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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十九章
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136/159

一


****


 カムランの丘でのジルとクラウドの戦いの翌日、適合者全員が宿の一室で顔を突き合わせていた。今まで手に入れた日記とともに、昨日手に入れたナルダンの日記が置かれている。

「さて、ひとまず今までのおさらいをしましょうか」

 ラミーナは紙と羽ペンを取り出し、さらさらと書き込んでいく。

「今までの日記や文書から、まず二千年前は神によって人間が統治されていたことが分かったわ。そしてリディア達は神の国で出会い、旅に出た。そして旅を終え、ブラドワールとの戦争に突入していったわけだけど、その戦争は必ずしもブラドワールが悪いわけじゃなくって、リディア達はブラドワールとの衝突を望んではいなかった。――ここまでが、大まかに分かっていることね」

 その流れを書き出し、ラミーナはナルダンの日記を見た。

「そして、ブラドワール本人と直接戦い、戦争を勝利に導いたナルダン。きっと、彼の日記を読めば少しは謎も解けるでしょう……けど!!」

 ラミーナは悔しそうに拳を握った。その心情はこの場にいる全員同じだ。

「なんで日記が一ページたりとも読めないのよ!!!!」

 ナルダンの日記は白紙のまま沈黙している。

「道理でアン=ローゼンがあっさりと渡してきたわけですよ……」

 ウエーバーは肩を落とし昨日のアンの行動を振り返る。アンがシエラにいともたやすくナルダンの日記を渡してきたのは、これが読めるものではないと知っていたからだろう。

「さて、これからどうするかだけど……」

 サルバナはシエラの隣で丸まっているイヴを見やる。正確には、その中で眠っているコトノを見ているのだろう。しかしイヴは珍しく眠ったまま目を覚まさない。

「残るは、ブラドワールの日記だけど……」

 その後の言葉は続かない。ブラドワールは、八大国の中でも特殊な立ち位置にいる。それが、ここに適合者がいないということだ。二千年前に起きたブラドワールとの戦争により、英雄たる証であった宝玉は剥奪されている。シエラが適合者として選ばれているのも、それゆえだ。本来ならばロベルティーナの人間ではなく、ブラドワールの人間が適合者になるものだが、今回の選定において七大国はブラドワールに宝玉を返還することはなかった。いまシエラ達がブラドワールに日記を回収しに行きにくいのは、そのためでもある。

「一応、七大国はコトノさんが日記開示要請を出した時点で、ブラドワールにも交渉をしているようですけど……」

「兄に渡された書簡でも、歯切れのいいことは書いてなかったな。まだ交渉は難航してるみてぇだ」

 適合者たちは顔を顰めた。このままここで待っていても何も始まらないが、かといってすぐにはブラドワールに入国することも出来ない。

 すると今まで黙っていたバイソンがうんうんと唸り始めた。

「こうなったらよ、もうブラドワールまで自分たちで直談判しに行った方がはえーんじゃねーのか」

「ちょっと、何アホなこと言ってんのよ……って言いたいとこだけど、今の状況的にはそれぐらい行動に出た方が得策かしら」

 がっくりと肩を落としながら、ラミーナはペンをくるくるともてあそぶ。そしてユファもうん、と一つ頷いた。

「以前コトノが行ったことのある場所でなければ術で移動することは出来ないと言っていた。私達の中にブラドワールに行ったことがある者はいない。バイソンの言う通り、私たちはブラドワールに向かって歩き始めた方が得策だと思う」

「そうですね。許可が下りてから向かうのでは後手になってしまいますし……」

 その言葉に重苦しい空気が流れた。ただでさえ日記獲得に刺客との戦いは避けられない。そして最悪、ブラドワールの日記も刺客側に奪われてしまう可能性もある。ディアナとナールの日記も奪われたままで、ブラドワールの日記も入手できないとなると、シエラたちは旅を進める手がかりを失ってしまう。あるいは、旅を進めるために自ら刺客たちに戦いを挑まねばならないだろう。

「けどよ、ここでうだうだしてても仕方ねぇ。それこそ途中の町でもしかしたら日記に関して知れるかもしれねぇし」

 重苦しい空気の中、そう言いながらクラウドが立ち上がった。

「どこに行くのよ?」

「ちょっと散歩してくる」

「はぁ!? ……もう、分かったわ。みんなも、少し各々で考えましょう。一時間ぐらいしたら、もう一度話し合いましょうか」

 ラミーナもそう言って立ち上がった。話し合いでここまで煮詰まることなど滅多にないのだが、ブラドワールという存在を前にそれぞれ複雑な思いを抱いて尻込みしているのかもしれない。

