4話 味のする食事
リトは城の裏口から慣れた足取りで自分の宮に向かう。時折ミナトが付いてきているか確認しながら。
宮のドアを開けると、中にいた女性がリトとミナトを視界に捉えた。
「リト様、また変なもの拾ってきたんすか。」
メイド服を着て、青い長髪を後ろでお団子にした彼女が、リトが連れ帰ってきたミナトを目にして、リトを呆れた顔で見た。
「ライラ、変なものっていうのはやめてよ。彼にはミナトって名前がちゃんとあるんだよ?」
「はあ、そうすか。で?彼をどうするつもりなんすか?」
ライラはリトの外套を受け取りながら、めんどくさそうに聞いた。
「うーん、ま、当面の間は僕の客人として扱って。」
にこっと笑うリトをライラはじとっとした目で見てから、ため息をついてうなずいた。
「了解っす。こういう時は何言っても聞く耳持たないっすもんね。」
ライラは入り口で立ち尽くしたままのミナトに向き直ると、丁寧にお辞儀をした。
「リト様の専属メイド、ライラです。ミナト様、よろしくお願いします。」
「あ、よ、よろしくお願いします。ライラさん。」
ミナトはライラと同じように頭を下げた。それをチラリと見て、無表情でライラは言った。
「…礼は要りません。」
「客間に案内してあげて〜。僕の宮の中だったら好きに歩き回っていいからね。」
ライラのこめかみがピクッと動いて、苛立った様子でリトを振り返った。
「好きに歩き回っていいって…どこの馬の骨ともわからないやつを野放しにするんですか?」
ライラの言い草にミナトは肩をこわばらせた。
リトが咎めるような視線でライラを見る。
「ライラ、口には気をつけてっていっつも言ってるでしょ?いいんだよ、ミナトも悪いことするつもりはないでしょ?」
リトが笑顔でミナトを見た。信頼の言葉なのか、そんな度胸がミナトにないという見立てをしているだけなのか。
リトの言葉にこくこくとミナトが頷いた。
「は、はい!そんなことするつもりはないです!」
「ね?ほら、ミナトは良い子だよ。」
ライラは納得がいっていない様子だったが、何も言わずにミナトを案内し始めた。
リトはライラに任せるつもりのようで、一人でどこかへ行ってしまった。
「着いてきてください。」
廊下を歩く間、ミナトは緊張した様子で下を向きながら歩いていた。
ライラは仏頂面で、何も話さない。
思い切ったように、ミナトが顔をあげてライラを見た。
「あの、ライラさん、ありがとうございます。」
「礼を言う必要はありません。敬語も敬称も結構です。」
先導していたライラが客間の扉を開けた。
広い部屋には適度に装飾が施され、清潔に保たれていた。
「ここがミナト様が客人として滞在する間のお部屋になります。後でいくつか服を持っていきます。・・・リト様が昔着ていたものしかすぐにご用意できませんが、よろしいですよね?」
ライラは先ほどリトと話していた時と違い、無理に敬語を使うのが苦痛なのかずっと眉間にしわが寄っていて、威圧感を感じさせる。
客間を物珍しそうに見まわしていたミナトが、ライラの有無を言わさぬ視線にうなずいた。
「あっ、はい。大丈夫です。あ、いや、大丈夫。急に来たのはこっちですし。」
ライラは何か言いたげにミナトを見たが、視線をそらして部屋から出るように促した。
「宮の中を案内します。ついてきてください。」
ライラは不愛想に、それでも最低限の礼節をもってミナトに宮を紹介した。
庭園、書斎、リトの部屋、厨房、食堂、使用人のスペースまで。
「ここは庭園です。リト様が使用人に好きな花を植えるようにおっしゃったので、使用人たちの家庭菜園になっています。一度、誰かが間違えて植えた毒草が大繁殖して大変だったことがあります。リト様は笑ってらっしゃいましたが。」
「ここは書斎です。リト様はここを使われることはほとんどありませんが、時折一人で本を読んでいらっしゃいます。ご公務は城でこなされるので、あまり仕事をしているところは見たことがありません。」
「リト様の部屋です。ミナト様も好きに出入りして構いません。ノック無しでも、ドアを蹴り開けても怒られたことはないので、礼儀は気にする必要ありません。」
「ここは食堂。広いのに一人で使うのはもったいないから、と今では使用人たちも使っています。」
食堂、と呼ばれた場所はやけに生活感があって、大家族のリビングのような様相になっていた。
長机や椅子、シャンデリアなどの家具だけが一級のものだとわかる。
誰かの食べかけのパンがまだ皿に乗ったままだ。
「大事なお客様がお見えになる時や、リト様の兄上がいらっしゃる時だけ、みんなで場を整えています。ミナト様も好きにお使いください。誰かのものを借りるときは必ず言ってくださいね。」
説明を受けたミナトは曖昧に頷いた。
「えっと…リトさんはとても優しい人なんですね。」
ライラが眉間に皺を寄せたまま首を傾げた。
「優しい…?あの方は何も考えてないだけだと思いますけど。」
ミナトは苦笑いした。
「そ、そうかもしれないですけど、王子様ってもっと偉そうにしてるものなのかと思っていたので。」
「まあ、確かに王族らしくはありませんね。そこだけは良いところだと思っています。」
説明も交えて、一通り案内し終わるころには日が暮れていた。
客間に戻ると、部屋のテーブルの上に温かい夕食と、書置きが置いてあった。
「『今夜は予定があって宮を空ける。今日はいろいろあっただろうしゆっくりしてね。』だそうです。では、私も失礼しますね。部屋にあるものは好きに使ってください。何かあればそこのベルを鳴らしてください。では。」
ライラはお辞儀をしてから部屋の扉を閉めた。
ようやく一人になり、ミナトはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
机の上の食事に手をつける。
スープを口に運ぶと、優しいカボチャの味がした。




