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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十八章
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133/159

四

 そしてダンダの工房を後にしたシエラたちはクラウドの祖母がいる庵に向かった。工房から更に北に上がっていき、都の城壁がうっすらと視認できるほど街のはずれまでやってきた。

 民家がだんだんと少なくなっていき、急勾配の坂が見えてくる。森のように木々が繁茂し、つづら折りの坂が伸びている。その坂を上っていくと丸太で造られた、やさしい雰囲気の平屋が現れた。煙突からはかすかに煙が立っている。

 家の裏手には畑が広がっており、その奥には小さなガラスで出来た小屋がある。小屋の中は確認できないが、草や花が栽培されているらしい。

「さて、おばあ様はどこかな」

 クラウディーは丸太の平屋に歩いて行き、扉を叩いた。するとゆっくりと扉が開かれ、人が出て来た。ショートカットの白髪が顔の輪郭に流れるようにカールしているのが特徴的な女性だった。きりりとした眉とクラウド達と同じ深緑色の瞳が、彼女の凛とした雰囲気を作り出している。口許や目じり、首や手の甲の皺が彼女の年齢を表しているが、肌艶は良く腰は曲がっていない。

「まぁクラウディー、珍しいこともあるのね」

 女性はクラウディーの姿を認めると、目をぱちくりとさせて微笑んだ。落ち着いた口調はなんとなく威圧感があり、シエラは自然と背筋が伸びるのを感じた。クラウディーは困惑したように笑む。

「あら、まぁ、クラウドも一緒なのね。それに女の子まで連れて……」

 女性の視線とかち合った瞬間、シエラは得も言われぬ緊張感に手足が固まった。しかし挨拶はしなければ、と口だけが動き始める。

「え、えっとはじめまして!! シエラ=ロベラッティといいます!! クラウドとは同じ適合者でして……!!」

 思い切り腰から頭を下げれば、女性は「そんなに緊張しなくて良いのよ」と声をかけながら、シエラに笑いかけた。

「シエラさん、はじめまして。私はこの子たちの祖母です。ユリアといいます」

 厳しい女性かと思ったが、そうでもないようでシエラは内心で安堵しながら会釈をした。そしてクラウディーが小さく咳ばらいをする。

「実はですねおばあ様、ちょっとのっぴきならない状況になりまして。少しおばあ様に聞きたいことがあるのです」

「そうですか。ではお入りなさい」

 女性はシエラ達を家の中に招き入れると、紅茶とお菓子まで出してくれた。クラウドの祖母の家の中はとてもさっぱりしていた。無駄なものがなく、かといって可愛げのある家具が並べられており、窓辺の花瓶に生けられたアヤメがひと際部屋を彩っていた。

「それで、私に聞きたいこととクラウドがここにいることは関係しているのかしら?」

 ユリアの問いに、クラウドは首肯する。

「ご存じの通り、俺は適合者として旅をしています。しかし宝玉を狙う輩もいます。その敵の一人に、俺と同い年ぐらいのジャマダハル使いの男がいます。そして不思議なことに、その男は"虎"の技を使いました」

 クラウドのその言葉に、ユリアはぴたりと紅茶を飲む手を止めた。そして鋭い眼差しでクラウドのことを射抜く。

「"龍虎"の技は、ディワーディス口伝の秘技ではないのですか? 俺たち以外に、ディワーディスの技を使える人物がこの世にいるというのですか?」

 クラウドの話に、ユリアはためらいがちに口を開いた。

「"龍虎"はディワーディスの秘技です。それは絶対です。あなたたちの祖父ガイウスがあなたたちの父に、あなたたちの父があなたたちに教えたように、それはディワーディスの男子にのみ伝えられてきました」

「では、どこかで血が分かれたりというのは……?」

「かつて血が繋がっていた家は、もう今となっては血は途絶えています。ディワーディスの血でなくては、龍虎は扱えない。そういう技なのは、あなたたちがよく知っているはずよ」

 ユリアの言葉に、クラウド達は口を閉ざす。しかしユリアは、何かに耐えるように言葉を続けた。

「いつか、あなたたちには話さねばと思っていました……」

 その言葉に、クラウドとクラウディーはそれぞれ拳に力を入れた。隣に座るシエラは、驚愕と絶望と憤怒に染まったジルの顔を思い起こしていた。

「クラウドと同い年ぐらいだというのが、少し気になる部分ですが、その敵の男には一人心あたりがあります」

「本当ですか……!?」

「えぇ。ディワーディスの秘技を使えるというのなら、おそらくは……」

 少しお待ちなさい、とユリアは立ち上がり奥の部屋に入ってしまう。扉の向こうからはいくつかの引き出しを開けるような音が聞こえてくる。しばらくするとその音が止み、ユリアが中から出て来た。手には古びた手紙が数通ある。

「これは、あなたたちの祖父であり私の夫であるガイウスから貰った手紙です。もう、二十年以上も昔になるかしら」

 懐かしむように、愛おしむように、ユリアは手紙に指を滑らせる。

「エドラスト海峡事変が起きて、ガイウスが出兵していた時のことでした。そうね、ちょうどクラウディー、あなたがまだ二歳ぐらいの時期だったわ。ガイウスはもちろん、あなたたちの父親も出兵していて、私はあなたたちの母親と二人で心細く、ガイウスたちの帰りを待っていたの」

