規格外の志望者
『超常戦闘班』と呼ばれる戦闘要員たちが現れてから、状況は急速に収束した。
「うぅっ、助かった。助かった……!」
「ここ、ここに脚を怪我した人がいます! 助けてください!」
「立ち入りを規制します。二次被害の恐れがありますので、安全に外へ避難してください。負傷された方はこちらへ……」
巨大トンボたちは、とっくに原形もわからないほど叩き潰されていた。
その直後、『現場管理班』と書かれた名札をつけた職員たちが現れ、負傷者を運び、規制線を張り始めた。
(あれがこの派生宇宙の覚醒者たち……。そして、主人公か)
「……」
砂埃の向こうに、四人のシルエットがぼんやりと見える。
超常体を片づけた彼らは青く光る穴の前に集まって何か話すと、あっという間にその中へ消えた。
俺は近くにいた現場管理班の職員を呼び止めて尋ねた。
「すみません。さっき先頭にいた方は、どなたですか?」
「先頭ですか? 先頭なら、たぶんアルファチームの久世凌雅隊長だと思いますけど……。え? まさかご存じないんですか? 日本人なら久世隊長を知らないはずないんですけど……」
「……いえ。後でお礼でも言いたいんですが、顔を見ていなかったので。教えていただいてありがとうございます」
(アルファチームの久世凌雅)
『主人公最強』のキーワード付きなだけあって、名前からチーム名までいかにも主人公っぽい。
仮設テントへ向かっていたとき、誰かに呼び止められた。
「……あ、あの、すみません!」
「……?」
さっきのボブヘアの女――佐伯だった。
小走りで追いかけてきた彼女が、ぺこりと頭を下げた。
「さっき、お礼を言えてなかったと思って……。おかげで助かりました。ありがとうございます」
「いえ。別に、そこまで」
「そ、そんなことないです!」
顔を上げた佐伯が照れくさそうに笑った。
「最初は、あの状況で頭を打った怪我人まで面倒見ることになって、もう絶対死ぬと思ったんですけど……。意外と有能な方だったとは……」
「……」
それは言わなくてもよかったんじゃないか。
「とにかく、命を助けてもらった借りができましたね。あ! 私は佐伯千穂です」
「柏葉霖也です」
笑いながら差し出された佐伯の手を軽く握り、すぐに離した。
一緒に救出された受験者たちが、周囲で毛布にくるまり震えている中。
佐伯だけが一人、気丈に笑っていた。
確かに、他のエキストラ級とは行動パターンが違う。
「あり得ないだろ、こんなの……! どういう管理してたんだよ、試験会場だぞ!? ふざけんな!」
「今回の事故については、協会で正式に協議したうえで補償を行う予定です。少し落ち着……」
「いや、そんなのはいい! 試験は一体どうなるんですか? 俺なんか超常災害に入ることすらできなかったんですよ!」
(そういえば)
試験結果や再試験の有無なら、俺にとっても気になる話だ。
受験者たちが集まる辺りでしばらく騒ぎが続いたあと、関係者らしき男が前に出た。
「先ほど、正式な補償案が決まりました」
「補償案! それで、どうなるんだ?」
「金でも出るのか?」
騒ぎの真ん中に立った関係者は、ぱらぱらと書類をめくってから続けた。
「本来、第三次実技試験は、超常災害内での状況判断能力、合理的思考力、平常心を確認するための試験でした。今回の受験者につきましては、死亡者を出すことなく全員が生存したことを踏まえ――」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音がした。
「入社を希望される方は、個別面談のうえ、全員合格とさせていただく予定です」
(……全員合格?)
この人数が、全員?
