採用試験の会場でダンジョンとか、聞いてないんですが
「……っ、げほっ……!」
「きゃ、きゃああっ!!」
――バキッ!
俺は、崩れた建物の瓦礫の中で目を覚ました。
「し、死体が生き返っ……!」
「げほっ、何を……」
反射的に咳き込みながら、勢いよく身体を起こした。
身体の上に積もっていた土やアスファルトの欠片が、ぱらぱらと地面へ落ちた。
「だ、大丈夫ですか? あの……?」
(これは……)
顔を上げると、すぐ隣に肩までのボブヘアをした地味な女がいた。
真っ青な顔で、こちらを覗き込んでいる。
だが、それに答えている余裕はなかった。
「今、これ……」
呆然と空を見上げた。
おそらく東京だろう。ビル群に囲まれた巨大な空き地のど真ん中。
四方から聞こえる悲鳴。
建物が崩れる轟音と、振動。
そして、頭上には――。
――ブゥゥン……。
耳障りな羽音を響かせながら空を飛び回る……巨大なトンボ。
まるで世界の終わりのような光景が広がっていたが、正直、そんなものは目に入らなかった。
ビビったのかって?
……違う。そんなことが問題なんじゃない。
状況を理解した瞬間、背中を冷や汗が伝った。
(……今、入ったのか? 神格もの……それも、封印された派生宇宙に?)
「あの……? 大丈夫ですか? 息をしてなかったから、てっきり死んでるのかと……! あ、頭でも打ったんですか? 聞こえます?」
隣の女が何か言っているようだったが、まったく耳に入らなかった。
そう。正直、今頭にあるのは一つだけだ。
(詰んだ)
上位存在の名が直接呼ばれ、召喚された神格たちが人間世界へ干渉することを前提に進む小説。
いわゆる『神格もの』は、封印作品でなくても基本的に取扱注意だ。
本宇宙の人間たちは、自分の意思で物語の中の神格を書いていると思っている。
だが、実際は違う。
派生宇宙が進行しているあいだ、神格たちは実際にその世界へ宿る。
そして、啓示を受けた人間がそれを書き写しているにすぎない。
そうして遊び尽くした神格たちは、シナリオの終了と同時にその世界を去る。
つまり、一度エンディングを迎え、神格が去った『神格もの』を再び開くと、こんな問題が起きる。
(神格たちが……いない)
この派生宇宙で起きた他の事件は同じように繰り返されても、元の『シナリオ』で世界に関わっていた上位存在たちは、もうどこにもいない。
もう十分楽しんで、去ったあとだからだ。
つまり、シナリオが元の流れ通りまともに進むはずがない。
(だから神格ものは取扱注意なんだ。転生まであと8年ってところで、よりによって……!!)
「あ、あの……? さっきから何をぼーっと……」
――ゴゴゴゴ――!
「きゃあああっ!」
「ひぃっ……! ちょ、超常体が……!」
「た、助けてくれ!!」
彼女が言い終えるより先に、轟音とともに天地が揺れた。
近くを飛び回っていた巨大なトンボ――『超常体』と呼ばれる生物が、建物の瓦礫に体当たりしていた。
(このままだと懲戒か? ……いや。待て。考えてみれば、俺がわざと開いたわけじゃない。むしろ巻き込まれた側じゃないか?)
「ひ、ひぃっ……」
――ブゥゥゥン……。
その瞬間、すぐそばを飛んでいったトンボの羽音に、ボブヘアの女が怯えた顔で息を呑んだ。
(くそ、こんな厄介なことになるとは……!)
頭が痛んだが、今は状況を把握するのが先だ。
歯を食いしばり、素早く周囲を見回した。
(とにかく、ここは何だ? 空き地……いや、試験会場か?)
――ゴオオオ……。
遠くで激しく揺れ動いている青いゲートと、そこら中に転がる、原形もわからないほど潰れた数十脚の折り畳み椅子。
あちこちに散らばった瓦礫の間で、うずくまったまま口を押さえている人間たちが見えた。
その背後で、破れた横断幕が風に揺れた。
『超常災害対応協会――第14回採用試験会場』
(――あれが、この世界の探索者協会か?)
