三
翌日、シエラ達は話し合い通り王立図書館に向かった。サルバナに案内されながら、街の南西部に歩いていく。相変わらずイルミカの街は人で賑わっている。今歩いている通りはアクセサリーなどを売っている店が多いようだ。
宿から二十分ほど歩くと、城のようなものが見え始めた。
「あれがナール王立図書館だよ」
「たしか、あの図書館の建物自体は三百年ほど前、当時の皇太子の館として建てられのよね」
「さすがラミーナだね。文学や芸術に造詣の深かった皇太子でね、生前も館には数多くの蔵書があったらしい。それで、死後はそのまま王立の図書館になったってわけさ」
「へぇー。だから図書館っていう感じがしないんだ」
シエラはまじまじと建物を見上げる。屋根は塔のように鋭く尖っており、入り口の大門には衛兵がいる。館というより完全な城だ。
「まぁこの図書館は一般人はあまり来ないね。学者や学生がほとんどだ」
「……つまり、それだけ専門性が高いということか」
「きっとユファにはうってつけのところだと思うよ」
サルバナにそう言われ、心なしかユファの顔も期待に満ちている。逆にそれを聞いてバイソンとシエラは青ざめていく。
「バイソン、私たち役に立てるかな……」
「あ、諦めるなシエラ。ま、まだ戦力外通告には早いぜ……」
「お前らな……」
そんな二人にクラウドは頭を押さえた。
シエラ達は大門をくぐり、図書館の中に入っていく。
「うっわぁ……」
広い。とてもとても、広い。それがシエラが受けた第一印象だった。それからサルバナの言った通り学者や学生らしき人たちが大勢いる。テーブルに集まってなにやら難しい顔をして話している人たちも見かける。
「シエラ、なにしてんの、こっちよ」
ぼーっと図書館の中を見ていると、後ろからラミーナに声をかけられた。われに返ると、サルバナが受付で何か話している。すると「あぁ、悪い悪いサルバナ!!」とここの職員らしき男性がこちらに駆け寄ってきた。
「来るの早かったな」
「君が遅かったんじゃないかい?」
「ったく、そーゆーとこは相変わらずなんだなほんと」
サルバナと男性は二人で笑いあっている。男性はサルバナと同じ金髪で、同じ赤いピンでもみ上げあたりの髪の毛を留めており、身長も180センチはあるだろうか。
――こんなサルバナ、はじめて見た。
楽しそうに男性と笑っているサルバナに、シエラは目を丸くするばかりだ。
「全く、ここは図書館だろう? 職員の君まで会話しちゃってさ、いいのかい?」
「この一階のこのフロア限定でな。ここはディスカッションの場だからな。あ、でも大声は勘弁してくれよ」
男性はそう言ってシエラ達にウィンクを飛ばしてきた。さすがサルバナの知り合いというべきか。
「自己紹介がまだだったね。彼は俺の友人で、ここの職員の――」
「ルチアーノ=フーガだ。よろしく」
男性改めルチアーノは恭しく礼をする。
「それでルチアーノ、早速で悪いんだけど……」
「あぁ、それなら館長にも昨日話を通したから大丈夫だよ。皆さんもどうぞ、ついてきて下さい」
ルチアーノに案内され、シエラ達は図書館の地下へと向かっていく。途中ですれ違う人たちが持っている本はどれもこれも古びていたり、異常に分厚かったりと、サルバナが言っていた専門性が高いというのは本当らしいとシエラは実感した。どの本も十センチ以上は軽く厚みがあるだろう。シエラは血の気がひいていく。
しばらく禁書の棚がある通路を歩いていると、大きな扉が現れた。ルチアーノは鍵の束を取り出すと、そのうちの一本を鍵穴にさした。小さな金属音が聞こえたと思うと、重厚な音とともに扉が開いた。
「ここから先は貴重な文献もたくさんあるから、くれぐれも注意して下さいね」
