一番の悪人
(俺がこの災害から完全に抜ければ、クリアできるようになるかもしれないが、そうなれば予定していた神器の回収に支障が出る)
必ず俺がここに進入している状態で、災害が攻略される必要がある。
これまでの数回の試みで、天秤はすべて俺がいる側へ傾いた。
どう見ても、長引かせていいことはなさそうだ。
「あそこに小さな部屋があるようですが、少し見てきてもよろしいでしょうか?」
「私たちがそこを見て回ってないとでも思ってるのか? もううんざりするほど見た。そこに何かあったなら、とっくにこんなの解けてる」
「パズルを解こうとしている間に、何か変化が起きた可能性もあると思います。この時点で一度、確認しておく必要があるかと思いまして」
もちろん、俺は一介の新人。この発言がそのまま聞き流される可能性も十分ある。
静かに視線を移し、柳に援護を求めた。
「……賛成です。どのみち、このまま試し続けたところで、これといった手も浮かびそうにありませんし」
「……ちっ。5分以内に戻ってこい。サボってるのがバレたら、全員まともに歩いて出られると思うなよ」
幸い、柳の援護射撃のおかげで、その場を抜け出すことに成功した。
柱と柱の間に並ぶ石像を通り過ぎ、法廷の奥の小さな部屋へ向かっていた、そのときだった。
「……」
ふと、足が止まった。
「ん? 柏葉さん? そこで何してるんですか?」
「……いえ。少し」
短く答え、周囲を見回すふりをした。
もちろん、集中してはいなかった。どうせさっき言ったことは、その場を離れるための口実にすぎなかったから。
ようやく部屋に着き、4班の視界から外れた瞬間、俺は静かに口を開いた。
「答えがわかったと思います」
「……はい!? はっ、じゃあこんなことしてる場合じゃないです! 早く行って、4班のほうにも話を……!」
結城が慌てて駆け出そうとした。
そしてそのとき、柳が結城の腕を掴んで引き止めた。
「え? 班長?」
「柏葉さん」
暗く沈んだ濃い茶色の瞳が、揺らぐことなく俺を見据えた。
「その話をここでするということは、4班のほうには知らせないほうがいいと判断したんですか?」
「はい。正確には、知らせるのは危険だと判断しました」
「え? 危険って、何が……?」
不思議そうな顔で目を瞬かせる結城を見ながら、俺は落ち着いて言葉を続けた。
「一番奥の列の石像に、血がついていました」
「……血?」
「はい。正確には、石像が握っていた剣です」
最初から違和感はあった。
脅威になりそうな超常体など、どこにも見当たらない空間。
だが、先ほどの初回進入で10班は新人二人を除いて全滅し、4班もまた新人二人が死んだ。
だとすれば、いったい何によって?
(……カウントダウン)
俺の予想が正しければ、不正解が繰り返されて数字が0になった瞬間、『何か』が起こる。
直接命に関わる、準2級という等級にふさわしい、極めて危険な何かが。
「どれだけ見回しても、今ここには超常体も、戦闘が起こりそうな要素もありません。だとすれば、思い当たるのはそれだけです」
「ということは……」
「班長。10班の定員は、もともと何人でしたか?」
「……今回の新人を含めて、もともと五人でした。そのうち、生き残ったのは先ほどの新人二人だけのようで」
「そうですか。では――」
もともとここにいたのは、4班の六人。そして、10班の五人。計十一人。
その中で生き残ったのは、4班のあの四人と、事実上瀕死状態となった10班の新人二人だけ。
「単に、運が悪くて死んだわけではないんじゃないでしょうか」
「え? それってどういう……」
「……!」
その言葉に真っ先に反応したのは、班長の柳だった。
一人だけ何かに気づいたように、彼の顔が怖いほど凍りついた。
「……4班が主導して、10班を死地に追いやったということですか?」
「あくまで仮説にすぎません。……ですが、何にせよ、最悪の状況を想定しておいて損はないでしょう」
実力に差があるとはいえ、死傷者がやけに10班に偏っているこの状況は、明らかに不自然だ。
つまり、まず10班を犠牲にし、その次は4班の隊員たちを、新人から一人ずつ。
(……あまり愉快な仮説ではないな)
だからこそ、4班はわざとカウントダウンについて話さなかった。
残り回数が0になり、代わりの生贄が必要になった場合、何も知らず油断している俺たちを真っ先に放り込むつもりだったんだろうから。
「で、でも、死んだ人たちがそれに素直に従ったはずが……」
「ないだろうね。もちろん」
結城の言葉をぴしゃりと遮った天道の声が冷たい。
「はい。というわけで――」
重い表情を浮かべた二人の先任を見ながら、俺は落ち着いて言葉を続けた。
「今から、私が言うとおりにしていただければと思います」
◇
「作戦会議は終わったか? で、何かいい方法でも見つかったのか?」
「はい。お待ちいただき、ありがとうございます」
手短に作戦を伝え終え、俺は3班とともに再び法廷の中央に立った。
残された機会は、あと一度だけ。
