幕間
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白き巨塔の中、夕日に照らされた部屋の真ん中でツヴァイは古い書物を読んでいた。するとふいに、部屋に何かが入ってくる気配を感じた。
「――久しぶり」
「あれ、どうしたの? あんたから私の所に来るなんて」
逆光で輪郭がぼんやりとしている“影”に、ツヴァイは語りかける。
“影”は次第にカタチを纏っていき、ツヴァイの隣に並んだ。“影”は人の姿になって、手ごろな椅子に座る。
「まぁ、なんていうかちょっと様子を見に来ただけ。どう、順調なの?」
「あはははは!! あんたって相変わらず、“種”の分際で偉そうよね」
ツヴァイはお腹を抱えて一しきり笑ったあと、緩慢な動きで目尻を拭った。“影”はその様子を黙って見つめている。
「……ごめんごめん。つい、ね。それより順調かですって? ……どうもこうも、あんた知ってるくせに」
「なんのこと?」
「とぼけないで。グレイ=ジェルドは何をしようとしてるの? アークの邪魔にはならないと思ってたけど、むしろあの男が最大の障壁よ」
ツヴァイが苛立ちと皮肉を込めてそう言えば、“影”はクツクツと笑い出した。不気味に揺れる“影”をねめつけてから、ツヴァイはフランズから送られてきた書物を手に取る。
「前にあんた言ったわよね。『玉を割りし狼は、暁の空に望み、それは咆哮となる』……この詩にある“狼”は、グレイ=ジェルドの事だって。一度玉を割ったグレイ=ジェルドは、今度は一体何をするつもりなの?」
「……それを俺に聞く? ていうか、知ってどうするわけ? アークは、何より君自身は、目的がきちんと達成できるなら何だって構わないんだろ?」
今までからかうような口調だった“影”が、途端に厳しい声音に変わる。まるでツヴァイを咎めるような物言いだ。しかしツヴァイは怯むどころか、笑みを深くする。
「あんた、私がただ人から情報を貰ってるだけだと思った?」
「……何を知ったっていうの?」
「それを私が教えるのは不公平ってモンじゃない? ……ねぇ、等価交換、しましょうよ」
ツヴァイの言葉に、今度は“影”が腹を抱えて笑い出した。
「英雄達の日記に、当時の最高神の日記。これだけあれば、当時の真実が分かる。けど、それだけじゃない。鍵にはまだ秘密がある」
来た。ツヴァイは思わず生唾を飲み込んだ。
「リディアと、それから最高神の日記。このどちらかに、もう一つ“鍵”があるはずなんだ」
「あんたにしては確証がないのね?」
「あぁ、こればっかりはさ、俺にも分からないんだ。何せ俺、結構やんちゃだったから。もう一つの“鍵”の情報については、意図的に隠されちゃったんだよね」
軽口を叩いて笑ってはいるが、ツヴァイに分かる。この“影”は、自分でさえ所在の分からないそのもう一つの“鍵”に、強い関心を抱いている。
「で、そのもう一つの鍵は何の役目があるの?」
ツヴァイが尋ねれば、案の定“影”は肩を震わせた。またいつものように言い逃げられてしまうかもしれないが、あえて突っ込んでみる。しかし、“影”は珍しく逃げなかった。
「……もう一つの鍵は、“パンドラの箱”を開ける為のものだ」
「パンドラの箱……って、確か、大昔の神話よね? 女性が開けるなと言われていた箱を開けて、世界に災いが飛び散ったっていう」
「あぁ、そのパンドラの箱だよ。だから絶対に開けてはいけない。できることなら、俺は鍵を叩き壊してしまいたい」
「鍵を壊したら中身が何か分からないじゃない?」
「……それでいいんだ。あんなモノ、二度とこの世に出なければいい。いっそ、俺が壊せたらどれだけ良いことか」
最後の方は最早単なる独白だ。
ツヴァイは「ふーん」と興味の無い相槌を打ちながらも、内心はもっと詳しく知りたくてたまらない。けれどこれ以上、今は聞けない。きっと“影”もこの話はこれ以上してくれないだろう。しかし、そんなツヴァイの予想は簡単に裏切られた。
「さて、ツヴァイ。それで君にこの話をしたのには理由がある。俺のお願い、聞いてくれるだろ?」
「あら、私がお願いを聞く前提なのね……?」
「当たり前じゃんか。だって君、今すっごい“知りたい”って顔してる」
指摘され、思わず自分の頬を触ってしまった。ここ数年でポーカーフェイスの技術を学んだつもりだったが、どうやらまだまだだったらしい。
「それで、お願いってなに?」
「うん。適合者がリディアの日記を取りにきたとき、君にそれを奪い取ってほしいんだ」
「……奪い取ったら、どうするの?」
「呪文を唱えるんだ。もしリディアの日記の中にパンドラの鍵があれば、その呪文に反応するはずだから」
「もしリディアの日記に鍵がなかったら?」
「鍵がないと分かった時点で適合者に返していい」
「ふーん、あっそう」
色々と不可解な部分もあるが、それは追々自分で調べるとしよう。
ツヴァイは“影”に「で、その呪文は?」と詰め寄る。“影”はそっとツヴァイの耳元に顔を寄せ、囁いた。まるで甘言のようなそれに、ツヴァイは鳥肌が立つ。
「……大丈夫。ツヴァイならちゃんとできる」
「もちろんよ」
微笑みあえば、満足したのか“影”は「もう行くよ」と来たときと同様、突然消えてしまった。
ツヴァイは手に持った古ぼけた本を撫でながら、ゆっくりと思考を巡らせていく。結局グレイ=ジェルドのことは何も分からなかった。しかし、しっかりと収穫はあった。
――ほんとは、聖玉がちゃんと封印されるまで動かないつもりだったんだけど。
こうなってしまったからには仕方ない。それに、むしろ思わぬ方向に面白くなってきた。
正直、幼馴染の顔を見なければならないと思うと心底苛立つ。けれどそれ以上に、今はあの“影”の策に溺れてみるのも悪くない。
――……面白くなってきた。
いつの間にか夕日は山の向こう側に消え行き、ツヴァイの笑い声だけが白き巨塔に木霊していた。




