七
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「この右手のアザはね、呪いなんだ」
己の右手の甲を見つめながら、サルバナは微笑んだ。その横顔の穏やかさは、全てを受け入れたか、全てを諦めたかのどちらからくるものだろう。シエラは震えそうになる唇を噛んだ。
「もしかしたら、俺はこの呪いで死ぬかもしれない。禁忌を犯した罰を受けるのかもしれない」
「そんな……ッ!!」
「――けど、いいんだ」
「え……?」
シエラは目を丸くした。サルバナは全員の方を見て、いつもの不敵な笑みを浮かべる。
「魔法に食い尽くされようと、たぶん、俺がここにいるのはこのアザのお陰だ。……俺はね、シエラ、それに他の皆も、君たちが仲間でよかったと、本当にそう思うんだよ」
「サルバナ……」
まさかサルバナの口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。シエラをはじめ、適合者全員目を丸くしている。
「お前の口からそんな言葉が出てくるとはな」
嫌味でも喧嘩腰もなく、ただ唖然としたようにクラウドが呟いた。
「そうだね。俺も不思議だな」
しばしの沈黙が訪れる。
すると、ユファが「少し、聞いてもいいか」とサルバナに近づいた。
「さっき右手のアザは呪いだといったな。それに、あんたの友人にも同じアザが浮かび上がっていたとも。……その右手のアザは、術者の体を蝕むようなものなのか?」
サルバナはユファの言葉を聞き終わると、おもむろに右腕の袖をめくった。肘のあたりにまでアザは浸食しており、まるで鮮血がこびり付いているようだ。
「俺にも詳しい事は分からないんだ。けど、さっきも言ったけどゼログランは魔力を異常にしてしまう副作用があるんだ。変質、といってもいいかもしれない。強大な力には代償が伴うのが常だけれど、ゼログランの場合はこの呪いのアザ――刻印が代償なんだろう。事実、始祖であるフランでさえ……この刻印によって身を滅ぼしたらしいからね」
「その刻印というものは、その……使用に応じて変わるものなのか?」
「……そう、だね。使用した分だけ魔力の変質も早まる。そしたらこの刻印が全身に回るのも早まるだろうね」
「なら、サルバナだってもう使わなければ……!!」
シエラは一縷の望みに縋る。しかし、サルバナは緩やかに首を横に振った。
「俺はもうダメなんだよ。……薬で制御できないほどまで、もう魔力の変質が進行しているんだ。ここまでくると、ゼログランを使おうが使うまいがもう魔力の変質は止まらないんだよ」
「じゃぁ、サルバナは……」
「そんな顔をしないでおくれ。どうせいつか人は死ぬんだ。それが早いか遅いかなんて、ちょっとの運の差なんだよ。……健康な人が、ある日突然事故で死んでしまうようにさ。別に俺は後悔していないし、それにさっきも言ったじゃないか。俺は君たちに逢えただけで、本当に良かったんだ」
「あんたが妙に達観してて、どこか冷めたものの見方をする理由が、少し分かったような気がするわ」
ラミーナが淡々とそんなことを口にする。そしてちょっとだけ意地悪く笑った。
「でも、女好きなのはお国柄なのかしら?」
「はは、そうだね。そうかもしれない」
そこでようやくサルバナはいつものように軽快に笑った。
「まぁ、俺の話したいことはこれでおしまい。あまり楽しい話じゃなくて悪かったね」
「やっとお前の本音が聞けて良かったぜ!」
「私もバイソンと同じ! 中々サルバナってば本音話してくれないし」
シエラとバイソンがケラケラと笑う。イヴも安心したように「きゅーん!」と一つ鳴いてサルバナの膝の上に乗っかった。
「……そう、だね。俺は本音を話すのはどうにも苦手なんだ」
「どの口が言ってんだか」
「おや、何か言ったかい?」
「ちょっとクラウド!」
無愛想に壁際に立っているクラウドをシエラが睨むと、彼は顔色一つ変えずに肩を竦めて「いつもはぐらして適当なことばっか言ってるからだろ。嘘つき癖じゃねーけどよ、はぐらかし癖が出来てんだろ」とにべもなく言い放った。
「クラウドは本音で話しすぎ!」
思わずシエラがそう言うと、ラミーナ、ウエーバー、ユファ、コトノがうんうんと頷いた。
