二
***
「なんだ、シエラ眠そうだな」
「んー」
宿屋の入口で大きく伸びをしながら、シエラは隣に立つバイソンを横目で見た。爽やかすぎてまぶしい。シエラはわざと顔をしかめた。
「え、俺なんかしたか……?」
「……した。私の心はバイソンのせいで傷ついた」
瞬間、バイソンがあからさまに肩を落とす。が、勢いよく顔を上げると彼はシエラの肩を思い切り掴んで揺すってきた。
「何か嫌なことしたら言ってくれよ謝るしすぐに直……せるかは分からねぇけど気をつけるからよ!! なっ!?」
「分かった! 分かった! 分かったら揺さぶらないで激しくしないで気持ち悪くなるぅ……!!」
「あ、悪い」
シエラは回っている頭を落ち着けようと膝に手を置く。
「大丈夫ですかシエラ?」
「ダイジョブ、ダイジョブ……」
「あんまり店の前で暴れんな」
「悪りぃ悪りぃ」
「ちょっとあんた達なに騒いでたのよ?」
「あ、ラミーナ、サルバナ、ユファ」
店の中から会計を済ませて出て来たラミーナが怪訝そうな顔でシエラ達の顔を見やる。バイソンとシエラは苦笑するしかない。
「もう、いいから出発するわよ。……コトノは?」
「コトノさんなら先に町の東の森に向かいましたよ。なんでも、準備があるらしくて」
「準備?」
いつもその場で瞬間移動の術を使っていたコトノが、一体何の準備をするというのか。ラミーナは首を傾げつつも「まぁいいわ」と鞄を持ち直す。
「とりあえず俺たちもそっちに向かうか」
そう言ってクラウドが歩き出したのに続いてシエラ達も東の森に向かう。シエラ達のいた宿屋から二十分も歩けば町の外壁にたどり着く。外壁を出れば街道につながっており、少し行くと林に抜けることができる。林の入口にはすぐ泉があり、コトノはその畔に立っていた。
「おぉ、良いタイミングじゃの」
彼女の足元には魔法陣のような紋様が浮かび上がっている。
「コトノ、これは?」
「あぁ、なに。今回行く場所が私の知らぬ土地故、術を使うときに正しくそこに行けるように調整をしておったのじゃ」
「そういえば、前に移動の術を使うときには霊獣とかの目印が必要だって言ってたわね」
「うむ。ミトラとかいう場所を私は知らぬからな。そこで、じゃ」
コトノはびしっとバイソンを指さした。
「ユクマニロの適合者、貴様に協力してもらうぞ」
「俺?」
「そうじゃ。御主たち、全員この円陣の中に入れ」
「おう!」
バイソンがコトノの足元に浮かび上がっている紋様の中に入る。そしてシエラ達も要領を得ないまま紋様の中に足を入れる。
「全員入ったな? ……では、早速始める」
コトノは右手を翳した。
「ユクマニロの適合者、御主は出来るだけ正確に、御主の故郷のことを思い浮かべるのじゃ。そのイメージした場所に私は御主たちを連れていく……って、なんじゃその顔は」
コトノはシエラ達の表情を見て顔をしかめた。
「だって、バイソンのイメージ次第では私達とんでもないとこに行っちゃうってことでしょ?」
「頼むぜ、ほんと」
「はい、バイソンさん、信じてないわけじゃないですけど、本当に、ちゃんとしてくださいね」
「俺もなんだか心配だよ……」
「そう言われるとあたしも心配になってきたわ……」
「……」
「なんだよ皆ひどくないか!? あとユファ一人だけ無言やめてくれ心が痛い!!」
「えぇいうるさい黙れいいから早くイメージしろ!!!!」
耐えかねたコトノが一気に力を円陣に注ぎ込んでいく。シエラ達は慌ててコトノの力に同調するように意識を集中させる。
円陣が光り輝き、小さな粒子がシエラ達の体を包み込んでいく。そして、空間が歪んだと思った次の瞬間には、シエラは見慣れない草原に立っていた。
「草原ていうか……牧場?」
少し遠くの方には柵が見える。それどころか、たくさん"いる"のだ。
「うおぉぉおぉぉ!!!!」
バイソン一人だけはとてもテンションが上がっており、その他シエラ達の冷たい視線が突き刺さっているのに気付きもしない。
「ちょっとバイソン!! ここどこよ!!」