だが、疑問に思ったのも束の間だった。
「ふざけんなよ、人を舐めるのも大概にしろ……! こんな目に遭って、それでも入れって!? 誰が死にに行くかよ!」
上がなぜそんな決定を下したのかは、その直後に理解できたからだ。
「合格? はぁ!? ……いや、冗談だろ。こんなの見せられて、誰が入るんだよ。頭おかしいのかよ、マジで」
「お、俺も……。やっぱりこんなところ来るんじゃなかった。くそ、金に目がくらんで……」
しばらく息巻いていた連中が、首を振りながら怒りをぶちまけた。
もちろん協会側も、さすがに「全員合格」だけで済ませるほど面の皮は厚くなかったらしく、その後いくつか補償が追加された。
だが、空気はすでに、金だけ受け取って入社は辞退する方向へ流れていた。
(全員合格とはいっても、実際に残るのはどれくらいだろうな)
補償の書類にサインし、一人、また一人と試験会場を後にする人波の中で、俺はその場に残り続けた。
やがて、協会関係者のアナウンスが聞こえた。
「面談はこのあとすぐに行います。入社を希望される方は、この場でお待ちください。順番にお呼びします」
[33―柏葉霖也]
(33番。かなり前のほうだな)
たぶん面談も、この受験番号順に進めるつもりなんだろう。
「佐伯さん。試験って、どこまで進んでました? つまり、だいたい何番台まで災害に入ってたかって意味です」
「えっと……たぶん120番台かな? どうしてですか?」
「それは……」
「え?」
「何でもありません」
ということは、この憑依体は正式な試験を全部終えたあと、運悪く巻き込まれて死んだことになる。
そして佐伯は87番。
(同じく、試験はもう終わってたわけか)
「聞いた話だと、前に入ったチームが小川であのトンボの幼虫を刺激しちゃったみたいです。それがたまたま、災害の暴走条件だったとか……。運が悪いですよね」
「……幼虫?」
「はい。水辺の奥にある箱を見つけて持ってくるだけの試験だったじゃないですか。超常体も幼虫のうちは、先に攻撃してこない中立型でしたし」
ちらりと周囲を見回してから、佐伯がさっきの騒動の顛末を説明した。
「箱が木の間に隠れてはいたけど、別に難しくもなかったのに。なんでわざわざあそこを引っ掻き回したんだか……。はあ」
(つまり、本来は安全なものだったわけか)
まあ、採用試験なんだから、受験者が試験中に死んだら困るだろう。
……もちろん、その安全なはずの試験で事故が起き、この憑依体は死んでしまったわけだが。
「柏葉霖也さん」
「……? はい」
そのとき、不意に俺の名前が呼ばれた。
反射的に返事をして立ち上がり、本格的に疑問を覚えたのは、それから少ししてのことだった。
(どこに行くんだ?)
協会本部らしい高層ビルに入った直後、前を歩いていた監督官がふいに角を曲がり、エレベーターの前で足を止めた。
だが、こちらへ来たのは俺だけ。
他の受験者たちは全員、廊下をそのまま反対側へ歩いていった。
「すみません。ほかの方々とは、向かう方向が少し違うようですが」
「ああ、それが……」
手にしていたペンで頭を掻きながら、監督官が続けた。
「柏葉さんは、協会長との個人面談が予定されています。さっきの件で、柏葉さんに直接会って確認したいことがあるそうです」
「……はい?」
一瞬、その言葉の意味がすぐには呑み込めなかった。
……誰だって?
「心配する必要はないと思いますよ。むしろ、いいことです。まあ、協会長がそれだけ関心を持ってるってことですから」
そのとき、エレベーターが到着した。
俺はそれ以上質問する間もなく、監督官に続いてエレベーターに乗り込んだ。
――チン。
エレベーターが止まったのは27階。
このビルの最上階だった。
「あの奥の部屋に入ってください。では」
「……はい」
長い廊下の両脇に並ぶ華やかな装飾品と、床に敷かれた赤い絨毯。
さっきまでいた場所と同じ建物とは思えない内装だ。
――ガチャ。
「お会いできて嬉しいです、柏葉霖也さん」
広々とした部屋の中央。
街を一望できる大きな窓を背に、デスクについていた長いプラチナブロンドの女が俺を見て微笑んだ。
デスクの上に置かれた黒いネームプレートが光を反射した。
「まずは座って、少しお話ししましょうか」
『超常災害対応協会 会長 榊玲』




