四
翌日、ナール王への謁見を済ませたシエラ達は地下神殿へと向かっていた。
病気を患っているとのことで、ナール王とは御簾をはさんで対面となったのだが、それでも十分シエラは緊張した。
地下神殿に向かう長い階段を下りながら、シエラはふと目の前にいるサルバナの背中を見た。彼だけはなぜか新調した服ではなく、今まできていた服を着ている。
「ねぇサルバナ、なんで新しい服にしなかったの?」
シエラが疑問を口に出すと、サルバナは眉を下げて笑った。
「なんでだろうね。よく分からないけど、俺の直感が今日はこっちにしておけって言ってるんだよ」
「直感が? ……ふーん」
防御率とか魔力耐性とか、新品の服の方がそういった機能は充実しているはずなのに、なぜだろうか。おそらく地下神殿には刺客のうちの誰かがいる。戦闘になることは目に見えているというのに。
――サルバナの直感はどんな直感してんだか……。
シエラは自然と怪訝そうな顔つきになっていた。
そんな事を考えていると、ようやく長い階段が終わり、ゴツゴツとした岩肌で出来た開けた場所に出た。雰囲気はガイバーの神殿にどことなく似ている。おくにある大扉を開けば、すぐに神殿の祭壇があるらしい。今までシエラ達を案内してくれていた神官が扉の脇につく。
「準備はいいかい?」
サルバナの言葉にシエラ達は頷く。そして重い音を立てて扉が開かれた。シエラ達は中へと足を踏み入れる。薄暗い神殿に、急に明かりが灯りだした。
「ここがナールの神殿か……」
ユファは辺りを見回す。数百メートル先には、たしかに祭壇があった。シエラ達は小さな階段をあがり、舞台に上る。
「神殿そのものはダリアミとガイバーと同じ作りのようね」
「できるならここで戦闘はしたくないですね……」
ウエーバーが呟く。神殿で戦えば、あの"闇"がきっとまた現れるのだろう。
「まぁ、そん時はそん時だろ!」
バイソンは拳を鳴らした。シエラはバイソンの明るさにほっとした。サルバナは特に闇のことは気にしていないのか、普段通りの涼しげな顔で微笑んでいる。
「とにかく、さっさと日記を回収しておくに越した事はねぇだろ」
クラウドは辺りを警戒しながら、剣の柄に手をかけている。シエラはクラウドの隣を歩きながら、じっくりと神殿の柱を眺めた。すると、ある紋様を見つけた。
「ねぇ、あれって……」
シエラが神殿の柱を指差す。四つの支柱の上部には、今までに何度か見たことのある紋様が刻まれていた。
「あれは、ルダロッタの門にもあったやつよね……」
刻まれているのは、二本の線が螺旋をなして、その上部に半月に掛かった十字架の紋様だ。シエラは旅の最初のころ、ディアナのマフィオの遺跡であれを見ている。ラミーナたちはシエラとクラウドが禁断の森に落ちた時、森の入り口付近で目撃している。そしてルダロッタの入り口の門にも、同じものが刻まれていたのだ。
「何度かこれには遭遇しているけど、一体これはどういう意味なのかしら……」
「一度しっかり調べたほうがいいな」
ユファは手帳を取り出して、紋様をメモし始めた。
「そういえば、私たちがこれを最初に見た門には『十五の夜に消えし魂、ここに眠る』と書かれていたが、何か関係があるのだろうか?」
「そんなの書いてあったかぁ?」
バイソンが首をかしげた。ユファは「書いてあったぞ」とバイソンにメモを見せた。
「十五の夜っていうと、十五夜しか思い浮かばねぇな」
そう言ってバイソンはケラケラと笑った。バイソンが笑うと、いい感じに緊張が解れてくる。
「それじゃ、そろそろ日記を回収しようか」
サルバナは祭壇に上がる。シエラ達は辺りを警戒する。祭壇の中にある小さな祠にサルバナが手をかける。中には表紙がボロボロの日記があった。サルバナが日記に手を伸ばす。しかし、彼は日記を手にすることなく後ろに下がった。
「皆、今すぐ祭壇に上がってくるんだ!!」
「え?」
サルバナの言葉に一瞬遅れて反応したが、遅かった。体が動かない。
