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エリートコースはお断りします




優雅に脚を組んで座る女の視線が、淡い笑みとともに俺をなぞる。


「話を聞いたときから会ってみたかったんです。あ、私は協会長の榊玲です。まあ、知ってると思うけど」

「……はい。お会いできて光栄です」


明らかに、腹の内が読みにくいタイプだ。


背後で扉が閉まり、俺はゆっくりと歩いて協会長の向かいの椅子に腰を下ろした。

協会長は変わらず笑っていたが、この部屋に入った瞬間から周囲の空気が重くなったのを感じた。


「柏葉霖也。一次、二次筆記首席」


静寂が破れ、歌うような声が聞こえたのはそのときだった。


「一次筆記満点。二次筆記は一問不正解。応募者1,743人中、1位」

「……はい?」

「それで志望動機は『世界に貢献するため』。……ははっ! まあ、ありがちな文句だけど、悪くないですね。こういうの、嫌いじゃないから」


『柏葉霖也・神器《しんき》回収班志望』


協会長の手にあるのは、たぶんこの憑依体の応募書類。

それにさっと目を通した彼女が、柔らかな声で言葉を続けた。


「ほかにもまあ、かなり典型的な努力型の人材ですね。そうでしょう?」

「……過分なお言葉です」

「とにかく、よかったです。柏葉さんが入社を辞退して帰ってしまわなくて」


俺が黙って話を聞いている間にも、協会長の柔らかな声は続いた。


「こういうエリートならたまにいるものですけど、今日はちょっと状況が特別じゃないですか? 正直なところ、柏葉さんにはぜひうちの職員になってほしいと思ってますし」

「そこまで言っていただくほど大したことはしていません」

「どんな英雄譚も、始まりはいつだってそんなものだよ」


彼女の手の中で、ぱらぱらと書類がめくられていく。


「現場でほかの応募者を18人も救出したんですよ。関心を持つのも当然だと思わない?」

(18人もいたのか?)


別に数えてもいなかったから、特に気にもしていなかった。


(それより、首席か)


この憑依体、そこまで優秀だったのか?

……と、思ったその瞬間だった。


「あ、もちろん三次試験の成績は散々でしたけどね」

「はい?」

「20分かけて、箱は結局見つけられないまま戻ってきてる。まあ、どう見ても不合格だったでしょうね」

(……)


くそ。

まさかとは思ったが、この憑依体、直前の試験を盛大にやらかしてたのか。


「さっきはどうしてあんなに冷静に動けたんだろう。うーん……。もしかして、本番に強いタイプなのかな?」

「……はい。自分でも気づいてませんでしたが、そうみたいです」

「やっぱりそうなのかな? まあ、これはいいとして……」


かすかに笑った協会長が、そのまま灰色の瞳をこちらへ向けた。

まるで、見透かすような。

何を考えているのかわからない目だ。


そして、協会長が柔らかく目を細めた、その次の瞬間。


「今の私たちには霖也さんみたいな人材がどうしても必要なんです。それも、できるだけ多く」


いつの間にか呼び方が少し親しげになっていた。

ようやく本題に入ったのだと、本能的に悟った。


「――あなたを正式に、超常戦闘班に迎え入れたいんです。年俸でも待遇でも、希望があるなら何でも。こちらで全部、用意できますから」

(戦闘班なら……)


――パッ。


その瞬間、窓の向こうに見える大型ビジョンの画面が切り替わり、華やかな男の顔がアップで映し出された。


まるで、芸能人を起用したブランド広告のような何か。


【あなたのための神約者――西園寺《さいおんじ》麗司《れいじ》が選んだ、ただ一つのNo.1】


だが、その下に大きく打ち出されたコピーだけが、少し違っていた。


「正式に戦闘班の隊員になるなら、待遇は確実に保証しますよ。報酬は言うまでもなく、神約者たちが今の社会でどれほどの立場にあるかは、まあ、霖也さんも知らないわけじゃないでしょうし」


自信と余裕をたたえて輝く瞳で、協会長がにこりと笑いながら右手を上げた。


協会長の手を覆っているのは、手の甲が露出する形の黒い手袋。


――『でも、どうしてそんなに冷静なんですか? も、もしかして神約者なんですか?』


(あの言葉は、こういう意味だったのか)


一瞬、乾いた笑いが漏れそうになったのを、かろうじて飲み込んだ。


神約者、そして神器。


――この派生宇宙がどうやって維持されているのか、ようやくはっきりわかった。


神格たちが去ったこの世界で、今その空席を埋めるのは『神器』と呼ばれる神格の代替品。

そしてそれと契約を結び、メディアを通じて『崇拝の対象』となった人間たち。


上位存在たちが消えたことで生じたエラーを、この派生宇宙が自ら『そういう設定』を作り出して処理したのだ。


(これは、かなり……)


興味深いという域を超えて、聞いたことすらない状況に少し驚きを覚えるほどだ。


「お話を聞く限り、確かにとてもやりがいのある仕事だと思います」

「ははっ! やっぱり。じゃあ……」

「ただ」

「……?」


欲しかった情報は十分に得られた。これ以上、探りを入れる必要もない。


「戦闘班へのお誘いは、お断りします。もともと希望していた神器回収班への配属で十分です」

「え? 断るって?」


理解できない答えを聞いたかのように、協会長の眉間にしわが寄った。


そしてその瞬間、身体を包むような、わずかな圧迫感を覚えた。

どこか、ひどく馴染みのある感覚。


「……どうして? 戦闘班って、みんなが目指すところでしょう? 望むものなら何だって手に入るはずなのに。いったい、どうして?」

(さっきから妙な違和感があると思ったら、これだったか)