だとすれば、現時点でここにいる人間の中から最も『悪人』だと判断されそうな者だけを選び、天秤の片側に乗せる。
そして残り全員が反対側に乗れば、俺の理論が正しいという前提なら、ほぼ釣り合うはず。
「まず、全員右の皿に乗ってください」
「何?」
俺の言葉を聞いた東雲が、険しく眉間に皺を寄せた。
「待て。なんで私が、柳でもないあんな新人風情の命令に従わなきゃならないんだ」
「班長。ひとまず、言う通りにしてみましょう」
険悪になりかけた空気を収めたのは、長い緑髪を一つに結んだ、無表情の男だった。
「いいでしょう。……では、次は?」
[神器回収4班/副班長 千歳蒼]
4班の副班長。
エリート班と呼ばれる4班でかなり長く生き残ってきた、あの『エリート』たちの一人なのは間違いない。
「はい。それから――」
小さく頷き、言葉を続けた。
「私一人で、左側に乗ります」
「……は?」
片方の口角を吊り上げた東雲から、かすかな嘲笑が漏れた。
「つまり、お前一人が犯した罪が、ここにいる残りの連中の罪を全部合わせたのと同じくらい重いって、そういうことか? ったく……」
「……」
「まあ、どっかの刑務所にでも入ってたのか? 罪名が何なのか気になるな」
「まあまあ、あんまりそう言わないでくださいよ。たまにいるじゃないですか、ああいう新人。自分一人で世界の重みを背負ってるみたいに振る舞うやつ」
くつくつという不快な笑い声が混じる中、真壁敬吾と書かれた名札をつけた男が、皮肉っぽく俺を上から下まで眺めた。
同じく4班のベテランらしいその大柄な男は、さっきから東雲を護衛するように、その傍にぴたりとついていた。
ああ。好きに言ってろ。
「まあ、じゃあ……」
ともかく、彼らはしばらく視線を交わしたあと、一人、また一人と右の皿に乗った。
これまでの四度の試みとは違い、今回ばかりは全員、どこか緊張のにじむ顔つきだ。
(このままパズルをクリアすれば、すぐに神器が現れるのか?)
いや。おそらく、そうではないだろう。
(アイテム一つをバレないように持ち出したということは、つまりアイテムが最低でも二つあったってこと)
『正式に回収されたほう』は別にあって、あの男は他の連中が見つけられなかったアイテムをもう一つ見つけて、こっそり持ち出した可能性が高い。
やがて俺以外の全員が右の皿に乗り、俺は最後に歩を進めて、左の皿に足を乗せた。
(……俺の予想が正しければ、ここで釣り合うはず)
――ガコン。
重い金属音が聞こえ、ついに、全員が天秤に乗った。
だが――。
「……え? 柏葉さん、これ……」
「……?」
――天秤は、動かなかった。
「……は?」
それに気づいた瞬間、冷や汗が背中をつうっと伝う。
「待て、なぜ……」
『0』
「……!!」
「……柏葉さん! 後ろ!」
「くそっ、散れ!!」
――ドゴォン――!!
本能的に身体を動かすのと同時に、轟音とともに何かが頭の横をかすめる。
(……やはり……!!)
――ゴゴゴゴ……!
壁沿いに並んでいた石像たちが、すぐ目の前まで迫り、巨大な手を振り上げている。
そして一瞬で、3班が一斉に身を翻し、攻撃をかわす。
理由は、簡単だ。
――『4班がさっきから緊張しているのを見ると、おそらくカウントダウンはもう残り少ないはずです』
――『今回も失敗した場合、何が起きてもすぐ対応できるよう、準備しておいたほうがいいと思います』
――俺がもう伝えておいたからだ!
「ちっ、結局……!!」
(やっぱり、もうカウントダウンのことを知っていたのか……!)
横を見ると、4班のほうも素早く石像の間を駆け抜けながら、降り注ぐ攻撃をかわしていた。
――ドン!! ドン――!!
――ゴゴゴゴゴ――!!
「あっ、うわあっ……!!」
「全員、気を抜くな!! 正面から五体、来るぞ!」
「クソッ……。やっぱりあの野郎の言うことなんか聞くんじゃなかった!!」
(くっ、くそ……!)
凄まじい威圧感を放ちながら、巨大な純白の石像たちが、俺たちの頭上に、休む間もなく手を振り下ろしてくる。
(……地獄よりはましだと思ったのは、撤回しないとな)
俺たちがここに進入する前、4班と10班が一緒にいたこの空間で何が起きていたのかは、容易に予想できた。
今、目の前で繰り広げられている光景そのものだったんだろう。
――ゴゴゴゴゴ――!!
「くっ……!」
頭上から恐ろしい勢いで振り下ろされる石像の手をかわしながら、素早く床を転がった。
落ち着こう。
考えないと。
(そもそも、水平にすることは本当に可能だったのか?)
つまり――正解なんて、本当に存在するのか?
(……いや。方法は必ずある……!)
『先輩』は確かにこの関門を突破して、アイテムを手に入れた。
押し寄せる轟音と振動の中で、必死に頭を働かせた。
(考えろ。きっと何かを見落とした。何かを……)
「柏葉さん! 左!!」
「……!」
――ゴゴォン!!
急速にこちらへ近づいてくる石像の足音とともに、結城の叫びが耳に突き刺さった瞬間。
(――待て)
不意に、頭の中を何かがよぎる。
(おかしいじゃないか)
さっきから、何か違和感があるんじゃないか?




