第67話 賊のねぐらを突き止めて、手下を全員、鍋ひとつで寝返らせた
昨日、書き換えた地図が、北の山にいる賊三十人を映した。
頭は、そこから離れて一人で座っている。
俺のスキル『鑑定』は、ものの価値を書き換えられる。書き換えた通りに、現物が変わる。
朝のうちに、山へ入った。
§ § §
連れは、コハクとダレンとルミナ。あとは、道案内のネロだ。
セシリアは村に残った。残りたそうな顔で、扇を鳴らして残った。
「わたくしが行くと、話が国と国の問題になりますわ」
「それは面倒ですね」
「面倒なのよ。……気をつけなさい」
言い終わりに、扇の先で俺の胸をとん、と突いた。柑橘の香りだけが、しばらく残る。
§ § §
北の山は、崩れた鉱山だった。
坑口の前に、雨よけの小屋がいくつも建っている。
建っている、というより、板を立てかけただけだ。
風が抜けるたび、板がばたばた鳴っていた。
§ § §
最初に見つかったのは、こっちだった。
見張りが二人、槍を構えて出てくる。
構えたはいいが、槍の穂先が上下に揺れていた。
「と、止まれ! ここは」
「縄張りだろ。聞いたよ」
「分かってんなら帰れ!」
§ § §
ネロが前に出た。
「俺だ。ネロだよ」
「……お前、逃げたんじゃなかったのか」
「逃げてねえ。麦の粉を挽いてた」
「粉」
見張りの喉が、はっきり鳴った。
§ § §
小屋の間から、人が出てきた。
一人、二人と増えて、あっという間に二十人を超える。
どいつも同じ顔をしていた。頬がこけて、目だけがぎょろりと大きい。
コハクが俺の後ろで、垂れ耳を伏せた。
「ご主人様。ここ、においが薄いです。ぜんぶ薄いです」
§ § §
小屋の真ん中に、鉄の鍋が伏せてあった。
持ち上げると、底が抜けかけていて、湯垢が黒くこびりついている。
中に、干からびた麦粒が三つ残っていた。
三十人で、これを分けていたらしい。
枠が浮かぶ。
§ § §
[底の抜けかけた鉄鍋]
価値 銅貨1枚
底面に亀裂・煮炊きに耐えない
「じゃあ、書き換えるか」
触れるのは価値の数字だけだ。名前は向こうが決める。
[底の抜けかけた鉄鍋]
価値 銅貨1枚
↓
価値 銅貨900000枚
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。数字が勝手に繰り上がる。
価値 金貨90枚
§ § §
枠が消えて、また浮かんだ。
[尽きぬ鍋]
価値 金貨90枚
効果 底に残った物が、鍋いっぱいまで増える・一日一度
亀裂がふさがって、黒い鉄が厚くなった。
麦粒が三つ、底で震えている。
震えて、ぶわりと膨れ上がった。
§ § §
鍋の縁まで、麦が盛り上がった。
湯を足して、ルミナが火にかける。
銀の髪をうしろで結んで、袖をまくって、細い腕で杓子を回していた。
湯気が立って、山じゅうに麦の匂いが広がっていく。
「塩は、持ってきました」
「持ってきてたんですか」
「山に行くと聞いたので。……何もない場所だと思って」
§ § §
三十人が、鍋を囲んだ。
器がないので、板の切れ端で受けている奴もいた。
誰も喋らない。喋る暇がないらしい。
二杯目を配ったあたりで、年かさの男が座り込んで、頭を抱えた。
「三月ぶりだ。まともに、腹に入ったのは」
§ § §
「頭は、食ってないのか」
「頭は食う。俺らの前では食わねえけどな」
「隠れて食うのか」
「奥の坑で食ってる。人に見られると、負けた気がするんだと」
ダレンが、隈の濃い目で鼻を鳴らした。
「変わっておらんな。宿でも、一人で肉を食っていた」
§ § §
年かさの男が、俺の顔をまじまじと見た。
「あんた、村で粉を挽かせてるって領主か」
「そうだよ」
「俺らを、どうする」
「畑が余ってる。鍬なら、いくらでもある」
「盗んだんだぞ」
「働いたら返せるだろ。麦は増えるものだから」
§ § §
誰かが、板の切れ端を放り出して立ち上がった。
その男が坑口のほうへ向かって、大声を出した。
「頭ぁ! 俺ら、下りるぞ!」
坑口は、真っ暗なままだった。
返事はない。
§ § §
三十人が、順番に得物を地面に置いていった。
置いた得物は、そのまま置いていくことにした。持って下りると、村が驚く。
最後にネロが、坑口を一度だけ振り返った。
「あの人、出てこねえよ」
「出てこないな」
「腹が減ってねえんだ、あの人は」
§ § §
山を下りる列は、思ったより長かった。
ルミナが、遅れた奴の背に手を当てて歩いている。
賊が三十人と、増える鍋が一つ。
村の畑に、鍬を持つ手がまた増えた。
誰も殴らずに、ねぐらを空にできた。悪くないよね。




