8話 悪意の居場所
それから二週間が経った。
ミナトは毎日少しずつ文字や常識についてリトから教わりながら、ライラの仕事を手伝うようになっていた。
精力的に取り組んでいるおかげか、今では簡単な文章なら書けるようになっていた。
今は、リトの部屋の掃除をライラと共に行っている。
教わったとおり、慣れた手つきでミナトは掃除している。…ように見えた。
「だから…なんでこうなるんすか…。なにをどうしたらこんなにピカピカになるんすか?」
ミナトが磨いていた花瓶が、まるで新品のように光を反射している。
金色の装飾が、まるで自ら光を発しているのではないかと思うほど輝いている。
「いや、えっと…普通に拭いてたつもりなんですけど。」
掃除の手を止めて、腕を組みながらライラは花瓶を覗き込んだ。
「普通に拭いたら、ねえ?…まあ確かにその通りみたいっすけど…。」
クッキーを食べながらソファに寝転んでいたリトが顔を上げる。
「いいじゃないか。綺麗になるに越したことはないでしょ?」
「綺麗になるとか、そういう範囲を超えてるっすよ。この前は壊れていた時計が急に動きだすし、その前はミナトが庭園に水やりしてから雑草だけ急に枯れ始めるし、なんかおかしいっすよ。」
ミナトがおろおろとふたりの間で視線をさまよわせている。
リトはソファから起き上がると、伸びをした。
「ま、悪いことは今のところ起こってないし。僕、そろそろ聖女様のところに行ってくるよ。お茶する約束してるんだ。」
「…シャツがよれてるっす。」
ライラに服の乱れを整えてもらうと、リトはミナトに軽く手を振った。
「そんなに気に留めなくていいよ。ミナトは普段通り生活していればいい。いつもありがとね。」
ミナトは聖女のところに行ってくるというリトを見て、一瞬不安そうな顔をしたが、感謝されて嬉しそうに顔をほころばせた。
「あ、いえ、こちらこそいつもありがとうございます!」
その様子をじっと見ていたライラの頭にリトが手をのせる。
「ライラも、いつもありがとね。」
嫌なものにでも触れたかのようにしかめっ面をしたライラが、リトの手を払いのける。
「やめてください、いいからさっさと行ったらどうっすか。」
ライラに手を叩かれて両手を頭の上にあげて降参するようなポーズを取ったリトの顔は満足げだった。
「はいはい。じゃ、行ってくるよ。ふたりとも仲良くね。」
ライラがリトに背を向け、ミナトはお辞儀をしてリトを見送った。
リトが聖女の待つ王城の庭園に行くと、既にキラリが席についていた。城の人が用意したのだろうか、淡いグリーンのドレスを着ている。
二つある席のうち一つは空席。キラリの後ろには、背筋を正して立つレイの姿があった。
テーブルの上には二人分のティーカップと、お茶菓子がのせられている。
「あ、リトさん。こんにちは。一週間ぶりですね。」
「こんにちは。調子はどう?聖女様。」
キラリの向かいの席に座りながら、後ろにいるレイに目線だけで挨拶を交わす。レイは軽く微笑み返した。
「えっと、まあまあです。」
頬を掻きながら、キラリの顔がぎこちない笑みを浮かべているのにリトは目を細めた。
この数週間、キラリは聖女として魔力の使い方やマナーについて学んでいる。
しかし、彼女の反応を見る限り、調子は良くなさそうだ。
「マナーとか勉強についてだったら何か助けてあげられるかもしれないし、気軽に声かけてね。」
「ありがとうございます。…それは大丈夫なんですけど、魔法がなかなかうまくいかなくて。リトさんはなにか魔法使えたりするんですか?」
紅茶に角砂糖を二つ入れながらリトが答える。
「いや、僕は簡単な風魔法が少し使えるくらいだよ。魔法が使える人ってそもそも珍しいしね。だから、聖女様みたいに異世界から来た人に頼らざるを得ない時がある。」
「あ、そうなんですね…。」
キラリは紅茶を一口飲んで、ティーカップを置いた。
「レイとはうまくやってる?まあ、レイは面倒見がいいから大丈夫だと思うけど。」
話を振られたレイは気まずそうに苦笑した。
「僕のことは気にしなくていいですから。」
「はい。いつもレイさんがついてきてくださるので、とても心強いです。」
キラリが両手の指先を合わせて表情を緩める。そして何かを思い出したかのように両手を胸の前で合わせた。
「あ、そういえばミナトくんは大丈夫ですか?何か変なことが起こったりとかしてませんか?」
「そうだね、最近ミナトは宮の仕事を手伝ってくれているよ。良く働いてくれてるけど、今のところ何か怪しいところはないかな…。」
甘い紅茶を一口飲むと、少し肩を落としたキラリを観察するような笑顔で見た。
「…もう少し僕の方でも探りを入れてみるよ。またここにお茶しに来てもいいかい?」
「あ、はい!もちろんです!いつでも来てください!」
勢いよく顔を上げると、キラリは大きく頷いた。




