一
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ふわり、と体が浮いた感覚に身を委ねる。風が通り抜けるような一瞬の感覚が、シエラを包み込む。そして地面に足がつくのが分かった。シエラはゆっくりと目を開く。草の匂いが肺を満たし、青々とした木々の間から遠くの方に外壁らしきものが見えた。
「あれが、首都の外壁かしら?」
ラミーナがクラウドに目配せすると、彼はあぁ、と短く返事をして歩き始めた。シエラ達もそれに続く。しばらく歩いていると、街の入口の大門が見えた。砦の上には兵士が見張りとして立っており、どこか雰囲気がピリピリしている。
「今はロレーダの割譲問題で気が立ってるからな……」
砦にいる兵士たちを見回しながらクラウドが言うと、ウエーバーが首を傾げた。
「でも、無事にザラミス戦争の条約が結ばれて国交が正常化したんですよね?」
「それはそうだが……。ロレーダは長い間ブラドワールの資源庫だったんだ。それに今回は、八大国会議で調印されたものだからな。大きな声じゃ言えないが、各国の圧力もあったんだろうよ……。だから満場一致での決定とは言い難いんだろうな」
クラウドがどこか遠くを見ながらそう言えば、ウエーバーはどこか複雑そうに眉根を寄せた。
外壁から中に入り大門をくぐると、遙か彼方の高台に王城がそびえたっているのが見える。ぐねぐねとした大きな坂が城の門に伸びており、真っ白な城壁が眩しい。中央の塔にはナルダン国旗がはためいている。
「ところでさー……」
シエラが街の様子に気を散らしながら何てことないように口を開くと、すかさずクラウドが「ザラミス戦争ってなに、とか聞くんだろ」と肩を竦めた。
「…………」
シエラはそれが気に入らなくてジト目でクラウドの背中を睨む。
「あたりかよ」
「あたりだよ」
今度はすかさずシエラが返す。
「まぁ、いい。……ザラミス戦争ってのは、二十年前にナルダンとブラドワールで起きた戦争のことだ」
「なんでその戦争の条約がいまさら?」
「決着がつかない戦争だったんだ。ナールの仲介で休戦状態が十八年続いていた。それがこの間の八大国会議で終戦ってわけだ」
「ふーん……」
色々思うところはあったものの、シエラは口を噤んだ。
戦争や兵士の緊迫感とは裏腹に街は平穏そのもので人々の活気で賑わっている。店先で肉を売っている初老の大柄な店主の声が時々アクセントになりながら、人々の話し声で常に音がある。そう思っていると、どこからか人々のざわめきが聞こえてきた。どこか異様なそれに、シエラは思わず視線を走らせた。
「なんだなんだ?」
バイソンがわざとらしく野次馬の素振りをみせながら、人々が集まっていく方向を見る。
「騎士団だ!」
誰かのその一言にいち早く反応したのはクラウドだった。弾かれたように人込みの中に突っ込んでいく。「あっ」とそれを慌ててシエラ達も追いかける。少し開けた十字路を人々が丸く取り囲んでおり、その中心に二人の男が立っている。
――なんか、見た事あるような光景だなぁ……。
嫌な予感を抱きながらシエラは周りの人々の会話に耳を傾ける。どうやら、路地裏近くで男が女性に無理矢理迫っていたらしい。そしてそこに騎士団の騎士が現れた、と。
――あれそれなんてデジャヴュ……?
