第68話 賊が住んでいた崩れかけの坑道を、村の近道に書き換えた
昨日、山の賊三十人が、得物を置いて村へ下りてきた。
残ったのは、坑口の奥に一人だけだ。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
翌朝、その奥を見に行った。
§ § §
連れはコハクとダレンだけにした。
ルミナは村に残した。三十人ぶんの足の裏を診るので手一杯だと言っていた。
坑口は、大人が二人並んで入れるくらいの穴だ。
中は、思ったより寒い。
§ § §
十歩も進まないうちに、天井の板がみしりと鳴った。
坑木が、ほとんど折れている。
折れたまま、上から落ちてきた岩を、なんとか受け止めていた。
ダレンが杖の先に火をともして、天井をなぞる。
「よくここで寝ていたな。三十人で」
「寝てたのは、外の小屋だろ。奥は頭の場所だってさ」
「一番危ない場所を、一人で取ったわけだ」
§ § §
奥へ進むと、道が塞がっていた。
崩れた土と岩が、天井まで詰まっている。
その手前に、焚き火の跡があった。
灰は冷たい。石を三つ置いただけの、小さい火だ。
§ § §
石の脇に、砥石が転がっていた。
真ん中がへこむまで使い込まれている。
その横に、油の染みた布切れ。
コハクが鼻を近づけて、垂れ耳を伏せた。
「ご主人様。ここ、人が一人ぶんです」
「一人か」
「ずっと一人です。においが、重なってません」
§ § §
寝床は、麻袋を二枚敷いただけだった。
枕の代わりに、木の切れ端が置いてある。
その脇に、空の鞘が転がっていた。
拾って中を覗く。何も入っていない。剣は持って出たらしい。
§ § §
俺は焚き火の跡から立ち上がって、折れた坑木に手を置いた。
枠が浮かぶ。
[折れた坑木]
価値 銅貨0枚
中央から破断・支持力を失っている
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
§ § §
[折れた坑木]
価値 銅貨0枚
↓
価値 銅貨3000000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨300枚
枠が消えて、また浮かんだ。
[背骨の梁]
価値 金貨300枚
効果 接した坑道が崩れなくなる・塞がった土砂を左右へ押し分ける
§ § §
折れ目がつながって、木が石みたいに白くなった。
白い梁が、天井に沿って伸びていく。
伸びた先で、詰まっていた土砂が左右に割れ始めた。
ごろごろと岩が転がって、道が奥へ開いていく。
コハクが尻尾を振って、俺の腕にしがみついた。
「ご主人様! 道が、あきます!」
「開くな。これは思ったより大物が出たぞ」
§ § §
開いた先を、しばらく歩いた。
下りて、また上って、途中で風が変わる。
外の匂いがした。
突き当たりの岩を押すと、崩れて、光が入ってきた。
§ § §
出たのは、街道の中ほどだった。
峠の下の、荷馬車が三度襲われたあたりだ。
ダレンが振り返って、山を見上げた。
「峠を回ると半日だ。この穴なら、四半時もかからん」
「近道になったな」
「近道どころではない。冬に峠が閉まっても、村は孤立せんぞ」
§ § §
村に戻って、坑道の話をした。
ハーグが、鍬を取り落とした。
「冬に、街道へ出られるので」
「出られる。雪が積もっても、中は関係ないからな」
「……六年、冬は死ぬのを待つ季節でしたが」
「今年からは、荷が来る季節だな」
§ § §
ルミナが、持ち帰った空の鞘を両手で受け取った。ラベンダーの匂いが、革の饐えた匂いを覆っていく。
革が擦り切れて、金の蔦の彫りが半分剥げている。
「これ、あの人がいつも磨いていたものです」
「中身がなくても、磨きますかね」
「磨きます。あの人、金貨二百枚と言われた剣ですから」
「中身、四枚でしたけどね」
「……はい。それでも、人に見せるためだけに磨いていました」
鞘を抱えた指に、力が入っている。伏せた睫毛が、いつもより速くまばたきをしていた。
「見せる相手が、もういないのにな」
§ § §
ネロたちが、さっそく坑道に松明を並べに行った。
自分たちが寝ていた場所を、自分たちで道にしている。
デンが入り口に立って、槍を突いた。
「守備隊が、こちらも見張ります」
「一人で二か所は無理だろ」
「隊員が三十人ほど増えましたので」
§ § §
夜、空の鞘を机の隅に置いた。
中身は、持ち主が差したまま、どこかを歩いている。
坑木が一本で、山に穴が一本通った。
六年閉まっていた冬の道が、開いた。悪くないよね。




