幕間
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一人の男が、馬から降り立った。どこまでも広がる背の低い草原に、男は目を細めた。
あの山を越えたさらに彼方の平原で、かつて仲間だった男は戦っているのだ。
男の人一倍節くれだった手に力が入る。それは強い憤怒だった。
許せ。そう短く男は呟いた。
お前の隣に立って戦えない俺を、許せよ。
低く抑えた呟きを聞くものはどこにもいない。冷たくなった風が男の肌にぶつかっていく。見渡す山々は少しずつ色を失っている。男の燃えるような短髪だけが、精彩を放っていた。
胸にあるどうしようもない黒い塊が、次第に痛んできた。
自分には"声"を聴くことも、現状を打破するだけの智恵もない。たった一人では何もできず、自分の現実を覆す力もなく、個人として生きる自由も失われた。
未来を守るためには、過去を切り捨てる。それはかつて自分がとった選択だ。もう切り捨てることも、逃げることもしないと、そう――誓ったはずだった。
――誓った、はずだったのにな……。
未来を守るため、また過去を、大切な過去を切り捨てるのか。それも他人の未来を奪うことで、守ろうというのか。
誰か助けてくれ。誰か俺を、俺たちを、どこか遠くへ連れて行ってくれ。誰もいない、どこか遠くへ。
そんな事を考えて、男は口許に笑みを浮かべた。
「俺は、なんて……なんて身勝手な奴なんだ」
乾いた笑いが喉の奥から漏れた。男の手がわずかに震え、空を裂いた。
どこかで鳥の羽ばたきの音が聞こえる。乗ってきた愛馬がすぐそばに寄り添い、男は手をゆっくりと愛馬に伸ばした。栗毛色の馬の背に手をあてると、少しだけ呼吸が落ち着いた。
遠くの山の頂上は薄らと白く、削れた山肌までもがよく見える。どこまでも遠く青く、飲み込まれそうな、それでいて落ちてきそうな、そんな空だった。乾いた風は、男の周りを踊るかのように通り過ぎていく。
――不変などなく、移ろうからこそ。
諦めることなど、出来るはずもない。自分が望む未来は、いつだってそこにある。この二つの手は、誰かを守るためにあるのだ。それを曲げることなど、あってはならない。
――立場は違えど、俺は、お前を仲間だと……そう、思っているんだ。
あの眩しい牢獄で彼らと出会わなければ、生きることも叶わなかった。あの時、彼らとともに旅に出ること以外に選択肢はなかった。たとえそれがいまのような禍根を残すことになったとしても、あの日のことを後悔したくない。
――統治から解放されたってのに、どうして今度は俺たち人間同士で争わなきゃいけねぇんだ。
権利を掴んだ、はずだったのに――。
大きな抑止力の消滅は、小さな争いを増長するだけだったというのか。自分たちが望んだ結末は、どうしてすぐに裏切られるのか。
男は無数の疑問を振り切ることができずにいた。あの日のことを後悔していない、いたくないと思いながら、あの日から始まったいまの現状には納得しきれていない。
なんという矛盾か。
男の奥底からそんな声が聞こえた。
振り切れはしない、迷いがそこにある。しかし戦うしかない。何も守らず、何もせず、ただ黙して事態を見守ることなど出来ない。自分は動かねばならない。それが友と袂を別つことになろうとも、自分は進まねばならない。
この咎を、この矛盾を、一体誰が責められるというのか。懊悩は繰り返される。出口はない。背負うことしか許されない。
男は高くそびえる彼方の山肌を見つめ、拳を突き上げた。