そう言ってルチアーノはシエラ達を扉の中に入れた。そして彼は今度は違う鍵を使って施錠した。中は少し埃っぽくて薄暗い。
「今明かりをつけます」
ルチアーノが扉のそばにあるボタンを押すと、急に部屋全体が明るくなった。先ほどは暗くてよく分からなかったが、どうやらこの部屋は細長いらしい。
「それから、皆さん本を読む際は手袋着用でお願いします」
シエラ達はルチアーノから白の手袋を受け取り、全員それをはめた。
ユファは辺りをきょろきょろと見回し、もう本を探しているようだ。シエラも近くの本棚を見回すが、背表紙がないものばかりで、いったい何の本だか一見しただけでは分からない。
「一応、サルバナから二千年前と聖玉や宝玉に関する書物を探していると聞いたのですが、主だった書物は全て王宮保管になっているので、ここにあるのも断片的なものばかりなんですよ」
「なんで王宮保管なの?」
シエラが首をかしげると、ラミーナが「一般人に二千年前の事を知られたくないからでしょ」と少し棘のある言い方をした。
「国家構成員でここの職員の俺が言うのもおかしな話ですが、彼女の言う通りなんですよ。二千年前に関する事は一部の王室直属の研究機関でしか取り扱われないんです。それはやっぱり、リディア達英雄の建国神話があるからなんでしょうけど」
「書物もそうだが、他の史料も一般には非公開だな。閲覧するにはそれなりの地位と研究機関に所属する必要がある」
ルチアーノの言葉にユファも首肯した。たしかに以前もユファはそのような事を言っていた。
「ただ、だからと言ってゼロではありません。民謡などから二千年前何があったのか推測できる場合もありますし」
「そうだね。ルチアーノ、ひとまず目ぼしい本がありそうな棚に案内してくれないかい?」
「あぁ、分かった」
ルチアーノは奥へと進んでいく。奥へ進めば進むほど、どんどん本が古くなっているようだ。
「ここら辺かな。……けどサルバナ、ここの本はほとんどが古語だぞ?」
「大丈夫さ。うちには優秀な考古学者がいるからね」
「そうか。ならいいが……。俺もさすがに古語はほとんど読めないからな」
「いや、君がここの職員で助かったよ」
「まぁ、何かあれば呼んでくれ。俺は入り口近くの蔵書を整理しているからさ」
そう言ってルチアーノはあっさりと入り口の方へと歩いていってしまった。
「さて、それじゃあやるか! ……つっても、ほとんどユファ任せだけどよ」
「いや、皆にも本を探してほしい。何か気になったことがあれば、その本を私のところに持ってきてくれ」
「了解です」
それからバラバラに本を探し始める。シエラはぱらぱらとめくって、読めそうな部分がないか探す、という作業を繰り返した。
ユファ以外の他のメンバーも似たようなことをしている。しばらくすると、ユファが「全員、ちょっとこっちにきてくれ」と声をかけてきた。
「どうした?」
「さっきウエーバーが持ってきてくれた本なんだが……少し、気になる記述があったんだ」
ユファは古代文字がびっしりと書かれた本を開いたまま、ゆっくりと息を吐き出した。
「私の祖母がよく歌っていた詩がある。――玉を割りし狼は、暁の空に望み、それは咆哮となる。古の伝説は遙か彼方、あぁ真実は美しき満月のみぞ知る。八つの王、七人の従者、闇を祓う光よ。この世を謳歌するは誰ぞ。……この詩、なんだかリディア達の記述のようじゃないか?」
「えぇ、なんだかそんな感じね。玉や八つの王、七人の従者ってキーワードは、リディア達によくあてはまるわ」
ラミーナはすかさず羽ペンを紙にはしらせた。しかしインクはついていない。特殊な魔法加工を施されたペンで、あとでじんわりと文字が浮き出てくるのだ。
「ただ、そうなると気になるのは……玉を割りし狼って部分だな」
