アン様……ッ!!」
遠くの方からエリーザの声が響いてきた。アンが何をしようとも、ここまで来れば関係ない。シエラはこの結界を壊し、宝玉に触れる。
――シンプルだ。いたってシンプルだ。私のやるべきことは……これしかないッ!!!!
シエラがもう一度拳を振るえば、結界にヒビが入った。そしてガラスが割れるような高い音とともに、結界が粉々になってはじけ飛んだ。足場を失くしたシエラはそのまま地面に向かって前のめりに落ちて行く。その瞬間、宝玉に手を伸ばした。そしてシエラの左手人差し指が、一つの宝玉に触れた。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。しかし、それで十分だった。シエラの指が触れた瞬間、シエラと、そして宝玉全てを飲み込む光が生まれる。
シエラの心の中には、宝玉から様々な感情が流れ込んできていた。今までの旅の苦しみや、悲しみも、喜びも高揚も、なにかも全てが、シエラの心を包み込む。
――色々あった。大変だけど、楽しい旅。でもまだ、終わりじゃない。この思いは、きっと最後に振り返るためのものだ。
シエラは宝玉を受け入れる。そして宝玉はそれぞれの持ち主のところに飛び散っていった。アンの結界をすり抜け、クラウド、ウエーバー、ラミーナ、バイソン、ユファ、サルバナの体に入る。
光が収まり、シエラは地面に降り立つ。そしてそばにあったロッドを拾い上げ、アンに向き直る。アンは額に汗を浮かべており、彼女が言っていた「反動」というのは確かに大きいらしかった。シエラはロッドをアンに向ける。
「宝玉は戻った。今度は私達からだ」
形勢逆転。あとはそれぞれの結界を解き、この場を収めていかねばならない。シエラが次の行動を取ろうとするのと、アンがそれぞれの結界を解くのは同時だった。
「!?」
適合者たちがその思わぬ行動に驚いている間に、刺客たちはさっとアンの元に集まってきた。コトノたちの結界だけはまだ外れておらず、魔物たちは咆哮とともに暴れている。
「アン様」
エリーザがアンの体を支える。彼女の顔はどこか青白い。
「そろそろ、だ……」
アンがそう呟けば、どこからか手を叩く音が聞こえて来た。シエラ達はその音を頼りに視線を彷徨わせる。暗闇の中から靴音が響き、それは拍手の音とともに段々と近づいてくる。ぴたりと音が止んだとき、シエラ達の視線は神殿の崩れた柱の一点に集中していた。
「グレイ=ジェルド」
その名を呼んだのは、誰だったか。崩れた柱の上で微笑む男からは、絶望のにおいがしていた――。




