準2級へようこそ、新人
「何だ。見ない顔だな。今回の新人?」
俺を上から下まで眺めた4班の班長が、冷ややかな表情で首を傾げた。
「主人公ごっこでもしたいのか? 悪いけど、お前らは要らない。今こっちに必要なのは、『実力のある』サポーターなんでね」
(『実力のある』サポーター、か)
「こっちはクソ忙しいんだ。邪魔だ、失せろ。お前みたいなガキまで面倒見ながら、あれを攻略してる余裕はない」
[神器回収4班/班長 東雲伊織]
わざと『実力のある』という部分を強調した彼女が、嘲るように口の端を吊り上げた。
尊大な物言いと、自信に満ちた声。
「自信がないんですか?」
「……は?」
俺の言葉を聞いた彼女の眉間に、ぐっと皺が寄った。
「私もとうとう耳が遠くなったか。今、何て言ったんだ?」
「実力のあるサポーターが必要だとおっしゃったので。そういうサポーターがいないと、災害を攻略なさる自信がおありでないのかと思いまして」
「何?」
「え、霖也くん!?」
天道がぎょっとして俺を振り返ったが、俺は表情一つ変えず、東雲を見つめた。
二人の先任には申し訳ないが、こっちにも絶対に譲れない理由がある。
「……ハッ、とんだ命知らずが……」
「あはは! うーん。うちの新人、今日に限ってどうしちゃったのかなあ。ちょっと失礼~!」
乾いた笑いを漏らす東雲の前で、天道が俺をぐいっと隅へ引っ張っていった。
「霖也くん、もしかして頭おかしくなった? もちろん人間ってちょっとくらい正気じゃないところがあったほうが面白いけど」
「あ、頭なら正常です」
「いやいやいや!! 急に何でここに入るって話になるの? 私、全然話が見えないんだけど!?」
俺を壁際まで連れていき、矢継ぎ早にまくし立てる天道の隣で、柳が静かに口を開いた。
「……柏葉さん」
「はい」
「これは準2級です。規定上は高等級に分類されながらも、戦闘班の同行は必須ではない……。回収班からすれば、背負うリスクばかり大きくなる等級ですし」
「……はい。だいたい察しはつきました」
準2級からは、明確に危険等級に分類される高等級。
だが、周囲のどこにも戦闘班は見えない。
こちらは、いつでも新しい人員を補充できる、相対的に格の低い人材。
そして戦闘班は、特別待遇を受けるごく少数の上位人材。
つまり、よほどの事態でもなければ切れない手札だ。準2級は分類上こそ高等級だが、彼らが配置される対象にはならない。
代わりに割り当てられるのは、神器回収班の二個班だけ。
「確かに、回収班にとっては一番厄介な等級でしょうね」
「そう! だから4班が割り当てられたんでしょ。あいつらの性格知らない? 外じゃエリートだの何だの言われてても、あそこに関わったって、いいことなんかないって。4班がなんで4班だと思ってるの?」
「ご迷惑をおかけしたならすみません。でもどうしても難しいなら、私一人でも入りたいです」
「うわ、霖也くん。ほんと変なところで思い切りいいね! でもやっぱり理由がわかんない!!」
「……天道さん。ひとまず、少し落ち着きましょう」
天道を落ち着かせた柳が、俺を振り返って言った。
「いい選択ではないかもしれません。……どうしても、あの災害に入らなければならない理由があるんですか?」
「はい」
「……そうですか。理由は?」
「理由は……」
その言葉に答える代わりに、俺は沈黙を選んだ。
言えない。
それでも、必ずあの災害に入らなければならないことに変わりはない。
そしてそのとき、4班の隊員の一人が東雲のそばへ近づいていくのが見えた。
「あの、班長。お話が……」
彼はそっと声を落とすと、彼女の耳元で何かを囁いた。
「……例の33番です。新宿、神器二つの――」
「……何? あれが?」
(……何の話をしてるんだ?)
しばらく何事か言葉を交わしていたかと思うと、東雲の表情が一変した。
こちらを振り返った彼女が、どこかさっきとは違う雰囲気で口を開いた。
「……いいだろう。3班。柏葉霖也だって?」
「はい」
「ついてこい。あそこで伸びてる10班の代わりに、今回の準2級災害のサポートはお前らが担当する」
「……!」
「……うわ、これ本当? 本当なの? ほんとにこうなるの?」
天道の口から呆然とした声が漏れ、柳がとうとう片手で額を押さえた。
「……柏葉さん」
「はい」
「何か考えがあるんだと、信じています。……どうか」
「……ご迷惑をおかけしないようにします」
「はあ~~。霖也くん、模範生だと思ってたのに、変なところで頑固だったんだね。まあ、嫌いじゃないけど」
4班が何を話したのかはわからないが、結果的に、事態は俺に有利な方向へ転んだ。
協会に連絡して医療班を呼んだあと、さっきより疲れた顔をした柳について、ゲートへ向かっていた、そのときだった。
「はぁ、はぁ……。遅くなって、すみません……!」
「……???」
ここで聞こえるはずのない声が耳に入った瞬間、俺の足がぴたりと止まった。
……まさか?
