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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十八章
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132/159

三

****


 クラウドとジルが戦った翌日、クラウドは昼頃に目を覚ました。

「ん……」

 緩やかなまつ毛の震えのあと、ゆっくりとクラウドの目が開かれていく。シエラはそれに気づき、ひそかに安堵の息を漏らす。水を入れたコップを片手に彼が眠る寝台に近づく。

「おはよう。……体調はどう?」

 寝台に腰かけコップを差し出す。クラウドは意識がはっきりとしていないのか、小さな吐息を返してきた。

「ここは、俺の家か……?」

 辺りを見回し、ようやく出て来た言葉はそれだった。

「うん、そうだよ。クラウドのお兄さんが連れてきてくれたの。……そっちの方が、都合がいいからって」

「……そうか、兄上が」

 シエラは枕元のテーブルに水を置く。クラウドは起き上がり大きな伸びをしながら「魔力も戻ってきたな」と一人ごちた。すると部屋の扉がノックされ、クラウディーの声が聞こえてきた。

「どうぞ」

 クラウドが応えると、扉を開けてクラウディーが姿を現した。昨日と同じ緋色の騎士団服に身を包んでいた。

「よっ、起きたか。起き抜けに悪いが、さっさと着替えて飯を食ってくれ。お前には今日は色々やってもらうからな」

「色々……?」

「まずは折れた剣の修理。それから、おばあさまのところに行くぞ」

「おばあさまのところへ? なぜです?」

 クラウドが眉根を寄せれば、クラウディーは苦虫を噛み潰したように「じいさまのことを聞くんだよ」と視線をそらした。それにクラウドはどこか納得したように「あぁ」と声を漏らした。

「じゃ、準備出来たら呼んでくれ」

 クラウディーはそう言うと部屋を出て行ってしまった。着替えるならば自分も出て行こう、とシエラも踵を返した。するとクラウドがふいに「おい」と声をかけて来た。

「なぁに?」

 珍しい、と内心で少し喜びながらもシエラは口許を緩ませないように気をつけて振り返る。するとクラウドはしまった、という顔ですぐに顔をそらしてしまった。普段のクラウドからは想像もできない姿に、シエラは思わず頬が熱くなるのを感じた。けれどそれをかき消す。昨日の出来事でクラウドも混乱しているのだろう。シエラは気を取り直すように拳を握る。

「みんなにクラウドが起きたって言ってくるね。あと、机にお水置いといたから」

 せめて普通に、とシエラはつとめて笑顔で言葉を紡ぎ、クラウドが頷いたのを確認して部屋を出た。

「もぉ~~~~」

 クラウドに聞こえないように小さな声で悪態を吐く。ずるずると部屋の扉を背に座り込む。

 ――調子狂うじゃん。クラウドのバカ……!!

 耳が熱い。心臓も先ほどから痛いぐらい脈打っている。

「きゅーん?」

「イ、イヴ……!?」

 三メートルほど先に、こちらを訝しむようにイヴが立っていた。シエラは音を立てないように気をつけながら慌ててイヴのいるところに向かう。そして優しく抱き上げて、その毛並に顔をうずめた。

「きゅーん?」

「なんでもない、大丈夫、なんでもないの」

 ぐりぐりとイヴの柔らかな背中や腹部に顔をうずめながらシエラは他の適合者がいる客間に向かう。イヴはシエラにされるがままに大人しくしてくれたので、客間につく頃にはシエラも平静を取り戻せた。

「あ、戻ってきた」

 ラミーナがシエラに気付き、ひらひらと手を振ってきた。客間にはクラウド以外の適合者が全員そろっている。コトノはずっとイヴの中にいるらしい。一度大きな瞬間移動の力を使うと、大概力の使い過ぎでイヴの中にいるのが常だが、今回はしばらく出てくるつもりはないらしい。

「クラウド、起きたよ。でもお兄さんと剣を直すのに出かけるみたい」

 シエラがそう言えば、それならばと言わんばかりに突然全員が自分の荷物をまとめ出した。

「え、え……?」

 シエラが戸惑っていると、ラミーナがシエラにも荷物をまとめるように促した。

「クラウドの家にお世話になりっぱなしになるのも悪いでしょ。あんたがいない間に話し合ったんだけど、今日は宿を取るわ。ジル=セイスタンが指定した日まであと二日あるし、今日は宿をとって、明日にはカムランの丘ってところの近くの町へ移動するわ」

