誰も見ていないなら、演技は要らない
ここに入ってから、どれくらい時間が経ったのかわからない。
「……はっ、はぁっ……」
死。
死。
……そしてまた、死。
「……あ、うぅっ……」
(あっちはもう、精神的に限界寸前だな)
隣で苦痛に呻く結城を眺めてから、ゆっくりと視線を落とした。
亡者たちの手から長く伸びた、血のついた爪が腹を貫いている。
(これで何回目だ? ……11回? 12回?)
終わりのない死。そして蘇生。
――『私たちはこれから、何度か死んでみます』
――『え? それってどういう……あ、えっ……!? ちょ、ちょっと……!』
それを始まりに、何度も死が繰り返された。
そして……。もう、何十分くらい経っただろうか。
(生き返れば殺し、また生き返ればもう一度殺す。……どうせ『本当の死』にはつながらないようだから、そのまま放っておいたが)
そろそろ、この無意味な繰り返しにも飽きてきた。
「結城さん」
「……」
「つらいのはわかりますが、しっかりしてください。……私の話、聞こえてますか?」
「……ぐっ、げほっ! あ、あぁ……」
――ズブッ。
彼の身体から爪を抜いた亡者が、ふらふらと元の場所へ戻っていくあいだに、また身体の修復が始まる。
これが完全に終われば、また戻ってくるだろう。
俺たちを、もう一度殺すために、だ。
「結城玲央」
「ひっ、あ、た、助け……」
蘇生したばかりで、がたがたと身体を震わせている彼は、すでにパニックに陥っているようだった。
(駄目だな)
そのまま手を伸ばし、胸ぐらを掴んだ。
そして……。
――バキッ!!
「……ぐあっ!!」
俺はそのまま、結城の顔を拳で殴りつけた。
「俺の話、聞こえないのか? しっかりしろって言ってるんだ」
「はぁっ……。か、柏葉さん……? なんで……」
「今から俺が聞くことにだけ答えろ。二度は言わない。面倒かけるな」
耳当たりのいい言葉を選んでいる余裕なんてなかった。
そろそろ俺も、何度も死が繰り返されるこの状況が不快になってきた。
「災害内から支援要請を送った場合、割り当てられた戦闘チームがこっちに進入するまでに、平均でかかる時間は?」
「それは……。うっ、都内ならたぶん三十分くらい……。じょ、状況によると思いますけど……。げほっ! 遅くても一時間以内には……」
「そう。平均で三十分、長くて一時間」
それくらいなら、もうとっくに過ぎている。
なら、外で何か問題が起きたか、あるいは災害内部の時間の流れが歪んでいるんだろう。
(この中で、俺一人で解決するしかないのか?)
だが、何かおかしいな。
「はっ、はぁっ、し、死にたく、ない……や、やめ……」
(何だ? この違和感は)
こういう死に慣れていないはずの彼の精神が壊れるのを防ぐため、大抵の攻撃は俺のほうで代わりに受けてやった。
パートナーの精神が壊れれば、面倒になるのは俺も同じだから。
その結果、今までに彼が死んだ回数は五回。
(それにしても、少し度が過ぎるほどのパニック状態なんだが)
「……うっ、うぅ……。ご、ごめんなさ……」
(こういう死そのものを経験したことがないからか? それとも、痛みのせい?)
どう見ても自然じゃない。
(何にせよ、神器回収っていうのも厄介極まりないな)
引き裂かれ、穴の空いた身体が徐々に再生していくのを感じながら、じっと考え込んだ。
(この中の敵を処理するのは戦闘班の役目だと言っていたのに、結局、先行して入った俺たちが攻撃という攻撃を全部食らってるじゃないか)
天道や柳のほうは、あまり心配していない。
あの二人は戦闘班所属ではないだけで、現場経験は明らかにこっちより上だ。
たぶん、俺たちよりはましな状況だろう。
(文字どおり、最悪のペアで分断されたな。よりによって)
「……うぅっ……」
結局、気を失ったか。
悪くない選択だ。
それは、痛みと恐怖に耐えきれなくなった人間の身体が、本能的に電源を落としてしまう行為だからだ。
いつの間にか、また周囲を取り囲み始めた超常体たちを見た。
そして、がくりと頭を垂れた結城を、もう一度。
『……――!!』
「……」
彼の意識は、もうとっくに朦朧としている。
今ここで何が起きても、記憶には残らなさそうだ。
「……そう。この状況なら、気を失っていたほうがむしろましだな」
なぜなら、
ここに人目がないのなら……。
「わざわざ苦しんでいるふりをする必要もないからな」
『……――!?』
――ズブッ!
――ズブゥッ――!
