幕間
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シエラが一人で、足首まで浸かるほどの水位の中を歩く。ただ真っ白で真っ黒な空間に覆われ、足元は水で満たされている。終わりはすぐそこのようで、果てのない空間だ。
アン、コトノ、グレイとまみえたこの空間が夢の中だと認識しながら、シエラは無心で歩く。今この場は一人きりだと思うと、寂しいようで、幸せなようで、どこにも自分を縛るものがないようで楽だった。けれどシエラはそのようなことは主体的に認識しているわけではなかった。ただ漠然と物悲しさと安心感の中を漂っていた。
シエラはふいに足を止め、しゃがみこんだ。そして水の中に手を突きいれた。とても浅いはずなのに底が見えない。手が、足が、どこかについている感覚はあるのに、目で見ることは出来ない。水の色が透けてシエラの顔を映した。生気のない顔だった。シエラの茶色の瞳が翡翠色に輝いている。そして水面にゆらゆらと揺れる顔がしだいに歪んでいく。
それは、レイルだった。水面に映っているのは、消えてしまったレイルの顔だった。シエラの唇が震えた。ぽたぽたと頬を伝う熱に、目の奥が焼けそうだった。
この涙は、誰のものだろう。この心は、誰のものだろう。シエラのまつ毛の輪郭の隙間から濡れた瞳が垣間見える。
水面が揺れる。シエラの頬を、白魚の指が撫ぜる。目元にかすかに触れるその指先は温かい。シエラはその手に自らの手を重ねた。
知っているけれど知らない景色。見ているのに見ていない景色。持ち得ないのに与えられたもの。それらがシエラはを苛む。けれどこの指の温もりは知っている。
だんだんと、シエラの意識が明瞭になっていく。急速に覚め始めた意識とともに、暗闇が晴れて行く。輪郭がかすんで、温もりが消えさろうとしている。けれどシエラは抗えない。そしてすべてが消え去り、シエラはいなくなる。
どれほどの時間が経ったか。あるいは時間など無かったか。僅かな間隙の後、空間にさざ波が広がる。水面を歩くのは、シエラによく似た誰かだった。茶色の髪の毛をなびかせ、宝石のような翡翠の瞳をしていた。口許には笑みを浮かべたまま、どこか物悲しい表情で踊るように歩いている。その姿は風のようであり、花のようであり、幻のようでもあった。
彼女は歩く。けれど道は無い。一寸先は闇であり、指し示すものは己の心しかない。しかし彼女の足は淀みなく、軽やかだ。
彼女はただ緩やかに、水面に波紋を残していた――。




