二
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シエラ達がナルダンのカムランの丘を出てから二週間。ブラドワールとの国境は目の鼻の先となっていた。遠くに見えるアトラス山脈はナール、ブラドワールとナルダンの国境の象徴だ。
しかし今シエラ達がいる宿場町は、非常に緊張感に包まれていた。首都にいた時も緊張感があったが、その比ではない。この町にもナルダン国軍の騎士団や歩兵団などは駐屯しており、ロレーダ割譲が正式に行われるまで厳戒態勢が続くらしい。
街に入ったのが夜だったことは不幸中の幸いだったか、宿屋の食堂は酒の入った旅人たちのどんちゃん騒ぎで賑やかだった。
「やっぱこれぐらい活気がある方が気が楽ね」
食後の茶を飲みながらラミーナが肩の力を抜く。
「にしても飯うまかったなー。肉のタレも良かったし、こう、表面がパリッとしてて!」
バイソンはご満悦でいつも以上にニコニコしている。ここ最近はゆっくりと言いながらもかなり野宿も多かったせいでろくな食事にありつけなかった。シエラも久々の立派な食事に満足している。
「きゅーん」
それはどうやらイヴも同じらしい。と言ってもフォックスという生物のイヴは、神と同じでろくに食事をとらないため、気持ちの問題だろうが。
「それにしても、この調子だとブラドワールへの入国は難しそうですね」
ウエーバーはどんちゃん騒ぎをする客の様子を窺いながら、眉根を下げる。
「そうだな。国境に来てロレーダに近づいた分、警備も厳しくなっている。すんなり通してはくれないだろう」
「相変わらず、正式な許可ももらえてないしね。いっそ不法入国でもしちゃう?」
「サルバナさん、リスキーなこと言わないでくださいよ」
「そうね、それぐらいやっちゃいたいとこだけど、それだとハイリスクローリターンね」
ブラドワールはかなり鎖国的であり、国内の情勢も簡単には他国に流れてこない。ナールやゼインとは貿易をきちんと執り行っており、ブラドワールの高い技術力の結晶はこの二国経由で各地に伝わっている。
しかし物品が届くときに伝わる情報も、シエラ達のような奇妙な旅の人間にはなかなか把握できない。商人や旅人独自の情報ルートというものは勿論存在しているが、シエラ達の訪れる場所や滞在期間があまりにも特殊過ぎるため、さすがのラミーナでも情報を拾いきれないのだ。
「それにしても、ブラドワールって国はここ数十年来の動きを見るに、かなりナール寄りなのね。改めて情報を整理してみて分かったわ。特にナールの先王陛下の時代からかしら」
「貿易にしろ、八大国会議にしろ、七大国の中では唯一まともにブラドワールとの国交を保てていますね」
「先王陛下は特に珍しいもの好きだったらしいからね。ブラドワールの技術力を自分のものにしたかったんだろう」
サルバナがなんてことのないように言う。ナールはもともと「流行の国」という異名を持つ国だ。服であれ食べ物であれ魔道具であれ、とにかく最新を発信する国でもある。ブラドワールの技術力はそれに大きく貢献することができる。納得といえば納得だ。
「一度ナールを経由してブラドワールに入るのが安全かしら。ここからならナールへの入国もできる位置よね?」
ラミーナが地図を広げると、クラウドとサルバナがそれぞれルートを示した。
「ここからナールに入るならアトラス山脈を迂回した方がいい。商人たちが使う街道も発達してるから、下手に山に入るよりは速いだろうな」
「ナールからブラドワールに入国するなら、確かこのあたりに貿易商人たちの取引になってる町があったと思うから、狙うならここかな」
二人が指さした場所をざっとラミーナとウエーバーが計算していく。するとおよそ三週間かかる計算になった。
「細かいルートの情報はもっと必要ですが、やはり国境沿いの山が問題ですね。これで大分時間がかかります」
「難しいわね。コトノはナルダンへの移動からずっとイヴの中で眠っているし」
「きゅーん」
ラミーナが優しくイヴの頭を撫でる。柔らかい毛並が指の動きにあわせて流れていく。イヴの耳がぴょこぴょこと動きながらラミーナの手にすり寄る。
「まぁ、馬車を使えばそれなりに早く着くだろう。多少時間はかかったとしてもブラドワールへの入国が第一だ」
そう言いながらユファが立ち上がった。
「悪いが、先に部屋に戻らせてもらう。少し眠い……」
「きゅーん」
「あぁ、ありがとうイヴ。大丈夫だ」
「おやすみ、ユファ」
「おやすみなさい」
バイソンやウエーバーの言葉に微笑んで、ユファは宿の二階に上がって行った。そろそろシエラ達も部屋に戻って休むべきだろう。
「じゃあ、明日はひとまず商人たちに道を聞きましょう。それで、ナール経由で行けるか決めましょうか」
「そうだな。ひとまず今日は休もう。久々のまともな宿だしな」
「そうそう。食って寝るのが一番だ」
各々席を立ちあがり、階段を昇っていく。シエラはイヴを抱っこして先にユファが向かった部屋に入っていく。正直下のどんちゃん騒ぎが聞こえてきて静かに寝れそうにないのだが、おそらくベッドに入れば関係なくなるのだろう。ラミーナが部屋の扉を開け、それに続く。ユファはちょうどベッドに入ろうとしていたところだった。
「明日はとりあえず街道への道を聞くわ。情報を集めてから動きましょう」
「分かった。……おやすみ」
そう言ってユファは布団にくるまると、すぐに寝息を立て始めた。
「よっほど疲れたのね」
「だね」
そしてシエラもイヴを床に下し、寝る支度を整える。ふいにユファの枕もとを見ると、今まで頑なに寝るときもつけていた眼帯が外れていた。それを見つけ、シエラはちょっとだけ口角が上がるのを感じた。