「は、はい、りょうかい」

「で、今日なんだけど、クラウドが出かけるなら丁度いいわ。あたし達もそれぞれ用事を済ませるわ」

 荷物をてきぱきとまとめるラミーナに、シエラは首を傾げる。

「用事って?」

「情報収集と、それから買い出しね」

「僕とユファさんはこれから王立図書館に向かいます。で、ラミーナさんとバイソンさん、サルバナさんが宿取りと買い出しですね」

「え、私は?」

 どっちのグループになるのかと思い尋ねれば、ラミーナはさらりと「クラウドと一緒にいなさい」と言ってのけた。

「は?」

 シエラは思わず抱きしめていたイヴを放り出してしまった。

「きゅん!!」

 空中で一回転してきれいに着地すると、イヴは鋭く鳴いた。しかしそれはシエラの耳を通り抜けてしまう。

「なんで私だけ?」

「さすがに一人にしとくわけにいかないでしょ。で、買い出しの荷物持ちには男手がいるし、かといって全部任せるわけにいかない。情報収集にユファは外せないし……って考えた末の結論よ」

「ふーん……まぁいいけど」

 ラミーナの説明も筋は通っている、はずだ。シエラとしても特に問題はない。少々驚きはしたが、今のクラウドを一人放っておくわけにもいかないのは事実だ。ジルとの戦いで剣も折れてしまったことが、クラウドに影響を与えないはずもない。シエラはよし、と気合を入れなおして自身の荷物の整理を始めた。

 そしてクラウドの支度が整い、シエラはクラウド、クラウディーとともに出かけることになった。ひとまず、他のメンバーとは夜に酒場で合流するという約束を交わし、クラウドの家の前で解散となった。

 クラウドの家は王城から北東に位置する閑静な住宅地の一角にあり、大きな生垣に囲まれた立派なレンガ造りの邸宅だった。ラミーナたちは町の中心部へと続く坂を下っていき、シエラたちはその反対、街の中心から少し外れた刀鍛冶の職人の工房へと向かう。

「そういえば、クラウドの剣って、クラウドのおじいちゃんからもらったものなんだっけ?」

 道すがら、シエラは以前クラウドが言っていた言葉を思い出した。クラウドはいつも丁寧に手入れをし、愛おしそうに剣を見つめていた。

「そうだ。祖父が使っていたものの一つだ」

「クラウドのお兄さんも、おじいちゃんからもらった剣なんですか?」

 ちらりとクラウディーが背中に帯刀している剣を見やる。刀身は八十センチほどだろうか。

「いや、これは騎士団から支給されたブロードソードなんだ。午前は馬術訓練があったから、それで使ったんだ」

「へぇ、剣も使い分けがあるんだ」

「兄上がおかしいんだ。兄上も祖父からバスタードソードを渡されたが、基本的になんでも使うんだ、この人は」

 クラウドがどこか拗ねたようにクラウディーを言う。シエラは事情が呑み込めずに眉をひそめた。

「あー……そんな俺を変人扱いするなって。えっと、一応言っておくとな、俺たち騎士団は一応その名の通り、騎兵なんだ。歩兵じゃなくて、馬に乗るのな。だからそれに合わせて馬に乗りながらでも使える剣を使うのが普通なんだ。それがこのブロードソードなんだ」

 クラウディーは眉を下げて笑う。

「じゃあ、クラウドも騎士団に居た時はそのブロードソードっていうのを使ってたの?」

「あぁ。基本的には、俺たちの剣は王家に忠誠を誓っている剣のみが認められているんだ」

 そう言われよく見ると、クラウディーが持つブロードソードの柄には、二つの頭を持つ獅子が刻まれている。ナルダン王国の紋章だ。

「兄上は自分のバスタードソードを使う資格があるのに、まだブロードソードを使ってるんだ」

「お前も頑張って早く次席以上になれよ」

 それは一体どういう意味なのか、シエラが口を開く前に「あ、ここだ」とクラウディーは軽い足取りで路地裏に曲がってしまう。薄暗く細長い道に、シエラは一瞬怯んでしまう。クラウディーとクラウドは慣れているのか戸惑うこともなくずんずんと奥に進んでいく。