「な、によこれ!?」
ラミーナはなんとか体を動かそうとするが、首から下はぴくりともしない。強い力で縫い付けられているかのようだ。
「サルバナさん避けてください!!」
今度はウエーバーが叫んだ。サルバナに向けて突然岩肌から光の矢が飛んできた。サルバナは右手をかざした。矢とサルバナが出した魔法陣がぶつかり合う。
「敵はどこだ!?」
クラウドとバイソンが周囲を見回すが、どこにも人の姿は見えない。サルバナは祭壇から駆け降りると、神殿の入り口付近に向けて腕を薙いだ。瞬間、地面から本物の槍がいくつも出現した。そして入り口一帯に発射された。しかしすぐに武器は弾き飛ばされる。
「え!?」
シエラは目を丸くした。ふいに入り口付近の空気が揺らめいた。薄い膜が取れていくように景色が少し変わる。そこから現れたのは、刺客の一人フォーワード=ティーンだった。彼は無表情のままゆっくりとこちらに歩いてくる。
「彼らが動けないのは君の仕業かい?」
「あぁ、そうだ」
フォーワードは端的に答えると、手を叩いた。サルバナは右手を薙いで風を起こした。するとガラスが割れるような音が響く。
「その術は俺には効かないよ」
「だろうな」
フォーワードは表情を変えることなく、着ているコートの裾を翻した。するとコートの陰から無数の武器が飛び出してきた。剣や槍、鎌などがサルバナに向かって飛んでいく。サルバナは光の長槍を作り出すと、両手で構える。そして舞うような流麗な動きで次々と武器の雨を吹き飛ばしていく。
「ほう」
しかしフォーワードは攻撃の手を休めない。サルバナの足元に魔法陣が浮かび上がる。サルバナは咄嗟に後方に飛んだ。魔法陣から武器が飛び出した。避けなかったら串刺しだった。サルバナは周囲に炎を出現させる。フォーワードの周りで炎は爆発した。けれど一瞬にして魔法陣で障壁をつくったのか、フォーワードは無傷だ。
サルバナは少し驚いたらしい。目を見開いている。
「俺にはお前の魔法は届かない……」
「へぇ、どういう意味かな」
サルバナは風を発生させた。竜巻のようにうねりながらフォーワードを両側から狙い打つ。けれどそのどちらもフォーワードの目前で防がれてしまう。
「ふーん……」
サルバナは足元から出現させた槍を握ると、右手で器用に回転させ始める。上空には幾つもの魔法陣が停滞しており、サルバナを囲んでいる。空気が張り詰める。シエラ達はただ黙って見守ることしかできない。
魔法陣が一斉に光った。瞬間、光、炎、水や氷で出来た矢がサルバナに放たれた。しかしサルバナは逃げなかった。それどころか焦った様子さえ窺えない。
彼は一本のその槍で全てを弾き返していく。矢の嵐など意にも介していないような、いつも通りの涼しげな、けれどどこか凛とした顔つきで、無数の矢を打ち払っていく。
そしてサルバナはフォーワードの上空と足元に魔法陣を出現させた。魔法陣からはピンと張り詰めた糸が現れ、フォーワードの体に巻きついた。
「ふむ」
フォーワードは自分の腕や足を見回して、一つ感嘆の溜め息を漏らす。サルバナは矢の嵐を潜り抜けながら、槍の刃に魔力を込めた。そしてサルバナは大きく槍を振りかざした。槍の先端から稲光が迸る。それは真っ直ぐにフォーワードへと向かっていく。次いでサルバナは一気にフォーワードに向かって飛び出した。
稲光が爆発し、辺りは爆音に包まれる。まばゆい光にシエラ達の視界は奪われた。
「サルバナ!!」
土煙がゆっくりと晴れていき、二人の影が現れる。
「……へぇ」
サルバナは眉毛を吊り上げて笑っている。彼の槍はフォーワードの目の前で魔法陣に阻まれている。サルバナは動けないのか、魔法陣に槍がぶつかったままぴくりともしない。フォーワードは体に巻きついている糸を魔力で切り離すと、動けないサルバナに近づいた。
「なにを……!?」
