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時間の止まる国  作者: めしあん


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6/12

6話 紙はひらりと

 ミナトが王城に来てから一日。

 ミナトは、大きく息を吸って吐くことを何度か繰り返してから、リトの部屋の扉をノックした。


「どうぞ~。」


 間の抜けた声が部屋の中からして、ミナトは扉を開いた。

 ソファの上に寝転んでいたリトが、読んでいた本を閉じて机の上に置く。白いシャツの上に黒のガウンを羽織っている。髪をかき上げながら口角を上げてミナトを見た。


 昼を過ぎたころ、リトの部屋の大きな窓から差し込んだ日差しが薄いカーテンに反射し、床に波の模様を作っている。


 今日のミナトは高校の制服ではなく、白の胸元にフリルがついたシャツに、黒のハーフパンツ、膝下ほどまである長靴下にローファーという恰好だった。


「ちゃんとノックするなんて、律儀だね。…あ、それ僕が昔着てたやつじゃん。似合ってるよ。」


「え、そうですか?ちょっと僕は落ち着かないですけど…。もっと地味な服のほうがいいです。」


「そう?使用人用の服ならあるかもしれないけど、お客様にそれを着せるのはねえ。」


「あ、えっと、そのことなんですけど…」


 シャツの裾を強く握りながら、少し視線をさまよわせた後、リトを見る。


「なにか、僕にできる仕事はありませんか?リトさんに助けてもらって、僕もなにか、恩返しがしたいんです!」


 声を上ずらせながら、思い切ってミナトは言った。

 リトはソファの肘掛けに頬杖をついて、じっとミナトを見た。亜麻色の髪がさらりと垂れる。金色の目が細められた。


「うん、いいよ。とはいっても、君は何ができるの?料理?掃除?あ、そうだ、文字は読める?」


「料理はそんなに自信ないですけど、掃除は多分できます。文字は、読めないです。不思議ですよね、言葉はわかるのに、文字はわからないんですよ。」


「…ふーん、じゃあ、僕が教えてあげよっか。」


 軽い口調で言うと、ソファから立ち上がってミナトの前まで移動し、ミナトの右手を取る。もう片方の手を顎に当てながら、ミナトの手を観察した。


「昨日、聖女様の手を見ててずいぶん綺麗だなって思ったんだよね。ミナトもそう。でも、ペンだこはある。」


 リトが指差したミナトの右手の中指には、確かにたこができている。


「掃除とか料理より、こっちの方が向いてそうだね。書斎に僕が小さい頃に使ってた教科書がまだあるはず。」


 部屋の扉に手をかけ、歩き出したリトの後ろをミナトはついていく。


「あ、えっと、リトさんが教えてくれるんですか?でも、忙しいんじゃ…。」


「いや?君のために割く時間はいくらでも作れるよ。」


「そ、そうなんですか。…僕のために。」


 小さな声で呟くと、小走りにリトの横に追いついて、並んで歩く。

 隣からリトを見上げると、流し目で微笑む顔と目が合った。ミナトの顔がぱあっと明るくなる。


「あ、あの、ありがとうございます!僕、がんばりますね!」


 書斎の扉を開けると、少し埃っぽい香りと、古い紙の匂いがした。


「けほっ、けほっ、ちょっと埃っぽいな…、今度ライラに掃除頼まないと…。」


 奥の方の棚から、リトが何冊か本を持ってくる。窓から差し込む光に、舞い上がった埃が反射している。


「そこに座って。えーっと、ペンと、インクあったかな…。」


 昨日は書斎を入り口から見ただけだったミナトが、椅子に座りながら部屋を見渡す。

 本棚に囲まれたこの部屋は、あまり使われていないのか生活感はない。


 机の横についた引き出しから、紙とペンを取り出したリトが、ミナトの隣に座った。


「言葉が通じるなら、文法とかは必要ないよね。」


 リトが一冊の本を開く。ミナトはその隣から覗き込んだ。リトからすれば幼児向けの簡単な本だが、ミナトからすれば初めて見る形の文字が並んでいる。

 すらすらと本に目を走らせるリトとは対照的に、ミナトは少し尻込みした。


