第8話 冒険者ギルドで、Fランクの俺が最強装備を作って見せた
先日、俺は救援隊に「絶対に切れない命綱」を渡した。
その綱のおかげで、迷宮で動けなくなっていた暁の剣は全員生きて帰った。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その話が広まったせいで、俺はギルドに呼び出された。
「あんたがレインか」
二階の部屋で待っていたのは、髭を短く刈った大男だった。白髪の混じった頭に、太い首。年は五十を超えている。
「ギルド長のバルドだ。座れ」
俺は座った。コハクは俺の椅子の後ろに立って、耳をぴんと立てている。
「あの綱を作ったのはあんただな」
「作ったというか、書き換えました」
「書き換えた」
「俺のスキルは鑑定です。見たものの数値が枠になって見える。その枠の、価値の数字だけを指で書き換えられる。書き換えた通りに現物が変わります」
「値段だけか」
「そう。名前も性能も向こうが勝手に決めるんで、俺にも何が出るか分からないんですよ」
バルドは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
「信じられんな」
「でしょうね」
「だが、綱は四人で引いても切れなかった。あれは事実だ」
バルドは立ち上がって、部屋の隅を指差した。
壁に、盾が立てかけてある。木の縁が割れて、金具は錆で茶色い。
「これは十年前に死んだ冒険者の盾だ。もう誰も使わん」
「使いますよ」
俺は盾を持ち上げた。
§ § §
枠が浮かぶ。
[錆びた古い盾]
価値 銅貨3枚
ひび割れており、次の一撃で砕ける
「ひどい数字だ」
「元からひどい盾だ」
バルドが鼻を鳴らした。
俺は指を伸ばした。
「じゃあ、書き換えるか」
名前にも防御力にも、指は通り抜ける。光るのは価値の数字だけだ。
[錆びた古い盾]
価値 銅貨3枚
↓
価値 銅貨100000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨10000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[絶対防御の盾アイギス]
価値 金貨10000枚
防御力 99999
あらゆる攻撃を通さない
「おおっ、大当たりだ」
手の中の盾が、変わった。
錆は消え、鏡のような銀の面が現れる。縁には金の細工が走り、中央に一つ、青い石が埋まっていた。
部屋が明るくなった。
コハクの耳が跳ね上がる。
「ご主人様、それ、光ってます!」
「今度は光ってるな」
バルドは盾に手を伸ばして、途中で止めた。
「……アイギス。おとぎ話の盾の名だぞ」
「俺が書いたのは値段だけですよ。名前は向こうが勝手に決めたんで」
「勝手に、だと」
バルドが俺を見た。目が笑っていない。
「試させろ」
「どうぞ」
「そんな綺麗事の道具は、命を預けるまで信用せん」
§ § §
試す機会は、その日の午後に向こうからやってきた。
ギルドの前が急に騒がしくなった。人が空を指差して走っている。
「飛竜だ! 飛竜が街に降りたぞ!」
広場の屋根の上に、翼を広げた竜がいた。体長は馬車二台分。首をもたげて、喉が赤く光っている。
冒険者たちが弓を構えたが、届く距離ではなかった。
バルドが階段を駆け下りてきた。
「息が来るぞ! 伏せろ!」
俺は盾を持って前に出た。
「ご主人様!」
「コハク、下がってろ」
竜の口が開いた。
赤い光が膨らんで、そして街の広場に一直線に落ちてきた。
熱風で、俺の髪が後ろに引かれる。
盾を構えた。
§ § §
炎は盾に当たって、二つに割れた。
左右に流れ、俺の後ろで合わさることなく空へ抜けていく。
石畳が焼けて赤くなった。
俺の足元だけは、焦げひとつなかった。
熱くもない。押される感覚もない。え、本当に何も来ないんだけど。
炎が消えた。
広場が静かになった。
俺は盾を下ろして、表面を見た。傷ひとつない。
「防ぎましたね」
「……あんた」
バルドの声が、掠れていた。
俺は聖剣を抜いた。追放された日に道端で拾って、書き換えたやつだな。
屋根の竜に向かって、一度だけ振る。
手応えはなかった。
竜の首が落ちて、屋根瓦を割りながら広場に転がった。
誰も声を出さなかった。
コハクが両手を口に当てて立っている。
「ご主人様、すごいです! すごいです! すごいです!」
目が丸く見開かれて、頬が上気していた。
「三回言うな。照れるだろ?」
§ § §
その日のうちに、俺の冒険者証は作り直された。
朝作ったばかりのFの証は、半日で紙くずになった。
「Sランクだ」
バルドが新しい証を机に置いた。
「規則では、Fから順に上げていくものでは」
「規則を作ったのはわしだ」
「なるほど」
「あんたをFに置いておく方が、ギルドの恥になる」
バルドは俺の手を握った。分厚い手だった。
「鑑定士を追い出した馬鹿がいるらしいな」
「いますね」
「そいつは一生後悔するぞ」
「もう始まってるみたいですよ」
バルドが声を上げて笑った。机の上の証が、揺れて鳴る。
だが、笑いはすぐに止んだ。
「レイン。忠告しとく」
「なんですか」
「その力を、狙ってくる奴が必ず出る。値段を無限に盛れる鑑定士なんて、悪党から見りゃ金塊が歩いてるようなもんだ」
「自衛の手は、あるにはありますが」
持ってるのは聖剣とアイギスだけだ。身につけてる服は、追放された日のままだった。
バルドが立ち上がって、部屋の奥の棚を開けた。
出てきたのは、埃を被った革の胸当てだった。
「これをやる」
「いいんですか」
「わしの若い頃の物だ。もう入らん」
俺は胸当てを受け取って、枠を見た。
[古い革の胸当て]
価値 銅貨40枚
あちこちすり減っている
「じゃあ、書き換えるか」
名前には触れない。光るのは価値の数字だけだ。数字を、盛れるだけ盛った。
枠が消えて、また浮かんだ。
[守護者の胸当て]
価値 金貨8000枚
防御力 80000
着る者の意思に反する攻撃を弾く
「おっ、良さそうなのが出た」
埃だらけの革が、深緑の鎧に変わった。縁に銀の刺繍が走っている。
バルドがそれを見て、うなずいた。
「まあ、大概の相手には対処できるだろ」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
バルドの目が、コハクに向いた。
「その子を見て、思い出しただけだ」
「何をですか」
「昔、獣人を違法に狩る連中がいた。密猟だ。わしも現役の頃、何度か止めに入った」
「止められたんですか」
「半分もいかなかった。逃げられた奴のほうが多い」
バルドの声が、低くなった。
「あんたの隣にいるその子を見て、あの頃を思い出した。だから、忠告くらいはさせてくれ」
外に出ると、コハクが証を覗き込んできた。
「ご主人様、Sって、一番上ですか」
「一番上だ」
「わふっ! 朝は一番下でした!」
尻尾が、風車みたいな速さで回っている。
「そうだったな」
半日でFがSになった。悪くないよね。
コハクが俺の腕を掴んで、ぐるぐる回り出す。
止めるのが面倒だったので、しばらく回されておいた。




