第69話 俺を追放した男が、刃のない剣で襲いかかってきた
昨日、賊の坑道を書き換えて、村から街道への近道を通した。
賊だった三十人は、今は村で粉を挽いている。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
その近道を抜けた先で、街道が止まっていた。
§ § §
荷馬車が四台、数珠つなぎで停まっている。
先頭の馬の前に、男が一人立っていた。
背が高い。肩幅が、荷馬車の轅より広い。
顔に布を巻いて、腰に鞘のない剣を、裸のまま帯に差している。
§ § §
「積み荷を置いていけ」
声が、街道の斜面に反響した。
太い声だ。普通に喋っているのに、怒鳴っているように響く。
商人が荷台の陰で震えていた。
§ § §
俺は近道の穴から出て、男の後ろに立った。
「一人か」
男の肩が跳ねた。
振り向く。布の巻き方が雑で、額から上が出ている。
赤茶の髪が、後ろへ撫でつけてあった。撫でつけたまま、脂で固まっている。
§ § §
「……レイン」
「久しぶり」
布がずれて、左の頬から顎まで、古い切り傷が出た。
鎧は着ていない。革の胴衣が破れて、肩の縫い目が開いている。
あの赤い鎧は、どこかで売ったんだろう。
§ § §
「なぜ、貴様がここにいる」
「この辺、俺の領地だからだよ」
「領地」
「荒地だけどな」
ガイが、帯の剣に手をかけた。
抜くも何も、最初から鞘がない。
§ § §
その剣には、刃がなかった。
真ん中から先が、丸ごとない。折れ口が、白く光るまで磨いてある。
柄の赤い石は、三つとも欠けていた。
「それ、まだ持ってたのか」
「俺の剣だ」
「金貨四枚の量産品だよ」
「黙れ!」
§ § §
ガイが、折れた剣を振り上げた。
振り上げ方は、四年見た通りだった。大振りで、体が先に動く。
俺は横に一歩ずれて、道端に落ちていた物を拾った。
割れた馬蹄だ。荷馬車の馬が、さっき落としていったやつ。
枠が浮かぶ。
§ § §
[割れた馬蹄]
価値 銅貨0枚
中央から二分・打ち直し不能
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[割れた馬蹄]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨2000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨200枚
§ § §
枠が消えて、また浮かんだ。
[踏み止めの蹄鉄]
価値 金貨200枚
効果 これを地に置いた者に向かって進む者は、そこから先へ足を出せない
割れ目が閉じて、鉄が黒く艶を持った。
俺はそれを、自分の足元に置いた。
§ § §
ガイの足が、地面に張りついた。
振り上げた剣はそのままで、体だけが前へ行かない。
もう一歩、踏み出そうとする。膝が上がらない。
「なんだ、これは!」
「足止めだってさ」
「小細工を!」
「小細工だな。あんたのぶんの一歩を、俺が買ったってことだよ」
§ § §
ガイが、剣を投げてきた。
刃のない鉄が、俺の足元まで飛んで、からんと転がった。
拾わない。
コハクが穴から飛び出してきて、俺の前に立ちはだかる。垂れ耳が立って、尻尾が真っ直ぐ後ろに伸びていた。
埃っぽい街道で、そこだけ日向の匂いがした。
「ご主人様に、なにするんですか!」
「下がってろ、犬っころが!」
「コハクです!」
§ § §
「鑑定なんぞ、何の役に立つ!」
四年間、毎日聞いた台詞だった。
街道で聞くと、思ったより小さく聞こえる。
商人が荷台の陰から出てきて、俺のほうに頭を下げた。
「お領主様、こいつが三度目の」
「知ってます。もう終わりましたよ」
§ § §
荷馬車が四台、ガイの脇を通っていった。
通り過ぎるあいだ、ガイは一歩も動けないまま立っている。
馬車の商人は、誰もガイを見なかった。見る価値がないという顔ですらない。ただ、見なかった。
それが一番効いていたと思う。
§ § §
最後の荷馬車が坂を下りたところで、俺は蹄鉄を拾い上げた。
ガイが、支えを失ったみたいに膝をついた。
立ち上がろうとして、途中でやめる。
腹が、盛大に鳴っていた。
§ § §
「飯、食ってないだろ」
「……貴様に、施しを受けるくらいなら」
「受けなくていいよ。今日は帰る」
「待て」
「明日、村に来い。門は開けとくから」
§ § §
俺は近道の穴に戻った。
街道は、その日から一度も止まらなくなった。
賊が三十人減って、頭が一人、道端に座っている。
街道の脇に落ちてた馬蹄一枚で、荷が四台通った。悪くないよね。




