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リディア―世界の中で―  作者: 知佳
第十三章:古
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五

 光が収まり、シエラは目を開けた。そこは、闇に飲み込まれる前と何一つ変わらない、ダリアミの地下神殿だった。しかしウエーバー達の姿は見えない。 

「大丈夫か?」

 すぐ傍で聞こえたクラウドの声に、シエラは少し肩をビクつかせながら振り返る。意識のないユファを横たわらせているクラウドは、小さく舌打ちした。

「え、ごめん」

 癪に障ることでもしたかと思い、シエラは反射的に謝っていた。しかしクラウドはその謝罪に訳が分からないという顔をし、ゆっくりと剣の柄に手をかけた。

 その動作に首をかしげ、シエラは彼の視線の先をゆっくりと辿る。

 少し離れた先には、エリーザが立っていた。

 しかし、彼女は右手で頭を押さえている。心なしか顔色も悪い。闇に飲まれた彼女も、何かしらの映像を見たのだろうか。確かグラベボはウエーバーの過去を見たと言っていたが。

「やはり、その子はロディアゼルだったのね」

 やはり彼女もまた、ユファの過去を見たらしい。嘆くような声音でエリーザは呟くと、おぼつかない足取りで一歩前に歩き出した。

「ダリアミの日記は渡してもらうわよ」

 エリーザは右手に魔力を収束させていく。クラウドは鞘から剣を抜き、戦闘体勢に入る。シエラもユファを守れるよう、彼女の傍に寄る。

「私、無駄な戦いは好きじゃないの。大人しく日記を差し出せば命は見逃してあげるわ」

「はっ。お前らの目的は日記よりも宝玉なんだろ? ……それなら、ここで退く意味がないな」

「……バカね」

 呟きと共に、黄金の閃光が走った。

 クラウドは間一髪で身を屈める。頭のスレスレをエリーザの蹴りが通った。クラウドは右側へと剣を斬り上げる。エリーザは自分のブーツでそれを受け止めた。

 次いでクラウドはそのまま力を込め、エリーザに斬りかかる。エリーザはそれを避け、下に潜り込んだ。彼女の手には炎が。

 クラウドは左足で飛び上がると後方にかわす。エリーザはそれに追撃を加えようと炎を発射させた。乱射される炎の玉に、さすがのクラウドも剣でさばききれない。すると、どこからともなく白銀の閃光が迸った。

「!?」

 エリーザは腹部を殴打され、口から血反吐を吐きながら数メートル後ろに吹き飛んだ。白銀の閃光だった物体はトン、という軽やかな音と共に地面に足をつける。

「――御主では役不足じゃ。去ね」

 白銀の閃光――コトノは、ニヒルな笑みを浮かべエリーザの前に立ち塞がった。

「コトノ!?」

 シエラは驚きで目を丸くする。ダリアミ王城についてからは、イヴの中に隠れてしまって姿を現さなかった。てっきり今回は手を出さないものとばかり思っていたが。コトノは横目でシエラを見やると、彼女の足元を顎でしゃくった。

「……きゅーん」

「イヴ!」

 シエラは足に擦り寄ってきたイヴを抱きしめた。安堵すると、クラウドが剣を持ったままこちらに戻ってきた。どうやらこの場はコトノに任せるらしい。殴り飛ばされたエリーザは、口元を拭いながらコトノのことをじっと見つめている。

「最高神。また私たちの邪魔をするというのね」

「邪魔も何も、御主たちが勝手に敵対しておるだけじゃしのぉ。私は私の意志に基づいて、適合者に味方しているだけじゃ」

 あっけらかんと言ってのけるコトノだが、その瞳は次第に真紅に染まっていっている。エリーザはその様子を黙って見守りながら、どこか納得したように笑った。

「じゃぁ、味方しているのは同情心からかしら?」

「どういう意味じゃ?」

「そのままよ。……ロディアゼルという、神でも人でもない半端な存在の彼女を哀れんでいるからではなくて?」 

 その言葉に、コトノは眉間に皺を寄せた。エリーザはどこか挑発的に笑みを浮かべている。

「ロディアゼルの持つ力は、人が持ち得ないもの。あなたたち“神”と呼ばれる生命体が持つ力。ロディアゼルは、神の領域に及んだ力なのでしょう?」

「……さぁな。私はそんな事まで知らんよ。興味も無い。だが御主、さっき神でも人でもない“半端者”じゃと申したな?」

「えぇ、言ったわ」

「それならば、御主の主人はどうなのじゃ? アレこそ神でも人でもない半端者ではないの――」

 ドガァァアアン。

 コトノが言い終わらないうちに、轟音が空間を満たした。エリーザの右手には激しく光が迸っている。コトノの後ろ側の岩は粉々に破壊されており、最早見る影もない。

「あの御方は、半端者ではないわ。あの御方は自らの存在に信念を持ち、自らに誇りを持っていらっしゃる」

「ほう。ではアールフィルトたる力を欠片でも有し、自らの存在を“そうである”と自覚しているのならば、半端ではないと?」

「えぇ、そうよ。そこの適合者は、己の存在に疑問を持ち、己を自覚していない。神の力を持ちながらも人でありたいと願い、力を拒絶し、己を否定している」

 エリーザの言葉に、シエラは胸を射抜かれたような気がした。それと同時に、憤りも感じる。

 ふと脳裏を掠めたのはアンの顔だったけれど、彼女は“アールフィルトである”という事実に縋っているようにも見える。コトノは暫し考えるように目を閉じ、それからエリーザを鼻で笑った。

