3話 暇つぶしの蜘蛛の糸
聖女が召喚されてから一日が経った。
リトは城下町で少年の情報を集めていた。少年が心配なわけではなく、面白そうな暇つぶしの感覚で。
暇つぶしに城の兵を付き合わせるほど横柄ではない、というリトなりの線引きのため、今日は一人で歩いている。
もともと勝手に城を抜け出して城下を歩くことは良くあるので、街の人々も今更驚いていない。
外出用の街になじむ服を着て、フードで顔を隠してはいる。しかし、このあたりの人にとって、お忍びで歩くこの王子の姿は見慣れたもののようだ。
「あら、リト様じゃないですか。今日は朝から街にお出かけですか?」
店の準備をしていた女性がリトに声をかける。
「うん、そんな感じ。今日もベラさんは花屋の準備?ベラさんが店頭に立ったらどんなに綺麗な花も霞んでしまいますね。」
リトの口からすらすらと褒め言葉が出る。彼のフードから覗く口元が緩やかな弧を描いた。
女性は上機嫌にくすくすと笑った。
「まあ、ほんとお上手ね。これ、あげるわ。」
女性は黄色いフリージアをリトに差し出した。
リトは受け取りながら、話題を変える。
「ありがとうございます。ところで、このあたりで珍しい服を着た少年を見かけませんでしたか?黒髪の。」
「珍しい服の少年、ねえ。私は見てないわ。お客さんにも聞いてみるわね。」
女性の言葉に、リトは嬉しそうに声のトーンを上げる。
「助かります。ベラさんが手伝ってくれるの、嬉しいです。」
「ふふ、知ってるのよ。誰にでもそういうこと言ってるでしょ。何かわかったら次ここに来てくれた時に言うわね。」
「ええ、それじゃあ。今度は店が開いている時に花を買いに来ますね。」
リトは笑顔で手を振ってまた通りを歩き始めた。
人に会うたび、少年について聞き込みをする。
リトのもとに少年の目撃情報が集まるのに、そう時間はかからなかった。
「ああ、その変な服の子なら見たよ。」
「昨日あの店で食べてた。」
街の人の証言から、段々と少年の足取りをつかんでいく。
「リト様、変な格好の男の子を探してるんだろ?そしたらちょっとまずいかもしんねえ。裏通りのガラの悪い奴らが目ぇつけてるみたいでよ。」
他の住人から聞いたのか、通りを歩くリトに男が話しかけてきた。
「多分、だまして変なもん売りつけるつもりだぜ?この前も田舎から来たばっかりの下働きの坊主が騙されててよ。」
苛立たしい様子で男は頭を搔いた。
リトは顎に手を当ててしばらく考えた後、何か企んだような口元で男に聞いた。
「その少年がどこにいるかわかる?」
「あっちの猫の昼寝って宿屋があるだろ?そこに昨日泊まったらしい。もう昼だし、宿屋に居るかは怪しいけど…」
「そうなんだ。わざわざ教えてくれてありがとう。これ、お代ね。」
リトは金貨を一枚、指先で弾いて男に投げた。
こういう景気のいいところも人々が協力してくれる理由である。
「おうよ。これで今度家族でいいもの食べてきますわ。」
男はホクホクとした顔で立ち去っていった。
リトが宿屋に向かうと、すでに少年は宿から出た後だった。
リトは男が「まずいかもしんねえ」と言っていたのを気にもしていない、むしろ都合がいいとでも言わんばかりに上機嫌だった。
この宿屋の周りは確かに少し治安が悪い。
少し寂れた街並みで、人気は少ない。
いくつかの路地裏を覗く。薄暗い通路に座り込んでいた数人のごろつきが獲物が来たかと顔を上げるが、リトを見た瞬間嫌そうに顔を顰めた。
リトに手を出せば面倒なことになると言わんばかりに。
しばらく探していると、建物の裏から何人かの大声が聞こえた。
「君、困ってるんだろ?だから、僕らが助けてあげるって言ってるの。」
「そうそう、ちょっとばかりお金くれればいいこと教えてやるよ。昨日酒場でさ、困ってるんじゃないかな~って。お兄さんたち心配してたんだよ?」
リトが壁に背をつけて様子をうかがうと、三人の男が少年を囲んでいた。