「はぁ?」
ただ本人は無自覚なようで不満そうだ。そんな中、バイソンだけは一人胸を張っている。
「なんだよ男は直球勝負だろ!! なぁ、クラウド!」
「いや、まぁそうだけどよ……うん、でもなんかあんたに言われると説得力があるな」
「確かに」
「お、なんだよなんのことだ?」
「バイソンさんは男の中の男だという話ですよ」
「なんだよウエーバー急に褒めるなよ照れるだろ~!!」
「……まぁ、単純バカともいえるわよね」
「ラミーナ、それは言わないでやっておくべきだと思う……」
いつものように軽口を叩きあっている様子に、どことなくシエラは安心した。旅が進むにつれ、明かされていく秘密にみんな神経をすり減らして、空気が緊迫したものになりやすくなっている。特に日記を巡る戦いがはじまってからは、心のやわらかい部分に足を踏み入れることが多くなっている。
「シエラ、どうしたんだい?」
サルバナに声をかけられ、シエラはハッと我に返る。なんでもない、と首を横に振る。
「そういえば、これからどうする!?」
空気を換えようとシエラはまだ騒いでいる面々に向かって声をかける。すると全員一瞬にして静かになる。なんだその連携、と思わず突っ込みたくなるのを我慢する。
「とりあえずはサルバナの体調をみて、明日の昼あたり出発がいいんじゃないかしら」
「そうだな。次は……地理的にはユクマニロが一番近いな」
「お! 俺の故郷だな!」
そんな事を言っていると、ふと部屋の窓に影が出来た。全員が不審に思い窓に視線を向けると、そこには大きな鳩がいた。一メートルはあるだろうか、とにかく普通ではない鳩だ。しかもその鳩は胸に勲章のようなものをつけている。
「ね、ねぇ、あの鳩の勲章って獅子の紋章よね……?」
「どんな皮肉だよ」
「そうじゃないわよ!」
「あの獅子の紋章ってユクマニロ王家のものだったような気がするんですが……」
「とにかく窓を開けてみるか!」
バイソンが窓に近寄ると、鳩は一度翼をはためかせた。そしてバイソンに足を差し出す。鳩の足には紙が付けられていた。
「手紙か……?」
「クルッポー!」
「サンキューな!」
「ポッポー!!」
鳩は敬礼するような仕草を見せ、飛び立っていった。バイソンを中心に、シエラ達は手紙を覗き込もうと集まる。バイソンが手紙を開く。
瞬間、手紙から一人の男性が出てきた。浅黒い肌に緋色の短髪で、顔には皺が刻まれているが、佇まいからも高貴さが伝わってくる。
「久しいな、バイソン」
「こ、国王!?」
なんと出てきたのはユクマニロ国王そのひとだった。全員目を丸くしている。
「そろそろお前が日記を回収しにくる頃だと思ってな。先に言っておくが、ユクマニロに来ても謁見だのなんだのは手続きも面倒くさいからしなくて宜しい。あと初代ユクマニロの日記だがな、城の地下神殿には置いておらんから、城に来る必要はない。日記はお前の故郷のミトラの遺跡にある。話は通してあるし、案内役も遺跡に配備しておいたから、お前は面倒なことは考えずに日記の回収に専念すると良い。以上だ。旅の武運を祈っておるぞ」
まくしたてるように言い終わると、国王の姿は消えてしまった。
シエラたちは唖然とした表情のまましばし黙り込んでしまう。
「だってよ!」
「だってよ、じゃないわよ! いや、まぁ、何も悪いことはないとは思うけど、なんていうか、ねぇ……?」
あっけらかんと笑ったバイソンに、ラミーナが一番戸惑いを隠せずにいる。
「いいんじゃねーか、余計なことをして時間を食うよりかは」
クラウドがなんてことないというように言うと、ラミーナが唇を尖らせた。しかしそれ以上は何も言わない。ウエーバーも黙っている。
「そうだ、せっかく俺の故郷に来るなら、俺の家に泊まれよ!!」
そんな中バイソン一人だけはウキウキしている。イヴもいつの間にかバイソンの肩に移動して嬉しそうにしている。
「まぁ、たまには片意地張らず、日記回収に専念できてもいいじゃないか」
「そうだね……うん」
シエラはユファと顔を見合わせ、微笑んだ。
「それじゃ、明日の昼、ユクマニロに向けて出発ね」
ラミーナが一つ咳払いをして、話をまとめると、サルバナにゆっくり休むように告げてシエラ達は部屋を出た。




