シナリオ改変
社宅に着いたあと、俺は真っ先に同期状態を確認した。
【同期中……(15%)】
「15%?」
確認した数値は、俺の予想よりも速く上がっていた。
思わず目を見開いた。
(この速度なら、長くても一か月以内には復旧を終えられる)
そして、同期率が急に上がった原因として考えられるのは二つ。
「……神器、あるいは災害との接触が引き金か?」
確証はないが、それが一番有力に思えた。
そして15%ということは、つまり……。
【――データを読み込みます。】
【〈EP3〉までのデータが更新されました。】
(やっぱり、閲覧できるデータが増えた)
ざっと目を通したところ、今は『EP1』の中盤だった。
続く『EP2』までは無難なビルドアップパートだから、俺が介入する必要はなさそうだったが、問題はそのあとの三つ目のエピソード。
「……人生に虚しさを感じて闇落ちし始めた久世凌雅がダンジョンで遭難し、そこから脱出するために……」
【――自分の■■#を捧げ、無■に脱出する。】
「……いったい何を捧げるっていうんだ? こんなところで文字化けするなよ」
しかも、よりによって一番重要な部分が問題だった。
(だが、何かを捧げなきゃ抜け出せないってことは、何であれ一筋縄じゃいかない災害ってことだろう)
だとすれば、神格のないこの状況で、原作通り無事にクリアできるかどうかはわからない。
「この場合、どうにか俺が介入する必要が出てくるのか」
もし主人公が死ぬという大事故でも起きれば、ただでさえ不安定なこの派生宇宙が、どうなるかわかったものじゃない。
(とはいえ、今のところこれといった方法が……)
【――管■者に】
「……?」
何かが、浮かび上がった。
【■理者に、〈■ナ■■■変〉のク■■トが■えら■ます】
ノイズがかかったように、細かく揺れ始める画面。
「……何だ、これ」
何かが、おかしい。
【管理者に】
【――〈シナリオ改変〉のクエストが与えられます。】
……クエスト?
「待て、クエストって、何を……」
だが、ウィンドウを閉じる暇もなかった。
【〈EP3〉
必須要素:身体の欠損なき主人公の生存
進行期間:2020.04.10~2020.04.11(※派生宇宙内部時間基準)】
「……は……?」
部屋の中に、重い静寂が降りた。
◇
「……」
――バチッ。
不安定に明滅するシステムウィンドウの向こうで、文字が断続的に現れては消える。
ぼんやりと目の前のウィンドウを見つめていた俺は、ようやく我に返った。
――いったい、何だ?
これを本当に、ただの派生宇宙の意志だと言えるのか?
(これは、まるで……)
……この派生宇宙が俺に、何か頼み事でもしているようじゃないか。
「……いや、今こんなことを考えても、意味ないな」
どうせ答えは出ない。
少し目を閉じ、再び開いて、ウィンドウの文字に視線を据える。
「……身体の欠損なき、生存、か」
任務が与えられた以上、それをやり遂げる。
管理者がやるべきことは、ただそれだけ。
考えよう。
わけのわからない状況だが、失敗すれば何か良くないことが起きるということくらいはわかる。
(残された時間は、あと一週間ほど)
どうにかして『主人公』に接触し、手助けするためには、こちらもそれなりの準備が必要だ。
【〈管理者記録〉】
「……結局……」
これを確認するしかないのか。
今回も血圧だけ上がって終わりそうな気はしたが、他に手はなかった。
少し惨めな気分で、確認ボタンを押した。
【派生宇宙進入4日目。俺は5班に来てて、一緒に派遣されてきた他の隊員とははぐれた(T_T) とりま今日も隊長の俺が代表で記録~~~~
あ、そういや昨日上野の準2級ダンジョン入ってアイテム1個拾ってきた!!
なんか秤なんだけど、申告しないでそのままパクったヽ(゜∀゜)ノwwよっしゃもう俺のwww】
「……」
わかってはいた。わかってはいたが……想像以上に、文字のゴミしかないな。
「とにかく。ダンジョン、アイテム……。たぶん、あれが今の災害と神器なんだろう」
過去に記された用語を適当に読み替えながら、大して期待もせずスクロールしていたそのときだった。
【何これ? 数日前に拾ったアイテムめっちゃ便利なんだけど?? ヤバ、俺もしかしてめちゃくちゃ運いいんじゃね??】
「……?」
ふと、その一文に目が止まった。
【念のためアイテム名と説明は下に書いとく!!
俺様の最高すぎる先見の明を末永く残すためww】
その下に短く続く、アイテムの情報。
ようやく記録の続きをすべて確認した瞬間、俺の口から乾いた笑いが漏れた。
「……はは」
見えてきた。
この無茶な任務を成功させるたった一つの道が。
◇
『【速報】東京・上野に準2級超常災害発生、周辺の立ち入り規制始まる』
(今、上野に開いている準2級はこれだけ。きっと、あの男が入ったダンジョンもこっちだったんだろう)
目標が決まったあと、俺はすぐに記事を漁って候補を見つけ出した。
このまま災害に入る資格さえ得られれば、半分は成功。
しかし、事は予想通りには進まなかった。
「今回の準2級? そこなら今朝もう別の班が入ったよ。4班」
「……もう、入ったんですか?」
翌朝、事務所に着いた俺が聞かされたのは、まったくありがたくない知らせだった。
(それより、4班? 5班じゃなくて?)
