第11話 王女に偽物扱いされたので、目の前で王冠を書き換えた
三日前、俺は王家からの召喚状を受け取って、王都リーゼンに向かった。
乗ってきたおんぼろ馬車は、書き換えて王侯貴族の特級馬車になっている。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
王都の門をくぐると、コハクが窓に張りついた。
「ご主人様、家が高いです」
「そうだな」
「あれ、屋根が四つ重なってます」
「塔だな」
石畳の大通りに、人が川みたいに流れていた。
その突き当たりに、白い城が座っている。
門番が召喚状の封蝋を見て、背筋を伸ばした。
俺たちは、そのまま謁見の間に通された。
§ § §
赤い絨毯の先に、金髪の縦ロールが立っていた。
歳は俺より二つ三つ上に見える。ドレスの裾が床に広がっていた。背筋がまっすぐで、顎を引く気配がない。
金髪は一本ずつ巻かれていて、窓からの光をまともに返している。
切れ上がった目は、青い。手には、白銀の骨をした細工扇があった。
「第三王女セシリア様であらせられる」
脇の侍従が名を告げる。俺は頭を下げた。
「鑑定士のレインです」
セシリアはそのサファイアみたいな目で俺を上から下まで見た。それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「ボロ剣を伝説の聖剣にした、と聞いたわ」
「はい」
「雑草を万能薬にして、村ひとつを治したとも」
「治しました」
「――ペテン師ね」
絨毯の両脇で、侍従たちが息を呑む音がした。
セシリアは扇を開いて、口元を隠した。
「田舎の噂話が大きくなっただけでしょう。そういう手合いを、わたくしは何人も見てきたの」
「なるほど」
「腹は立たないの」
「事実を言えばいいだけなので」
コハクの耳が、ぺたんと寝た。俺の袖を掴んでくる。
「ご主人様、この人、ご主人様のこと悪く言いました」
「いいんだ。今から本当のことになるから」
§ § §
俺は、絨毯の端に転がっていた燭台を拾った。
誰かが蹴ったのか、軸がぐにゃりと曲がっている。
枠が浮かんだ。
[曲がった鉄の燭台]
価値 銅貨3枚
曲がっている
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前を撫でても指が素通りする。
[曲がった鉄の燭台]
価値 銅貨3枚
↓
価値 銅貨1000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨100枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[黄金の燭台]
価値 金貨100枚
純金・宝石つき
手の中で、鉄が金に変わっていく。軸がまっすぐ伸びて、受け皿の縁に赤い石が三つ並んだ。
俺はそれを、絨毯の上に立てた。
侍従が転びそうになりながら駆け寄って、指で撫でて、それから叫んだ。
「純金です! 混ぜ物なしの、純金です!」
セシリアの扇が止まった。
「……手品でしょう。すり替えたのよ」
「じゃあ、すり替えられない物にしましょう」
§ § §
城の宝物庫は、地下にあった。
案内した鑑定官は、腰の曲がった白髪の老人だった。壁際の木箱をひとつ、抱えて持ってくる。
「これは、初代王の王冠だと伝わっておりました。ですが、割れておりまして」
箱の中身は、輪の半分が欠けた、黒ずんだ金属の輪っかだった。
「三百年、誰も直せませんでした。もはや価値はございません」
セシリアが横で腕を組んでいる。
「壊れた物を直せるなら、直してごらんなさい。これは城から出したことがないわ。すり替えは無理よ」
「わかりました」
俺は箱に手を入れた。
枠が浮かぶ。
[割れた古い冠]
価値 銅貨0枚
三百年前・修復不能
「じゃあ、書き換えるか」
指で価値の数字をなぞる。桁を、思い切り足してやる。
[割れた古い冠]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨99999999999枚
単位が勝手に上がっていく。銅貨から銀貨、銀貨から金貨へ。
価値 金貨9999999枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[初代王の王冠グランレイド]
価値 金貨9999999枚
欠けなし・被った者の傷が癒える
「うわ、とんでもないのが出た」
黒ずみが波みたいに引いていった。欠けた縁が伸びて輪が閉じ、上に七つの尖りが立ち上がる。
中央の空いた台座に、赤い石がひとりでに嵌まった。
箱の中で、王冠が光っていた。
鑑定官が箱を落としかけて、両腕で抱え直した。
「あ、あああ、これは、記録の絵と同じです! 書物にある通りの、七つの尖りと、赤い王石!」
老人が声を上げて泣き出した。
コハクの耳が、ぴんと立つ。
「ご主人様、すごいです! おじいさんが泣いてます!」
「泣かせるつもりはなかったんだけどな」
§ § §
セシリアは、王冠から目を離さないまま、その場に立っていた。
巻いた金髪が一房、ほどけて頬に落ちている。それを直そうともしない。
「……直したのではないわ。これは、作ったのね」
「作ったというか、値札を書き換えただけですよ。名前をつけたのは俺じゃない」
「ゴミを、国宝に」
「ゴミも国宝も、書き換えれば同じです」
セシリアが、ぱちんと扇を閉じた。
こちらに向き直る。頬が赤かった。
「わ、わかったわ。あなたの力は本物よ。認めます。わたくしが間違っていたわ」
「はい」
「その、さっきの、ペテン師というのは」
「気にしてませんよ。ペテン師なら、もっと稼いでます」
「気にしなさいよ!」
なぜ怒られるのか、俺にはよくわからなかった。
セシリアはドレスの裾を掴んで、俺に背を向けた。
「明日、あなたを父上に会わせるわ。王都には解決していない厄介事が山ほどあるの。あなたなら、そのいくつかは片づくかもしれない」
「いいですよ」
「べ、別にあなたのためじゃないわ。国のためよ」
閉じた扇の先で、胸元をとんとんと叩いている。
コハクが俺の袖を引いて、小声で言った。
「ご主人様、あの人、耳が赤いです」
「聞こえてるわよ、犬っころ!」
「コハク、コハクです」
§ § §
その夜、俺たちは城の客間に泊まった。
部屋がひとつで、街の宿屋一軒分くらいの広さがあった。
コハクが寝台の上で三回転がって、天井を見上げている。
「ご主人様。コハク、王様のお城で寝てます」
「そうだな」
「銀貨一枚で売れ残ってたのに」
「もう、値はついてないよ」
窓の下に、王都の灯りが敷き詰めてあった。
半月ほど前、俺はこの国のどこかの街道で、追放されたばかりだった。
拾ったのは、錆びた鉄剣が一本きり。
それが半月で王城の客間まで来たんだから、我ながらどうなってるんだろうな。悪くないよね。
コハクの尻尾が、寝台をぱたぱた叩いている。
「わふっ」
§ § §
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