動けないサルバナはフォーワードが伸ばした手に目を見開いた。フォーワードは戸惑いもなく、サルバナの右腕を思い切り掴んだ。そして、懐から何やら怪しい液体の入った瓶を取り出す。
「サルバナ……ッ!!」
シエラは叫んだ。けれど体は動かない。ゆっくりと、サルバナの右腕にその液体がかけられていく。
「う、ぐ……ッ!! アァアアアァァアアアッァア!!!!」
普段表情を崩さないサルバナが、痛みに叫び声をあげた。そして彼の腕からは紫色の煙が発生し始めた。それに液体をかけられた袖が溶け始めて、サルバナの素肌が露出していく。
「こん、なの……ッ!!!!」
サルバナは槍を横に薙いだ。フォーワードは後ろに飛び退き、それを避ける。
「はぁ、はぁ、はぁ……。一体俺の腕になにをしたのかな」
サルバナはフォーワードを睨みつける。シエラ達は初めて本気で怒りを露にしているサルバナを見た。
「……少しばかり、お前の魔法を狂わせる程度だ」
「狂わせる……?」
反芻した瞬間、サルバナは驚いたように自分の右腕を見た。未だに彼の右腕からは紫色の煙が出ている。しかもそれはサルバナの腕を中心に渦巻いている。
「なんだ、あれ」
空気を通して伝わってくる禍々しい魔力に、クラウドは額から汗が流れるのを感じた。シエラ達は黙って見守ることしかできない。
「……冗談じゃない」
ゆらり、とサルバナが一歩前に歩み出る。彼の服の袖は肩まで溶けてなくなってしまっており、無残な包帯だけがかろうじて残っている程度だ。よく目を凝らして見ると、彼の右腕には赤い斑な模様が刻まれている。模様というよりも、アザのような感じだ。しかもそのアザは、微かにだが明滅を繰り返している。
「あの程度の訳の分からないクスリで、俺の魔法は狂ったりしないよ」
「そう強がるな。魔力が安定していないのは、お前が一番分かっているはずだ」
フォーワードはそう言ってまた懐から何かを取り出した。瓶の中には、先ほどと同じ液体が入っている。
「あともう一度このクスリを浴びれば、お前の魔力は暴走する」
無機質な声のまま淡々とフォーワードは言葉を紡ぐ。
「それなら、もう一度そのクスリを浴びなければいいだけの話だよ」
サルバナは不敵に笑った。そして槍を握り直す。槍が光に包まれ、穂先の一転に魔力が収束していく。サルバナはフォーワードへと走り出した。
「無駄だ」
フォーワードは地面から障壁を出現させた。しかしサルバナは止まらない。障壁の目の前で上空に飛び上がった。
「甘いな」
「ッ!?」
けれどなぜかフォーワードはサルバナの後ろにおり、魔法陣から光の弾を発射させた。サルバナは魔法陣を発生させるが、数が多かった。フォーワードの魔法はサルバナの魔法陣を破壊した。
「おいサルバナ!!」
「サルバナさん!!」
ウエーバーとバイソンが叫ぶ。攻撃が直撃したサルバナは地面に叩きつけられた。彼の握っていた槍が彼の手から離れる。すると穂先に溜まっていた魔力が突然フォーワード目掛けて暴れだす。
フォーワードは障壁を出した。しかし、サルバナの魔力はその障壁を貫通した。
「!?」
フォーワードは間一髪で魔力の束をかわすが、それに気をとられていたのか、目の前に迫っていたサルバナに気がつかなかったらしい。
「グッ!!」
サルバナのもう一本の槍がフォーワードの腕を掠めた。
「だが迂闊だったな」
フォーワードはすぐさまサルバナの腹部に蹴りを入れた。サルバナは後方に吹き飛ぶ。サルバナは吐血していた。フォーワードはサルバナに近づき、彼の綺麗な金髪を容赦なく掴んだ。
「くそっ、動けよ俺の体!!」
クラウドが全身に力を込める。彼の額には血管が浮き出ている。しかしフォーワードの魔法は破れる気配を見せない。
「足掻いたところで、お前らにその魔法は破れない」
フォーワードは光のない瞳でシエラ達を射抜く。その感情のない沈んだ瞳に、シエラは鳥肌が立った。
フォーワードはサルバナの髪の毛を掴んで無理やり起き上がらせ、クスリを取り出す。そして瓶の蓋を開けた。
――逃げて、サルバナ……!!
