第12話 騎士団長の錆びた鎧を、国宝級の鎧に書き換えた
昨日、俺は王城で割れた古い冠を拾って、初代王の王冠に書き換えた。
王女セシリアは、俺をペテン師と呼んだことを撤回した。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
朝、城の中庭を歩いていたら、正面から鉄の音が近づいてきた。
全身鎧の男だった。背が高い。兜を小脇に抱えている。
白髪混じりの短い髪の下で、目つきが悪かった。顎が四角く、鎧の重さで背中が丸まる気配もない。
「貴様が、鑑定の小僧か」
「レインです」
「騎士団長のラウルだ」
名乗ってから、ラウルは俺の腰を見た。
剣の柄に目を留めて、鼻で笑う。
「装備で誤魔化す手合いは、これまで何人も見てきた」
「そうですか」
「城の連中が浮かれておるからな。冠がどうの、燭台がどうの。だが戦場に燭台は要らん」
ラウルが兜をかぶった。
「鑑定など、剣の前では紙切れよ。それを教えてやる」
コハクが俺の後ろに隠れて、上目遣いになった。
「ご主人様、この人、大きいです」
「大きいだけだよ」
「聞こえておるぞ、小僧!」
§ § §
訓練場に、騎士が三十人ばかり集まってきた。
柵の上にセシリアが座っている。ドレスのまま背筋だけは伸ばしていた。座っていいものなのか、俺は知らない。
「わたくしは止めたわよ。ラウル、後で吠え面をかいても知らないから」
「姫様は甘やかしすぎでございます」
ラウルが訓練用の剣を抜いた。刃は潰してあるが、あの腕なら人は死ぬ。
「小僧、剣を抜け」
「抜きませんよ」
「なに」
「俺の剣、攻撃力が九万九千九百九十九あるので。抜いたらあなたが死にます」
騎士たちがどっと笑った。ラウルの肩が震えている。
「言うではないか」
「本当のことです」
俺は訓練場の隅に目をやった。
壁際に、廃棄する装備が山積みになっている。
その一番上に、赤茶けた鎧が転がっていた。胸に穴が空いている。
俺はそれを引きずり出した。
枠が浮かぶ。
[錆びた廃棄鎧]
価値 銅貨0枚
穴あき・留め金なし
「じゃあ、書き換えるか」
名前には触れない。指が通るのは、価値の数字だけだ。
[錆びた廃棄鎧]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨50000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がっていく。
価値 金貨5000枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[聖騎士の鎧ヴァルガード]
価値 金貨5000枚
防御力 99999
着た者に傷がつかない・羽のように軽い
「おおっ、これは、当たりだ」
錆が剥がれ落ちていく。穴が塞がり、鉄が白銀になった。肩に金の翼の飾りが立ち上がる。
鎧が、俺の手の中でひとりでに縮んだ。コハクの背丈に合う大きさになる。
騎士たちの笑い声が、途中で止まった。
「コハク。これ着てくれ」
「コハクがですか」
「立ってるだけでいい」
§ § §
白銀の鎧を着たコハクが、訓練場の真ん中に立った。
耳が兜の穴から二つ飛び出している。尻尾は後ろで振れていた。
ラウルが顔をしかめた。
「小僧。子供を盾にするか」
「傷ひとつつきませんよ。全力でどうぞ」
「ふざけるな。当たれば骨が折れる」
「折れません」
セシリアが柵の上で身を乗り出した。
「ラウル、やりなさい。この男、根拠なしに言う男ではないわ」
ラウルが唸って、剣を構えた。
息を吸う音が、離れた俺のところまで届いた。
踏み込みが速い。というか速すぎるだろ、これ。三十人の騎士のうち、目で追えたのは半分もいなかったと思う。
鉄の音が鳴った。
コハクが、まばたきをした。
それだけだった。
ラウルの剣が、白銀の胸当てで止まっている。
「わふ?」
「コハク、動くなよ」
「コハク、なんともないです」
ラウルが二度、三度と打ち込んだ。肩、腕、脇。
全部、同じ音がして、同じように止まった。
最後にラウルは剣を両手で握って、上段から思い切り叩きつけた。
訓練用の剣が、真ん中から折れた。
§ § §
折れた刃が、地面に転がって回った。
騎士たちが誰も喋らない。
ラウルが柄だけを持ったまま、コハクを見下ろした。
「……娘。痛くないか」
「くすぐったいです」
コハクが兜を脱いだ。押さえつけられていた耳が、勢いよくぴんと立つ。
「ご主人様、すごいです! 全部はねかえりました!」
「そういう鎧が出てくれたからな。俺は値段を盛っただけだよ」
ラウルは柄を放って、片膝をついた。
鎧の音が、訓練場に響いた。
「俺の負けだ」
「勝負してませんよ」
「いいや、した。俺は剣を三十年振ってきた。その三十年が、ゴミ山の鎧一枚に届かなかった」
「ゴミ山の鎧じゃないですよ。今は国宝級です」
「元はゴミ山だろうが」
「ゴミも国宝も、書き換えれば同じです」
ラウルが顔を上げた。それから、腹の底から笑った。
「小僧。城の兵は二千だ。全員に、その鎧を配れるか」
「錆びた鎧が二千枚あるならね。ただ、どんな名前が出るかは俺にも分からないよ」
「倉庫に三千ある」
「じゃあ、暇なときにやります」
セシリアが柵から飛び降りて、こちらへ歩いてきた。
扇で口元を隠しているが、切れ上がった青い目が笑っていて、隠しきれていない。近づくと、白薔薇みたいな香りがした。
「ラウルを一度で黙らせた者は、王国に一人もいなかったわ。……悪くない働きね」
「どうも」
「べ、別にあなたのためじゃないわ。国防のためよ」
コハクが鎧のまま、俺の隣に並んだ。
「ご主人様。コハク、この鎧、着たまま寝ていいですか」
「重くないのか」
「羽みたいです」
「じゃあ、好きにしろ」
コハクの尻尾が、白銀の腰当ての下で、ぱたぱた振れていた。