クラウドは神妙な面持ちで、ユファが唱えた部分の冒頭を呟いた。これにはシエラも頷く。
「玉が割れたってことは、聖玉か宝玉が一回割れちゃってるってことになるもんね」
「確かにそうだな。ってもよ、その詩はいつごろにできたんだろうな?」
「あら、バイソンにしちゃ珍しく良い指摘じゃない」
「まぁな!!」
バイソンは誇らしげに胸を張った。ラミーナは「あんたが胸を突き出すとなんか暑苦しいのよねぇ」と苦笑いをした。
「そうだな、時代考証は重要だ。……そうだな、この本の他の部分には、いくつかの部族の名前が挙がっている。部族間で戦いがあったようだ。しかもどれもナール北部やその周辺に約千四百年前まで勢力を誇っていた部族だ」
「つまり、この本は千四百年以前に書かれた本ってわけね……」
「えっと、それで?」
シエラは頭に疑問符を浮かべる。この本の書かれた年代が分かったら、その後はどうしたらよいのだろうか。
「この詩については、この著者の部族について調べれば出てくるかもしれないでしょ? 著者の祖母が歌ってたってことは、もしかしたらこの部族の民謡的なものかもしれないし」
「なるほどー」
「じゃぁ、ルチアーノにその部族の書物があるか聞いてみるよ。なんて名前だい?」
「ヴィセトニア族だ。頼む」
サルバナは微笑むと、入り口にいるであろうルチアーノの下に向かって歩いて行った。
「ねぇユファ、今はその部族はもういないの?」
「いや、ヴィセトニア族は存在している。しかし、今はもうその数は限りなく少ない。……そういえば、ナールの北東にあるヴィセト村は、確か先祖がヴィセトニア族だったような……」
ユファはそう言って更にページをめくり、本に目を走らせる。
「ヴィセトニア族って、あたしどこかで聞いたことがある気がするのよねぇ」
「ラミーナも物知りだからなぁ」
「なによバイソン、茶化してるのかしら?」
「はは、違うって。純粋にすげぇーって思ってよ」
「そう?」
「まぁまぁラミーナさん。そういえば、ヴィセト村といえば特別な宗教を信仰していたような……」
「宗教?」
「えぇ、確か。僕も少し小耳に挟んだ程度でほとんど知りませんが……」
「宗教ねぇ……」
シエラは実感がわかず視線を彷徨わせた。八大国は基本的には無宗教だ。色んな民族が混ざり合っているので、そういったところには寛容で、特にこれといった宗教は信奉していない。
「この本、きちんと検証できればもう少し何か分かるかもしれないが……」
ユファは静かに本を閉じた。
「ざっと目を通したところ個人的なことが多い。それに途中で読めなくなってしまっている……」
「どうしたんだ?」
「途中から共通古語ではない、独自の言語で書かれているんだ。私も知らない言語だ……」
お手上げだ、とユファは肩を竦めた。するとタイミングよくサルバナがルチアーノを連れて戻ってきた。
「ヴィセトニア族についてだったら、本よりも良い人がいるらしいんだ」
「この図書館にはいくつかの研究所が入っていて、民俗学研究をしているところもあるんです。ヴォセトニア族専門かどうかは知りませんけど、多少の手がかりにはなると思います」
ルチアーノは「たぶん、今も研究室にいるはずですから、必要とあらば掛け合ってみますが……」と言ってシエラ達の顔を見回した。
シエラ達はお互いの顔を見やり、それぞれ頷いた。
「あぁ、ぜひお願いしたい」
心なしかユファの顔も普段より輝いている。
「それじゃあルチアーノ、よろしく頼むよ」
「あぁ、分かった」
シエラ達は本をしまい、ルチアーノの後について歩く。最初にきた通路を上がっていき、それから更に階段を上る。通路を奥にすすんでいくと、扉の上にそれぞれ研究所名が書かれた札が扉に貼ってあった。少しすると、「民俗学」と書かれた札が見えた。