目の前の光景は、おそらくダンジョンのスタンピード。
誰も彼もスーツ姿なのを見るに、どうやら試験中に事故でも起きたらしいが……。
「一時停止。……あ、やっぱり駄目か」
「はぁ!? こんなときに何言ってるんですか! まさかあなた、ステータス画面がどうとかっていう中二病系ですか!? こういう人、絶対いるんだから!」
【接続信号なし】
(緊急脱出も、救助要請も、最低限の通信すらもできない。たぶんエラーのせいだろう)
――ギギッ、ギギギ……。
「ひっ、こ、こっちを見た……」
騒ぎの中でこちらに気づいた巨大トンボの目が、ぐるぐると回転したのは、まさにそのときだった。
「こ、こっちに来そうです! 早く、逃げて! 早く!!」
「……」
頭上に巨大な影が差し、真っ青になった女が俺の腕を引いた。
だがその瞬間、ふと一つの考えが頭をよぎった。
(待て。いっそ、ここで死んだら?)
「きゃあっ! 何してるんですか!? 早く逃げてってば!」
(派生宇宙で死亡した場合、その管理者の本体は管理局へ戻る。……確か、そういうシステムだった)
昔、何度か経験したことがあるからよく知っている。
(本部へ帰還するときに多少の損傷は負うが、どうせ俺は死ねない身体だ。その程度ならすぐに元通りになる)
「ちょっと! 逃げてって言ってるでしょ! ねえ!!」
(理屈の上では問題ない。問題は……)
「きゃあああっ……!!」
――ドゴォン――!!
俺の頭上から、巨大なトンボの尾が叩きつけられた。
そして、次の瞬間。
「ひ、人が死ん……え、えっ!?」
(はぁ、くそ……)
ついさっき、このまま死ぬかと考えていたくせに。
俺は超常体の攻撃を避け、数メートル先の地面に降り立っていた。
(くそ。誰がこんなところで犬死にするために、あれだけ苦労したと思ってる)
死んで脱出する手も考えたが、この派生宇宙全体にエラーが起きているのが問題だった。
もし、あの接続失敗が通信だけの話じゃなかったら?
ここで死んだあと、管理局へリスポーンするための接続まで切れていたら?
「……まさか退職間際に、またこんなことをやる羽目になるとは……」
軽く手を握り、開く。
どうせ出口は全部塞がっている。
なら、残る方法は一つ。
(このままシナリオを終わらせて、正規ルートで脱出する)
「ひっ、ま、またこっち見た……」
「……」
――ギギッ、ギギギ……。
今にも突進してきそうな、ぴくつく前脚。
そして、一時停止機能は使えない。
……嫌だろうが何だろうが、ひとまず走るしかなさそうだ。
「何してるんですか? ……走りますよ!」
「え? ちょっと……きゃあっ!!」
トンボの尾がこちらへ振り下ろされるのと同時に、そのまま女の手を掴み、崩れた建物の瓦礫のあいだを駆け出した。
【〈管理者権限〉が付与されます】
【管理者権限で閲覧可能なデータがあります】
「……!」
その瞬間、目の前に現れたのは、数百年ぶりに見る案内メッセージだった。
派生宇宙の管理者権限の付与が、無事に完了したのだ。
なら、やることは一つ。
【接続状態が不安定です】
【同期が完了していません】
【一部データが正常に表示されない可能性があります。続行しますか?】
迷う理由はなかった。
【データのロードが完了しました】
――ゴゴゴゴ……!!
「きゃああっ……!!」
疾走する俺の背後で、建物が崩れ落ちる轟音と、悲鳴が入り混じる。
そして、その最中――。
【割当コード:〈E-1672〉
分類等級:Extra
タイトル:〈救済黙■録〉
ジャンル:現代ファン#ジー、主*公最強、神格もの、現代ダン■ョン……】
ついに、この世界の情報が目の前に現れた。