ラミーナが怒るのも無理はない。なぜならさきほどからシエラ達はたくさんの牛に囲まれているのだから。
「いやぁ、まだ旅して半年も経ってねぇのにすげぇ懐かしいなぁ~」
一方バイソンは一人感慨深げに頷いている。そして何かを見つけたらしく牧場の中をずんずんと進んで行ってしまう。
「ちょっとバイソン!!」
慌ててシエラ達はバイソンの背中を追いかけた。牛たちは突然現れたシエラ達に警戒しているのか、一定の距離をとっている。
「おーい!」
バイソンは牛舎らしきところに走っていき、その入口近くに見える人影に大きく手を振った。人影が振り返る。バイソンは思い切り柵を飛び越え、一足飛びでその人影の元に降り立った。
「え!?」
人影とシエラが声を上げたのはほぼ同時だった。
「久しぶりだな!」
「バイソン!?」
人影はバイソンに抱き上げられて小さな悲鳴を上げた。シエラは息を切らしながら二人に近づく。バイソンの背中越しに見えたのは華奢な体と真っ白なエプロンと赤いワンピース、そして同じ色の長いおさげ髪だった。
シエラ達は目を丸くした。バイソンに脇を抱えられ持ち上げられているのは、シエラと同い年ぐらいであろう女性だった。
「おやおや、これはこれは……」
サルバナは楽しそうに口許を緩めている。ラミーナは状況が分からず目を白黒させており、シエラにいたっては口が閉じなかった。
「ちょ、ちょっとなんでバイソンがここにいるわけ!? ていうか下ろしなさいよ……!」
「ははっ、元気そうで良かった!!」
「もうっ!!」
女性はバイソンに抱き上げられたままジダバタともがいているが、がたいの良いバイソンに細見の女性が敵うわけもない。しばらく暴れた女性は諦めたように肩を落とした。
「ちょっとバイソン、そのへんにしてあげなさいよ……」
横からやんわりとラミーナが言うと、やっとバイソンは「あ、悪い悪い」と悪びれた様子もなく女性を地面に下した。女性は軽く溜め息を吐いて、そしてシエラ達のことを見回した。
雰囲気は大人びているが、顔がシエラと同じか、下手をすればそれより少し幼いような印象を受ける。だが、童顔でありバイソンよりは茶色がかった赤毛をおさげにしているせいなのか、凛とした表情をしている女性の年齢は読めない。
女性はシエラ達とバイソンを見比べて、「まさか……」と顔を青くした。と、思えば顔を赤くしてバイソンの胸倉に詰め寄った。
「バイソン、あなた旅の途中よね!? なのにどうしてここにいるの!? もしかしてメイやダンに逢いたくなって戻ってきたわけじゃないでしょうね!?」
「お、おいそんな怒るなって! そりゃ俺もメイやダン、それに他の兄妹に逢いたい気持ちはあるけどよ、さすがにそんなわけないだろ」
二十センチ以上も小さい女性に怒られて苦笑いを浮かべているバイソンに、シエラはなんだか複雑な気持ちになる。
「まぁ、詳しい話は家の中でするからよ」
「……分かったわ」
先に中に入ってて。そう言って女性はバケツを持って牛舎の奥に消えていった。
シエラ達はバイソンに案内されるまま牛舎の外縁沿いに歩き、すぐそばにある大きな家の中に来た。そしてバイソンが玄関の前まで行くと、突然扉が開いた。
「おや、バイソンちゃんじゃないか!!」
「久しぶり、おばさん!」
中から出て来たのは肉付きのよいエプロン姿の中年の女性で、顔にある笑い皺が人の好さを表してる。
「どうしたんだい急に? しかもこんな大勢で」
「ちょっと、な」
「まぁまぁ、じゃあ話は中で聞くよ。さあ入った入った!」
シエラ達は女性に押し込まれる形で家に入った。丸太造りの家で大きめの窓からはゆったりとした日の光が差し込んでいる。バイソンは勝手知ったる我が家のように家の奥へと進んでいく。そして居間にたどり着く。シエラはこの家を外から見た時も大きいと驚いたが、中もやはりそれに見合うだけ広かった。まるで宴会用の部屋だ。長いテーブルには、座布団が十二枚敷かれている。
バイソンは腰を下ろすと、シエラ達にも座るように促した。他人の家でこれほどまでに落ち着いているバイソンにシエラは感心せずにはいられない。シエラ達はなんとなく居心地が悪い。