その展開に似たようなことを旅の初期にシエラは体験している。折角だ今度は自分が野次馬になってやろう、と中心の二人を背伸びして覗き見て、シエラは思わず噴き出した。シエラだけではない、クラウド以外の適合者全員が似たような反応を示した。
「……あれって」
野次馬に囲まれて中心に立っているのは、深緑の髪をした青年だった。背丈はクラウドよりやや大きく、バイソンとほぼ同じぐらいの一八〇センチ以上といったところだ。そして顔。顔はクラウドの顔をほんの少し柔和にしたような、そんな顔だった。髪の毛はもみあげがかろうじて耳にかかる程度の短髪で、クラウドと同じようにクセで外に撥ねている。
「クラウドそっくり!!」
「ていうかクラウドじゃねーの」
「いやでも彼ほど無愛想じゃないよ」
「……世の中にはこんなに似た人がいるものなんだな」
「うっわぁ、なんていうかドッペルゲンガーってやつじゃないの?」
「クラウドさんが二人……」
各々感想を漏らしていると、横にいるクラウドが「好き勝手いいやがって」と悪態をつく。
クラウドに似ていると評された青年は向かいあっている更に大柄で筋肉質な男に怯むこともなく、不敵に笑っている。
「やっちまえ騎士様!」
「おうおうそんなノッポに負けんじゃねぇぞ!!」
様々な野次が飛び交い、相手の大男がナイフを片手に青年に突進した。青年は大男のナイフを軽い動きでかわす。すると大男は再び青年めがけて突進する。まるで闘牛のショーを見ているような光景だが、大男が思い切り上からナイフを振り下ろした。
「おっとと」
青年はそれもひらりとかわし、ようやく剣の柄に手をかける。が、剣を抜くことはなく、今度は青年が大男めがけて突進した。大男はチャンスとばかりに思い切り拳を握りしめ、青年の顔面に向けて下から鋭角にパンチを繰り出した。しかし青年はそれを一瞬のうちに避けると、下に沈み込み、男の繰り出した腕を掴んだ。
「そぉら!!」
そしてそのまま大男を背負い投げた。巨体が綺麗なアーチを描いて飛んでいく。地面に背中から倒れた男は、自分が投げられるとは思っていなかったらしく、目を大きく丸めている。
「確保!」
青年がそう言えば、野次馬の中から青年と同じような赤い制服に身を包んだ青年らが現れた。大男は手首を鎖で縛りあげられ、為す術もなくそのまま青年たちに連れて行かれてしまった。野次馬はそれぞれ青年の大立ち回りに喝采を送っている。青年もそれに笑顔で受け答えながら、ふと、ある一点で視線を止めた。
「……こっち見てない?」
シエラが冷や汗をかくと、青年は人混みを掻き分けてこちらにやってきた。なんだなんだと群衆の視線も集まってくる。シエラ達がびくびくしていると、青年はニッと笑い、クラウドの肩に腕を回した。
「帰ってきてたんだな! クラウド!」
「…………へっ?」
似た顔が二つ並んでいる。背丈は青年の方が僅かに大きいが、とにかく、並ぶと少し奇妙な感じがした。それよりも、青年の言葉にシエラ達は口が塞がらなくなった。
「兄上は相変わらずなようで」
「お前もな!」
「…………あに、う、え?」
えええええええええええ、とシエラ達の絶叫が広場に響く。
「兄弟!? クラウドの!?」
「道理で似てるわけよ!!」
「にしてもそっくり過ぎるだろ!!」
「いやでも並ぶと部分部分で作りは少し違うみたいだね……」
「ドッペルゲンガーじゃなかったんですね」
「なるほど、納得した」
「ほんっとお前ら好き勝手言いやがって……」
「ははは、随分打ち解けた仲なんだな」
青年はクラウドから腕を離し、シエラ達に向き直った。
「弟が世話になってます。俺はクラウドの兄のクラウディー。どうぞよろしく」
精悍な顔つきのクラウディーに改まれるとどこか気圧されてしまう。しかしバイソンは同類故かそのようなことはなく、あっけらかんと明るく「こちらこそよろしくな」とクラウディーと握手を交わしている。