「ここです。少し待っていてください」
シエラ達を後ろに下がらせて、ルチアーノはノックした。けれど返事はない。
「……おかしいな、この時間なら部屋に篭っているはずなんだけど」
ルチアーノは首を傾げて扉に近寄り、ドアノブをひねった。すると扉が開いた。
「え?」
ノブをひねった本人が一番驚いている。ルチアーノは恐る恐る中を覗き込む。
「かってに人のへやに入ったらダメなんだよ!」
「ッ!?」
今度はシエラ達も含めその場にいる全員が言葉を失った。扉の隙間から顔を覗かせているのは、紫紺の髪をツインテールにした幼い少女だった。彼女はつるつるの頬を真っ赤に膨らませている。
「おじいちゃん!!」
そして部屋の奥にぱたぱたと駆けていった。ルチアーノも呆気にとられいる。
「おーおー、どうしたどうした」
少女は老人に抱きかかえられて戻ってきた。老人の髪も白髪まじりではあるが、少女と同じ紫紺だ。
「なんか、あの髪の色見てるとショコラ=イルディーを思い出すわ」
ラミーナは複雑そうな顔で二人を見ている。シエラも確かに、とまじまじと二人の髪を見つめる。アンが率いる刺客の一人ショコラ=イルディーも彼らと同じ紫紺の髪の毛をしており、そして何より出会う度にラミーナと戦っている相手だ。
「先生、突然すみません」
唖然としていたルチアーノは我に返ると目の前の老人に一礼した。
「おぉ、ルチアーノくんか。今日はどうしたのかね?」
「実は俺の友人が、ヴィセトニア族について今調べていまして。先生なら何かご存知かと思って今日はお邪魔しました」
「ほう……」
それまで柔和だった老人の目が、その一瞬だけ鋭くなった。シエラの隣にいたクラウドもそれを感じたのか、一瞬警戒を示した。
「まぁ、立ち話もなんだから全員部屋に入りなさい」
「ありがとうございます」
ルチアーノに続き、シエラ達も一礼して部屋に上がる。部屋の中央には大きな机と椅子があり、机の上にはいくつかの史料が置かれていた。
「あぁ、座って楽にしてていいから」
「失礼します」
老人の言葉に従ってシエラ達も椅子に腰掛ける。老人は一度奥に引っ込むと、ティーカップを用意して戻ってきた。
「あ、先生そんなお構いなく。俺がやりますから」
ルチアーノは即座に老人が持っているティーカップを受け取り、てきぱきと動く。どうやら普段からここには来ているらしい。
「すまんな、ルチアーノくん」
「いえいえ」
老人はルチアーノと入れ違いに椅子に座り、シエラ達の顔を見回した。少女もじっとこちらを見つめている。
「私はここで民俗学を研究しているタパニ=モンティレだ。君たちはヴィセトニア族について調べているそうだが、ヴィセトニア族のことはどこまで?」
「実は、私たちが調べているのは、ヴィセトニア族のことではありません。本当に調べているのは、リディア達に関することです」
「ほぉ?」
応えたのはユファだった。タパニは興味深そうに目を細める。
「リディア達に関することを調べる中で、ある一つの詩に出会いました。その詩はヴィセトニア族の日記の中で見つけたのです」
「なるほど。それで民俗学を研究している私のところに?」
「はい」
ユファが首肯すると、タパニは暫しあごに手を当てて何かを考える素振りをみせた。
「……君たちが出会った詩というのを、聞いても?」
「これです」
さっとラミーナが先ほどメモした紙を差し出した。タパニはそれを見ると、何かを納得したらしい。
「確かにこれはヴィセトニア族に伝わる詩です。民謡、といってもいいかもしれません」
「ではこれは……」
「えぇ、リディア達に関係する詩です」
その言葉を聞いて、やっとシエラ達は少し肩の力を抜いた。
「この詩はどういう意味なのでしょうか?」