「……え!? 何!? 玲央くん、なんでここにいるの!?」
「はい! 今ちょうど、到着しました……!!」
急いで走ってきたらしく、肩で息をしている結城玲央が、目の前にいた。
「結城さん、病欠……じゃなかったんですか? どうしてここに……?」
「はい! でも、やっぱり勤務二日目から病欠っていうのはどうかと思って、本部に行ったんですけど……。はぁ、見学でこっちに向かったって聞いて、急いで……!」
「それで、ここまで来たんですか?」
「僕も新人ですから! 学べることはもっと学びたいです! 迷惑はかけませんから、同行させてください……!」
「……うわ、班長。これ……」
「……」
どこか妙な顔をした天道が、言葉を濁しながら柳を振り返った。
たぶんみんな、俺と同じことを考えているんだろう。
(……無謀なのか、それともただ生まれつき明るいのかはわからないけど)
それでも、やる気だけは買ってやってもいい。
「何だ、そっちは。新人がもう一人いたのか?」
「あ……! はい! 結城玲央で……」
「まあいい。新人が一人増えたところで問題になるわけでもないし。足を引っ張るな」
「……はい!」
元気よく頷いた結城が自然に列へ加わった。
……こんな流れになるとは思ってなかったけど。
「あ、柏葉さん! あの……!」
「はい。中に入ってから話しましょう。ちょうど、こちらも話がありましたし」
話はひとまず後だ。
災害の中へ足を踏み入れた瞬間、空気の流れが変わった。
「――準2級災害へようこそ、新人」
巨大な法廷の光景が目の前に広がり、こちらを振り返った東雲が、尊大に口の端を吊り上げた。
「身の程も知らずに出しゃばったんだから、それなりの働きは見せてもらうぞ。私がお前を役立たずと判断して、ここに置き去りにすることにならないように、な」
◇
すべての超常災害は、最初の進入が行われるまでは、中の情報を知ることができない。
できるのは、協会側の測定器でエネルギーの波長を読み取り、等級を確認することだけ。
だが、俺は昨日、前任の管理者が残した記録を見た。
もちろん、かなりめちゃくちゃな記録だったが、それでも手がかりは十分だった。
(秤が存在する災害。それに準2級なら、モチーフになっているのも、それ相応の格を持つ上位存在だろう)
となれば、有力な候補は二つ。
仏教の十王の裁きに用いられる『業の秤』。
あるいは、ギリシャ神話で裁きを司る神格たち。
(その中でもテミス、あるいはディケー)
そして、正解だった。
「法廷ですね」
「はい。法廷ですね。それも、かなり大きい」
古代ギリシャの神殿を思わせる、細長い長方形の純白の空間。
文字どおり、巨大というほかに適切な言葉が見つからない。
俺は顔を上げ、はるか頭上の天井を見上げた。
(モチーフはやっぱりギリシャ系。……まるで蟻にでもなった気分だな)
それでも昨日みたいに地獄のど真ん中へ放り込まれなかったのが、せめてもの救いだ。
床から天井まで伸びる大理石の柱と、天井近くに並ぶ大きな窓が見える。
その下には、裁判の傍聴席らしいバルコニー状の二階席が壁に沿って続いている。
そのどれもが果てしなく高く、巨大だった。
俺たちを振り返った東雲が、顎をしゃくって背後を示した。
「入ったならさっさと動け。今問題なのはそこじゃなくて、こっちなんだから」
4班はすでに法廷の中央に到着していた。
正確には、そこで秤を持ったままそびえ立つ巨大な石像の下に。
(背景は法廷。秤を手にした石像たち、か)
周囲を見回すと、それと同じ形をした、ひと回り小さな石像が、壁際の柱と柱の間に一体ずつ置かれている。
俺は中央の巨大な石像へ近づき、上を見上げた。
高さはおよそ30メートル。
そして目につくのは、石像が手にした青銅製の秤。
「これが、この災害の鍵になる装置ですか?」
「ああ。たぶん何かのパズルみたいなもんだろ。ここで詰まって、ずっと試してたけど失敗した。くそ、何をどうしろってんだか」
長い鎖につながれた秤の両側の皿が、床まで下りていた。
おそらく、大人が数人は余裕で乗れるほどの大きさ。
そして、石像の下に刻まれた文言を読んだ瞬間、俺は確信した。
『公正なる律と裁きの前に立つ罪人らよ。
無欠なるか無欠ならざるか、聖なるか或いは穢れたる者らよ。
一切の咎を隠すことなく、裁きの座へと上れ。
双つの器が天にも地にも永久に触れざるに至るとき、審判が執り行われん。』
(……ここで間違いないな)
前任のメモに記されていた、一つ目のアイテム。
今では『神器』へと変わったはずの、それ。
【名前:絶対平衡の天秤
効果:どんな物でも左右の皿に一つずつ乗せれば、その二つの価値を完全に同じにしちゃう!!
※これで100円玉を1万円札に変えるの成功ww】
〈絶対平衡の天秤〉は、必ずここにある。