「それで、手紙にはなんと……?」

「戦争がはじまる前は、事細かに色々書いてくれているのだけれど……。終戦間近のとき、あの人ったら子どもが出来たってバカな報告をしてきたのよ」

 ほんとバカよね。こっちは心配して気が気じゃなかったっていうのに。

 あっけらかんと言い放つユリアに、シエラはおろかクラウドとクラウディーは話についていけなくなった。他人のシエラ以上に、孫である二人には衝撃が強すぎる内容だったのではないだろうか。

「まぁ、現地妻というやつね。ガイウスにも、その女性にも色々あったのは後で話を聞いて分かったんだけど、当時はもうそれどころじゃなくて」

「お、おばあ様……あの、ちょっと待ってください」

 慌ててクラウディーはユリアを制す。兄弟は互いに顔を見合わせながら困惑の表情を浮かべており、しばし無言が続いた。

「混乱するのも無理ないわ。私もあの頃は困惑と怒りで心がままならなかったもの」

 ふぅ、と一仕事終えたような溜め息を吐くユリアに、シエラ達は思わずずっこけたくなった。そんな簡単に流せるような出来事ではないはずだが、ユリアはさらりと流している。

「お、おばあ様、つまり、その……もしかして、その手紙の子供というのが、まさか……?」

 クラウディーが恐る恐る尋ねれば、ユリアは紅茶を飲みながら「そうなるのかしらねぇ」とゆったりとした口調で頷いた。

「今から十四、五年前からかしら。ガイウスが長期的に家をあけることがあったのを覚えてる?」

「そういえば……」

「あれはね、私がその子供を探してくるように言ったの。どんな形であれ、ガイウスの子ですもの。結局、終戦後のゴタゴタで母親の方は亡くなっていたそうだけど、なんとか子供だけは見つけられたの」

「でも、どうやってその子供だと分かったのですか?」

「ガイウスが母親の女性に渡した指輪を、母の形見としてその子が持っていたのよ。ガイウスはその子を連れて帰ろうとしていたけど、結局それもうまくいかなくて、子供に生きる術を与えることにしたの」

「それが……剣だったいうことですか」

 どこか咎めるように、何かを考えるように俯きながらクラウドは言葉を漏らした。ユリアはそれに薄く笑う。

「ガイウスは、あなたたちの祖父は、剣しか知らない男ですもの」

 その言葉に、クラウドは顔を上げた。彼は自分の祖母の言葉と、自分の知っている祖父の姿を合わせようとするかのように目を細める。その口許は、飲み込めないものを無理に飲み下そうとして歪んでいた。

「……おばあ様は、止めなかったのですか?」

 クラウドにしては珍しい、責めるような口調だった。ユリアは口角を下げる。

「ガイウスはね、雲のような人なの。私には結局、あの人が分からなかったわ。でも彼が何を思い、もう一人の息子を育てたか……それを考えると、何も言えなかったの」

「……俺にも、分かりません。ただ、俺が倒すべき男が、血のつながった人間だったなんて」

 クラウドの消え入りそうな声に、ユリアは厳しい声音で、

「あなたは肉親の情で敵を斬らないというのですか」

そう言った。

 クラウドはおろかクラウディーさえ拳を握り俯いた。

「その子供を生かしたのはガイウスの意志です。けれどそのような生き方をしたのはその子の意志でしょう。クラウド、あなたは何のために戦うのですか。敵を斬るのは、何をするためですか」

「しかしおばあ様……」

「残酷だと世の恨むのでも、ガイウスを恨むのでも、私を恨むのでも構わない。けれどクラウド、それはあなたの私情です。あなたのすべきことは何ですか」

 シエラはユリアの厳しい言葉に、胸の奥が苦しく、それでいて晴れていくのを感じた。しかしこれはクラウドの心の問題だ。いつもシエラを後押ししてくれるクラウドが、迷っている。シエラも力になりたいと思う。それでも立ち入ってはいけない線が見えるようで、シエラはユリアの言葉を聞くことしか出来ない。

「……おばあ様、俺は、あの男と戦う中で、感じていました。どこか自分とは切っても切れないもので繋がっているような、宿命のようなものを、感じていました。けれど俺はいま、迷っています。あいつを倒せるのか、今の俺には自信がありません」

 それは旅の中でクラウドが初めてもらした弱音だった。クラウドのきつく握られた拳はかすかに震えていた。

「……けれど、俺は逃げるわけにはいかない。残酷な宿命だったとしても、たとえ肉親だったとしても、俺は戦うことを選びます」

 顔をあげたクラウドの瞳は、美しかった。深い翡翠のような、光る瞳だった。

「だからおばあ様、俺に、おじい様の剣を授けてください」

 ユリアは微笑む。

「えぇ、いいですとも。持っておいきなさい」

 そしてユリアが持ってきたバスタードソードを受け取り、クラウドはどこか晴れたような顔になった。

 丹塗りの柄は、クラウドがもともと持っていた剣によく似ている。シエラは新しい剣を受け取ったクラウドの晴れやかな表情に、人知れず安堵した。

 クラウドとジルの対決まで、あと二日――。


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