壁際に追い詰められた少年は怯えた様子で鞄の持ち手をぎゅっと握っている。
「いや、あの、結構です。」
「ええ〜、つれないこと言うなよ〜、な?ちょっと鞄の中見せてくれるだけでいいからさ。」
一人の男がニヤつきながら少年の鞄に手を伸ばす。
「やっ、やめてください!」
少年が鞄を庇うように体勢を変えると、男の伸ばした手に肩がぶつかった。
男は大袈裟に腕を押さえた。
「いっ、いって〜〜!!あ〜あ、何してくれるの?」
「おいおい、俺の兄弟が怪我しちまったじゃねえかよ。どうしてくれんの?」
「え、いや、違…今ので怪我するわけ…」
「はあ?めんどくせぇなぁ。いいからさっさと金出せって言ってんだよ!」
もう一人の男が少年に勢いよく鞄をつかもうとする。
その瞬間、男が横に飛んだ。
「…は?」
仲間が急に吹き飛ばされたことに驚いて振り返った残りの二人が、リトの姿を目にする。
「…げ。まじでついてねぇな。王子サマに手ぇ出したら街のやつらにぼこぼこにされる。おい、さっさと行くぞ。」
「チッ、分かってるよ。」
リトに蹴り飛ばされてまだ混乱している男を引きずるようにしながら男たちが立ち去った。
その背中を見送ってから、リトはフードから笑みを覗かせながら少年に手を差し伸べた。
少年は男たちが背を向けて逃げ帰っていく姿をじっと見ていた。怖かったのに、なぜか目が離せなかった。
リトがこちらに意識を向けたことに気づいて、またおびえた様子に戻る。
「危ないところだったね。大丈夫?」
「あ、は、はい。ありがとうございます。」
少年は戸惑いながらリトと握手をした。彼はまだリトのことを信用していいのか迷っているようだった。
リトはフードを取って顔をのぞかせる。
「僕はリト。この国の第二王子だよ。君の名前は?」
安心させるように笑顔を浮かべながら、リトは目を細めて少年を見た。
「お、王子?あ、えっと、僕は加瀬湊です。ミナトが名前。」
手をぎゅっと握ったままミナトが答えた。まだこの状況を飲み込み切れていない様子。
「ミナト、ね。僕、召喚の儀で君に手振ったの、覚えてる?」
「あ…、ああ、あの時の。」
ミナトの瞳がリトを見上げる。自分が異世界から来たことを知っている存在。
「覚えててくれたんだ。嬉しいな。兄上が城から追い出したんだって?ごめんね、僕、その時は気がつかなくてさ。そのことを聞いてから探してたんだ。」
まるで心配していたかのように、優しい笑顔を浮かべて、リトは屈んで目線を合わせる。ミナトの頭に手を乗せた。
「無事でよかった。」
ミナトはまだ、完全には信用していないようだったが、とりあえず悪い人ではないと思ったようだ。少し照れたように微笑む。
「えっと…、助けてくれてありがとうございます。」
にこっと笑ってリトが手を離した。アルがこの笑顔を見たら、また変なことを思いついたのか、と顔を顰めるだろう。
「いいんだよ。急に知らないところに放り出されて怖かったでしょ?そうだ、僕のところにおいでよ。ご飯も出すし、この世界のことも教えてあげる。」
ミナトが驚いたようにリトを見た。
「え、いいんですか!?あ、で、でも、僕なにも…返せるものとか、ないですよ?」
「そういうことは考えなくていいの。まだ子供でしょう?ついておいで。」
リトは数歩歩いて、ミナトを振り返った。
ミナトはまだ躊躇っているのか、その場を動かない。
「…別に悪いようにはしないよ。嫌ならついてこなくてもいいけど、次に同じようなことが起きても僕が守ってあげられる保証はない。」
また歩き始める。今度は振り返らずに。
選択肢を与えられているようで、実際には追い詰められている。そんな感覚を抱きながら、ミナトはリトの背中をじっと見た。
足音が遠ざかっていく。このままじゃ、本当に一人になる。
「あ…!ま、待って!」
ミナトは少し迷った後、小走りでリトの後ろをついて行った。
後ろからついてくる足音に、リトは小さく微笑んだ。




