第10話 俺の噂が王都に届いた
昨日、俺は酒場で絡んできたAランク冒険者の剣を、ただの木の棒に書き換えた。
その男は棒を腰に差して帰っていった。戒めにするそうだ。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
朝、ギルドに呼ばれた。
バルドが机の上に、封筒を一通置いていた。
赤い蝋で封がしてある。押してあるのは、剣と星の紋章だ。
「王家の印だ」
俺は封を切った。
中の紙は厚くて、字が大きかった。
「鑑定士レインを、王都リーゼンへ召喚する」
コハクが横から覗き込む。字が読めないので、俺の顔を見上げた。
「ご主人様、なんて書いてありますか」
「王様が呼んでる」
「王様」
コハクの耳が、ぴんと立った。それから、ぺたんと寝た。
「コハクも行っていいですか」
「当たり前だろ」
耳がまた立った。
§ § §
「早いな」
バルドが腕を組んで唸った。
「飛竜を斬ったのが二日前だ。もう王都に届いたか」
「そんなに早いんですか」
「街ひとつを焼くはずの飛竜が、若造一人の一振りで落ちたんだぞ。話が走らんわけがない」
バルドは俺を上から下まで見た。
「服を買え」
「服ですか」
「王城に行くんだ。その格好では門で止められる」
俺は自分の服を見た。追放された日から着ているものだ。コハクの服も、奴隷市のときのままだった。
なるほど、と思った。
「布は書き換えれば済みますが、王城に行くなら、ちゃんと買います」
「そうしろ。金はあるんだろう」
「腐るほど」
§ § §
服屋で、コハクは鏡の前から動かなくなった。
白と青の服を着せられて、茶色の垂れ耳の間にリボンまでつけられている。梳かした髪が、肩で揃っていた。
「ご主人様、これ、コハクですか」
「お前だな」
「別の人みたいです」
鏡の中で、耳の白い先端がそわそわと動いていた。頬も赤い。
店の主人が笑って、コハクの背中を押した。
「よく似合ってるよ、お嬢さん」
お嬢さん、と言われて、コハクの尻尾がぶんぶん振れた。
ほんの十日ほど前まで、この子は銀貨一枚で売れ残っていた。
俺も上着を新しくした。落ち着いた黒の、袖の長いやつだ。鏡には、跳ねた暗い茶の髪をした冴えない顔が映っている。服だけ立派になった。
出口で、通りの向こうから声が聞こえた。
「暁の剣、また依頼を断られたらしいぞ」
「そりゃ、罠のある層に入れないんじゃな」
俺は聞こえないふりをして、コハクの手を引いた。
§ § §
王都までは馬車で四日かかる。
街の乗合馬車の停留所に行くと、置いてある馬車がひどかった。
車輪は歪み、幌は破れ、座席の板は一枚外れている。
「これで四日か」
「うちのは丈夫さが取り柄でしてね」と御者が言った。
どう見ても、取り柄ではない。
俺は車体に手を触れた。
枠が浮かぶ。
[おんぼろ乗合馬車]
価値 銀貨2枚
揺れる、寒い、屋根が漏る
「じゃあ、書き換えるか」
名前には触れない。光るのは価値の数字だけだ。
[おんぼろ乗合馬車]
価値 銀貨2枚
↓
価値 銀貨200000枚
銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨2000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[王侯貴族の特級馬車]
価値 金貨2000枚
速度 三倍
揺れない、暖かい、絶対に壊れない
「おっ、速度までついてきた。運がいいな」
破れた幌が、深い赤の天蓋になった。車輪は金の輪をはめ、扉には彫刻が浮き上がる。
中を覗くと、座席が毛皮張りになっていた。
御者が声も出せずに、自分の馬車の周りをぐるぐる回っている。
「わ、わしの馬車が」
「四日が、二日ちょっとで着きますよ」
「これ、これは王様の馬車だ! わしのじゃない!」
「あんたのですよ。俺は値段を盛っただけだから」
コハクが飛び乗って、座席に顔を埋めた。
「ふわふわです! ご主人様、ふわふわです!」
「そうだな」
「コハク、ここで寝ます」
「四日じゃなくて二日だぞ」
「二日寝ます」
§ § §
街を出るとき、見送りが来ていた。
バルドと、リサと、グレタ。それから、腰に木の棒を差したゴルド。
三日月亭の客まで十人ばかり並んでいる。
「戻ってこいよ」とバルドが言った。
「Sランクの登録はこの街ですから」
「あんたが王都で貴族になっても、うちの飯は食いに来な」とグレタが叫んだ。
「毎日食いに来ます」
ゴルドが棒を掲げた。
「王都の奴らにも、それ見せてやれ」
馬車が動き出す。
毛皮の座席は、本当に揺れなかった。
窓の外を、畑が流れていく。
十日あまり前、俺はこの畑の間の街道に、着の身着のままで立っていた。宿も決まっていなかった。
今は、王家からの召喚状を持って、王侯貴族の馬車に乗っている。
「ご主人様」
コハクが座席に沈み込んだまま、俺を見上げた。
「王都に行ったら、コハクは何をしますか」
「隣にいればいい」
「それだけでいいんですか」
「それが一番いい」
コハクの尻尾が、毛皮の上をぱたぱたと叩いた。
「わふっ」
俺は召喚状をもう一度読んだ。
道端の石ころから始まって、王城まで来た。悪くないよね。
馬車は三倍の速さで、街道を走っていく。
窓の外は、あの日と同じ夕方の色だった。人生、何が起きるか分からないもんだなぁ。