「それにしても、クラウドの兄貴ってんだから、もっとこう、なんつーか堅い奴かと勝手に想像してたんだけどよ!」
バイソンがクラウドとクラウディーの顔を見比べていると、クラウディーはクラウドの頭を引っ掻き回しながら「こいつは父親似で、俺は爺さんに似たんだよなぁ」と笑った。
「それより兄上、俺たちは……」
「あぁ、その件なら俺にも話が来ているから大丈夫だ。今日陛下に謁見できるかは分からないがな」
「そうですか……」
「お前、これから城に向かうんだろ? 俺はまだ巡察中だけど、また城で会えたら、な」
「はい。兄上、お気を付けて」
「お前もな」
それじゃ、とクラウディーは思いのほかあっさりとシエラ達に別れを告げ、隊服を着たほかの青年たちと合流して雑踏の中に紛れてしまった。
「ほんっと、性格はクラウドと全然違うのね」
クラウディーの背中を見送りながらラミーナが感心したように呟く。
「まぁ、ちゃんと真面目なあたりクラウドの兄ちゃんって感じするけどな」
な、とバイソンがクラウドの頭をぐしゃぐしゃに撫でつけると、クラウドはジト目でバイソンのことを見上げた。
「なんというか、案の定、あんたとは気が合いそうで……こう、予想通りだった」
「お、そうだったのか!」
「……にしても、あれが噂に聞くナルダンの騎士団ってわけか」
サルバナは街の中を歩き回っている二人組の青年を見やる。全員一様に緋色の団服を身にまとっており、もちろんのこと帯剣している。
「さっきみたいな揉め事を止めるのも騎士団の仕事なの?」
「あぁ、そうだな。基本騎士団はこの王都の見回りと、国境の警備が仕事だ。有事の際に動くのは勿論、街の治安維持も俺たちの仕事だ」
「さすが騎士の国って感じね」
「とはいえ、全部を騎士団でやるのは無理だからな。他の部署と分担している」
「そういえば、クラウドって隊長か何かじゃなかった?」
王城に向かって歩きながら、シエラはふと以前言っていたことを思い出し、後ろを振り返る。クラウドはわずかに眉間を寄せた。
「隊長と言っても、俺が所属しているのは五番隊で、新人の登竜門だ。リーダーであることに変わりはないが、他の隊の隊長とは訳が違うんだよ」
「ちぇっ、優秀なのは変わんないじゃん」
どこか不満げに言うクラウドに、シエラはふて腐れたように前を向いた。大通りには相変わらず賑やかな人々の声が満ちている。焼きたてのパンの香りがふわりと漂い、シエラは鼻をすん、と動かした。そんな事を何度か繰り返しながらしばらく歩いていくと、巨大な噴水が現れ、その奥に大きな鉄の門があり、そこから更につづら折りの長い逆が上へ上へと伸びているのが見えた。その頂上には立派な塔を幾つも連ねた王城がある。
衛兵にクラウドが確認を取り、無事全員が中に入れてもらえることになったが、目の前に続く長い坂にシエラは内心で舌を出した。するとラミーナにがっしりと首に腕を回され、そのまま引きずられるように歩き始める。十分ほど歩くと、ようやく正面の大門が姿を見せた。奥には尖塔形アーチを持つ城がそびえたっている。衛兵がいる入口をそのまま横切り、中に入る。すると赤いチュニックを身にまとい、金色の飾緒が異様に目立つ中年男性がこちらに微笑みかけてきた。
「ようこそ、遠路はるばるおいで下さいました。長旅でお疲れかと存じますが、このまま謁見の間までご案内させて頂きます」
「よろしくお願いします」
クラウドは自らの剣を背中から外し、目の前の官僚らしき中年男性に恭しく掲げた。男性は一つ頷き、後ろに控えていた従者にクラウドの剣を受け取らせる。シエラはクラウドの行動の意図が分からず首を傾げたが、いまは聞ける空気でもないため口を噤んだ。そしてシエラ達は荘厳な装飾が施され、大きな天窓から光が差し込み、大きな階段を上り奥へ奥へと進んでいく。どこをどう進んだのかシエラには把握できないほどに幾つもの角を曲がり、何度も窓の外の景色が変わった。
