同行するのは、協会の最精鋭
「ひとまず、体のほうは大丈夫ですか?」
「はい。何ともありません」
「そうですか。よかったです」
俺にさっと目を走らせた柳が、落ち着いた表情で頷いた。
そして、しばしの沈黙。
何か言葉を選ぶようにしばらく唇を動かしていた彼が、妙に沈んだ声で口を開いた。
「もしかして、柏葉さんは、超常戦闘班への異動を目指しているんですか?」
「え? いえ、そういうわけではありません。……質問の意図を伺ってもよろしいですか?」
「来週予定されている2級災害への派遣に、うちの3班が割り当てられました」
「……!」
まったく予想外の話を聞いた瞬間、俺は少し目を見開いた。
等級の分類なら、覚えている。
2級からは、準2級とは違って戦闘班の同行が必須となる、れっきとした高等級。
「そして、それを決めたのは、今回同行した4班です」
「……4班が、それを指定したということですか?」
一瞬、反射的に声が出た。
「つまり……。4班が私たちをサポート役に指名したんですか? それで私たちが同行を?」
「いえ。4班は今回の2級災害への派遣とはまったく関係ありません」
「ということは……」
自分たちの管轄外の仕事に派遣される班を、東雲の権限ひとつで変えてしまったということか?
「4班は、回収班の中でも一番のエリートと呼ばれている班です。それだけに、上層部からもかなり優遇されていますし」
俺の疑問を察したのか、柳が落ち着いた口調で説明を続けた。
「本来は10班が入るはずの枠でした。ただ、今回の件で、事実上10班は解体されましたので」
「それができなくなったということですね」
「はい。……東雲班長のほうから10班、つまり生き残った新人二人に圧力をかけた可能性が高いです。4班に対して別途処分が下されることも、ないでしょうし」
「……わかりました」
これで、この組織がどう回っているのか、だいたいわかる気がする。
(完全に弱肉強食だな)
10班と4班の新人たちを捨て駒として放り込んでおきながら、異様なほど堂々としていた態度。
協会自体がそれを『エリートの生存のための合理的な判断』として黙認しているなら、すべて説明がつく。
「そして、今回の災害に共に派遣される戦闘班は、協会の最精鋭」
静かな廊下に、柳の声が小さく響いた。
「――久世凌雅隊長率いる、超常戦闘アルファチームです」
「……はい?」
――誰だって?
その言葉を聞いた瞬間、体が反射的にこわばった。
幸い、俺の反応に気づかなかったらしく、柳が話を続けた。
「もしかして、私が4班と一緒にあそこを出たあと……。中で何かほかのことがあったんですか?」
「いえ。ありませんでした」
「本当ですか?」
「ただ私のミスで脱出が遅れただけです。森谷さんは超常体があの空間の外へ出るのを防ぐために、やむを得ず扉を閉めたわけですし」
「……そう、ですか」
軽く頷く柳を見ながら、俺はゆっくりと口を開いた。
「班長。あのとき災害の中であったことは……」
「柏葉さん」
静かに俺の言葉を遮った彼が、どこか複雑な表情でこちらを見つめた。
……聞くなということだな。
「今日は、これで帰っても大丈夫です。いろいろありましたから、ゆっくり休んでください」
「はい。では、お先に失礼します」
どのみち、柳はこれからも長く顔を合わせなければならない相手。
俺も、わざわざ相手が望まないことを詮索して嫌われるつもりはない。
(結局、俺にとっては好都合か)
ちょうど、今回の災害にどうすれば関われるか考えていたところだった。
(班員たちまで巻き込むつもりはなかったが……)
こうして巻き込んでしまったからには、無事に仕事をやり遂げて責任を果たすだけ。
計画どおり、天秤は無事に手に入れた。
残るは2級災害。
一週間後に始まる三つ目のエピソードで、身体の一部を失う予定の『主人公』をどうにか救済するだけだ。
◇
社宅に着いたあと、俺はさっそく神器のテストから始めた。
(動作原理は、だいたいわかったな)
管理者記録には単に『価値』としか書かれていなかったが、実際に何度か確かめてみると、この神器の仕組みはもう少し複雑だった。
「まず……。左側には1000円札、そして右側には古いノートを一冊」
天秤の両側に、価値を入れ替えたい物を一つずつ載せる。
そして、その次に――。
「――対象は、『金銭的価値』」
釣り合わせる『価値』の種類を決めて、声に出して告げる。
それで終わり。
――キィ……。
ゆっくりと天秤が動き、左右が完全に釣り合う。
紙幣は500円玉に。
そして古いノートは、きれいな表紙の新しいノートに変わっている。
たぶん文具店でちょうど500円くらいしそうな、こぎれいで薄いノートだ。
「高いほうの価値を減らして、低いほうに足す、ということだろうな」
そうやって二つの物の価値を同じにする仕組み。
久世凌雅がどういう形で、何に身体の一部を捧げることになるのかは、まだわからない。
だが、これがあれば、別の何かとの『すり替え』を試してみることもできるだろう。
(もちろん一番いいのは、そもそもそんな事態が起きないよう防ぐことだけど)
念のため、インベントリに肉の塊を少しストックしておくことにした。
……うん、ついでに非常食もちょっと。
◇
「ああ、霖也く~ん! おはよ……えっ!? どうしたの、その顔!?」
「あ、天道副班長……。おはようございます。ちょっと、寝不足で」
「うわ、顔、やばくない……? ほんとに大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
翌朝、結局明け方まであれこれテストをして、徹夜のまま本部に出勤した。