「ねぇバイソン。なにもわざわざここに立ち寄らなくても……」
控えめにそう指摘すれば、バイソンはにかっと笑った。
「それがよ、王様が言ってた遺跡なんだけどよ、俺……よく考えたら詳しい場所知らねぇんだよ」
「……え」
瞬間、部屋の空気が凍った。そんな中コトノだけは納得したような顔をしている。
「じゃと思ったわ。御主のイメージとリンクしたとき、写った光景は本当にこの近く一帯のみじゃったしな」
「だからよ、どうせ誰かに聞くなら知ってるツテを頼ったほうがいいだろ? 本当は俺の家に行こうと思ってたんだけどよ、アスナに先に逢っちまって、しかも釘刺されたからな……」
バイソンは珍しく困惑したように首の後ろの辺りを触っている。
「アスナとは、さきほどの牛舎にいた女性のことか?」
「おう。俺と同い年でチビの時から一緒なんだけどよ。たぶんさっきの口調だ、俺がいなくなった後、うちのチビたちかなりアスナに手ぇ焼かせたな……」
ありゃ下手に家に帰ったらチビたちに捕まって遺跡どころじゃねぇな。そう言って笑ったバイソンの横顔はどこまでも優しい兄のものだった。
「なんか、移動のときに感じた不安が見事に実現しちゃったみたいね……」
「まさかこんなことになるとはな……」
「まぁいいじゃないか。少しの余裕も大事だよ」
「……いやこれ余裕って問題なのかよ」
「あははは……ま、まぁみなさん落ち着きましょう」
各々が思ったことを言っている中、ふとシエラは気が付いた。
「というか、ここにいることが分かったらバイソンの家族来ちゃうんじゃない?」
「いや、来ないように口止めも兼ねて話をしようと思ったんだよ」
バイソンがそういうと、シエラ以外の面々から「おー」という感嘆の声が上がった。
「バイソンの割には考えてるわね」
「あぁ、驚きだ」
「……人間って成長するんだね」
「俺も感心した」
「僕もです」
「お前ら俺のことバカにしてるだろ!! 別にいいけどよ!!」
そんな言い合いをしていると、エプロンを外したアスナと先ほどの中年女性が現れた。二人はそれぞれお盆にマグカップを載せて持っていた。
「はいはい、じゃあこれでも飲んで落ち着いてから話しをしてちょうだいね」
「お、やった! ありがとなおばさん、アスナも」
シエラ達はそれぞれマグカップを受け取る。それはホットミルクだった。マグカップを持つ手からじんわりと温かさが全身に広がっていく。
「いったっだっきまーす!!」
ぐい、とバイソンが勢いよく煽る。ごく、ごく、と喉を通る音が響く。それにつられてシエラ達も口をつける。
「かぁーっ、やっぱうめぇな!!」
「バイソンったら、相変わらずおっさんくさいわよ」
アスナはそう言いながら腰を下ろした。
「でも確かにこれおいしいです」
ウエーバーも自然と笑顔になっている。シエラも思わず「おいしい」と呟いていた。
「そりゃ良かった。うちの牛から絞った牛乳だからね、鮮度が違うんだよ」
「おかわりする?」
ふふ、とアスナがポットを持ってウエーバーとシエラに笑った。ウエーバーとシエラは「いただきます!」と声をそろえていた。
「俺もおかわり!」
「はいはい」
アスナは穏やかな表情で次々にマグカップに牛乳を注ぐ。
シエラは見た目の幼さに誤魔化されそうになっていたが、アスナはバイソンと同い年だというだけあってしっかりしていた。いつも兄貴分のバイソンが、アスナの前だとどこか子供っぽく見える。
――いや、もともとバイソンの中身はどこか子供っぽいけどさ……。
そんな事を考えながらシエラはもう一度牛乳に口をつけた。
「さて、それじゃバイソンちゃん、話を聞かせておくれ」
「あ、そうだったな。えーっと、どっから話すかな。まず、こいつらは適合者で、一緒に旅してる仲間だ」
ほら、とバイソンに促され、
「シ、シエラ=ロベラッティです!」
「きゅーん!」
「それとこの子はイヴっていいます」
「僕はウエーバー=ジャシュウオです」
「あたしはラミーナ=ドロウッドといいます」
「俺はクラウド=ディワーディスです」