ようやく通された部屋は、奥に上座があるが、そこは白のベールで覆われている。シエラ達は跪き、ナルダン国王が出で来る時を待つ。そうしていると、先ほどの中年男性と似たような恰好をした男性が複数人上座のベールの向こう側に現れた。そしてマントを羽織った長身の男性が椅子に腰かけると、ベールがゆっくりと左右に開いた。
「顔をあげよ」
低く、それでいてよく透る声だった。シエラ達はゆっくりと顔をあげ、王の顔を見る。クラウドと同じ深緑の髪をし、切れ長の力強い瞳をした"青年"がそこにはいた。
「長旅ご苦労。今日まで世界がまだ続いているのはそなたたちのおかげだ。礼を言わねばなるまい。本当に、よくやってくれている」
「身に余るお言葉、痛み入ります。……恐れながら、陛下、本日我々がここに参上いたしましたのは――」
「お前の書簡の通りだな。安心するが良い、地下の玉座の神殿に日記は安置してある。神官たちの清めの儀式も滞りなく終わったゆえ、今すぐにでも入れるが……」
どうする、と言外に尋ねられ、クラウドはちらりとシエラ達を見た。全員が一つ頷き、クラウドはナルダン国王に視線を戻す。
「ぜひ、すぐに。我々の旅は一刻を争います」
「うむ、そうだな」
国王は頷くと、一つ手を叩いた。すると「お呼びでしょうか」と、シエラ達の斜め前にあった小さな扉からクラウディーが現れた。
「適合者たちを、地下の神殿まで案内せよ」
「かしこまりました。……クラウド」
クラウディーは先ほどクラウドが預けた剣を手に、クラウドに近づき、そして彼にそれを渡すと、自らも跪いた。
「――誓いをここに」
王の言葉に、二人はそろった動きで剣を鞘から引き抜いた。そして剣を王に捧げるように手にのせ、頭上に掲げる。
「我らが王、我らが騎士の王。我らの剣はあなたの剣。あなたの円卓にまします騎士と、我らが祖アルベルト王の名に忠誠を」
「赦す。……ディワーディスよ、用心して向かうが良い」
それだけ言い残して、今度は赤い幕が引かれ、王の姿は隠されてしまった。クラウドとクラウディーは剣を鞘に戻し、シエラ達に向き直る。
そして謁見の間をあとにした。部屋から出ると、クラウディーはどこか困ったように笑った。
「さて、と。まさか俺が案内役になるとは思ってなかったが」
「兄上、どういうことですか」
「どうもこうも、こういうことだ。俺が選ばれた、ただそれだけのことだよ。俺だってさっき呼び出されたと思ったらいきなりなんだぜ?」
クラウディーは肩をすくめながら、ゆっくりと歩き出す。シエラ達は彼の後を追うように歩き始める。
「それと、これから地下神殿に案内するが、適合者といえどもここで見たことは他言無用でお願いしますよ」
「兄上」
窘めるようなクラウドの声に、クラウディーはふにゃりと眉根を寄せた。
「念のためだよ。疑ってるわけじゃないさ」
そう言うクラウディーの顔はどこか晴れない。シエラはなるべく辺りを見回さないように気をつけながら、王城の中を歩き進めていく。不思議なことに、廊下を歩いているときには誰にもすれ違わなかった。王城全体がなりを潜めているような、人の音がしない空間になっていた。しばらくして重苦しい扉の前にたどり着き、クラウディーがゆっくりとそれを開くと、冷たい風が流れてきた。
「ここが地下神殿につながる入口だ。暗いから気を付けてくれ」
入口に立てかけてあったランタンを手に、クラウディーが階段を下りて行く。ラミーナとウエーバーも魔法で灯りを点しながら進んでいく。灰色の石で削られて作られたと思われる大きな階段だが、その分段差がきつく、シエラは慎重に足を進めていく。
「きゅーん」
「イヴ?」
シエラの首元で小さく震えるイヴを、そっと抱きしめる。何かに怯えるような様子のイヴにシエラは首を傾げる。
「どうした?」
バイソンがシエラの腕の中のイヴを覗き込む。
「なんだか怯えてるみたい……」
「イヴが怯えるなんて珍しいな。……この先になにかあるのか?」
「もしかして刺客、だろうか……」