「まぁ少し茶でも飲んで落ち着きましょう」
タイミングよくルチアーノが奥から戻ってきた。全員に紅茶が行き渡る。タパニはそれを味わうように一口飲んでから、ゆっくりと語り始めた。
「ヴィセトニア族は元々少数民族でした。そのため、古来より他民族による侵略と支配を受け続け、その支配の中で苦しみ続けていました。しかし、リディア達が八大国を建国したことで、ようやく独立を果たしたのです。そしてヴィセトニア族には、リディア達の少し前の時代に、一人の天才がいました」
「天才?」
「はい。たぐい稀な魔術の才能を持った一人の奇才です」
「その人物の名前は……?」
「本名はアムリタ。またの名を――"フラン"」
「フラン!?」
その名前にクラウド、ウエーバー、ラミーナ、ユファは異常な反応を示した。
「え、誰それ?」
シエラとバイソンは目を丸くしてきょろきょろと仲間たちの顔を見回す。
「あんた達フランの名前を知らないの!?」
「知らない!!」
「もう!!」
シエラが元気よく答えると、ラミーナに盛大に呆れられた。
「フランっていうのは、リディア達の少し前の時代にいた人物で、数々の魔術を大成してきた大魔法使いなのよ」
「……あ~、なんか、授業で、聞いたこと、あるよーな、ないよーな」
シエラは視線を彷徨わせた。
「で、そのフランって魔術師がどうしたの?」
「フランは当時まだ魔法は万民が使えるものではありませんでしたが、多くの人が使えるようにと研究に研究を重ねたのです。そして、今日私たちが使う魔法の基礎を生み出したといわれています」
「凄い……」
「えぇ、彼は天才の中の天才です。そして、彼が生み出した最高にして最大の禁忌の魔術、それが――」
「先生、話が本題から脱線していますよ」
タパニが熱を帯びて話し出そうとしたところを、静かにルチアーノがさえぎった。タパニは我に返り「そうだったな」と咳払いをする。
「とにかく、そのフランのおかげで今もヴィセトニア族は存続できており、君たちが知ったこの詩も生まれたのです」
「それはどういう意味ですか?」
「先ほどフランの本名を言いましたが、聞き覚えはありませんか?」
すると、ユファは勢いよく顔を上げた。
「まさかアムリタという名前、姓は……」
「そうです、お嬢さんは察しが良いですね。――フランの本名は、アムリタ=ナールです」
「ナール!? え、ナールって、今私たちがいるナールの名前だよね!?」
シエラは驚きのあまり大きな声を出してしまった。気づいたときにはクラウドに肘でつつかれていた。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、驚くのも無理はない。でも、このナール王国を建国した初代ナールは彼ではありません」
「え?」
「アムリタ=ナールは初代ナール国王の祖父にあたるのです」
これにはさすがのラミーナたちも驚きを隠せなかった。全員目を丸くしている。
「つまり、ヴィセトニア族は身内という立場で、リディア達の旅に関わっていたのです」
「では、あなたはこの詩ができた経緯もご存知なのでしょうか?」
「いえ、私も詳細は知りません。ですが、この詩は我々の一族に二千年間伝わり続けてきた詩です」
「我々の一族……?」
引っ掛かりを感じ、ウエーバーは思わず繰り返した。タパニはきょとんとした表情になると、「あぁ、知らなかったのですか」と言って隣に座っていた少女の頭を撫でた。
「紫紺の髪と瞳はヴィセトニア族の証なのです」
「じゃぁ、タパニさんとそのお嬢さんは……」
「えぇ、ヴィセトニアの末裔です。この子は私の孫でしてね、今日はたまたま遊びにきていたのですよ」
「ルチアーノ、君、知ってたのかい?」