 シエラは慌てて駆け出す。しかし持っているロッドのせいで走りにくい。結局ロベルティーナの遺跡で手に入れたロッドをそのまま持ってきてしまった。返す余地がなかったというのが正確なところではあるが、シエラの身の丈以上もあるというだけで邪魔なのだが、その持ち手は金色に煌めいている。目立ってしょうがない。そんな泣き言を思い起こしながらもシエラはクラウド達の後ろをついていく。

 埃にまみれた細い路地裏を進んでいくと、小さな木の扉が現れた。クラウドの体の半分ほどしかない小さな扉で、特に鍵がかけられている様子もない。クラウディーはその木の扉を二回叩いて声をかける。すると横についていた小窓が開き、中から白髪で老齢の男性が顔を覗かせた。

「なんだお前らか。何しにきた」

「何しに来たって、挨拶だなー。もちろん剣のことで用があったに決まってるだろ」

 悪態をつかれながらも、クラウディーは笑顔を崩さない。男性は仕方なさそうに扉を開けてくれた。

「ありがとなー、ダンダじいさん」

「それより、お前だけならまだしも弟も一緒たぁ、珍しいな。あと女も連れてんのか。というか、お前――」

 追及されたところでクラウディーはすぐに「まぁ色々あってな」と茶を濁した。

「ふん、まぁいいか。で、なんだ?」

 ダンダと呼ばれた老人はつなぎに大きな手袋を身に着けており、その服のあちらこちらが煤けている。よく見てみると辺りにはたくさんの剣が並べられており、釜土や剣の型など工房らしい様相を呈していた。

「実はな、クラウドの剣が折れたんだ。それで修理を頼みたく――」

 しかしクラウディーの言葉は最後まで紡がれることなく、ダンダは「なんだと!?」と大声で二人ににじり寄ってきた。

「見せろ!!」

 鬼の形相になったダンダに押されるままにクラウドは鞘から剣を抜いて見せる。折れた切っ先の部分も皮布から取り出した。ダンダはそれら二つを慎重に観察しながら、ぎょろりとクラウドを睨む。

「お前のことだ、雑に扱ったわけじゃねぇのは分かる。けど、普通に使ってりゃ折れるわけはねぇんだ」

 はぁ、とため息を吐きながらダンダは椅子に腰かけた。

「じいさん、どういうことだよ」

 クラウディーも手近にあった椅子を引き寄せて座る。

「いいか、この剣はな、お前たちのじいさんが雷獣の牙で俺に作らせたもんなんだ」

「ら、いじゅう……?」

 シエラは思わず反芻した。雷獣は上級に位置する魔物であり、その姿は虎に酷似しているが、足には雷雲をまとっているため、非常に危険な生物とされている。もちろん、魔物の国マヨクワードゥ周辺にしか生息していないためお目にかかることはない。

「あぁ、雷獣だ。お前らのじいさんが若い頃にたまたまエドラスト海峡のあたりで遭遇したやつだよ。で、この剣の素材にはその雷獣の牙が使われてる。魔道具としちゃ最高級品なんだよ。魔力耐久度は他の剣とは比べものにはならねぇ」

 ダンダは折れた口を見比べ、シエラ達にも見えるようにした。折れた部分は刃こぼれもなく、綺麗に二つに分かれている。

「普通じゃこうは折れねぇ。この剣が過負荷で弱ってるところに、綺麗に一撃決められたって感じだな。雷獣の牙をダメにするような魔力負荷をかけた記憶はあるか?」

「たとえば?」

「そうだな……自分が普段使ってる以上の魔力を何度もこの剣に注いだり、とかだな」

 その言葉に、シエラは心臓が縮んだ。心当たりは、ある。クラウドの魔法の補助にと、シエラの魔力を上乗せさせたことが複数回ある。シエラの脳味噌をその時の記憶が駆けまわる。ちらりとクラウドを見やれば、クラウドも同じらしく、シエラのことを見ていた。シエラはいたたまれなくなり、小さく手を上げた。