あいつ……いや、俺の前任は確か5班に行ったって書いてあった。
なら、いったいどうやって入ったんだ?
「もしかして、追加の人員が投入される可能性はないでしょうか?」
「追加投入? うーん、それなら……」
天道は菓子をぽりぽり齧りながら、視線を宙に泳がせた。
「準2級だから、もうサポートの班がひとつ付いてるんだよね。10班だったかな? だから追加投入は、たぶんないんじゃないかな~」
「……そうですか」
「あ! それと」
俺が考え込みかけたところで、天道がまだ空いている結城の席を視線で示した。
「玲央くんは今日は病欠。やっぱ昨日気絶したせいで、まだ後遺症が残ってるのかな~」
「病欠ですか?」
「うんうん。まあ大したことはないんだけどさ~、筋肉痛と頭痛がけっこうひどいみたい。だから一日休めって言っといた!」
「そうですか。早く回復するといいですね」
短く答えながら、事務用品がきちんと並べられている結城の席をちらりと見た。
(やっぱり昨日のことが原因か)
もちろん、俺もそれなりに責任は感じている。
脱出のためだったとはいえ、俺の選択であんな目に遭わせたんだから。
次に会ったら、こっちから具合でも聞いてみようと思いながら、再び顔を戻した。
(じゃあ、準2級災害への進入はこのまま失敗か? ……いや、そんなわけにはいかない)
ここで諦めるつもりはなかった。
「それなら、見学だけでもさせていただけませんか?」
「え? 見学?」
「はい。お二人が許可してくださるなら」
新人という立場は、こういうときにはかなり使い勝手がいい。
「準2級ともなれば高等級に分類される災害ですし、実際に見て、先輩方からいろいろ学びたいです。他の班がどんな雰囲気なのかも気になりますし」
「えええっ!? うわ、やっぱ模範生……!! 私、そういうとこ嫌いじゃない! どうです、班長? 前までちょっと行ってきません? どうせ今めっちゃ暇だし!」
「……今日は他の派遣予定もありませんし、特に問題はないでしょう。すでに内部へ入った班と会えるかどうかはわかりませんが」
少しでも現場で学びたいと言い出す新人を、嫌がったり冷たく追い返したりする上司はいない。
柳の許可が下り、俺たちはすぐに現場へ出発した。
目的地である上野の災害までは、本部から車で30分ほど。
「じゃ――ん! ここだよ。これが準2級! この前のとは明らかに色が違うでしょ?」
「はい。確かに」
――ウウゥン――……。
紫がかった、濃い藍色のゲートが目の前で奇妙な光を放ちながら回転していた。
さて、問題はこの先だが……。
(あの男はいったいどうやってここに入った……)
その理由に気づくまで、そう時間はかからなかった。
「……!?」
「クソ。腹立つな、ほんとに」
災害の中から、誰かが歩いて出てきた。
……いや、一人じゃない。
「……!」
やがて災害から完全に抜け出した彼らを見た柳の目が、大きく見開かれた。
「東雲班長。これは、いったい……」
「なんだ、回収3班?」
先頭に立っていた長いポニーテールの女が、血に濡れた前髪を苛立たしげにかき上げた。
――ベシャッ!
「……!」
そして一番後ろにいた男が、首根っこを掴んでずるずる引きずり出した血まみれの人影を二つ、前へ放り投げた。
(……これは)
「……」
隣に立つ天道の表情が、怖いほど冷たく凍りつく。
その瞬間、血に濡れたまま投げ出された肉体から、かすかな呻き声が聞こえてきた。
「……ぐっ、はっ……」
(……息は、ある)
……生きていた。まだ。
「……」
そして、冷たく固まったのは柳の方も同じ。
そんな空気を少しも気にすることなく、回収4班の班長が苛立たしげな声で言葉を続けた。
「10班は新人二人を除いて全滅。うちの班も今回の新人三人のうち二人が死んで、これだけ生き残った。新人にしちゃ状況判断がかなりよかったんだよな」
「はは、買いかぶりですよ、班長。照れますね」
あそこに倒れている二人が、10班の新人たちか。
4班の班長が「これ」と言って指したのは、さっき血まみれの二人をずるずる引きずり出した男だった。
彼はこんな状況でも、礼儀正しい顔のまま、照れたように笑っていた。
「全部死んじまったから代替要員が要る。5班呼べ」
「……」
4班の班長が冷ややかな目で顎をしゃくる。
――そうか。これだったのか。
(10班は事実上全滅。そして5班がその代わりに呼ばれて現場に投入された、ってことか)
そして、だとすれば……。
「聞こえなかった? 早く通信機持っ――」
「私たちが行きます」
「何?」
「……!?」
唇を固く結んでいた柳が、こちらを振り返った。
隣に立つ天道が目を見開くのを見ながら、俺は淡々と言葉を続けた。
「私たち3班が代わりに入ります。許可をお願いします」




