幕間
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ショコラ=イルディーはベッドに体を投げ出し微睡んでいた。
ユクマニロでの適合者との戦闘を終え、数日が経過していた。しかし、ショコラの体調はあれからおもわしくなかった。ロベルティーナの適合者シエラによって魔力を注ぎ込まれた結界の影響か、ひどく体が重い。
今までの戦いで感じたことのない疲労感に、ショコラはぼんやりと体を横たえていた。
――そういえば、ビルダのやつ、珍しく本気でキレてたな……。
先日の戦いを思い出しながら、ショコラは偽の人質を殺したビルダの様子がおかしかったことに首を傾げる。普段へらへらしているようで、ビルダという男は冷静だ。
ショコラはビルダのことを、実はあまりよく知らない。ビルダだけでなく、今回の作戦に関わっているメンバーはほとんど顔見知り程度の存在だった。その中でグラベボとフォーワードだけは元の主人の友人だったためにきちんと面識があった。
だからビルダ=アイミアという存在について、作戦がはじまる以前のショコラは、たまに顔をあわせる同僚としてしか認識していなかった。あるいは、たまに噂を耳にする存在。しかもその噂というものも、ショコラにとって興味もないものだった。
部隊に新しく入った人間に、女形がいた。――数年前、ビルダがショコラのいる部隊に入ってきたときに流れたものだ。
もともとはサーカス団員であったが、その後女形として遊郭で働き、その腕を買われて部隊に入った、と。
当時のショコラにとってそれはどうでもいいものだったが、自分の主人が物珍しく語るものだから覚えていた。そして実際本人に会ってみれば――見事に神経を逆なでされた。初対面で自分の大切な主のことを不躾に聞かれたのだから、憤るのも当然だ。
それ以降仕事で顔をあわすことはあっても、個人的な付き合いはなかった。そう、ただ向こうからおちょくられる程度だった。
噂は流れたものの、それ以降ビルダの素性に関することは知ったためしがない。しかしショコラが直感的に気づいたのは、彼もまた二十五年前に起きたエドラスト沖海峡事変と、それに端を発するザラミス戦争の被害者だということだった。
そして今回の適合者との戦いの中で、ビルダの心の傷に触れるような何かがあったのだ。
ショコラは、重い体をゆっくりと起こす。
戦争の記憶は、うっすらとしかない。騎士だった父が出兵する際、母が泣いていたのを覚えている。下っ端ながら王妃の傍付女官だった母は、戦争で荒れる中一人でショコラを育ててくれた。日に日に戦況は悪化し、ついに母は流行り病で倒れてしまった。町は疎開してきた人々でごった返し、食料はなく、兵も疲弊していた。王宮も混乱し、幼いながら不安な夜を繰り返していた。
結局、母は病床から戻ってくることはなかった。親族は誰もショコラを引き取ってはくれなかった。戦争がナールの仲裁で終結を迎えようとしていたころ、ショコラは王宮の闇の中に飲み込まれていた。
――あぁ、思い出したくない。
血なまぐさい日々だった。見たこともないおぞましい光景ばかりが目の前に広がっていた。料理で使う包丁ぐらいしか持ったことのないショコラの小さな手に、大人たちは剣を握らせた。奪うことを教えた。いつの日かナルダンをはじめとした七大国を滅ぼせと呪詛をかけた。
そこからしばらく、ショコラの記憶は鮮明ではない。思い出そうとすれば心が痺れる。人間ではなかったのだ。ただの道具だった。いまも道具であることには変わらないが、それでも、あのときは替えの利く道具だった。部品だった。戦争で両親を失った悲しみも忘れるぐらい、必死に息をしなければならなかった。
無限にある代用品のうちの一つとして、人を殺める術を叩きこまれた。自分という存在が消えるような感覚を覚え始めた頃、泥の中から自分を救ってくれた人がいた。
――マイセン様……。
何よりも守りたいもの。たとえ自分がこの任務を終え、捨て駒として殺されたとしても、あの人の歩む未来が今よりも明るいならばそれで良い。それが良い。
――……あたしとマイセン様の中を邪推しておちょくるのはビルダぐらいなんだよ。
自分はマイセンの忠実な部下。もっとも信用に足る部下。その地位されあれば怨念渦巻く世界でも生きていける。たとえこの思慕の念が報われなくても、大切な人のそばに立ち続けられるならば構わない。
――国の為に死ぬなんて出来ない。けど、あの人の為なら死んだって構わない。
死ぬはずだった自分の命。人でなくなるはずだった自分の命。それを拾ってくれた人だから。この命はあの人のために使いきれればそれで良い。それだけが、ショコラの願いだった。




