二
村の中は閑散としており、人通りもほぼなかった。シエラ達はしばらく歩くと林道に出た。ここを真っ直ぐ行けば遺跡が見えてくるはずだ。そして進んでいくと、予想通り遺跡が姿を現した。
まばらに転がった灰色の瓦礫の奥に、立派な模様まで刻まれた柱の群れがそびえている。その奥に石造りの門があり、その門は地下につながっていた。今回はユクマニロのように周囲に結界が張り巡らされているということはなく、すんなりと中に入れた。しかし、その分不安度も高い。すでに刺客が入り日記を奪っている可能性もあるのだ。
シエラは強張った表情で階段を降りた。薄暗く、凹凸の激しい階段に足を少しもつれさせながら、なんとか通路に出れた。人ひとりがやっと通れる程度の広さで、クラウド、ウエーバー、ユファ、シエラ、ラミーナ、サルバナ、バイソンという順番で歩いている。しばらく真っ直ぐ歩いていると、途端に開けた空間に出た。そこは天井の小さな穴から太陽光が差し込んでおり、清浄な空気が漂っている。そして、空間の中心は高い祭壇になっており、階段が三十段近くある。そこは光の中心でもあり、その祭壇の真ん中には何かが突き刺さっていた。
「なに、あれ……?」
"それ"がロッドだと認識した瞬間、宝玉がどくんと高鳴った。それはシエラだけでなく、全員がそうだったらしい。胸元をおさえ、全員が顔をしかめている。
「いま、宝玉がざわついたような……」
ウエーバーの呟きに、全員がこくりと頷く。
「久々の感覚というか……いや、今まで感じたことのないものだったな」
「……喜んでる、のか?」
今までに起き得なかった宝玉のざわめきに、自然と不安げな言葉が出てくる。だがシエラは、なんとなく今の宝玉のざわめきが分かるような気がした。
――たぶん、"あの声"が喜んでるんだ……。
時々宝玉を通してシエラの中に木霊する、あの声。喜びを示したのは、きっとあれなのだろう。しかし今まではシエラにしか影響を与えなかったものが、あのロッドをみて全員に伝わるほどの歓喜を示すことが驚きだった。あのロッドはそれほどのものだというのか。
シエラは恐る恐る一歩前に踏み出す。
「シエラ、祭壇には結界が張ってあるよ」
サルバナのやんわりとした制止の声は耳に遠かった。シエラは流れる血液の熱さに引っ張られるように祭壇に向かう。
「シエラ?」
ウエーバーが手を伸ばした。しかし、あと一歩のところでシエラに手は届かず、彼の手は結界に弾かれた。
「え?」
すんなりと結界の中に入ってしまったシエラに、ウエーバーはおろか他の面々も目を丸くする。シエラだけは何事もなかったかのように祭壇を上っていく。
シエラは冷えた頭で、熱く燃えるような体を必死で抑えていた。激しく脈打つものが心臓なのか宝玉なのかさえ分からない。ただ胸のあたりが痛く、それでいて喜びの声を上げている。
最後の段を上り終え、ようやくロッドの全貌が明らかになった。シエラの身長よりも頭一つ分長く、持ち手は黄金に煌めいている。上部は円環の中心に水のように澄んだ玉があり、それを支えるように円環から金色の棒が伸びている。持ち手と円環の境目には葉を象れたものが左右に三枚ずつついている。
シエラは吸い込まれるようにそのロッドに手を伸ばした。
ロッドは祭壇に突き刺さっており、触れた瞬間にシエラを拒むような、それでいて試すような電流が流れた。
シエラは歯を食いしばって電流に耐える。
ロッドはしっかりとシエラの手に吸い付いている。シエラも、このロッドを引き抜けると確信している。けれど電流は流れ続けている。
――痛い。でも……!!
これは意地の張り合いだ、とシエラは自分を叱咤する。
――意地の張り合いなら、負けるもんか……!!
ふん、と足に力を入れる。すると、わずかにロッドが上に動いた。
――よしきた!!
もういっちょ、とシエラは踏ん張る。電流が最後の抵抗とばかりに強くなった。
――痛い、けど……。
シエラは歯を食いしばる。
――耐えられないほどじゃない!!
シエラは思い切りロッドを上に引っ張った。電流が止み、ロッドは祭壇から引き抜かれた。
瞬間、祭壇から光が泉のように溢れだした。優しい力の波に、シエラは安堵感でいっぱいになる。それと同時に、この場にいる異物に気が付く。シエラは入口を睨んだ。
「――……ふむ」
空間に、やけに重みのある頷きが響いた。
適合者たちは一斉に振り返り、そこに現れた"異物"に目を向ける。
「――お前が引き抜いた、か」
ぬばたまの黒髪をなびかせ、無表情にそう呟いたのはアン=ローゼンだった。後ろにはエリーザとフォーワードが控えている。
「やっぱりきたわね」
ラミーナが戦闘態勢に入る。他のメンバーもそれぞれ腰を低くし、いつでも戦えるように態勢を整える。しかし、アンが手を翳した瞬間、シエラを除く適合者を取り囲むように結界が展開した。
「なっ!!」
一瞬の出来事に誰も反応できなかった。それどころか、詠唱や魔法陣の展開さえもなかった。まるで息をするかのように、アンは結界を展開させたのだ。
「こんなもの……!!」
クラウドは思い切り剣を振りかぶった。しかし、剣は結界にあたった瞬間に弾き飛ばされてしまう。
「くそがっ……!!」
「……へぇ、一瞬でこんな結界が作れちゃうなんて驚きだなぁ」
「感心してる場合じゃないわよ!!」
サルバナに容赦なくラミーナが手刀を繰り出すが、サルバナは「おー怖い怖い」とひらりと避ける。
シエラはなぜ自分だけが結界に閉じ込められなかったのか不思議に思いながらも、ロッドを握りしめアンを睨む。
しかし、一瞬視界からアンが消えた。
「そう怯えるな」
次の瞬間には、アンが自分の隣に立っていた。瞬間移動。そう呼ぶには相応しすぎた。シエラは何も反応できないまま、アンを見つめた。
「少々、付き合ってもらおうか」
その言葉が聞こえたと思えば、シエラの意識は一度そこで切れてしまった――。




