三
玄関に出て少し開けた場所にコトノを中心にして陣が形成されていく。
「あ、アスナ、お前は馬一頭連れてこい」
「……分かったわ」
バイソンに言われ、アスナは他には何も言わずに畜舎の方へと走って行った。そして毛並の良い栗毛の馬を一頭連れてきた。
「そうじゃな。帰りは私の術は使えない。その馬を使って帰ってくるのが良いじゃろう」
「ほんとにありがとな、アスナ」
バイソンはにかっといつもの笑みを浮かべながら、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「はいはい」
アスナは困ったように笑った。
コトノはイヴを呼び、円陣の中心に座らせた。イヴとコトノの額に青い光の紋様が浮かび上がる。円を象ったそれは、アスナの足にも浮かび上がる。
「御主はその遺跡のそばを強くイメージするのじゃ。先ほど言った通り、少し離れた場所をな」
「えぇ」
アスナはコトノの言葉に目を閉じた。そして神経を集中させていく。円陣が明滅を始めた。シエラ達も神経を集中させる。アスナのイメージが固まったのか、コトノが一気に円陣に力を注いだ。
瞬間、シエラは浮遊感に包まれた。体全体が宙に浮く感覚。しかし、それはすぐに消える。目を開くと、そこは牧場ではなく林の中だった。少し遠くから水のせせらぎが聞こえる。
「大丈夫か、アスナ」
その声に彼女の方を見ると、馬の手綱を握ったまま茫然としていた。馬は興奮しているのか前足を上げて嘶いている。
「どーどー」
バイソンが代わりに馬を落ち着かせる。アスナは小さな声で「びっくりした……」と言った。
「だよな。俺たちの田舎じゃ魔法も珍しい方だもんな」
バイソンは今にも腰が抜けそうなアスナを子供のようにあやし、そして我に返ったアスナに殴られていた。
アスナは気を取り直し、シエラ達を先導するように歩き出した。林はすぐに開け、坂のふもとに遺跡が見えた。石造りの建物だが、それほど立派なものではなかった。少し崩れかかった柱が四本、遺跡を囲むようにして立っている。
「あそこよ。こんな町も何もないところにあるから、荒れ放題なの」
「それにしても、日記を移した割には見張りも護衛もいないみたいだね」
「そうだね。でも、結界は張ってあるみたいだよ」
遺跡を上から見下ろしているので全景が分かるが、人影はない。静かすぎて逆に不気味だ。
「アスナ、本当にありがとな。……こっからは、俺たちだけで行ってくる」
「……細かいことはよく分からないけど、頑張って」
「おう!!」
バイソンは拳を作って笑ってみせた。アスナもどこか安心したように「うん」と笑った。
そしてシエラ達もアスナに頭を下げ、遺跡に向かって歩き出した。整備されていない坂は歩きにくく、急勾配なためあまり早く進めない。
「イヴ、大丈夫?」
シエラはどこかぐったりした様子で肩にしがみ付いているイヴの毛並を撫でた。イヴは力ない声で鳴き返す。
「先ほどの術で力を使ったからな。私も、さすがにあの術を一日に二回は疲れたぞ」
「コトノもありがと」
「ふん。礼には及ばん。それより問題はここから先じゃ。どうせ刺客どもが待ち構えておるに違いない。気を抜くなよ」
「へへ、分かってるって!」
遺跡の支柱に近づき、バイソンは拳を構えた。
「結界じゃな。さて、どう解いたものか……」
「結界のもとになっているものが分かれば早そうだ」
サルバナはぐるりと遺跡の外郭に沿って歩き始める。そして一周すると、彼は腕を組んで眉をひそめた。
「さて、困ったな。結界を作ってる術式の根源はどうやら遺跡の内部にあるらしい。結界の脈が地下に集まっていっている……」
「なんだそりゃ。中に入れなきゃどうにもなんねぇのか?」
バイソンは不満げに首を傾げた。
「中に入るために結界を解きたいのに、中に入らないと結界を解けないなんて……なんかナゾナゾみたいですね」
「……どうするか」
クラウドがおもむろに剣を抜く。
「以前ダリアミの遺跡で結界を破ったようにはできねぇのか?」
「まぁ、そうしてもいいけどさ……」
穏やかじゃないよね、とサルバナは肩を竦めた。しかしすぐに「そうも言ってられないか」と息を吐いた。
「ただし、今回は前のように結界の綻びを狙うわけじゃない。みんな、相応の魔力消費を覚悟してくれ」
「魔力なら任せて!」
「きゅーん!」
シエラが威勢よく胸を張る。魔力なら有り余るほど持っている。制御できる保証はないが。
「さて、それじゃ始めようか」
サルバナが槍を出現させる。片手で操りながら、魔力を切っ先に集中させていく。シエラ達も魔力を練る。
「まず俺が一点に衝撃を与える。そこを皆で一気に攻撃してくれ」
「てめぇの命令なのが癪だが、仕方ねぇ」
クラウドは剣を構えた。神経を研ぎ澄ます。サルバナは大きく息を吸い込み、槍を構え、そして結界に向けて一撃を放った。
バチバチと閃光が起こる。結界とサルバナの魔力が衝突し、激しく振動している。
