10話 条件反射
午前の日差しが木漏れ日を作り、小道に柔らかな影を落としている。
木々の隙間からは、時折空と王城が垣間見えた。
王城から少し歩いたところ、街の裏手にある森へ二人はやってきていた。ミナトにとっては久しぶりの外出である。
「僕、城の外に出るの、すごく久しぶりです」
最初に城の外へ出たのは、金だけ渡されて追い出された時だった。
あの時は一人だったが、今はもう一人ではない。隣にはリトがいる。
「そう? 僕も最近は出かけてないな。思いの外、調べ物が進まなくて」
「調べ物、ですか?」
「そう。ミナトのためになるかなってね」
たしかに、ミナトが城にやってきた頃から、リトは自室で読書することが増えていた。
ミナトは、初めのうちは何を読んでいるのか分からなかったものの、最近では本のタイトルも読めるようになってきた。
『異界からの訪問者』
『聖者ゴエモンの軌跡』
『破壊と再生の召喚記録』
どれも聖女や聖者にまつわるものばかりである。
ミナトになにか能力が備わっているのなら、それはリトにとって都合のいいことだった。
歩きながら、リトはこれまでに調べたことを説明した。
様々な記述を漁る中で、古い文献からリトはいくつか興味深い発見をしていた。
聖者や聖女が使える魔法は、破壊と再生。
これは広く知られている。
そして、異世界から召喚された者には、力の強さに大小はあれど、魔力が備わっているという記述もあった。
最近、ミナトの周りで起きる不思議な現象の正体が、ミナトの魔力によるものだとしたら。
リトはそう仮定した。
初めは魔力がなかったとしても、後から発現する可能性だってある。
そんなわけで、今日はその予想を確かめるためにここへ来たのである。
「ここなら城の人はなかなか来ないし、街の人も入ってこない。いきなりやってみてって言っても難しいかもしれないけど…」
森の中には平坦な道があり、多少の整備はされているものの、歩きやすいほど踏み固められてはいない。
リトは近くの木の幹を指差した。
「魔法は大体、イメージで発動する。多分、ミナトが掃除をしたり、水やりをした時も、『綺麗になるように』『元気に育つように』って思ってたんじゃないかな。それと同じように、この木にイメージしてみて」
「イメージ、ですか。聖者の魔力は、破壊と再生…」
普段の生活の様子から、ミナトが魔法を使えることはほぼ確実だとリトは考えていた。
腕を組み、観察するようにミナトを見つめる。
ミナトはそっと木の幹に手を添えた。
目を瞑って、イメージする。
破壊というと、幹に穴が開くようなイメージだろうか。
ふう、と一息ついてから、力を込めるようなイメージをした。
その瞬間。
ズドン!
大きな音と共に、ミナトの手元の幹に大きな穴が開いた。
幹を貫通し、向こう側の青々とした緑が穴から見える。
「あ…」
「え…?」
目を開けたミナトは、目の前の光景を飲み込めずにいた。
リトも珍しく、素の顔で驚いている。
しかし、驚きに浸る余裕はなかった。
ギギギ、と木が軋む音がして、穴の開いた木のバランスが崩れ始める。
「え、ちょ、この向きやばくない!?」
リトが叫ぶのと同時に、木は穴の空いた部分をくの字の折れ目にするようにして、手前へ倒れ込み始めた。
ちょうど、ミナトの方へ向かって。
「あ、えっ……!」
呆然としていたミナトは、迫りくる木を見上げる。
ミナトの顔に、幹の影が落ちた。
驚いて固まるミナトを、リトは咄嗟に突き飛ばした。
「……っ!!」
ミナトは地面に尻餅をついた。
突き飛ばした姿勢のまま、リトはミナトがいた位置、つまり幹の真下にいる。
「リトさん! 危ない!!」
この位置からでは間に合わない。
「お願い、お願い、お願い、お願い!!」
ミナトは前のめりになりながら、幹に向かって手を伸ばした。
さっき幹に穴を開けた力なら、なんとかなるかもしれない。
そう必死に念じる。