サルバナはしてやられた、とルチアーノに視線を投げかけた。彼は悪戯が成功した子供のように笑っている。
「でも、さすがに先生のお孫さんは俺も初対面だよ」
ルチアーノはタパニの孫に微笑みかけた。けれど、彼女は頬を膨らませてふいっ、と横を向いてしまう。
「おや、ルチアーノは好みではないらしい」
「おいおいサルバナ、そんな自信なくすようなこと言うなよ」
二人のそんなやり取りを聞きながら、シエラ達他の面々は苦笑いだ。あれがナール式ジョークなのだろうか。
「まぁ、そんなわけで私もヴィセトニアの一員なのです。それでこの詩ですけど、元々ヴィセトニア発祥ではないと聞いています」
「元々は違う民族が歌っていたということですか?」
「それがそういうワケでもないようなんです。詳しくは私も知らないのですが、とにかく、初代ナール国王の身近な人物から伝わってきたとか」
「つまり詩を詠んだのはヴィセトニア族の人ではなく、ヴィセトニアは詩の継承者に過ぎないと?」
「そういうことになります」
シエラは段々頭が混乱してきた。一応詩の成り立ちについては分かったけれど、色々と情報量が多すぎた。バイソンも心なしか顔が難しくなっている。
「……あとで整理するから、今は我慢なさい」
「はい……」
シエラの気持ちが分かったらしく、ラミーナに囁かれた。シエラは一度背筋を正す。
「それで、肝心の詩の意味なのですが……」
一度タパニは立ち上がると、近くの本棚から一冊の古びた本を抜き出し、それから紙とペンを持って戻ってきた。
「まず、玉を割りし狼は、暁の空に望み、それは咆哮となる。この部分ですが、伝承によると、ある一人の青年のことを言っているようなのです」
「青年?」
シエラは背筋に悪寒が走るのを感じた。こういうときの予感は大概悪いほうに向かっていく。
「どうやら、適合者でもなく、リディア達の旅に関わった青年がいるようなのです。そしてこの青年は一度聖玉を破壊したらしいのです。まぁ、真偽のほどは定かではありませんが」
「そう、ですか。でもなぜ聖玉を?」
「さぁ、そこまでは。とにかく、ここは青年を狼に比喩していると」
それから、とタパニは紙に書いていく。
「古の伝説は遙か彼方、あぁ真実は美しき満月のみぞ知る――これはそのままの意味だそうです。本当のところは当の本人たちしか知りえない、と。それで、八つの王、七人の従者、闇を祓う光よ――これはリディア達のことです。七人の従者はリディアを除いた七人。闇を祓う光というのは、有名なリディアの伝説にもあるとおり、戦争によって荒廃した世界を再び聖玉で再生する、というところです。この世を謳歌するは誰ぞ――これは、この詩を詠んだ人物の感想のようなものですね」
さらさらと同じことが紙に書かれていった。シエラはそれをまじまじと食い入るように見る。
「なるほど。それでタパニさん、ひとつ、うかがってもよろしいですか?」
「なんでしょう」
「この詩に狼として出てくる青年が一体誰なのか、推測でもかまいません。何か心当たりはありませんか?」
ユファがたずねると、タパニは沈黙した。張り詰めた空気が流れる。
「……私も、長年研究してきましたが、結局この青年が誰なのかは分かっていません。ましてや、推測するにも当時のことは謎が多すぎます。あらゆる分野の専門家が調査をしてきましたが、我々研究者にすら降りてこない情報が山積みです。けれど……」
「けれど?」
「一人、一人だけ、可能性のある人物がいます。名前さえ分かっていない青年ですが……」
「どんな人物なんですか……?」
ユファも恐る恐る尋ねた。シエラは額から吹き出る汗を拭う。
「……リディアと同郷の青年で、後にブラドワール王国の補佐官になった青年です」
「官職に就いたにも関わらず、名が残っていないのですか?」