「うわっ、柏葉さん……!!」
「……?」
俺を見た結城がばっと席を立つと、何か言いたいことがたくさんありそうな顔で、もじもじし始めた。
なんだ。
だが、何か問い返すより先に、天道が口を開いた。
「とにかく、ちょうどよかった。実は二人に任せたい仕事があってさ!」
「任せる仕事というのは?」
「これまで回収した神器のこと! 今回回収したのは4班のほうが持っていったし、前に地獄道で持ち帰ったやつ!」
「はい」
「神器はね、回収した担当者が研究所に行って届け出るのが原則なんだよ。私たちもすぐにやるべきだったんだけど、知ってるとおり、そのあといろいろあってバタバタしてたし~」
「あ、では……」
神器を研究する場所なら、結構興味がある。
俺と結城を交互に見た天道が、屈託なく指をパチンと鳴らした。
「実際に回収したのも二人なんだし、見学がてら二人で一緒に行ってきて。地下1階、第2研究所にいる氷室所長のところに行けばいいよ!」
「はい」
「うんうん。じゃ、よろしくね~!」
頷いたあと、前に回収した神器を二つ持ってオフィスを出た。
そして廊下に出るとすぐ、さっきからそわそわしながら俺の様子をうかがっていた結城が、待ってましたとばかりに口を開いた。
「あの、柏葉さん……! 体は大丈夫なんですよね? 昨日あんなふうに倒れられて、すごく心配したんです……!」
「ええ。もう大丈夫です。ご心配をおかけしたようで、すみません」
「ええっ!? いえ、いえ!」
相変わらず悪意の欠片もない善良な顔で、結城が慌てて手を横に振った。
「無事なら、それでいいんです! ただちょっと心配したんですよ。やっぱり、仲間ですから!」
やっぱり、なんというか。この協会の雰囲気の中では、かなり目立つ性格だ。
「へへ、それより柏葉さんと一緒に研究所だなんて、ちょっと楽しみです! いったいどんな神器があるんだろうって……!」
「そうですか? そういえば結城さん、なんだか浮かれているようですね」
「えっ……!? あっ、顔に出てました!?」
というより、誰が見ても浮かれた顔だったが、わざわざ指摘しないことにした。
「実は、僕、もともと神器に興味があるんです。それで、ちょっと浮かれてたというか」
「興味があるということは、協会に入ってきたのも、そういう理由で?」
「あ! いえ、そういうわけじゃなくて」
ばつが悪そうに笑った結城が、少し照れた顔で頬をかいた。
「もともとは計画に入ってなかったんです。数年前までは練習生で」
「……?」
一瞬、足を止めて顔を向けた。
今、何か変な単語が聞こえた気がするんだが。
「職業が、何だったって言いました?」
「え? あ、職業ってわけじゃないんですけど、アイドルの練習生です」
「……アイドルの練習生」
そうか。道理で一人だけやけに目立つビジュアルだと思った。
いや、思ってはいたんだけど。
「えっと、もともと練習生だったんですけど、会社が潰れちゃったんです。事務所のビルのすぐ隣で災害が起きて……」
「ああ」
いったいどんな数奇な事情があるのかと思ったら、否応なく職を失って、無職になったケースだった。
これはちょっと気の毒だ。
(とにかく、第2研究所……。あっちだな)
地下1階に着いて半透明の自動ドアの前に近づくと、すぐにピッという音とともにドアが開く。
その直後、目の前に広がった研究所内は、かなり暗く静かな雰囲気だった。
「だから、この神器にはそういうふうにアプローチするんじゃなくて……」
「いや、違うでしょ。できるだけ消耗を抑えるなら、普通に装着型として使うほうがいいだろ。それとエネルギー反応も……」
(忙しい中、邪魔者になった気分だな)
それぞれよくわからない装置の前に集まった研究員たちが、疲れの色が濃い顔で話し合っていた。
周囲をうかがった末、研究所の一番奥でようやく目当ての名前を見つけた。
[第2研究所/所長 氷室紀迪]
「はぁ……。このデータ、またどうなってんだよ。どこでエラーが出たんだ、いったい……」
(あの人か?)
白衣に黒い名札を下げ、背中を丸めてモニターを睨んでいる男が見えた。
長身のわりに痩せた体つきに、疲れが色濃くにじんで鋭く見える目つきまで。
これは……。
(部屋にこもって研究ばかりしている人種特有の、あの妙にイカれた……)
管理局にいた頃にも、時々感じたことのある気配だ。
どこへ行っても、研究職のデフォルトというのは似たようなものなのか。
「回収した神器の届け出の件で来ました。先ほどご連絡が行っていると伺ったんですが」
「え……? あ、何だ。連絡ですか? 何か来てたかな……。ちょっと待ってください。はぁ……」
(やっぱりこっちもまともじゃないな)
暗がりでモニターを見つめていた男が、ようやく俺に気づいて顔を向けた。
あからさまに面倒くさそうな様子でマウスを何度かクリックした彼が、ふと動きを止めた。
「……?」
そして、しばしの静寂が流れた。
じっとモニターを眺めていた所長が、突然、横に置いてあった眼鏡を手に取ってかけた。
その間に、俺はさりげなく周囲を見回した。
(なんか機械が多いんだが。……あっちにあるものは全部神器か?)
「では、これらの神器は今後ここで管理されることになるんですか? 研究目的で?」
「……」
「所長?」
妙に静かになった所長に気づき、口を開いた瞬間だった。
「神器回収3班、柏葉霖也さん」
「……? はい」
しばらく座った姿勢のままモニターを見つめていた彼が、俺を振り返った。
「もしかして、転職のご予定とか、あったりします?」
「……はい?」
いきなり?