木がリトに落ちる直前、不自然なほど大きな音を立てて砕けた。
リトに当たりそうだった部分が、粉々になる。
木片が風に飛ばされる。
木の上の方に残っていた枝や葉が、少し離れたところへ大きな音を立てて落ちた。
残った細かな木片がリトの上に降り積もり、背中に小さな山を作っている。
リトとミナトは目を見合わせた。
そして、お互いが無事であることを確認すると、ほっと顔を緩ませた。
「……ありがとう。ミナト」
背中の木屑を振り払いながら、リトが立ち上がる。
冷や汗をかいていた。
肩で息をしているミナトに、リトは手を差し伸べる。
「い、いえ。リトさんこそ、ありがとうございます」
リトの手を取って、ミナトが立ち上がる。
ミナトはまだ現実感がないのか、何度も瞬きをしていた。手も少し震えている。
「大丈夫? 怪我してない?」
「リトさんこそ! なんで庇ったんですか? 怪我は?」
ミナトが一歩前に出る。
リトは一歩下がりかけたが、それを悟られないように踏みとどまった。
ミナトはリトの腕を持ち上げたり、肩を揺すったりしながら、無事を確認している。
その様子を、リトはおかしそうに見ていた。
先ほど、とんでもないことをしていた少年には全く見えないな。
そんなことを思う。
「大丈夫だよ。ミナトのおかげでね。ふふ、すごいじゃん。木が一本なくなったよ?」
リトは怖がる様子もなく笑っている。
ミナトはそんなリトの顔を、呆れたように見つめた。
「いや、下手したら大怪我するところだったんですよ?」
そう言いながら、ミナトは自分が倒した木の方を見る。
幹の下半分には抉られたような跡がつき、上半分は不自然な倒れ方をしている。
「これ、どうしましょうか? 変、ですよね? こんな倒れ方してるの」
リトは顎に手を当てながら、ちらりと木の幹を見る。
「うーん、まあいいんじゃない? 誰も気がつかないでしょ。一本ぐらい」
ふと見ると、リトの頭にはまだ木屑がついている。
「あ、リトさん、髪にまだついてます」
ミナトが背伸びをして、リトの髪についた木屑を振り払った。
「ありがとう」
ミナトは首を振る。
「いいえ、これくらいでお礼なんていいですよ。その……」
倒れた木の幹を見る。
上半分がなくなっている。
「これ、僕が元に戻してみてもいいですか? 自分でやっておいてあれなんですけど、なんか……できそうな気がして」
リトは目を丸くしてミナトを見た。
それから折れた木を見る。
元に戻るイメージが湧かない、とでも言うように首を傾げた。
「元に戻す……? うん、まあ、やってみてもいいんじゃない? ものは試しって言うし」
ミナトは木があった場所の前に立ち、目を瞑った。
元に戻るイメージをする。
すると、倒れた先にあった木の上半分が、元の場所へ戻ろうとするように浮き上がった。
どこかへ飛んでいっていた木屑が、木の周りを回るようにしながら集まってくる。
まるでパズルのピースがはまっていくかのように、木が元の形を取り戻していく。
「わあ、これはすごいね」
まるで逆再生されていくかのような光景を、リトは目の当たりにしていた。
ミナトは目を開けた。
目の前には、元通りになった木がある。
成功した。
リトを振り返ったミナトの顔が、ぱっと輝く。
「り、リトさん! 見てましたか? 僕、できました!」
「うん、見てたよ。…正直、驚いた」
ここまでの結果は、リトも予想していなかった。
この状況をどう持っていくか。
リトの頭が素早く回転していた。
「あの、リトさん。この力があれば、僕もリトさんのお役に立てますか?」
顎に手を当てて考え込んでいたリトを、ミナトが見上げている。
「もちろん。でも、まずは練習しないとね。今回みたいに危ないことになるといけないし。しばらくは、他の人にもこのことは内緒にしててね」
リトはミナトの頭に、ぽん、と手を乗せた。
ミナトは大きく頷いた。