「私はユファ=アルバナルドと申します」
「俺はサルバナ=シャイファン。以後お見知りおきを」
「……コトノ、というものじゃ」
それぞれ手短に名乗る。
「ま、こいつらと旅しててよ、いまはちょっと訳ありで、八大国を回ってるんだけどよ。今回はこのミトラの遺跡に用があって、そんでここに立ち寄ったってわけなんだ」
「なるほどねぇ。じゃあまだバイソンちゃんたちの旅は終わってないんだね……」
「だからよ、俺がいまここに立ち寄ったことはうちのチビたちにはバレないようにしてほしいんだよ」
「そりゃ構わないけど……いいのかい? 特に末っ子のメイちゃん、あんたがいなくなってからしばらく泣いてばっかで大変だったんだよ」
「うっ、やっぱり……」
がくり、とバイソンは項垂れた。うーん、と頭を抱えながらバイソンはしばし黙ったが、何かを決めたように顔を上げた。
「いや、やっぱダメだ。いま下手にチビたちに会ったら気持ちが鈍っちまう。それじゃダメなんだ。……それに、チビたちをもし危険なことに巻き込んじまったらと思うと」
「……分かったわ。バイソンの好きにしなさいよ。メイたちにはバレないようにするから」
「ありがとな、アスナ」
それとな、とバイソンは照れ臭そうににかっと笑った。
「その、遺跡に行きたいんだけどよ、こっからどうやって行けばいいんだ?」
バイソンがそう言った瞬間、アスナと彼女の母はぽかーんと口を開けた。そして二人して腹をかかえて笑い出した。
「もう、ほんとそういうとこも相変わらずよね!!」
「そりゃ、バイソンちゃんが遺跡までの行き方知ってる方がびっくりだわ!!」
ゲラゲラと二人が笑う中、そっとラミーナが「バイソンってほんっとにどこにいってもバイソンなのね」と呟いた。
「なんか、俺たちってまだあんたのことちゃんと分かってなかったな」
「そうだね、先に地図買うとか私達にできる準備もあったしね」
シエラとクラウドはうんうんと頷き合う。
「はぁー……笑った笑った」
「笑いすぎだろ……」
「ごめんごめん。それで、遺跡への行き方よね。ここから南の街道を歩けば四時間、馬で行けば二時間ぐらいで着くわよ」
「そっか、サンキュ!!」
「でもアスナ、街道から遺跡に行くと谷を越えなきゃいけないだろう? あそこは土地勘がないと迷っちまうじゃないか」
え、とバイソンの顔が一気に青ざめた。アスナは少し考える素振りを見せてから、何かを思いついたようにバイソンを見た。
「なら、笑ったお詫びに、遺跡までは私が案内するわよ」
「アスナが?」
ちょ、ちょっと待て、とバイソンが慌てて制する。
「普段ならそりゃ頼むけどよ、今は危険な旅なんだ。遺跡にお前まで一緒だったら、敵にお前まで狙われるかもしれねぇ」
それにはシエラ達も全員首肯した。
「一般人を戦いに巻き込むわけにはいかない」
ユファの意見は、この場にいる適合者全員の意見だ。しかし、コトノは違った。
「……じゃが、どうする? ここでウダウダして移動に時間をかけるか? 移動の術は出来てあと一回じゃが、遺跡の少し離れたところまでその娘に案内してもらい、敵との遭遇を回避することもできそうじゃがな」
「それは……でも、万が一ってこともあるでしょ」
「きゅーん」
「けど、確かに時間が遅くなればなるほど、日記は敵に奪われやすくなりますね」
どうしますか、バイソンさん。ウエーバーは頭を悩まさせている彼のことをじっと見た。時間は大事だ、しかし、一般人であるアスナを巻き込む可能性も否定できない。長い思考の末、バイソンは口を開いた。
「分かった、遺跡の少し離れたところまでアスナに案内を頼む!!」
「バイソン……」
「いいのね、バイソン」
「あぁ、あいつらも遺跡から離れたところにいる一般人まで巻き込んだりはしねぇだろ……」
それに、いざってときは俺が守る。
バイソンはそう言って立ち上がった。
「じゃ、そっさく行こうぜ! 時間もないことだしな」
バイソンはアスナとアスナの母に頭を下げてから、居間から出て行った。シエラ達もそれに続く。アスナも母と目配せして、適合者たちの後を追った。