シエラが心の中で強く念じた瞬間、突然フォーワードとサルバナの間に火の玉が飛んでいった。フォーワードは魔法陣でそれを防ぐが、次々に火の玉が飛んでいく。
「サルバナさんから、離れて下さい」
「ウエーバー!?」
ウエーバーは、息を思い切り吸い込みそれを炎に変えて吐き出している。彼の口からは次々と火の玉が発射されていく。けれどそのどれもが魔法陣に弾かれてしまっている。
「邪魔をするな」
フォーワードはただそれだけ言うと、すぐにサルバナに向き直った。
「……さて」
クスリがドクドクとサルバナの腕に掛けられていく。今度はサルバナは声さえ出さなかった。ただ彼の腕にまとわりつく煙はさらに濃密になり、赤いアザが強い明滅を繰り返し始めた。
ぞくり、とシエラの背筋に悪寒がはしった。この感覚は、グレイと対峙したときに似ていた。禍々しい魔力が空間を支配する。そして、サルバナを中心として足元に闇が広がっていく。
「あれって、いつも遺跡で現れる"闇"……?」
闇は侵食をはじめ、シエラたちがいる祭壇の手前の方へと向かってきた。それどころか、闇の中から無数の腕が現れた。
「うそ!?」
あの腕はダリアミの神殿でシエラとユファを闇の中に引きずり込もうとしたものと同じだった。そして暗黒の腕はシエラ達の足を掴んだ。
「くそ、動けないって時になんでまた!!」
「うぇ、なんか気持ち悪ぃ!!」
「ちょっと、これ、本気でなんとかしないとマズいわね……!!」
「くっ……」
「あぁもう!!!!」
シエラは動かせない体に力を込めた。地団太さえ踏めないこの状況に、どんどん苛立ちが募っていく。ズブズブと足先が闇の中に飲み込まれていき、ふくらはぎまで闇は到達していた。
――サルバナ……!!
シエラは縋るように倒れこんでいるサルバナを見つめた。けれど彼は気絶しているのか、ぴくりとも動かない。それなのに彼の右腕に纏わりつく煙はどんどん濃度を増していく。フォーワードはサルバナの髪の毛をつかんだまま、彼の腕や煙を観察している。
「このままじゃ、全員どうなるか分からないな……」
腹部の辺りまで闇の腕に掴まれたユファが呟く。前回ダリアミの神殿で闇に引きずり込まれそうになったユファとシエラを助け出したのはサルバナだった。しかし今回そのサルバナが一番の危機に陥っている。
「一体どうすりゃいいんだ」
バイソンはフォーワードの魔法を破ろうと全身に力を入れる。顔に血が上り真っ赤になっているが、動く気配はない。
「まずいわ、サルバナの魔力がどんどん弱くなってるみたい……」
「はい、はっきりと僕も感じます。サルバナさんの魔力が、あの煙に流れていってしまっていますね」
「魔力が全部流れ出したら……あいつ死ぬわよ」
ラミーナは下唇を強く噛んだ。そこからつぅ、と一筋の赤い滴が垂れる。本当に微量だが、その滴は闇の中に落ちた。すると途端に闇が"ざわめいた"。
「え……?」
瞬間、爆発するように無数の闇の腕が暴れだした。苦しんでいるようにも、歓喜しているようにも見える。その異様さにシエラは言葉を失う。
「なんだよ、これ……」
バイソンでさえ、その光景に唖然としている。闇は波のように一度引くと、そこで大きな塊を作り始めた。まるで闇の腕がまとまって、ひとつの生命体が生まれるかのような動きをしている。
「一体何をしようってんだ」
クラウドは闇を睨む。闇はやがて大きな二本の腕になった。それはシエラ達にラミーナがルミーナとの戦いで出現させた巨大な光の腕を彷彿とさせた。闇の腕はフォーワードとサルバナに向かって手のひらを向けた。そして、そのまま手のひらを思い切り地面にたたきつけた。
