二つの青、五つの赤
何かが、明らかにおかしかった。
必ず『答え』が存在する問題だと思っていた。
(だが、それぞれどの程度の罪を抱えた人間が入ってくるのか、何人になるのかもわからないのに)
その全員を天秤に乗せて、両側の罪の重さを完全に同じにしろって?
そんなことが、本当に可能なのか?
(本当にそんな仕組みなら、この災害は最初から『完璧な組み合わせ』で入らなければ攻略できない。そもそも、こんな難易度は現実的じゃない)
『先輩』はこの災害で、確かに答えを見つけた。
そして俺の知る限り、あの人は物事をわざわざ複雑に考えるような性格じゃない。
得意なのはむしろ……。
(最も直感的な、そして最も単純で明確な推論)
――ゴゴォン!!
そこまで思い至った瞬間、頭上から石像の攻撃が飛んでくる。
「くっ……!」
素早く身を転がして回避したあと、俺は反射的に顔を上げた。
そして考えるより先に、口が開いた。
「……『重さを量る』わけじゃなかったんです!」
「何!?」
長く話を続ける暇すらなかった。
ドン、ドン。
背後に迫る轟音を振り切るように駆けながら、切羽詰まった声を張り上げた。
「文言のどこにも、重さを量るとは書かれていませんでした。最初から、考える方向を間違えていたんです!」
「何言ってんだ!? わかるように説明しろ!」
「だから……!」
天秤の皿は二つ。
最初から、答えは出ていた。
「……善人と悪人を分けるんです! 二つの皿を使って!」
「は!?」
「石像の文言を思い出してください! 二行目のことです!」
「……!!」
向かい側で石像の攻撃をかわしていた東雲の目が、一瞬大きく見開かれる。
無欠なるか無欠ならざるか。
聖なるか、或いは穢れたる者ら。
この空間は、確かに俺たちをそう分類した……!
(そもそも、普通の物理法則で考えちゃいけない問題だったんだ……!)
天秤が水平になるのは、文字どおり『正解』を知らせる合図にすぎない。
「もう一度、天秤に乗らなければなりません! これ以上攻撃が続く前に!!」
「くそっ、そんなのあり得るわけ……!!」
そしてこの場合、最も有力な『悪人』候補は……。
「私と東雲班長、それから残りの4班の方々だけ、左の皿に乗ってください!!」
「何?」
「このクソ野郎、黙って聞いてりゃ……!!」
ドンドンという音が絶え間なく響き渡る混乱の中、俺に名指しされた四人の表情が歪んだ。
「クソッ、さっきあれだけ自信満々に言うから信じたらこのザマだってのに、もう一回やれって!? イカれてんのか!?」
「他に方法が、ありません! 早く!!」
「うわあ――ああ――! もう知らない! とりあえず他に答えもないんだから、やってみるしかないでしょ! 行きますよ、班長!!」
「~~~!! うっ、ぼ、僕も!!」
ぎゅっと唇を噛みしめて駆け出す天道に続き、柳と結城も素早く地を蹴った。
「あの馬鹿どもが……!!」
東雲がギリッと歯を食いしばる音が聞こえたが、4班も状況判断は遅くなかった。
――ドン!! ドン――!!
背後から急速に迫る轟音から逃れ、一斉に天秤へ向かって駆け出した。
ようやく全員が俺の指示どおり天秤に乗るまで、約15秒。
――ガコン。
「……うわああああ!! 何、これも違うの!?」
(……これも不正解だって?)
だが、今回も天秤は動かなかった。
――ドン、ドン、ドン――!!
「くそっ、早くなんとかしろ!」
いつの間にか石像たちがすぐ目の前まで迫ってきた。
鋭く怒鳴った東雲が、唇を噛みしめながら顔を向けた。
彼女の視線が、その隣で強張った顔をして立っていた真壁へ向く。
そして、その次の出来事は、一瞬のうちに起こった。
――ドカッ!
「……!」
「う、ああああっ!!」
一瞬で背中を蹴り飛ばされた真壁が、そのまま天秤の下へ落ち、ゴロゴロと床を転がった。
……くそ、やっぱり。
「……!! 東雲班長、今何を……!!」
「うわああっ……! ああっ! あああっ……!!」
――ドン、ドン、ドン――!!