 シエラは寝ているイヴをそのままに、仕方なしに散歩に出た。

 カムランの丘に続く道が伸びている街道のすぐそばの宿を取ったこともあり、道は商人や往来の人々で賑やかになっている。そこまで大きな街ではないが、王都からほど近いということもあって活気があるらしい。

 ここから歩いてカムランの丘までは十分足らずだ。シエラの足は自然と歩き出していた。

 カムランの丘――そこは、初代ナルダン国王アルベルト=ナルダンが最後に戦った場所だと言われている。国王として名だたる騎士たちを引き連れ、幾多の戦場を駆け抜けた男の、最後の戦場。

 シエラは二日前にラミーナやクラウドから教えられた言葉を思い出しながら、丘へと向かっていく。少し遠くには古びた防人の塔が見えている。商人たちの馬車に追い越されながら、シエラは以前見た夢のことを思い出していた。

 華やかな双剣使いの男と、風のようにしなやかで雷のように苛烈な騎士。

 戦場を駆け抜けぶつかり合う二人の男の、悲痛な心の叫びが思い出される。互いを思いながら、互いの存在を滅ぼさねばならない二人。殺したくないと叫びながら、殺されることを選んだ男。

「お前より生きることを、絶対に許すな」

 シエラの脳裏にこびりついて消えない言葉。あれは呪詛だ。自分を繋ぎ止めるための呪詛であり、自分を許さないための呪詛。

 あの言葉の真意は分からない。死の間際、相手に届いたかのかも分からない。けれど楔は打たれた。その事実だけがシエラに分かることだ。

 ――ナルダンは、どんな気持ちで最後まで生き抜いたんだろう……。

 シエラは足元の石を蹴った。ころころと転がっていく石の先を見れば、もう丘は目の前だった。なだらかに伸びていく稜線、そしてその奥に見える防人の塔はひっそり閑と佇んでいた。錆び切った外壁に蔦が絡みあって、いかにも忘れられた場所だった。夜では気付かなかったその風景だが、シエラには寂しさ以上の何かを感じさせていた。

 シエラが丘を登って防人の塔に近づいていくと、人影が見えた。防人の塔の入口に立っているその人は、ほかならぬクラウドだった。

 シエラはあえて足音を立てながら歩いていく。するとクラウドはすぐに気づいたらしくシエラの方を振り返った。

「お前か……」

「私だ」

「なんだよその切り返し」

 ふっとクラウドの肩から力が抜けた。シエラはクラウドの隣に並ぶ。さらさらと丘の上を風が吹き抜けていく。

「クラウドが話し合いを止めるなんて珍しいね」

 何の気なしにそう言えば、クラウドはわずかに眉をひそめた。そして自分の右手を凝視する。

「なんでだろうな、俺も、さっさとブラドワールに向かいてぇ気持ちが強いのに……ここで焦ったらダメなような気がしたんだよ」

「ふーん、クラウドでもそんな風に思うんだ」

「は? 当たり前だろうが」

 シエラは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「いやいや、そりゃそうなんだけどさ。うん、いや、そうだね。そうなんだよ」

 シエラは言いながらころころと表情を変えていった。最後には納得したようにうんうんと頷いている。それを見てクラウドが「なに言ってんだよ」と突っ込む。

「クラウドはさ、悩むけど、"選べる人間"なんだよ。何が大切で何をしなきゃいけないのか、迷ってもきちんと選べるんだよ」

 シエラは真っ直ぐにクラウドを見上げる。

「だってもう、心は決まっているんでしょう?」

 疑いのない、確信を持ったシエラの言葉。クラウドは眼を丸くし、それからゆっくりと口許に弧を描いた。

「あぁ、そうだな」

 虚勢ではなく、ごく自然に。クラウドの心は納得した。

 そしてそんな様子のクラウドに、シエラが一番納得した。

 ――迷っても、選べる。そんなクラウドだから、きっと私も頑張ろうって思えるんだ。

 それはシエラの心に芽吹いた何かの、ほんの予兆に過ぎないかもしれない。しかしその息吹に、シエラはまだ気づいていない。ただ丘には穏やかな風だけが通り抜けている。

 そしてシエラ達は、ブラドワールへ歩みを進めていくのだった。

 


魔法のiらんど掲載の最新分に追いつきました。ここからの更新はかなりのスローペースになるかもしれません。

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