7話 実っていくもの
慌ただしい足音と、熱気を孕んだ声が、石造りの建物に反響する。
王城の中にある騎士団の本部の入り口では、遠征に行っていた騎士団長たちの帰還を聞きつけた兵たちで人だかりができていた。
「おお、良かった、誰も怪我してないんだな。」
「お前、疲れてるだろ?今日はみんなで肉焼いたから、たらふく食べろよ!」
「あ!騎士団長!おかえりなさい!」
「リト様が来てますよ!ほら、あそこ。」
城に残っていた兵と、帰ってきた兵が互いの無事を確認しあう様子を、リトは壁に背を預けながら眺めていた。
「騎士団長」と呼ばれた男と目が合うと、リトは安心したように微笑んだ。
「レイ、良かった。一か月も返信がなかったから、何かあったのかと思ったよ。どうだった?今回の遠征は。」
甲冑の頭を脱ぎ、銀色の髪を左右に振りながら、レイは一つ息をついた。
リトやアルより少し年上の、筋肉質のこの男は、若くして騎士団長になったリトとアルの幼馴染である。
リトの前まで行くと、グータッチをして、リトの隣の壁際に立つ。
周りの兵は気を使ってか、自分たちの話に花が咲いているからか、こちらに話しかける者はいない。
「北の方の避難はあらかた終わったよ。忙しくて手紙を出せなくてすまん。そっちは?聖女様が召喚されたっていうのは聞いた。」
「そう。聖女様と、もう一人少年が召喚された。魔力鑑定の結果少年、魔力はなくて、今は僕のところで客人として扱ってる。」
レイは面食らったような顔をしながら、顎をさすった。
「へえ、二人も召喚されるなんて初めてじゃないか?」
「うん、だから面白そうだと思って。」
いたずらっぽく笑うリトを見るレイの視線は、もの柔らかだった。
「そうか。でも、あんまりアルに心配かけないようにな。」
何人かの兵士がこちらをチラチラと見て、話しかけるタイミングを伺っているのに気が付いたレイが一歩前に出た。
「それじゃあ、僕はこのあたりで。しばらくは聖女様の護衛で城にいる予定だから、またそのうち会えると思う。」
「うん、またね。」
立ち去っていく背中に手を振って、リトは騎士団の本部を後にした。
それから数日。
今日もリトとミナトは書斎で勉強をしていた。
「リトさんがくれた本で、毎日寝る前に勉強してるんです。見てください!」
ミナトはいくつかの文字が何度も書かれた紙をリトに見せる。
それを受け取ったリトは、紙をめくりながら目を細めた。
「おお、すごいね。段々上手になってる。丁寧に書いてあるし、僕より上手かも。」
優しく微笑みながら紙をミナトに返すと、ミナトは大事そうに受け取って抱きしめた。
「ほ、ほんとですか?でもまだ間違えちゃうことも多くて…。」
照れくさそうに俯くミナトを見つめてから、リトは立ち上がった。
「今日はこの童話を読んでみようか。僕が読み上げるから、それを自分で書いてみて。短い話だし、良い練習になるんじゃないかな。」
挿絵の入った子供向けの絵本を持ってくると、ミナトの横に立ち、本の中が見えないように開く。
机に寄りかかるようにして浅く腰掛けると、内容を読み上げ始めた。
ミナトは耳から入ってくる文章を、必死に書き起こした。
リトはミナトの手元を見ながら、書くスピードに合わせながらゆっくり読み進める。
「むかしむかし、あるところに小さな村がありました。その村では、触れたものの時間を止める、不思議な霧に悩まされていました。」
この国では有名な昔話。時間を止める霧と、異世界から来た聖者の話。
霧の原因である大樹を、強大な力を持つドラゴンの協力を得た聖者が破壊し、村に平和をもたらすというストーリーだ。
「……こうしてドラゴンは、聖者に感謝を告げると、遠くへ飛び去って行きました。」
読み終えると、ミナトの後ろから絵本を机に置き、最初のページに戻す。
「聖者って、僕みたいに異世界から来た人ですよね?その人はどうなったんですか?」
座ったままの姿勢でミナトはリトを見上げた。
「文献によると、そのままこちらの世界で生涯を終えたらしいね。この人以降も、何度か聖者や聖女が呼び出されているけど、行方をくらませた人や、研究の末に元の世界に帰った人もいるらしい。」
「へえ、そうなんですね…。このドラゴンは今もいるんですか?」
絵本のページをめくると、白い鱗のドラゴンが描かれたページが現れる。
「どうだろうね、ここ200年くらい目撃情報はないけど…ドラゴンの寿命は長いし、どこかに居るかもね。」
「へえ…!僕も見てみたいです!ドラゴン。」
ミナトが目を輝かせるのを見て、リトはくすっと笑うと、後ろからミナトの書いた文章を覗き込む。
「とりあえず答え合わせしようか。….…あ、ここ違うね。見比べてみて。」
「…あ、ほんとだ、似てるから間違えたみたい。」
リトが指で示しながら間違いを直していく。
穏やかな時間が流れていった。
そんな風に書斎で過ごしながら、あくる日、今はライラの手伝いをしていた。
「そろそろこのあたりの野菜は収穫できるっすね。手伝ってもらってもいいっすか?」
いつの間にかライラはミナトに対して敬語を使うのをやめていた。
ミナトもリトもそのことについて好きにしていいとのことだったので、気にするのをやめたようだ。
「はい、もちろんです!僕も水やりを手伝ったので、なんだか嬉しいです。」
園芸用のハサミで、黄色くて丸い野菜を収穫していく。
ミナトにとっては見慣れない野菜だったが、ライラによると既にミナトは食べたことがあるとのことだった。
「なんだか今年は豊作っすね。去年の倍くらいのやつが結構あるっす。日当たりが良かったのかな…。」
「そうなんですか?」
「そうすね。後でみんなにおすそ分けしに行きましょうか。」
籠に野菜を一つずつ積み上げながら、ライラはいつもより大きく育った野菜の様子に、時折首をかしげていた。
「後で夕飯にも出てくると思うんで、ミナト様も食べれるっすよ。」
「そうなんですか!自分で収穫したものが食べられるのって、なんかいいですね。…あ、リトさんも食べるんですか?」
「多分明日の朝食に出してくれるんじゃないっすかね。厨房の人次第っすけど。」
収穫した野菜に目を落としているミナトに、ライラがため息をついて言った。
「夕食はいつもご家族で食べられるみたいですけど、朝は宮で食べてますからね。明日、リト様に出してもらうように言っておきますよ。」
そう言うと、ミナトの方を見ずに黙々とハサミを動かした。
ミナトは感激した様子でライラを見ている。
「ありがとうございます!」
「別に、いいっすよ。…気持ちはわかるっす。」
次の日の朝食を食べたリトが、まるで付け足されたかのように皿の上に乗った野菜に気が付く。
ライラがこの出来事を話すと、リトは面白そうに笑っていた。




