第9話 絡んできたAランク冒険者を、装備ごと無力化した
昨日、俺は錆びた盾を「絶対防御の盾アイギス」に書き換えて、飛竜の炎を防いだ。
ついでに飛竜を斬った。Fランクだった冒険者証は、その日のうちにSになった。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
昇格祝いだと言って、バルドが酒場に席を取った。
俺は酒を飲まないので、肉を頼んだ。コハクは肉を三皿頼んだ。
「ご主人様、ここのお肉、三日月亭より固いです」
「グレタの肉は俺が書き換えたやつだからな」
「あ」
コハクの耳が、納得したように前に倒れた。
そこに、大声が割り込んできた。
§ § §
「おい、そこの餓鬼」
卓の脇に、男が立っていた。
背は俺より頭ひとつ高い。坊主頭に日焼けした肌。腕が丸太のように太く、古い傷が何本も走っている。腰には幅広の剣。
周りの客が、さっと目をそらした。
「Aランクのゴルドさんだ」と誰かが小声で言うのが聞こえた。
「お前が例のSランクか」
「そうですね」
「ふざけるな」
ゴルドが卓を叩いた。コハクの皿が跳ねた。
「俺は十二年かけてAまで来た。お前は一日でSだと? どういう規則だ」
「ギルド長に聞いてください」
「聞いてるんだよ、お前に」
コハクが椅子の上で身を縮めた。耳が寝て、尻尾も脚の間に隠れている。
俺は肉を切る手を止めた。
「連れが怖がってるんで、声を落としてもらえますか」
「うるせえ」
ゴルドが剣を抜いた。
酒場の空気が変わった。誰かが椅子を倒して逃げ出す。
「表に出ろ。俺が本物のAランクってやつを見せてやる」
「面倒なんで、ここでいいですか」
「なんだと」
§ § §
ゴルドの剣が来た。
速い。Aランクって伊達じゃないんだな、これ。
俺は聖剣を鞘のまま持ち上げて、その一撃を受けた。
金属のぶつかる音がして、ゴルドの剣が跳ね上がる。
そのまま手を離れ、天井近くまで飛んで、床に落ちた。
からん、と間の抜けた音が響いた。
ゴルドが自分の手のひらを見ている。
「……なんで」
俺は床の剣を拾い上げた。
枠が浮かぶ。
[ミスリルの大剣]
価値 金貨300枚
攻撃力 850
「いい剣ですね」
「返せ!」
「返しますよ。その前に」
俺は指を伸ばした。
「じゃあ、書き換えるか」
俺が触れるのは価値の数字だけだ。上げるのも下げるのも、そこだけでいい。
[ミスリルの大剣]
価値 金貨300枚
↓
価値 銅貨0枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[ただの木の棒]
価値 銅貨0枚
攻撃力 1
薪にするといい
「うわ、ひどい名前が出たな」
銀色の刀身が、乾いた茶色に変わった。
重さも消えた。指二本でつまめる。
俺はそれをゴルドに放った。
ゴルドが受け取って、自分の手の中を見た。
握って、振って、また見た。
「棒だ」
「棒です」
「俺の剣が、棒に」
コハクが椅子の上に立ち上がった。耳がぴんと立っている。
「ご主人様、剣が棒になりました!」
さっきまで縮こまっていた顔が、もう真っ赤に輝いている。
「なったな」
「わふっ!」
§ § §
ゴルドは棒を握ったまま、動かなかった。
俺は椅子に座り直して、肉を切った。
「他に武器は」
「……ねえよ」
「なら、終わりですね」
「待て」
ゴルドが一歩前に出た。
「殴りかかったら、どうする」
「あなたの防具も書き換えます。鎧を紙にすれば、殴った拳のほうが痛い」
「……」
「その後で、聖剣を抜きます」
ゴルドの喉が上下した。
酒場の客が、誰も息をしていなかった。
§ § §
しばらくして、ゴルドが床に膝をついた。
棒を横に置いて、頭を下げる。
「悪かった」
しゃがれた、太い声だった。まさか謝られるとは思わなかった。
「十二年かけてここまで来た。それを一日で抜かれて、腹が立った。それだけだ」
「分かります」
「分かるのかよ」
「俺も、四年荷物を持たされて追い出されたので」
ゴルドが顔を上げた。
「あんた、噂の追放された鑑定士か」
「そうです」
「暁の剣か。あそこ、罠の層に入れなくて依頼を減らされてるらしいぞ」
「へえ」
「……そうかよ」
男は立ち上がって、棒を拾った。
「この棒、もらっていいか」
「元はあなたの剣ですけど」
「戒めにする。俺は一日でSになる奴に、酒場で吠えた男だ」
ゴルドは棒を腰に差した。剣帯にはまるで合っていない。
「今度、迷宮で会ったら手を貸せ」
「Sランクなので、報酬は高いですよ」
「言いやがる」
ゴルドが笑って出ていった。
客が戻ってきて、酒場がまた騒がしくなる。
バルドが隣で腹を抱えていた。
「あいつが人に頭を下げたのを、わしは初めて見た」
「そうですか」
「あんた、敵を作るのが下手だな」
「作りたくないんですよ。殴られると痛いので」
コハクが四皿目の肉を頼んでいた。
「ご主人様、すごいです。剣を、棒にしました」
「ゴミも国宝も、書き換えれば同じだ。逆もできる」
「逆」
「値段をゼロにするだけだよ。国宝も、それでただの木の棒だ」
コハクの耳が、ぴんと立った。
「ご主人様、こわいです!」
そう言いながら、尻尾は最後まで振れっぱなしだった。