「はい。もしかしたら、ブラドワールに保管されている資料には、きちんと名前まであるのかもしれまんが。私たち七大国の公開されている資料からでは、今のところそこまでしか分かっていません」
「いいえ、それだけ分かれば十分ですわ。本当にありがとうございます」
ラミーナが頭を下げた。いいえ、とタパニは優しく微笑みながら首を振る。
「この程度しか教えられなくて申し訳ないよ。……それに君達は、適合者でしょう?」
「!!」
タパニは柔和な笑みをたたえたまま紅茶を一口啜る。シエラ達はそんなタパニを黙って見つめた。
「なぜ分かったという顔をしていますね。まぁ、簡単にいえば君ですよ」
タパニは微笑んだままサルバナに顔を向けた。見られたサルバナは瞬きをした。
「君が、ルチアーノくんの友人のサルバナくんだね。以前に話は聞いていたんだ。まぁそれ以外にも、君たちの人数や、質問の内容からってとこですかね」
「全く、ルチアーノは相変わらず人が悪いな……」
サルバナは恨めしそうにルチアーノに視線を送る。しかしルチアーノは涼しい顔をして笑っている。
「たまにはこういうのも悪くないだろ?」
「はは、そうだね」
サルバナは、彼にしては珍しく少し項垂れ、それからタパニに向き直った。
「先生、今回のことは他言無用でお願いしますよ」
「それは俺からもお願いします」
「あぁ、分かっているよ。今の情勢を鑑みればそれぐらい判断がつくとも」
「ありがとうございます」
シエラ達も頭を上げる。タパニは「お役に立てたのなら光栄ですよ」と言いながら孫娘の頭を撫でた。
シエラ達はもう一度礼を述べてからタパニの部屋を後にした。それから今日のところはこれで引き上げることになり、ルチアーノに案内されて図書館の出口に向かう。
「ルチアーノ、今日は本当に助かったよ」
「いや、俺も君の、君たちの役に立てたのなら良かった」
それじゃあまた、とサルバナはルチアーノに別れを告げた。シエラ達は来たときと同じように大門に向かって歩いていく。
「ねぇサルバナ、ルチアーノさんって何歳? とても同い年の十八歳には見えないけど」
シエラがちらりと横目で後ろを見やる素振りをすると、サルバナはふふ、と笑った。
「まぁ、同い年じゃないからね。彼は俺より四つ年上だ」
「え」
シエラは思わず指を折った。二十二と言われれば納得もするが、それと同時に驚きだ。
「さすがサルバナ、年上の友達ともあんなフランクに……」
「いや、近い年上であんなに親しいのは彼ぐらいだよ。彼とは学生時代に色々あったからね」
「サルバナの学生時代!?」
「なんだいシエラ、そんなびっくりして。俺だって普通学校にも通ってたし、一年だけだけど魔法学校にも通っていたんだよ?」
「うっわぁ、想像できない。想像できない!!」
シエラはゾゾゾッと鳥肌が立つのを感じた。学生のサルバナを想像しようとしても、ぼやけてうまくイメージできない。サルバナはそんなシエラに苦笑いだ。
「シエラだって俺からしたら学生やってるようには見えないよ?」
「え、それどういう意味なの馬鹿にしてるの?」
「違う違う。やっぱり旅をしてきたせいか、心身ともに強いっていうかさ。女性のたくましさを感じるよ」
「たくましいかなぁ。ラミーナに比べたらまだまだだよ~」
「だーれがたくましいって?」
「うわっ、ラミーナ!」
前を歩いていたはずのラミーナが、気づけばシエラの肩に手を回していた。
「もう、緊張感のない会話しててもいいけど、宿に戻ったらまた話しを整理するんだからね。あんまり頭空っぽにしないでよ」
「は、はーい……」
「よろしい」
ラミーナはニカッと笑うと、腕を放してまた前を歩き出した。シエラはサルバナを見上げ、二人で小さく笑いあった。




