第72話 門を叩き割りに来た魔王軍の先遣隊長を、折れた閂ひとつで自分の一撃で吹き飛ばした
昨日、畑を食いに来た羽虫の大群を、壊れた風見鶏で北へ吹き飛ばした。
峠の向こうには、黒地に白い角三本の旗が立っている。魔王軍の先遣だ。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その旗が、朝のうちに坂を下りてきた。
§ § §
連れているのは二十ほど。鎧を着た魔物が、隊列も組まずに歩いてくる。
先頭の一体だけが、頭ひとつ大きい。
猪の頭に、鼻を貫く鉄の輪。肩まで毛が生えていて、鎧が肩からずり落ちそうになっている。
担いでいるのは、樽ほどある鉄槌だ。
§ § §
門の前で止まると、そいつは鼻輪を鳴らして笑った。
「人間の村か。名を聞いてやる」
「アシュ村だよ」
「覚えん。俺は先遣隊長ゴズだ。門を開けろ。開けねば叩き割る」
「開けたら、どうなるんだ」
「叩き割る」
§ § §
ネロが柵の内側で鍬を握り直した。手は震えていない。
「レインさん。あれ、門ごと持ってくやつだ」
「だろうな」
「逃げるか?」
「逃げると、後ろの畑を踏まれる。今年の麦が入ってる」
§ § §
デンが槍を突いて前に出た。錆びた鎧を縄で結んだまま、膝がわずかに笑っている。
「守備隊三十一名、門の内で待ちます」
「出るなよ。門の内でいい」
「出ませんとも。五年、出ずに守ってきた男です」
§ § §
俺は門の下に落ちているものを拾った。
昨日の風で外れた、木の閂だ。真ん中から折れて、二本になっている。
六年ぶんの雨で、色が抜けて白い。
枠が浮かぶ。
[折れた閂]
価値 銅貨0枚
中央から破断・門を留める用をなさない
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[折れた閂]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨8000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨800枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[返しの閂]
価値 金貨800枚
効果 この門を叩いた力を、そのまま叩いた者へ返す
§ § §
白い木が、黒くて重い一本に変わった。
持ち上げると、見た目より軽い。
門の受けに差し込むと、かちりと音がして、それ以上動かなくなった。
コハクが門板を指の背で軽く叩いて、垂れ耳を片方持ち上げた。琥珀の目をまん丸にして、指先を振っている。
「ご主人様。指が、押し返されました」
「軽く叩けよ。強く叩くと自分に来る」
§ § §
ゴズが鉄槌を両手で構えた。
肩の毛が逆立って、鎧の板が持ち上がる。
「開けぬなら、割る!」
「言っとくけど、やめたほうがいいよ」
「人間の忠告など聞くか!」
「そうだよね。聞かないよね」
§ § §
鉄槌が振り下ろされた。
門は、鳴りもしなかった。
代わりに、ゴズのほうが後ろへ飛んだ。
自分の一撃ぶん、まるごと返された。二十ほどの隊列を薙ぎ倒して、坂の途中まで転がっていく。
§ § §
鉄槌は、柄が根元から砕けていた。
頭だけが門の前に残って、土に半分めり込んでいる。
ゴズが起き上がって、鼻輪を押さえた。
「……何をした」
「門を直しただけだよ」
「直しただと!」
「閂が折れてたからね。直したら、そっちが壊れた」
§ § §
ダレンが杖を突いて、門の内から声だけ投げた。
「もう一度やるか。二度目は坂の下まで飛ぶぞ」
ゴズは、やらなかった。
手下を引きずり起こして、峠のほうへ下がっていく。
途中で一度だけ振り返った。
「四天王が来る。この門ごと消える」
「その人らも、門は叩かないほうがいいよ」
§ § §
残された鉄槌の頭を、ネロたちが六人がかりで転がしてきた。
鉄としては上物だ。鋤にも、鍋にもなる。
ハーグが皺の深い顔を上げて、それを撫でた。
「これで、鍬が何本できますか」
「四十本くらいじゃないか」
「では、四十人ぶん増えますな」
§ § §
夕方、セシリアが門の受けを覗き込んでいた。
顎を引かない立ち方のまま、扇の先で閂をつついている。
「これ、味方が叩いてもいけませんの」
「いけません。だから、みんなに言って回ってください」
「わたくしが?」
「声が一番通るので」
言いながら、扇を開いて口元を隠した。耳の先だけが赤い。
「べ、別にあなたのためじゃないわよ」
§ § §
その晩、門の内側に張り紙が出た。セシリアの字で「叩くな」と大きく書いてある。
三十一人の守備隊と、三十人の元賊が、順番に読んでいた。
折れて捨ててあった木の棒一本で、村の門が一度も凹まずに済んだ。悪くないよね。