間違いなく、『神格』の気配だ。

彼女の手を覆う黒い手袋――いや、『神器』から滲み出している威圧感。


普通の人間なら、これだけでもかなり気圧されていたんだろうが……。


「高く評価していただけるのは本当にありがたいですが、まだそこまでは考えていません」

「……本気で言ってるんですか?」

「はい。本気です」


もう500年以上も神格たちの下で働いてきた身だ。今さらこの程度の微弱な気配じゃ、気に留めるほどでもない。


正直、こっちからすれば会社の上司……いや、管理局の上位存在たちを思い出して、気分が悪くなるだけだな。


「それに、戦闘にはあまり自信がないんです。できるだけ無茶はしたくないので」

「そう? ……あら、残念」


主人公とは付かず離れず。シナリオに手を入れるなら、このくらいの立ち位置がいちばん適切だ。


協会長も、それ以上は食い下がらず、仕方ないと納得したように見えた。

よし。これでもう、聞いてくることは――


「でも、そう思い通りにはいかないだろうけどね」

「……?」


小さなつぶやきに、反射的に顔を上げた。


……どういう意味だ?


「いいでしょう。霖也さん」


しかし協会長の顔は、いつの間にか何事もなかったような穏やかさに戻っていた。

彼女の目が三日月のように細まり、灰色の瞳が半ば隠れる。


「神器回収3班」

「……はい?」

「明日からさっそく、そっちに出勤してください。慣れるのは……まあ、心配いらなそうですね」


デスクの上にあった書類は、いつの間にか端へ追いやられていた。


「今日はお話できて楽しかったです」


席を立った協会長が、真意の読めない笑みを浮かべながら手を差し出した。

背後で、関係者が扉を開ける音がした。


「それでは、これからもどうか生き残ってくださいね。柏葉隊員」

「……はい。最善を尽くします」


俺は一礼し、目の前に差し出された手を軽く握った。


終わった。


◇


部屋を出たあと。

俺は一階にいた関係者から、黒い名札と社宅のカードキーを受け取った。


[神器回収3班/柏葉霖也]

[B棟―903号室]


社宅までは協会本部から歩いて3分。


カードキーをかざして、きれいなワンルームタイプの部屋に入ったあと、俺は今になって疲れを感じながら、しばらく目を閉じた。


(……本当に日本だ。それも21世紀の)


窓の向こうに広がるのは、真夜中だというのにまだ明るく輝く東京の夜景。


派生宇宙の中とはいえ、久しぶりに故郷へ帰ってきたような気分になるのは仕方なかった。


【通信接続エラー】

【同期中……(3%)】


(問題は……やっぱり、こっちか)


目の前に表示されたシステムメッセージを見つめながら、俺は眉をひそめた。


現場に入った管理者に与えられる能力――〈管理者権限〉。


本来なら、この権限で各種データの確認から一時停止、記憶の編集まで、たいていのことはできるのだが、今はエラーのせいで使えない機能が多かった。

だが……。


(……いや、できる。やるしかない)


もしこれが俺の過失として処理されれば、予想される懲戒は最低でも100年以上。


絶対に駄目だ。冗談じゃない。


(必ずここを出てから、杜撰な封印管理でこんな事態を招いた神格に責任を問う)


そのためにも、これ以上俺の過失と見なされる要素を増やさないよう、全力でシナリオを正常化する必要がある。

どこのイカれた神格の仕業か知らないが、絶対に帰って労災申請しないといけないからな。


数百年経った今でも、俺の体も頭も現場派遣の仕事を覚えている。


何も問題はない。


それから30分かけて管理者権限の機能を一つずつ試し、今の時点で復旧しているものを洗い出した。


ひと通り整理を終え、俺はしばらく窓の外に広がる街を見下ろした。

この派生宇宙。


割当コード〈E-1672〉での初日が、終わろうとしていた。


◇


翌朝。目を覚ました俺は、前日に受け取った名札を忘れずにつけ、社宅を出た。


――ピッ。


ロビーの入館ゲートを抜けると、四基のエレベーターの前に俺と同じく新人らしい、どこか緊張した面持ちの人たちが見えた。


俺はほかの人たちが全員いなくなるまで待ち、最後に来たエレベーターに一人で乗り込んだ。

そして、ちょうど扉が閉まりかけたそのとき。


「……あ! 待って、待ってください!!」

「……?」


――チン。


閉まりかけていた扉が再び開き、誰かが中へ駆け込んできた。


赤いくせ毛に、緊張しているのか少し表情をこわばらせた、華やかな顔立ちの青年。


……なんだか、かなり軽そうに見えるな。

俺を見た青年が、ぺこりと頭を下げた。


「あ! 失礼しました! おはようございます!」

「はい。おはようございます」


軽く頭を下げ返した瞬間、俺の名札を見た彼が目を丸くした。


「あれ? もしかして、今回、神器回収3班に配属された……」

「あ、はい」


視線を移すと、相手の胸元には[神器回収3班/結城《ゆうき》玲央《れお》]と書かれた名札がついていた。


(同じ班に配属された新人らしいな)


そのときだった。


「……うわああっ! やっぱり! 昨日の試験会場で、あのボブの女性を助けた方ですよね!? あの活躍、あとで動画で見ました!! 僕、ビビって何もできなかったのに!!」

「……はい?」


彼が突然飛び上がり、興奮した声で一気にまくし立てた。


待て。


「……動画?」


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