イヴのか細い鳴き声が暗い通路の中に響き、シエラはどこか鳥肌が立つような思いになる。
「そろそろだ」
クラウディーの言葉にシエラは顔をあげ、ようやく見えた階段の終わりにほっと胸を撫で下ろす。階段が終わると、広い開けた空間に出た。岩がむき出しの洞窟のような空間の奥に、不気味な紋様が刻まれた石の扉がある。
「神殿はこの中だ」
クラウディーとクラウドが二人がかりで扉を押すと、重苦しい音を響かせながら、ゆっくりと石の扉が開く。
開いた瞬間、シエラは魔力の奔流を感じた。ダリアミの神殿で出会った闇の腕に似た気配が、ねっとりとシエラたちを狙っている。
「清めの儀式をやったんじゃないのかい?」
サルバナが皮肉げに呟く。
「これじゃ残骸の山だ」
サルバナは足で地面を一つ叩き、槍を出現させた。戦闘態勢を取りながら、日記が収められているだろう祠を探す。
「あれか」
クラウドは何かを見つけたらしく、五段ほどの階段を駆け上り、広々としたステージのような場所に足を踏み入れた。するとステージの外郭の部分から突然光の膜が立ち上り、シエラたちとクラウドを隔ててしまう。
「クラウド……!!」
シエラは思わず叫んだ。クラウドは周囲を警戒しながら、ゆっくりと剣の柄に手をかける。
「これは結界でしょうか……」
ウエーバーが確かめるようにフレイムボムを放つと、膜に弾かれてしまった。
「さて、なにが出るかな」
クラウドの周囲に黒い霧が立ち込め始める。渦巻きながら、幾つもの霧の塊がクラウドを取り囲む。密度が一気に頂点に達し、霧散した。人型の影が揺らめく。
「……なんだよ、こいつら」
クラウドは腰を低く落として呟く。
目の前に現れたのは、人間ではなかった。騎馬兵のような甲冑を身につけた骸骨だった。数にして五体。骸骨兵はサーベルを手にしており、カタカタと不気味な音をさせながらクラウドに歩み寄っている。
「これを倒せばいいってことか」
クラウドは鞘から剣を引き抜く。深く息を吐き出し、骸骨兵に向かって突っ込んだ。サーベルを軽々とかわし敵の左肩から思い切り剣を振り下ろす。骨がバラバラに飛び散り、甲冑がシエラ達の目の前まで飛んできた。クラウドは気に留める様子もなく、次の骸骨兵を叩き伏せる。ものの数秒で全ての骸骨兵を切り伏せてしまい、クラウドは散らばった骨を一瞥する。
「妙だね」
その様子を見ながら、サルバナが珍しく顔を顰めている。
「あの骨には魔力がまだ宿っている。……嫌な感じだ」
「クラウドさん、気を付けて下さい!」
ウエーバーが叫ぶと同時に、倒れてバラバラになっていた骸骨の骨たちが動き始めた。空中の一点に集まり始め、霧の中で巨大な骸骨兵になっていく。
「へぇ」
クラウドは挑発的な笑みを浮かべ、骸骨兵を見上げる。
骸骨兵はクラウドよりもはるかに大きいその体に見合う巨大なサーベルを手にしている。サーベルが振り上げられ、骸骨兵はクラウドに向けて薙いだ。クラウドは受け止めることはせず、身を低くしてそれを避けると、そのまま地面を蹴って骸骨兵に突進した。そして骸骨兵の目の前で大きく宙に飛び出す。空中で体をひねり、骸骨兵の右肩に乗り上げる。そしてそのまま甲冑を伝い骸骨兵の頭蓋骨に飛び上がった。
骸骨兵はクラウドを捕まえようと手を動かし、体を左右に動かす。振動でクラウドの体が傾くが、彼は甲冑の飾り紐に捕まりながら振り子の原理を利用して器用に骸骨の手をすり抜けていく。
「さて、と」
クラウドは再び骸骨兵の頭に乗り上がり、そしてそこから高く上空に飛び出した。
「……轟け雷鳴」
クラウドの剣に稲妻がほとばしる。そして光を放ちながらクラウドは剣を振り下ろした。甲冑に激しく火花が散り、そしてクラウドの魔力にあわせて凹んでいく。
「らぁっ!!!!」
クラウドの叫びとともに骸骨兵が頭から無残にバラバラになっていく。
「よっしゃ!」
バイソンが拳を挙げた。シエラも小さくガッツポーズする。しかしクラウドは険しい顔で骨を眺めている。