「サルバナ!!」
シエラは叫んだ。すると土煙の中からフォーワードだけが飛び出してきた。フォーワードは右腕の抑えて闇の腕をじっと見つめている。よく目を凝らしてみると、どうやら彼は今一撃を食らったらしい。
そして土煙が晴れていく。よく見ると手のひらは一メートルほど地面から離れたところで静止していた。手のひらの下には、右手から結界を出現させて膝立ちになっているサルバナがいた。
「サルバナ!」
「サルバナさん!」
シエラ達が名前を呼ぶが、反応がない。サルバナは空いている左手を思い切り突き上げた。瞬間、闇の手のひらに穴が開いた。途端に腕はサルバナから遠ざかる。サルバナはゆっくりと立ち上がると、のたうち回っている闇の腕に向かって走り出した。彼の右手には未だに紫の煙が渦巻いている。
サルバナは右手をかざす。煙がほとばしる。腕の周りに煙は纏わりつくと、途端に光の鎖に姿を変えた。鎖は腕を縛り上げる。すると闇の腕は苦しそうに、なんとか鎖から抜け出そうともがき始めた。
けれどサルバナは容赦しなかった。上空に光の巨大な槍を作り出すと、それを腕に向かって落としたのだ。槍は真上から一直線に腕を貫いた。聞こえないはずなのに、シエラ達には闇の腕が痛みに悲鳴を上げているような気がした。闇は千千に分かれて空間に溶け消えていく。すると、光の鎖になっていた煙が今度は獣の顔に変った。そして大きな口を開いて、闇の欠片を食べていく。
シエラ達は訳も分からず、何もできず、ただ唖然としてその光景を見ていることしか出来ない。
「サルバナ……?」
魔力に鈍いシエラでも分かるほど、サルバナの魔力はどんどん禍々しくなっていく。サルバナは仲間だというのに、シエラは今恐怖しか感じない。命を奪われる、何もかもを食い尽くされる。歪められ、破壊され、自分という原型を失ってしまう――そんな予感だけがシエラの頭を支配する。
煙は再びサルバナの右腕に戻ると、彼の右腕に刻まれている赤いアザの中に吸い込まれていった。ゆらり、とサルバナはフォーワードの方を向く。サルバナが右手を動かした。瞬間、フォーワードの右斜め後ろの地面が盛り上がり、そこから槍が飛び出した。
間一髪でフォーワードはそれをかわす。しかし次々と地面が割れて槍が飛び出してきた。フォーワードはたまらずに上空に飛び出した。
サルバナは右手をフォーワードに向けた。煙が飛び出す。フォーワードは魔法陣と障壁を出現させ、自分の周囲に次々展開していく。けれど煙がそれらに触れた瞬間、魔法陣も障壁も、一瞬で砂のような粒子に姿を変えてしまった。
「なんだと……!?」
今までずっと無表情だったフォーワードの顔が、ようやく僅かに歪んだ。
更に煙はフォーワードの周囲を取り囲み、炎へと姿を変えた。フォーワードは上空に停滞したまま火に取り囲まれる。
「この程度……」
フォーワードは両手を突き出し、そこから水を発生させた。しかし、火は消えなかった。それどころか益々燃え盛っている。
「まさか」
何かに気付いたらしく、フォーワードは鋭い視線をサルバナに向けた。フォーワードの顔からは大量の汗が噴き出ている。
「この炎、俺の魔力を"食った"のか」
「え……?」
フォーワードの言葉に、シエラ達は瞠目した。サルバナだけは表情を崩すことなく、冷めた瞳でフォーワードの事を見上げている。フォーワードは懐からまた何か試験管のようなものを取り出した。試験管の中では緑色の奇妙な液体が揺れている。
「またおかしな薬かい?」