急速に距離を詰めてくる石像たちを前に、うつ伏せに倒れたまま悲鳴を上げる真壁の顔が、悲惨そのものだ。
標的を捉えた石像たちが、ギギッ、と音を立てて首を回し、一斉に真壁へ向かって襲いかかり始める。
「ひああっ! あっ! あああっ! く、来るな! 来るなっ……!!」
「……くっ……!」
反対側に立っていた柳が、ぎゅっと唇を噛んで動いたのは、そのときだった。
「……班長!?」
右の皿から降りた彼が、そのまま拳を握りしめ、こちらへ向かって地を蹴った。
遠く、真壁の頭上で、石像が剣を握った手を高く振り上げる。
「待っ……! 柳班長、なぜ……!!」
彼がこちら側に足を乗せた瞬間、ゆっくりと天秤が傾き始める。
そして……。
「……!!」
――ゴシャッ――!!
……まさに紙一重の差で、向こうで血が飛び散った。
――ギギギ……。
柳が完全にこちら側の皿へ乗ったのは、それとほぼ同時だった。
ゆっくりと動いていた天秤が、そこでようやく完全な平衡に達する。
「あ、水平、水平に……!」
「……!?」
結城が強張った顔で叫ぶや否や、首の左側に、焼けつくような熱が襲いかかった。
「は……!? クソッ、今度は何だ……!」
(これは……)
隣に立つ東雲の首に、赤く光る烙印が浮かび上がる。
右の皿のほうを振り返ると、そこに立つ二人の首には青い烙印が刻まれていた。
赤い烙印が刻まれたのは五人。
俺と、生き残った4班の隊員たち。
――そして、柳紫雲。
「これは、いったい……」
『罪人を処刑せよ』
『罪人を処刑せよ。罪人を処刑せよ。罪人を……』
「……!」
「……! 柏葉さん!!」
紋様が刻まれた場所が、焼けるように熱くなる。
そして、ひどく覚えのある――身体がどこかへ吸い込まれていく感覚。
思い当たるのは一つ。
(……罪人の烙印だ)
一定の基準によって『罪人』と判定された者にだけ赤い烙印が刻まれたようだったが、これは……。
(俺と4班はそうだとしても、柳はなぜ?)
だが、深く考える時間はなかった。
――ヒュオオオオ……。
「……さっきまでとは、違う空間ですね」
「はっ、いちいち面倒くせえな」
一瞬で景色が様変わりし、3班の他のメンバーの姿が跡形もなく視界から消える。
そして目の前に広がったのは、さっきと似た構造の空間。
だが、窓の外に見える空は赤黒い光に染まっている。
次の瞬間、二階のバルコニーの向こうで、黒く朧げな影がいくつも揺らめき始めた。
『罪人を処刑せよ』
『罪人に厳罰を、穢れたる者に裁きを……』
「……ちっ、やけにすんなり終わると思ったら」
素早くジャケットのポケットから何かを取り出した東雲が、迷わずボタンを押した。
班長にだけ支給された、超常戦闘班の支援を要請するための呼び出し端末だ。
(ただ、そうなると……)
「全員、戦闘準備。何にせよ、さっきの天秤の答えは見つかったみたいだから、さっさと片付けてここから抜ける」
呼び出しを終えた東雲が、太腿のガーターストラップから、小さなおもちゃの銃のようなものを取り出して握る。
おそらく、あれが東雲の武器――つまり、『神器』。
一触即発の状況だったが、問題があった。
「……」
今呼び出しをかけたところで、戦闘班が到着するまでどれほどかかるかは未知数。
そして当然ながら、今の俺の手には……何もない。
つまり、この状況で……他人から見て不自然に映らないやり方で戦い、生き残る手段が、ないってことだ。
「後ろに下がっていてください」
「……班長?」
不意に、低い声とともに身体が後ろへ押しやられた。
俺を背に庇うように先頭へ出た柳が、いつも首元まで留めていたジャケットのボタンをゆっくりと外した。
――ガチャッ。ガチャッ。
どこからか、奇妙な金属音が聞こえる。
黒いジャケットがぱさりと床に落ち、純白のシャツが露わになった瞬間。
「……はっ、神器をどこに売っ払って丸腰で入ってきたのかと思ったら」
短い沈黙の後、東雲が乾いた笑い声を上げた。
「なるほどな。柳紫雲。あんたが神器も持たずに来たとは思ってなかったよ」
「……」
「――そんなふうに隠して持ち歩いてるとは、知らなかったけどな」
――ジャラ……。
彼がいつも着ていたジャケットの内側。身体にぴったりとした白いシャツの上。
柳の腰に、赤黒い鎖が幾重にも巻き付いていた。
――ガチャッ。
『……罪人を処刑せよ。罪人を……』
鎖を解いて手にした彼が、迷うことなく腕を上げた。