「まだだね。さっきよりむしろ敵の魔力が増えてる。どういう構造なんだか」
サルバナの言葉を肯定するように、骨たちが再び蠢き始める。クラウドが剣を構えなおし、出方を窺っていると、どこからともなく、ひゅん、という風を切る音がした。
雷をまとった風はそのまま骸骨に突っ込み、轟音とともにもくもくと煙幕を上げる。
「はぁ、いってぇ」
煙の中で人影が揺らめく。がらがらと骨を踏み分ける音が響く。
「てめぇは……」
クラウドは表情を険しくし、腰を落とした。
「よぉ、久しぶりじゃねーか、適合者」
煙が晴れていく。好戦的な表情でジャマダハルを袖から覗かせ、ジル=セイスタンは現れた。
「ずいぶんと面白そうなことになってんなと思ったが、これ以上は待ちきれねぇんでな」
ジルは足元に転がっている赤い宝石のようなものを拾い上げた。そしてそれをクラウドに見せつけるようにして手のひらでもてあそんでから、地面に落とした。ぱりん、とガラスが割れるような音とともに、骸骨が光の粒子になって消えていく。
「ここからは俺とお前の真剣勝負と行こうじゃねーの」
ジャマダハルを構え、ジルは不敵に笑う。
「……ちっ。けど、いずれお前とは戦うと思っていた」
クラウドは殺気をまとい、目の前で笑っているジルを睨みつける。
「ここに来たからには、死ぬ覚悟は出来ているよな」
凍り付くような目線に、シエラは鳥肌が立った。初めて見るようなクラウドの顔に、唇が震えだす。普段の彼からは想像もできない、冷え切ったその瞳が恐ろしい。シエラは思わずイヴを抱きしめた。
一方、クラウドの殺気を一身に受けながらも、ジルはどこか余裕のある笑みを絶やさない。それどころか嬉々として舌なめずりをしている。
「はは、いいねぇ。死ぬ覚悟ときたか。随分大仰にものを言うじゃねーか。けど、戦いってのはやっぱそうでなくっちゃな」
ゆらり、とジルの体が後ろに倒れた。そう脳が認識した瞬間、ジルは弾丸のようにクラウドに突進していた。捻じられた上体が回転を生み、容赦なくクラウドを襲う。剣先がクラウドの前髪をかすめた。クラウドは下から剣を振り上げ、ジャマダハルを跳ね返す。次いで左から切り上げた。ジルはすんでのところで右のジャマダハルでそれを防ぎ、上空に飛び上がる。そのまま回転しながら距離を取り、クラウドを笑った。
「おいおい、もっと本気で来いよ! 俺の覚悟の前に、てめぇの覚悟が足りねぇんじゃねーのか!?」
「減らず口を」
クラウドが駆ける。右下から切り上げる。ジルはそれをかわし、クラウドの顔めがけてジャマダハルを突き出しだ。ヒュン、と頬をかすめ、クラウドはわずかに顔を歪めながらジルの横腹に蹴りを叩きこんだ。
「はっ、出来るじゃねーか!」
ジルは後ろに下がりながら、ジャマダハルに魔力を注ぎ込む。バチバチと放電したジャマダハルに、クラウドも剣を構え直しながら魔力を注ぎ込んでいく。
「行くぜ行くぜ行くぜ……!!!!」
ジルが空中に飛び出す。軽やかな身のこなしでクラウドの頭上高くに舞い踊った。そしてジャマダハルを振り下ろす。クラウドは剣を薙ぎ、互いの雷がバチバチと周囲を破壊しながらぶつかり合う。地面が削られ、焦げ跡が出来ていく。
ジルが更に魔力を放出し、クラウドの剣を支点にジャマダハルで体を前方に跳ねさせた。そしてクラウドの背後に回り込む。咄嗟にクラウドは鞘で防ぎ、ジルに斬りかかる。剣戟が響く。激しくぶつかり合う二人に、シエラは茫然とするばかりだった。
「……きゅーん」
「イヴ……」
不安げな声で鳴くイヴに、シエラの漠然とした不安も少しずつ膨らんでいく。それを抑え込もうとイヴをきつく抱くが、一度噴き出してきた嫌な汗は止まる術を持たない。実力でクラウドが劣っているとは思わないが、それでもあのジル=セイスタンは強く、そして恐ろしい男だ。戦うことを楽しみ、命のやり取りに喜びを感じている。常軌を逸したその思考は、もはやシエラの理解できる範疇にない。