「えっと、それ、私のせいです……私の魔力のせいです……」

 シエラが白状すると、クラウディーとダンダは目を丸くした。

「まさか、魔力の受け渡しをしたのか?」

 クラウディーの問いに、シエラは静かに首を縦に動かす。瞬間、ダンダが思い切り拳を机に叩きつけた。その音にシエラは肩をびくつかせる。

「バカか!! 魔力譲渡なんて危険なことしてたのか!?」

「いや、でも……」

「でももクソもねぇ!! 学校で習っただろうが!! 体に拒絶反応が出なかっただけマシだと思え!!」

 ダンダに怒鳴られ、シエラは何も言い返せなかった。シエラも魔法学生の端くれであるから、もちろん魔力譲渡が危険だということは知っていた。しかしダンダが怒るような危険な行為だとはどうしても思えないのだ。これまでの旅の中でもシエラの魔力は治癒魔法として他人に行使してきた。

 ダンダは昂った心を静めるように、ふっと息を吐き出す。そして釜土に火をつけ始めた。

「……いいか、魔力の受け渡しってのは相性があるんだ。それは知ってるだろ。これからはむやみやたらに魔力の受け渡しはするな。今回は剣が折れただけで済んでむしろ良かったよ」

 その言葉に、シエラは実感をもてないまま頷くしかなかった。ダンダはクラウドの剣を再び手にしながら、口を開く。

「……残念だが、これは直せねぇよ。刃こぼれとかならまだしも、こんなに綺麗に折れてちゃ、手の施しようがない。……いや、最悪素材があれば魔法を使いながら、この剣に近い物は作れるが」

「そんな……」

 シエラは胸が引き裂かれる思いだった。クラウドがこの剣をとても大切にしていたことは良く知っている。いつも丁寧に手入れをし、愛おしそうに見つめていた。そんな大切なものが折れてしまう原因になったのは、シエラの魔力のせいだ。

「クラウ――」

「お前のせいじゃねぇよ」

 シエラを安心させるように、クラウドは薄く笑いながらシエラの頭を撫でた。それが余計に申し訳なくて、シエラは「ごめん」と小さく呟いた。

「一応、お前のじいさんに頼まれて雷獣の牙から作ったモンは五つある。これを含めた三つはバスタードソードで、お前たち親子が持ってる。そして一つはジャマダハル。あともう一振り、バスタードソードがあったが、それをお前が使うことはできねぇのか?」

 ダンダの言葉に、クラウドとクラウディーは顔を見合わせた。

「じじいが最後まで使っていたやつか」

「あれは、今は確かおばあさまの手元に……」

 それだ、とクラウディーが指を鳴らした。

「今から雷獣に匹敵する素材を手に入れるのは至難の業だ。ダンダのじいさんが言うように、じじいの最後の一振りを貰おう」

 名案だな、と何度も頷いているクラウディーに、シエラはなんとも言えない気持ちになる。

「……クラウドのお兄さんってしっかりしてるんだかバカなんだか分からないね」

「だから前に言ったろ、兄上は祖父に似てるんだ」

「二人とも、聞こえてるからな」

 クラウディーは笑いながら立ち上がった。

「それで、クラウド。お前はどうしたい? 異存はないのか?」

「特にありません。こいつ以下の剣で戦ったところで、おそらく俺は負けます。同じ剣があるならば、その一振りを譲り受けたい」

「じゃ、決まりだな。ダンダのじいさん、邪魔したな」

「構わねぇよ」

 ダンダはひらひらと手を振った。クラウドは何かを考えたようにダンダの前に立つと、何事かを言った。するとダンダは「別にいいが……いいのか?」と戸惑いながらクラウドを窺った。クラウドは一つ頷き、ダンダは納得したように剣を鞘に収める。そしてクラウドはそれを受け取ることなく、踵を返した。

 二人が一体どんなやり取りをしたのかシエラには分からなかったが、クラウドの表情には一点の曇りもなかった。それだけで、シエラも納得してしまう。


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