「御主の言い分は分かった。が、一体御主は何様つもりじゃ?」

「なんですって?」

「結局のところ、御主は縋っているだけであろう。ロディアゼルに同情したのは私ではなく、御主じゃ。御主はあの娘の過去を見て、自分の主人を思い出したのではないか?」

「何が言いたいのよ……」

「ふん。同情はしたが、自分の主人とは違うあの娘の心の在りようが許せなかった……そういう事ではないのか?」

 結局のところ、御主は同情心で主人に仕えているだけじゃ。

 コトノの言葉に、エリーザは再び雷撃を迸らせた。

 コトノはそれを避けることもせず、だがしかし当たる事も無かった。コトノの目の前で見えない壁のようなものが発生し、雷撃をはじき返したのだ。

 エリーザはその光の残像を忌々しげに眺めている。

「……違うわ。私がアン様にお仕えしているのは、同情心などではない!!」

 普段冷静で優美に笑っているイメージの強いエリーザだが、今は激しく感情を高ぶらせている。彼女はコトノに向かって飛び掛ると、上空で光の矢を乱射し始めた。

「うわっ!!」

 それはもちろん、離れていたシエラ達にも襲い掛かってきた。シエラは防御魔法陣など出せないし、クラウドも夥しいほどの矢は防ぎきれない。

 ――どうしよう!?

 シエラはユファを抱きかかえ、ぎゅっと目を瞑った。しかし、痛みはやってこない。恐る恐る目を開けば、目の前には黒い影が二つ。

「――大丈夫ですか、シエラ!?」

「もう、出てきたらいきなりこの状況って!! 慌しいわねー!」

「ウエーバー!? ラミーナ!?」

 魔法陣でシエラ達を守ってくれている。いつの間に戻ってきたのだろうか。二人の背中が本当に頼もしい。

「おーい、俺とサルバナもいるぜー」

「えっ!?」

 後ろから聞こえてきた、少しのん気な声にシエラは慌てて後ろを向く。そこにはバイソンとサルバナが、なんとも疲れきった顔で座っていた。

「おいお前ら何ヘバってんだよ」

 クラウドが呆れた顔で二人を見やると、サルバナが不貞腐れた顔で「色々あったんだよ」と肩を竦める。

「それにしても、コトノさんは凄いですね……」

 ウエーバーは斜め左を横目で見た。

 コトノは余裕の表情で、先ほどと変わらない場所に仁王立ちしている。見えない壁のようなものがエリーザの矢を弾き返しているのだ。

「――ふむ。ただ単に防御というのも、芸が無くて面白くないの」

 コトノはそう呟くと、自身の髪の毛を一本すくい取り引き抜いた。ふっと息を吹きかければ、それは一本の針のように変形していく。そしてそれを上空のエリーザ目掛けて投擲した。

「ッ!?」

 コトノの放った髪針はエリーザの左肩を射抜き、エリーザは突然のことに魔力供給を止めてしまう。矢の雨が止み、コトノは一瞬にしてエリーザに間合いを詰めた。

「御主の主人に言付じゃ。――いずれ御主とはゆるりと話しがしたい、とな!!」

 それだけ言うと、コトノは本気の蹴りをエリーザに叩き込んだ。凄まじいスピードでエリーザは吹き飛ばされ、大きな衝撃音と共に壁にぶつかった。もくもくと土煙が巻き起こるが、エリーザの体が落ちてくることはない。

「逃げたみたいですね……」

 じっと、エリーザが吹き飛ばされた方向を見つめていたウエーバーが呟いた。シエラは吹っ飛んだエリーザが、一体いつの間に逃げたのか全く分からない。

「……でも、ユファとダリアミの日記が無事で良かった」

 自分の腕の中で息をしている少女を見つめ、シエラは微笑む。ユファが目覚めたら、聞きたいこともたくさんあるけれど、今はとにかく、彼女が無事で良かった。

「とりあえずここを出ましょうか。……この子には、ここは辛い場所だって言ってたし」

「あぁ、そうだな。それに怪我の手当てもしねぇとよ!」

 バイソンは「背中貸すぜ」とシエラに笑いかけた。シエラはラミーナの手も借りながら、ユファをバイソンの背中に託す。

「……さて、では私はまた隠れるとするかの」

 首を回しながらこちらに近づいてきたコトノは、ニヒルに笑うとイヴを手招きした。

「きゅーん」

 イヴの体が仄かに光り、コトノの体が光の粒子となってイヴに吸い込まれていく。あっという間に、コトノはこの場から姿を消してしまった。

「きゅーん」

 シエラが両手を差し出すと、イヴはジャンプして腕の中に収まった。

 ――……なんか、全身が重たい。

 この短時間に色々とあったせいか、心も体も疲労しているらしい。シエラはぎゅっとイヴを抱きしめる。

「よし、行くか!」

 バイソンのわざと明るくしたような声で、シエラ達は出口へと歩き出した。



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