「もう、この結界なんとかならないかしら」
ラミーナが歯がゆそうに呟くと、今まで押し黙っていたクラウディーが口を開いた。
「こんなことを言うの変だが、うちの弟は簡単に相手に"死"を問うたりはしない。……おそらく、うちの弟はあっちの奴さんに何かしら思ってるんだろう。だから、出来れば手を貸さないでやってほしい」
「そんなわけにはいかないわ! 日記を奪われる可能性だってあるのよ」
「ラミーナさんの言う通りです。申し訳ないですが、クラウディーさんの言うことは聞けません」
「まぁ待てよ二人とも。クラウドになにか考えがあるってんなら、それに任せてやろうじゃねーか」
「バイソン……」
少し息を荒くした二人を宥め、バイソンはクラウドとジルを真っ直ぐに見据える。
「……一つ、質問していいか」
クラウドとジルの剣戟を眼で追いながら、クラウディーは言い難そうに言葉を紡ぐ。
「いまクラウドと戦っているあの男は何者なんだ?」
当然といえば当然の質問だが、それには一同眉をしかめた。
「何者って言われると難しいわね。……あたし達の敵の一人で、名前はジル=セイスタン。なぜかクラウドにご執心。詳しいことはあたし達にも分からないわ」
「そう、か……」
「どうかしたのか?」
顔を曇らせるクラウディーに、バイソンが首を傾げる。
「いや、大したことじゃないんだ。ただ、あのジルという男、剣筋がいやに俺たち兄弟に似ているような……」
「どういうこと?」
シエラが尋ねた瞬間、ひときわ大きな音が響いた。金属が激しくぶつかり合う音に、視線が持っていかれる。
クラウドとジルの互いの剣がぶつかり合い、空気を揺らす。二人は互いに腕に傷を負いながらも、激しい剣戟を続けている。
「うらぁ!!!!」
ジルの上段から振り下ろされた一撃がクラウドを襲う。地面が穿たれた。削られた石畳は四方に飛び散る。クラウドは後方に飛び下がりながら、剣に魔力を集めていく。ジルはお構いなしにクラウド目がけて突進し、ジャマダハルを突き出した。
クラウドは剣の腹でジルの攻撃を受け流すと、一気に彼の懐に飛び込む。クラウドがジルを袈裟がけに切り伏せようとした瞬間、ジルの爪先からナイフが飛び出した。
「ッ!?」
足によって放たれたナイフがクラウドの頬を掠める。それにより一瞬怯んだ隙にジルは後方に下がって態勢を立て直しはじめる。
「お前、そんなとこにも武器を仕込んでるんだな」
「卑怯だなんてチャチなこと言うなよ?」
「殺し合いに卑怯もクソもないだろう」
「はっ、分かってんじゃねーか」
「分かってはいるさ。俺の騎士道にはそぐわない、がな……!!」
クラウドが駆けだす。それに応じるようにジルも走り出す。二人の剣がぶつかり合う――その瞬間、ジルは地面を蹴って大きく宙に体を翻した。
「こんなのもあるぜ!!」
体をひねりながらジルはクナイを投げつける。クラウドはそれら全てを剣で切り伏せていく。ジルはその間隙を縫うようにクラウドに斬りかかった。
「チッ!!」
ジルの蹴りがクラウドの鼻先を掠めた。クラウドはジルの足を掴み、そのまま投げ飛ばした。
「おっと!!」
ジルは驚いたような声をあげ、くるくると空中で回転して地面に降り立つ。
「……どうやら、てめぇは大きな技でぶちのめさなきゃならねぇらしい」
クラウドが剣を構えたまま、腰を落とした。クラウドの魔力が収束していき、切っ先の一点へと集中していく。クラウドを中心にして風の渦が出来始めた。
「……そうかよ。そっちがその気なら、俺もそれに応えねぇとな。ふん、そんな大きな構えは隙だらけだってのにな」
ジルは皮肉を言いながらもどこか嬉しそうに口角を上げ、ジャマダハルを構え直した。そして豹か何か獣が獲物を狙うときのような姿勢をとる。地面に片手を突き、右足を後ろに曲げ、クラウドを見据えて魔力を全身にかき集めていく。
これまで以上の緊張感に、シエラ達は誰もが口を閉ざした。