「とりあえず文字の種類から覚えようか。これは……」


 リトは文字を一つ一つ指差し、ミナトに書かせながら丁寧に教えていく。


 急かすことはなく、ミナトが間違えても穏やかに指摘するだけ。

 ミナトの手元の紙には、線が震えて形の崩れた文字が、時間が経つにつれて増えていった。


 一時間ほどが経ったころ、大きな音をたてて書斎の扉が開いた。


 メイド服の裾をなびかせながら、不機嫌なライラが一つの封筒をリトに投げる。

 回転しながら飛んできたそれを、リトは慣れた手つきで受け取った。


「騎士団長様からっすよ。部屋にいないと思ったらこんなところにいたんすね。」


 ライラが扉に寄りかかりながら部屋の中に視線を走らせる。


「ごめんごめん、探した?」


「ええ、まあ。読んだらさっさと行ったらどうすか。」


 リトは手紙の中身を読むと、頷いた。


「なるほどね。じゃ、ライラ、ミナトのことよろしくね。」


 ライラは口を開きかけて、閉じた。


「…分かりました。」


 リトは立ち上がると、机の上のものを指差した。


「この本も、ペンも、インクも紙も、全部あげるよ。何か必要なものがあったら僕かライラにいつでも言ってね。」


 まるで小さい子供にするように、ミナトの頭にぽん、と手を乗せた。


「え、は、はい。ありがとうございます。早く文字書けるようになりますね!」


 意気込むミナトを満足そうに見て、リトは書斎を後にした。


 リトのことを視線だけで見送ったライラが、部屋を一周見てからミナトを見る。いつもの仏頂面だが、昨日より棘がない気がする。


「練習してるんですか?文字。」


「あ、はい。リトさんが僕に向いてるんじゃないかって。」


 ライラが一瞬目を見開いて、それから窓の外に視線をそらした。


「…そうですか。」


 穏やかな声でそれだけ言うと、ミナトの顔色を伺った。慣れない言語の文字を練習したせいか、少し疲れが滲んでいるのをライラは読み取った。


「気分転換に、私の手伝いでもしてくれませんか?リト様のために仕事がしたいと言ったんでしょう?」


「あ、はい!手伝います!何をすれば良いですか?」


「……うーん、そうですね。書斎の掃除をしましょうか。」


「え?あ、はい。分かりました。」


 ミナトは先ほどのリトとの会話を思い出していた。ライラにリトが伝言する時間はなかったはずだが、どこかで聞いていたのだろうか。


 日が傾き始めた書斎をライラとミナトの二人で掃除をする。

 窓を開けて本から埃を払う。

 ミナトが本棚の近くで箒をかけていると、ミナトが床を掃いたタイミングで、窓から勢いよく風が吹き込んだ。

 

「わっ!すごい風!あっ、紙が飛ばされちゃう…!」


 机の上から飛ばされた何かの書類を掴もうと、ミナトが手を伸ばす。

 飛ばされた先にいたライラが、手際よくパシッと受け止めた。

 掴む直前、紙が一瞬止まったような違和感に、ライラの眉間に皺がよった。

 ライラのその顔を見て、ミナトの頬が引き攣る。


「あっ、ごめんなさい、ライラさん…」


「......いえ。大丈夫です。箒はもういいので、机と窓を拭いてくれますか?」


「わ、わかりました…。」


 少し肩を落としながら、ミナトが拭き掃除をする。

 終わる頃には、ちょうど地平線に日が沈みかけていた。


「お疲れ様です。だいぶ綺麗になりましたね。」


「はい。ライラさんもお疲れ様です。」


 掃除道具を両手に持って、二人で倉庫に片付けるまでの道のりを歩く。


「…また、敬語になってます。」


「あ、すみません、あ、いや、ごめん。…なんか癖みたいで。」


「いえ、構いません。…私も、苦手ですから。口調を治すの。大変なら、そのままでいいです。」


 倉庫に到着して、ライラは掃除用具を手早く仕舞っていく。

 その姿を後ろから見ながら、ミナトは少しだけライラと仲良くなれたような気がして、ここでの生活も悪くないと思えた。


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