鋭い爪が腹を貫く感覚を無視したまま、超常体へ大股で歩み寄った。
絶え間なく肉の裂ける音が響く中、俺は殺到する攻撃をそのまま受けながら、気を失った結城を担ぎ上げた。
目的地は、目の前に見える巨大な石柱。
「この借りは、あとできっちり返してもらうからな。結城玲央」
さて。
じゃあ、あと何回か死んでみるとしよう。
◇
「結城さん」
「う、うぅっ……」
「結城さん。しっかりしてください。私の話、聞こえてますか?」
「……はっ!?」
冷や汗を流しながら呻いていた結城が、はっと目を見開いた。
ぱっと身体を起こした彼が、青ざめた顔で辺りを見回した。
「え!? た、確か、さ、さっきまでは……」
「……はい。結城さんは少し気を失っていました。幸い、ちょうど超常体たちが離れたので、その隙に私が結城さんを引っ張って、ここまで上がってきました」
「え? ……ひ、ひぃっ」
そこでようやく、ここがどこなのか気づいたらしく、下を見た結城が小さく息を呑んだ。
どうにか石柱の上まで引っ張り上げはしたものの、下では俺たちを殺そうと群がってきた超常体たちが、柱をよじ登ろうと鋭い爪を突き立てていた。
まあ。もちろん、この高さから落ちても、かなり悲惨なことになるだろうな。
「それでも、まともに登ってくる個体がいないところを見ると、知能はそれほど高くないようです。ここなら、しばらくは安全でしょう」
「……は、はぁ……」
結城がようやく安心したように息を吐いた。
実はここまで上がってくるあいだにも攻撃を受けて、あと何回か死んだのだが……。
まあ、それはどうせ知りようもないことだし、流しておこう。
「さっきは失礼しました。早く正気に戻さないと、と思って、つい」
「あ、それ……!」
さっき顔を殴られた記憶は、ちゃんと残っているらしい。
目を大きく見開いた結城が、慌てて両手を振った。
「大丈夫です! 本当に! むしろ僕のほうがすみません。柏葉さんはあんな状況でも冷静に生き残る方法を探してくれたのに、僕は怖がって何もできなくて……」
「はい。自覚はあるようでよかったです」
「……か、重ね重ねすみません……」
別に、萎縮させるつもりはなかったんだが。
「実は僕も、どうしてあんなことになったのか……。もちろん怖かったのは確かなんですけど、あのときは不自然なくらい、頭の中に何も浮かばなくなって……」
「ちょうど、そのことなんですが」
俺も、その話を切り出そうと思っていたところだった。
静かに口を開いた。
「この超常災害の主……とでも言うんでしょうか。中心となっている神格は、閻魔大王ではないのかもしれません」
「え?」
俺の言葉を聞いた結城が、目を見開いて聞き返した。
「でも、ここは地獄道……じゃないですか? 状況からして、ここは等活地獄のはずですし、それなら真っ先に思い浮かぶのはやっぱり……」
「はい。最初は私も、そうだと思っていました。ただ、少し気になることがありまして」
「気になること、ですか?」
最初から、違和感はあった。
――『つらいのはわかりますが、しっかりしてください。……私の話、聞こえてますか?』
――『ひっ、あ、た、助け……』
(さっきの結城の状態は、やはり不自然だ。痛みや恐怖でパニックになったとしても、明らかに度が過ぎてるところはあったな)
結城は自分の口で、「打たれ強い」と言っていた。
それに、今日一日見てきたかぎりでも、単純ではあっても、そう簡単に恐怖に呑まれるような性格には見えなかった。
なら、あれはむしろ……。
「……? 柏葉さん?」
「……」
心当たりはある。
だが、これを確かめるには、この世界の情報がもう少し必要だった。
「結城さん」
「え? あ、はい!」
「超常災害そのものが、中に入った人間に直接影響を与えることもありますか? 感情や精神状態に干渉するとか。そういう類いのものです」
「あ、それなら……! はい、たまにそういうことがあるって聞いたことはあります。正確には、災害にある神器のほうが、そういう効果を出してるらしいんですけど」
(やっぱり)
予想どおりだ。
少し考えていた彼が、言葉を続けた。
「よくあることじゃないですし、神器によって効果も本当にばらばらなんですけど。でも、どうして急にそんなことを……?」
「そうですか。おかげで、大体わかりました」
「え!? そ、それだけで何かわかったんですか!?」
「はい。たぶん」
静かに答えながら、亡者たちのほうへ視線を向けた。
本来この世界にいた上位存在たちの意志と怨念、力の残滓が集まり、実体化したもの。それが『神器』。
それらは神格の空席を埋め、その神話をもとにした『超常災害』を生み出す。
つまり、今いるこの地獄も、特定の神格の性質と神話をモチーフにして動いている空間。
なら、さっきのあれは『恐怖心を引き起こす』神器の影響か?
――いや、違う。
(……そうだ。あっちの神格たちの中で、こんな神話を持つ存在なら、答えなんて決まってる)
俺の知るかぎり、仏教系の上位存在の中で、この条件に当てはまる神格は一柱だけ。
「――欲界の王、第六天魔王の神器です」