クラウドとジル、二人の魔力が可視化されるように渦が生み出され、二人を取り囲む。そしてクラウドの剣はバチバチと稲光を纏っていく。
魔力濃度が高まる。ギリギリまで張りつめられたそれは爆発寸前だ。息が詰まる。ちりちりと空気が揺れた。
そして――。
ジルが駆けだしたのと、クラウドが剣を薙いだのは同時だった。
ジルの体を風が包み込み、虎になった。
クラウドの薙いだ剣からは稲妻が形を成して龍となった。
虎が龍の喉元に飛びつく。龍は放電しながらその爪で虎をつかみ、そしてその体に牙を突き立てた。互いに喰らい合いながらのたうち回っている。咆哮を挙げながら両者は譲らない。そして地下神殿の天井にぶつかる直前で四散した。
「魔力切れかい?」
両者を見上げていたサルバナは違和感にクラウドを見やった。
「クラウド!?」
彼は肩で息をしながら、その場に膝をついている。彼の握る剣は――刃の下半分が消し飛んでいた。残った上半分には大きなヒビが入っている。
「折れたのか」
バイソンが思わず漏らした言葉とともに、シエラはジルへと視線を走らせた。
ジルは腕を脱力させながらただ立っていた。体には多少の傷が見受けられるが、ダメージによって動けないわけではなさそうだ。彼ら二人の表情は窺えない。ただ一人、クラウディーだけが何かを察したような顔でいる。
長い沈黙の後、ようやくジルが口を開いた。
「……て、めぇ……なん、で……」
うめき声のような、言葉にならない言葉だった。そして大股でクラウドに近づいていく。
「クラウド!」
シエラの叫びにわずかに体を反応させたが、クラウドは顔を上げない。ジルはそのまま彼の胸倉をつかみ上げた。
「てめぇ! 今の技……!!」
無反応だったクラウドがようやく息を吹き返した。そして同じようにジルの胸倉に掴みかかる。
「それはこっちの台詞だ!! てめぇこそ今の技、どこで知ったっていうんだよ!!」
クラウドの言葉に、ジルは顔に青筋を浮かべた。怒りが二人の理性を凌駕している。
「っざっけんなよ!! なんでてめぇがあの技を使えんだよ!! なんでジジイと同じ技を使いやがった!?」
ジルはジャマダハルを使わず、クラウドの頬を殴り飛ばした。よろけたクラウドは助走をつけてジルに掴みかかった。
「ジジイだと!? どこのジジイだそいつは!! この技は、いや、てめぇが使った技はな!! 俺たちの家に口伝される技なんだよ!! てめぇが使える技じゃねーんだよ!!」
ジルに馬乗りになったクラウドはそのままお返しだと言わんばかりに彼の頬を殴った。ジルは足で後ろからクラウドの首を締めあげると、振り子のように飛び上がった。そしてそのまま残った魔力を使って一気に祠まで跳躍した。
「クソが!!」
クラウドが悪態をつくが、時すでに遅し。ジルは日記を手にしていた。
「……てめぇ、日記が欲しいんだよな。三日後だ。三日後の日没に、カムランの丘に来い。そこでてめぇとは決着をつけてやる」
「おい……!!」
ゆらゆらと陽炎のようにジルの体が消えていく。その瞳にはどこまでも深い憎悪と殺意が光っている。まるで親の仇でも見るようなその瞳に、クラウドはそれ以上何も言えなかった。そしてジルが消えるのとほぼ同時に、神殿に張られていた結界が解けた。
「クラウド……!!」
シエラ達は急いで彼のもとに走る。シエラは折れた彼の剣を拾い上げた。
「これ……」
丁寧に手入れをされてきた剣は、今でも見る影もない。クラウドは無言で剣を受け取ると、鞘に収めた。いつも彼が纏っている強さは、今は鳴りを潜めている。
「……クラウド」
適合者が何も言えず俯く中、クラウディーだけは前を向いて自分の弟に向き合っている。
「兄上……」
「いい。今は何も言う必要はない。後で吐き出す時間はいくらでもやる。だから今は休め」
クラウドの肩を掴み、自分の肩へと引き寄せる。クラウドは逆らうことなく、そのまま意識を失った。
シエラの耳には、ジルとクラウドの怒りと戸惑いだけが残っていた。