サルバナが揶揄するように言うと、フォーワードは無表情のままその試験管の栓を抜いて、炎の中に投げた。瞬間、炎が異常なほど燃え盛った。爆発とも呼べるそれに、シエラは小さく悲鳴を上げる。
「今のは、魔力を貯め込む植物から作ったエキスだ。魔力量でいえば、常人の三倍にも匹敵する」
「……ふーん。おかしなものを持ち歩いているんだね」
サルバナが面白くなさそうに呟く。フォーワードは炎に包まれながらも、無表情は崩さない。
「別段、普段から持ち歩いているわけではない。……お前との戦闘を想定して、特別に用意してきたものだ」
「へぇ、それはご丁寧にわざわざどうも。ちっとも嬉しくないね」
「だが、さっきのでハッキリした。やはり、お前のこの煙は魔力を食らってより強力になるのだな」
「……さぁ、どうだか」
サルバナは不敵に笑って肩を竦めた。
「で、それが分かったところでどうするんだい? 君が魔法を使えばその炎が君の魔力を食らう。君だって火に囲まれててそろそろ苦しいんじゃないかい?」
「そうだな……」
フォーワードは胸ポケットをあさる。そこからまたまた試験管を取り出した。中には水色の液体が入っている。そして、なんとそれを頭から被った。
「!?」
液体がフォーワードの体を覆う膜のようなものに変わっていく。そしてフォーワードは自ら炎の中へと突っ込んだ。
「え!!!?」
シエラが思わず声を上げた次の瞬間には、フォーワードは物凄い勢いで炎の中から出てきた。そしてそのまま日記の置いてある祭壇へと突っ込んでいく。
「クソ……!!」
クラウドが全身に力を入れる。相変わらずぴくりとも動かない。
フォーワードが祭壇に降り立つ――瞬間、サルバナの放った紫色の煙が、フォーワードに追いついていた。フォーワードの足元が光る。煙は一気に集約されると、突然爆発した。爆風に視界が奪われる。
「サルバナ!?」
叫んだ瞬間、勢い余ってシエラは前に倒れた。
「え!?」
「うそ、動けるわ」
倒れたシエラを見て、ラミーナ達が目を丸くした。先ほどまで体を縛り付けて固めていた何かが消えた。シエラ達は各々体を動かして、異常がないかを確かめる。それからまだ煙に覆われている辺りを見回す。
「敵の気配はしないな……」
剣の柄に手をかけたままクラウドが低く呟く。
「日記は無事だろうか」
「ユファは日記の確認をお願い。……サルバナ!!」
シエラはサルバナの元へと駈け出した。彼は遺跡の入口そばに立ったまま微動だにしない。いつも余裕綽々の彼の口許は、真っ直ぐに引き結ばれていた。
「サルバナ、大丈夫!?」
シエラが駆け寄ると、彼は生気のない瞳を向けた。その瞳の奥は暗澹としていた。
「サルバナ……?」
もう一度呼びかけると、彼は糸が切れた人形のように倒れ込んだ。抱き留めようと腕を伸ばすと、横からすっと別の腕が彼の体を掴んだ。
「クラウド」
「日記の確認をしたら、早くここから出た方がいいな」
「うん」
悔しさを噛み締めながら、シエラは拳を握る。祭壇の方を見やると、ユファとラミーナが丁度出てきた。しかし、その手には何もない。
「すでに日記は取られていたようだ」
「してやられたわッ!!」
「これで奪われた日記はディアナとナールの二冊というわけですね……」
「残ってるのはユクマニロ、ナルダン、ロベルティーナ、ブラドワールの四冊か」
「ってなると、やっぱこれ以上は負けてらんねぇな!」
「ひとまずは、サルバナを休ませてあげましょうか……」
「そうだね」
シエラ達はそうしてナールの遺跡を後にした。