そしてラミーナ、ウエーバー、ユファがそれぞれ氷、炎、光の矢を放つ。シエラもなんとか炎の矢を作り出し、結界に向けて放った。そしてその後にバイソンが飛び込んだ。
「おぉおぉぉぉお!!」
バイソンの渾身の一撃が結界にたたき込まれる。拳と結界の間で反発が起こり、バイソンの肌に空気の震えが伝わる。
「うわっ!!」
しかし、結界は破れず、バイソンが後方に吹き飛ばされた。クラウドがすかさず結界に切り込んだが、彼も結果はバイソンと同じだった。
「もういっちょ!!」
バイソンのその言葉とともに、再び試みるも、結果は変わらなかった。
「くっそ~!!」
バイソンが地団太を踏む。シエラ達もさすがに作戦なしで結界に挑むのは無謀だと考え、一度手を止めた。
「ほんとなんだよこの結界!!」
そう言ってバイソンが結界を殴った。が、しかし。
「あれ?」
バイソンの拳は宙を彷徨い、何にも当たることなく、彼はバランスを崩して前のめりに倒れかけた。
「は?」
その一連の様子を見ていたシエラ達は全員が苛立ちを含んだ声で口を開けた。
「なんだ? 何が起きたんだ?」
きょろきょろと周りを見ているバイソンに、いやそれこっちの台詞なんですけど、と適合者全員が言いかけて、やめた。
サルバナは呆れたようにバイソンに近づいていく。彼が結界に触れた瞬間、僅かながら結界がざわめいたが、拒否されることはなかった。
「そういうことか」
ユファも続いて結界の中に向かって歩いていく。シエラはよく分からないままクラウドに引っ張られて中に入った。
「え、なんだなんだ?」
状況が読み込めないバイソンは拳を握った態勢のまま固まっている。
「つまり、俺たちは結界にまんまと踊らされたってことだよ」
サルバナが不服そうに呟く。まだ結界の外にいるラミーナが結界に触れながら、わずかに魔力を込めた。
「要するに、魔力で結界を壊そうとする人間は拒絶するけど、そうじゃないなら受け入れるってことよ」
彼女が魔力を結界にぶつけた瞬間、彼女の手を拒絶するように閃光が弾けた。それを見ながら、バイソンは首をひねった。
「でも、それって結界の意味あるのか?」
「そう、ですね。でも、現に僕たちは結界があると分かっただけで破壊しようとしましたよね? 結界が解けない以上、それは破壊する必要がある。そう、僕たちが常識のように思っていることを逆手に取っているんですよ」
ウエーバーがラミーナとともに結界の中に足を踏みいれた。
「ま、なんにせよ中に入れて良かったぜ!」
「ほんっと楽天的よねぇ」
でも、いいわ。先を急ぎましょう。ラミーナはどこか疲れたように遺跡の中に足を動かした。
シエラ達もそれに続く。
遺跡は神殿の形をしており、祭壇の裏手に地下に続く階段があった。慎重に敵がいないかを確認しながら、階段を下りていく。薄暗い遺跡の中に、ウエーバーが作った炎が淡く揺らめいている。全員どこか引き締まった表情をしている中、コトノだけがどこか上の空だ。遺跡を見ることに夢中になっているような、そんな様子だ。
考古学者のユファは遺跡を見たい気持ちを必死で抑え、平静を装いつつ緊張感を保っている。
シエラはぐったりしたイヴを抱きかかえながら、慎重にクラウドの後ろを歩く。
しばらく階段を降りたところで、大きな空間に出た。何本もの支柱に支えられ、見上げれば天井は十メートルは上にありそうだった。シエラ達は目を凝らすが、まだこの空間の奥は見えない。先頭を歩くウエーバーとバイソンが前に進む。
「なんか、いつもの神殿と雰囲気ちげぇよなー」
バイソンは周囲を見回しながら、ぽつりと呟く。
「そうだな。王城の下の神殿は石造りで、洞窟を切り拓いたような場所だったからな。……ここは、同じ石造りでも人工的に作られたとはっきり分かる」
そう言ってユファは、ちらりとコトノを見た。
「どうやらここには、霊獣はいないようだな」
ユファの視線に気づいたコトノは、あぁ、と短く返事を返した。
「さっきからどっか上の空っぽいけど、どうしたの?」
シエラがコトノの顔を覗き込むと、彼女はどこか罰の悪そうな顔をした。
「いや、なんでもない。……少し、記憶の混乱があるだけじゃ」
「記憶の混乱?」
「私のことなぞどうでもよい。よいから早く日記を回収するぞ」
きっぱりとした口調でそう言われ、シエラはこれ以上の追求を諦めた。奥に二百メートルは進んだだろうか、ようやく祭壇と祠らしきものが見えてきた。
バイソンは駆け足で近づき、一足飛びで祭壇に上がった。そして祠の中を覗き込む。
「よっしゃ、まだ日記も無事だ!」
その言葉に、シエラ達は胸を撫で下ろす。サルバナが何か言おうとした瞬間、バイソンは祠の中に手を突っ込んでいた。
「あ」
「え?」
サルバナの顔が強張ったのとバイソンがこちらを振り向いたのはほぼ同時だった。そして、日記から眩い光が溢れだした。
「だから慎重に、って言おうと思ったんだけど」
しかし時すでに遅し。サルバナの呆れた言葉が終わるや否や、日記から溢れた光が空間全てを覆い尽くしたのだった。




